Metamorphosis Game

【NOBODY `TIL YOU】
[Metamorphosis Game 04]



 その日も上忍としての過酷な任務を終え、はたけカカシは何故かウキウキと報告書を提出するために受付へ向かっていた。

 陽気が春めいてくるにつれて、木ノ葉崩しから続いている里の混乱もだいぶ落ち着きを見せ始めている。

 休講となり、教師たちまで里外の任務へと借り出されていた忍者アカデミーも来月から再開されるらしい。
 それはつまり、うみのイルカが受付へも戻ってくるということだ。

 彼にただならぬ思慕を抱いているカカシが浮き足立つのも無理はない。

 しかし、そのご機嫌も受付所の扉を開くまでだった。

「あれー? イルカ先生はー?」

 上忍の精密で的確な視力とすばやい判断力でイルカの不在を察知したカカシは、子供のように拗ねた声をあげる。

 そのままほてほてとカウンターまで進み、記入済みの報告所をぺいっと放り投げ様に誰ともなしに問いかけた。
 
「ね、イルカ先生、今日はこっちいないの?」

 アカデミーかと、カカシは聞いたのだが、奇妙なほど緊張した声が予想外のことを告げてくる。

「あああ、はいっ! イルカは任務でしばらく不在だそうですっ」

「え? 任務なの? だって来週にはアカデミー再開するんデショ?」

「ええ、やっとメドがついたそうで……」

 アカデミー教師陣はようやくのアカデミー再開にむけて今とても忙しく、新人下忍やアカデミー生の手を借りて準備をしている最中だった。

 はっきり言って人手は多いにこしたことはないし、なにより教師として信頼も実績もあるイルカの存在は必要なハズではないだろうか。
 それなのに、そんなイルカに任務とは一体どういうことなのかと、カカシは考える。

