Metamorphosis Game

【Security Risk[2]】



 翌日、登城する仁太夫をカカシは影ながら警護していた。

 もちろん、自分本来の姿で。

 仁太夫の駕籠は6人のそれなりに腕の立ちそうな家来に守られており、普通の襲撃ならば出番はないはずだ。
 一応、警戒はしながら、街道脇の林や屋敷の屋根を伝って、カカシはついてゆく。

 けれど考えているのは襲撃ではなく、夕べのことだった。

 イルカにキスをされたのだと思えば嬉しい。

 嬉しいのだが、状況はよろしくない。
 自分は女の姿で、イルカは自分の姿。
 そして、前後のイルカの振る舞い。

───ヒントってもなーぁ

 なんのヒントだかも、イルカは言わなかった。

 カカシへの気持ちかもしれないし、イルカの怒りの原因かもしれないし、うっかり口を滑らせた愚問かもしれない。

───気持ちなら嬉しいんだけどー♡

 幾つかの仮説を立て、怒ってる理由も、なんとなくだが分かった。

 問題は、カカシのマヌケな質問へのヒントだった場合。

───それは、マズいでしょ……いんや、構わないんだけどさ……

 夕べから繰り返しハマり続ける思考のドツボに、再び足を踏み入れそうになったカカシの思考を引き止めるもの。

 遠くから、十数名が殺気もあらわに走り寄るのが分かる。

───素人集団でも、数揃うとヤバいよねえ

 カカシは先んじて、襲撃者たちを追い返すことにした。

 この護衛任務は今までにない奇妙な依頼だ。
 
 護衛対象の毛呂木仁太夫の安全はもとより、襲撃者も極力無傷に止めるようにとの意向だった。

「あー、面倒くさっ」

 ぼつりと呟き、カカシは地を蹴って襲撃者たちの前に降り立つ。

「はぁい、ストーップ」

 何者だ、毛呂木が忍を雇ったのか、と騒ぐ襲撃者たちを片手で制し、あくまでも暢気な様子でカカシは説得にかかる。

「ご家老様の襲撃なんかやめときなって。あんたらが命をかける価値もないデショ」

 あーゆー手合いは、ほっときゃ自滅すっから。

「でーも、どーしてもやるってんなら……オレが相手しなきゃなんないんだよねー」

 ゆっくりと見せつける動きでホルスターからクナイを抜き出し、やる気なさげに構えた。

「どーする?」

 しばし、にらみ合いが続いた。