「だったら、なおさら先生が任務なんて……」

「ええと、実は毎年、のことなんです」

「毎年?」

「は、はい。毎年、この時期はイルカ指名で任務が入ってまして……」

「イルカ先生に?」

 だいぶ落ち着きを取り戻してきた受付係だったが、じわじわと増していくカカシの不機嫌さに色をうしなってゆく。
 
「え、ええっ。毎年ってことは、平和な任務、だと思うんですが……」

 しどろもどろな答えだったが、内容は的確。
 そして任務内容を問いただす隙も与えてくれなかった。

 流石、木ノ葉隠れの優秀な中忍。
 イルカ先生の同僚。

 侮れない。

「あ、指名といえば、カカシさんにも指名任務が入ってますので、確認していってください」

 そして、見事な切り返し。

「では、報告書は受領いたしました。これにて任務終了です。お疲れ様でした」

「……あー、はい。どーもね……」

 受付係の有無を言わせぬ任務終了の宣告に送られ、カカシはとぼとぼと報告所を後にする。

 そのまま自宅へ向かおうとして、待機所の手前で見慣れ過ぎた同僚に呼び止められた。

「おう、カカシ。ちょーどイイとこで会ったぜ」

「ナニ?」

「5代目がお呼びだ」

「えーっ! 今、戻ったトコなのにーっ」

 駄々をこね始めるカカシの襟首をとっ掴まえ、アスマはずりずりと引きずってゆく。

「いいからきやがれ。そんでキリキリ働こうや」

 めんどくせえ、が口癖のアスマらしくない台詞にカカシは引きずられたまま茶々を入れた。

「オマエっ、いつからマジメになったのヨ? 陽気のせい?」

「そりゃ、オメエだ。年がら年中イルカイルカイルカうっせーんだよ」

 そこで、ふとアスマの足が止まりかけた。

「……そーいや、いつからだっけか? オマエがトチ狂い出したのは?」

 ぼつりと前々から疑問に思っていたことを口にした。

「ん? いつって?」

 軽く返してくるカカシは、アスマの知る限り恋愛どころか、忍としての生き方とイチャイチャパラダイス以外には興味を示さないストイックな男だった。

 なのに、今ここにいるはたけカカシは少し前のはたけカカシとは明らかに違ってしまっている。
 ストイックなんて言葉が似合わないどころではない。

 うみのイルカに関しては、エロ仙人とあだ名されるイチャパラの作者、自来也以上のドスケベといってしまっていいだろう。
 アカデミーだろうが往来だろうが、今は亡き3代目火影の御前だろうが部下の目の前だろうが、盛りまくってセクハラのし放題だった。
 おまけに木ノ葉の里が平和だった頃は、アカデミーと任務受付所を兼任するイルカのスケジュールを本人よりも正確に分単位で把握していたらしい。
 
 はっきり言うと、忍者としてのありあまる才能と経験を無駄に発揮したストーカーだ。

「覚えてねぇのか?」

 呆れるアスマに、カカシはしれっと言ってやる。

「ま、会った瞬間からラヴラヴだったってことは覚えてーるよ?」

「言ってろ」

 今度こそあきれ返ったアスマは、ちょうどたどり着いた火影の執務室へひきずってきたカカシを放り込んだ。

「来たね。アンタ達に頼みたいのは護衛任務さ」

 里が誇る上忍2人の乱暴な入室に驚く様子も見せずに、5代目火影綱手は切り出す。

「内容的には下忍でいいが、ワケありなんでね。私の独断でアンタたちについてもらう」

「ただの護衛じゃないってこと?」

「護衛対象もだが、道中で関わってきそうな連中もやっかいでねえ。まあ、アンタたちがつく時点で余計なちょっかいも加わるだろうが……」

 そこでわざとらしく言葉を切り、綱手はカカシを見やる。

「うまくやってくれると信じてるよ」

 その言い方に、カカシは自分と護衛対象は撒き餌にされるのだと確信した。

「何も起こらない可能性もあるんだ。ちょっとやっかいな条件付の休暇だと思って楽しみな」
 
 すっぱりと話を締めくくられ、カカシとアスマが任務につくことを決められてしまった。

 2人が何か言い出す前に、ちゃっかり話を進めてしまうあたり、流石火影……。

「じゃあ、あとは護衛対象とじっくり話し合っとくれ。待たせたね、お入り」

 カカシとアスマは綱手が開く扉を振り返る。

「よろしくお願いします。カカシさん、アスマさん」

 姿を現したのは、旅姿の舞姫、黒金だった。

 途端、カカシは叫び声をあげそうになった。

「イル、ってぇーっ!」

 それを辛うじて阻んだのは、脳天に遠慮も加減もなく落とされたアスマのチョップ。

「……ア~ス~マ~。なぁにすんのよっ!」

 けれど、アスマに食ってかかろうとするカカシを止めたのは、黒金の穏やかな微笑だった。

「カカシさん」

 名を呼ばれれば、主人に叱られた飼い犬のように、木ノ葉の里が誇る上忍はおとなしくなる。
 彼は身を持って知っているのだ。その笑顔に押し隠されたモノの正体を。

 もはやお約束の軽いコントとなりつつあるやりとりを見ていた綱手は感心したように笑う。

「おや、よくしつけてあるもんだねえ」

「お話を進めても?」

 伝説の三忍と謳われた5代目火影の綱手に臆することなく、あくまで舞姫の黒金としてその人物はいる。

「ああ、茶化して悪かった」

「いいえ」

 綱手と黒金、対照的な美しさの2人が華やかに微笑みあっている。
 が、傍で見ているカカシとアスマは薄ら寒いものを感じていた。

 そんな2人の上忍に気付いていて、黒金は話をすすめてくる。

「では、お2人にお願いしたいのは、これから1ヶ月で火の国を巡る公演の護衛です」

「……1ヶ月、ですか?」

「わたくしが木ノ葉隠れのくのいち、だなんて噂が流れているのはご存知ですよねぇ?」

 平坦な声で一息にそう言いながら、にっこりと背後に浮かんでいそうな完璧な笑顔がカカシに向けられていた。

 ついでに綱手までもがにやにや笑いを張り付かせ、完全な野次馬となって面白そうにカカシを見ている。

「ええっと、それは……大変デス、ねえ……」

 白々しい2人の様子に、カカシはようやくそれだけを返し、アスマは明後日の方向に煙を吐き出した。

 黒金が木ノ葉の忍という噂は真実だが、正確ではない。
 
 何しろ、真実が露見するとあちこちに色々と面倒な問題が生じる。

「でも、オレらが護衛じゃ、余計、噂んなりませんかねえ」

「そこいら辺はこっちも手を打ってるさ」

 以前、バクヤとの任務の途中で特別上忍のみたらしアンコが一時バクヤの振りをした。
 多分、今回も彼女がバクヤの姿で任務に就かされているのだろう。

 それだけなら問題はない。

 だが、カカシは後始末───というか、個人的な口止めが大変だった。

「とにかくアンタらは、この黒金が舞姫でいられるようにしてくれればいい」

 つまり、なにがあろうとも黒金に正体を明かさせるな、ということ。

 ちょっと目線が遠くなる上忍2人に、追い討ちをかけるように黒金が1枚の用紙を差し出した。

「こちらが公演スケジュールです」

 ぺらりと広げられた予定表に、アスマとカカシは本気で卒倒しかける。

 木ノ葉の里を出たら火の国を南の港まで縦断し、明日の昼に1公演。
 それから西の町に移動して夕方と夜に2公演。
 更に夜通しかけて今度は東の村へ行き、都へ向かいながら朝昼晩と3公演。

 はっきり言って、Sランク級の過密スケジュール+移動距離だった。
 
「えーっと、どーしてもオレじゃなくっちゃダメですかねえ?」

「おや、嫌かい?」

「1ヶ月も里を離れなければならないのですから、お断りされてもしかたがありませんね」

 歯切れの悪いカカシの断りを、あっさりと黒金と綱手は了承しようとする。

「じゃあ、しょうがないねえ。まあ、黒金の護衛任務なら、いくらでも下心つきの立候補者もいることだし……」

 と、ツナデが黒金に微笑みかけた途端にカカシの顔色が変わった。

「いえっ! オレが行きますっ! てか、是非行かせてくださいっ!」

 噛み付きそうな勢いで綱手に告げ、カカシは真剣に任務に向き合う姿勢を見せる。

 1ヶ月もイルカに会えないばかりか、そのイルカが変化した黒金には別の男が護衛につくのだ。

 イルカの性格上、何かがあるとは思えないし、カカシとしては思いたくもない。
 けれど、絶対ということはないし、万が一ということもある。

 5代目火影と舞姫黒金の手のひらで遊ばれるカカシを横目に、アスマはタバコをふかし続けた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 打ち合わせを終えて各自の準備の為に火影の前を辞し、アスマと連れ立って歩きながらカカシは愚痴る。

「あーあ、1ヶ月もイルカ先生と会えないなんて最悪ーぅ」

 しかし、そう言いながらも足元が浮ついて見えるのはアスマの気のせいではないだろう。
 明らかにカカシの態度はフェイク、というか下手な演技だ。

「でも、ご指名じゃしっかたないよねー」

 足元だけでなく、言葉尻まで弾んでいる。
 浮き足立ったカカシの背を、アスマは5代目火影の御前で溜め込んだイライラを込めてはたいた。

「っ! いきなりなにすんのよ!」

 いきり立つカカシに、声に出さずに浮かれてんじゃねえと告げ、アスマは紫煙を吐き出す。

「そんなにイルカが心配なら、書置きでもしてきやがれ」

 暗に、黒金がらみの任務につくことをイルカに言い訳をする振りだけでもしてきやがれ、とアドバイスをしてやる。
 そうしなければ、カカシの浮かれ具合で黒金の正体がバレかねないからだ。

 バレた時の、自身に降りかかるであろうコトを思うとアスマは空恐ろしくなる。

「んじゃな。今日は遅れんじゃねえぞ」

 逃げるようにアスマはカカシを置き去りにした。
 
 その背に、浮かれたまんまの声が追ってくる。

「あんがとー。まったあとでね、ア~スマ~」



   ★ ☆ ★ ☆ ★



「や、お待たせ~」

 大門の傍らで待つ黒金とアスマの前にカカシが姿を現したのは、打ち合わせた時間より2時間も遅れて、だった。

「今日は愛という名の……」

「行くか」

「ええ」

 カカシの言い訳も遮って、盛大に紫煙を吐き出したアスマは黒金を促し、大門を後に歩き出す。

「……に迷っちゃって……って、聞いてよ!」

 2人に置いてきぼりを食らって、慌てて追いかけるカカシは完全に道化者だ。

「ヒドイなあ、アスマも黒金さんも~。やっぱオレを愛してくれるのって、イルカ先生以外ないよね」

「や、そりゃねえだろ」

「そうでしょうね」

 夢を見ながら歩いているかのようなカカシのたわ言に、即ツッコミを入れてやるのも2人の愛情だろう。
 例え、歩みを止めず緩めず、振り返りもしなくても。

 だが、そんな厳しい愛の形に耐え切れないのか、道端にへたり込んだカカシはいじけ出した。

 カカシの様子を気配で察したか、それとも予想していたか。
 アスマは歩を進めながら、釘を刺しておく。

「こりゃあ、任務だぜ。カカシ」

「わっかってーるよ」

 言い様、一瞬でカカシはゆっくり歩を進めていた2人に追いついた。

「で? ずーっとこのペースなわけ?」

「いいや。明日の朝にゃ南港へ着いてなきゃなんねぇからな」

 木ノ葉の里から南港までは一晩あれば充分。
 けれどそれは、忍の足で、だ。

「姫さん背負ってだと、ギリギリだな」

 誰かさんが遅れてきやがったせいで。

 とは、流石にアスマも言わない。
 言わないが、自覚があるだけにカカシも言葉に詰まる。

「……じゃ、じゃーあ、早速、身体でお返しするってことでーえ」

 よっ、と軽い気合とともに、カカシは黒金を担ぎ上げた。

「え? あ、やっ、ちょっと!」

「はーい、危ないから暴れないでくださいねー、黒金さーん。じゃ、アスマ、行こか」

「お」

 返事を返す前に、黒金を抱えたカカシはその場を離れ、今度はアスマが置いてきぼりにされる。
 普段の仕事はきっちりとこなすくせに、どうして肝心のたった1人の前でだけはそれができないのだろう。

 まるで子供でしかないカカシの言動に眉を寄せ、咥えていたタバコの煙を一度深く吸い込んでから、吐き出す。

「ワリ合わねえ仕事だ」

 そう言って、アスマもカカシの後を追った。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 結局、当初の予定より半刻遅れで南港へと到着した。

 いや、出発時間を遅らせたカカシの頑張りで、ずいぶんと遅れを取り戻しはしたのだ。
 したのだが、やはり黒金を呼んだ方としては随分と気を揉んだのだろう。

 到着した途端、黒金はさっさと控え室へ連れて行かれ、落ち着く間もなく舞台の下見を始めた。
 一緒に、楽師たちとの音合わせなどをし、支度の為にまた楽屋へと舞い戻る。

 一方、黒金の到着を遅らせた木ノ葉の忍たるカカシとアスマは責任者から、くどくどとお小言を頂くこととなった。

 またその物言いが、嫌味と愚痴に塗れていて鼻につくことこの上ない。
 とにかく癇に障らぬよう、その言葉を右から左に聞き流しながら、アスマはタイミングを計っていた。

 会場に客を入れ始めたらしいざわつきと、くどくどと並べ立てられてきた小言の隙間に、入り込む。
 
「ところで、よ。オレらも、始めていいか?」

 アスマらの仕事は、ただ黒金を公演先へ送り届けるだけではない。

 木ノ葉の忍だという噂が立ち、他の里から襲撃される恐れのあるただの舞姫でしかない黒金の警護こそが仕事だ。
 襲撃は人気のない移動中より、人ごみに紛れられる公演中のほうが考えられる。

「あ~、そうですね。ああ、こんなところで油を売られてはこちらも困りますからね」

 自分で足止めしておきながら、そう言う。

 アスマは肩をすくめ、傍らで意外におとなしくしていたカカシを促す。

「おう、行くぜ」

「もう動いてるよー」

 へらりと笑うカカシの後ろ頭をアスマが手加減せずに殴ってやると、一瞬で消えうせる。

 いつの間にか影分身と入れ替わっていたらしい。

「ったく。無駄に優秀なヤツだな」

 消えたカカシに目を丸くしている責任者には目もくれず、アスマもまた黒金の護衛とカカシのお守へと就くために、会場へ向かった。

 密閉された建物ではなく広大な庭園の一角、満開の梅林が舞台だった。
 他より高く作られているだけで、幕も背景もない。
 ただ咲き誇る白梅だけが舞台装置というわけだ。
 
 舞台の左右に敷かれた緋毛氈は楽師たちの席、舞台正面の桟敷は主催者やこの港町の有力者の席だ。

 その後ろから緩い傾斜の丘となっており、一般の客たちは敷物を用意して場所の確保をはじめている。
 開演まではまだ間もあるが、すでに見物客は多い。

 流石、名高い舞姫。

 と、アスマは素直に感心している。
 正体は知っているけれど、芸は本物だ。
 だからこそ、こうして毎春、木ノ葉の里に依頼してまで、黒金の舞を求める者が多いのだろう。

 そして木ノ葉の里も、そういった求めをうまく利用している。

 何しろ、黒金に関しては何もかもが木ノ葉に依頼するしかないのだ。
 その行方を探し、公演の依頼を伝えて了承させ、公演地まで送り届け、護衛もする。

 全てのことに、任務報酬が入ってくるのだ。
 勿論、黒金への報酬も。
 しかしイルカは、黒金としての任務報酬以外は受け取っていない。

 つまり、木ノ葉の里は舞姫黒金が稼ぎ出した金額だけでなく、それに関わる任務報酬までもせしめているということだ。

 不当請求じゃないか、と疑問を口にしない知恵がアスマにはある。

 特に今、木ノ葉の里は財政的にも苦しい。
 そこに、手を汚さすに大金を稼ぎだす人材がいるのだ。

 使わない手はない。
 というか、上層部や5代目がこんなオイシイ話を見逃すワケがない。

 できるものなら、ずっとイルカには黒金でいて欲しいなんて輩もいるだろう。

「あー、無駄に優秀なヤツァ面倒だ……」

 誰に言うでもなく、煙と一緒に正直な気持ちを吐き出していた。

「面倒ってなーにが?」

 ふいに、傍らからカカシの声がし、アスマは首をめぐらす。
 だが、いつもは横にある灰色の逆毛が見当たらない。

「どこにいやがる」

「どこ見てんのよ」

 同時に言いあい、アスマは声が聞こえ、ベストの裾を引かれた方へ、視線を下ろす。

「オメ……カカシか?」

「せーぃかっい」

 アスマのベストの裾を掴み、にいっと笑ったのは、子供だった。

 大き目の上着の襟を立てて顔の下半分を隠し、長いばさばさの前髪で左眼も見えない。
 だが髪色や眠たげな目は、記憶にある子供時代のカカシとほぼ一致していた。

「なんてナリしてやがんだ」

「だってー」

 オレらがいちゃ、やっぱマズいでしょ?
 
 忍ではないかと疑われている黒金のそばに、木ノ葉隠れの忍───それも写輪眼のカカシと猿飛アスマがいては、とカカシはいう。

「こんな風雅な場所に、忍がいるってだけで無粋なのにさー」

「それもそうだな……」

 カカシの言い分に、しばし考え、アスマも変化の印を組んだ。

 一瞬後には、ごく普通の大柄な商人然とした青年が現れる。

「こんなもんか?」

「いいんじゃなーい」

 互いににかりと笑いあう2人は、もう仲の良い親子にしか見えはしない。

 その姿で、アスマは舞台や会場が見渡せ、動きのとりやすそうな場所を確保して席を作った。
 カカシは子供らしく物珍しげに会場を歩き回りながら、腰を落ち着けてタバコを吹かすアスマもうろつく子供カカシを見守る体で、怪しげな人物を探す。

 やがて会場は人で一杯になり、カカシもアスマの元へ戻った。

 お互い頷き合って、危険の気配を感じなかったことを確認しあっていると、拍子が打ち鳴らされる。

「大人しく座ってやがれよ」

「分かってるよー」

 舞台が、始まるのだ。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



  主催者の長い口上の後、ようやく黒金の舞いが始まった。

 評判の舞姫が舞台上に現れると会場は一気に騒然とし、波が引くように静まり返っていく。
 会場が完全な静寂に包まれると、それまで微動だにしなかった黒金がふいに、しゃらりと袖を鳴らして微かに顔を巡らした。

 それだけで、ぞくりと背筋を走るものがある。

 そして、人いきれに忘れていた空気の冷たさや、ひそやかな梅の芳香を思い出す。
 空気が変わる、とはまさにこういうことだとカカシは思った。

 舞姫、黒金の技量はとても素晴らしい。

 黒金の姿や舞いの形だけならいくらでも、真似てみせる者はいる。
 現に以前の任務でカカシ自身が黒金に成りすました。

 けれど、芸事の細やかな所作や独特の空気、そしてなにより生まれ持った『華』は真似ることはできない。

 こうして実際に客席から見て、初めて分かる。

 黒金の舞は、本物なのだ。

 もし他の者が黒金の振りをして舞台にたったら───例えそれが写輪眼で舞いをコピーしたカカシであっても、観客にはバレてしまうだろう。

 だから木ノ葉の里はどんなに黒金への舞台の依頼があっても、イルカ以外の者を舞姫黒金として舞台に立たせることはしない。

 しゃらりしゃらりと軽やかに舞う黒金に見入るカカシの膝を軽く、指先で叩く者がある。

 はっと我に返るカカシに、尚もその指は告げてくる。

『ぼおっとしてんじゃねえ』

 仕事中だと、存外働き者の同僚は舞台に釘付けになっている振りをしながら、言う。

『ガキってのはもっと落ち着きがねえもんだろ』

 つまり、今の姿の特性を生かして仕事をしやがれ、ということらしい。

『しょーがないデショ。オレってお行儀いいんだからさ』

『言ってやがれ、クソガキが』

 見惚れていたのを誤魔化せば、即ツッコミが返ってくる。
 だが、続く言葉に気持ちが引き締まった。

『下手5列目。茶色の巻き髪に赤い髪紐の芸妓』

 不自然にならぬよう確認すれば、示された場所に言われた特徴の女がいる。

 斜め後ろからなのではっきりと顔は見えないが、襟足からのぞくうなじの白さが目を引いた。

 注視していると、黒金の動きに連れてちらりと横顔がのぞく。
 一瞬だったが、芸や美しさへの嫉妬に燃えた目ではない。
 冷静に、何かを見極めようとしている眼だとカカシは感じた。

 ただの芸妓ではないと察し、カカシもアスマへ打信で返す。

『臭いね』

 何処の手かは分かんないけど、と続ける。

 上手く誤魔化してはいるが、2人の目には忍に見えた。
 打信で意見を交換し合い、急遽、策を練る。

『外はオメエに任す』

『りょーかい』

 小用に立つ子供の振りをして、早速カカシは動き出した。

 舞台で黒金が舞っている時に何かが起こるとは思えないが、敵は1人とは限らない。
 誰もが舞台に集中している最中に動けば目立つが、警戒を怠るわけにもいかなかった。

───変化しといて正解、だったかな?

 子供の姿ならばうろついても、邪魔には思われるが、不思議はない。

 大柄な男のままのアスマでは、こうはいかなかった。
 観客の間を抜けるまでに、他人の注意をひいてしまうだろう。

 舞台の見えぬ辺りへ出たカカシは、周囲を見渡しながら駆けていく。
 親にはぐれたか、用足しに慌てている子供にしか見えぬカカシに、脇から女の声が掛かった。

「ボウヤ、どこいくんだい?」

 見上げれば、先程の芸妓に似た女がゆっくりと歩いてくる。
 
 黒髪を赤い組紐で結い上げて左肩へ垂らし、華やかな着物は大きく襟を抜いて婀娜っぽく着こなした、いかにも、遅れて黒金の舞台を見にきた芸妓といった風だ。
 化粧のせいか肌の白さに黒々とした目と赤い唇が映え、美しい。

 が、やはりただの女ではなさそうだ。

「おばさんこそ」

 まだ20代だろう女へ、わざとカカシはそう言い放つ。

「もう踊り、終わっちゃうよ」

「そう……」

 普通なら気分を害するように呼ばれたにも関わらず、女は微笑んだ。

「でも、いいのよ。あんな女ではなく、あなたに用があるのだし」

「おばさんにはきょーみないんだケードね」

 互いに足を止め、笑顔で向き合ったまま、異様な緊張感が場に張り詰めていく。

 カカシは自分が動くのを待ち構えられていたことに、女は呼ばれ方に、不機嫌さを募らせて。

「ついでに言うと、化粧臭いのも遠慮したいね」

 対峙する女にかこつけて、自身と舞姫黒金との関係も断ち切っておく。

 この女の口から新たな噂を広めさせるつもりもないけれど、どこかで聞いている誰かの耳には入るだろう。

「そ-ゆーことなんで、女だからって容赦しなーいよ」

「そう。なら……」

 女がばさりと着物を脱ぎ落とすと、際どく露出した忍装束をまとっていた。

「はたけカカシ、その首貰い受ける」

「やーだよ」

 あざとい格好に辟易しながら、カカシは舐めた態度を崩さず、子供の姿のままで構えもしない。

「こんなとこでやりあったら、騒ぎになるデショ?」

「それが思うところよ」

「だろーね」

 カカシの声は、くのいちの背後にあった。
 しかも目の前にいる子供ではなく、成人した男の声で。

「……影、分身か……」

 流石に忍だけあって、女も背後に現れた本当のカカシに気付いた。
 互いの、圧倒的な力の差も。

「で、どうする?」

「殺せばいい」

「言ったデショ。こんなトコで騒ぎ起こせないってー」

 あっさりと自身の命を諦めるくのいちに呆れたような言葉を呟き、カカシは軽くその首を押さえる。
 それだけで、簡単に女は意識を手放した。

「ま、お仕置きは誰かがしてくれるデショ」

 軽く言い放つが、何か術を仕掛ける隙も、自害する暇も与えはしない。
 このくのいちから情報をとれれば、後々の仕事が楽になるのだから。

「よう」

「あ、そっちも終わった~?」
 
 子供の姿に変化した分身を消したところで、アスマも会場にいたくのいちを担いで現れた。
 もちろん、気を失っているだけらしい。

 あれだけの人数がいた中で、4人消えたのに騒ぎすら起きていない。

「ああ。アイツが気ぃひいててくれたからラクだったぜ」

「そ。流石だね~」

 カカシの賞賛は、会場から響く喝采にかき消された。





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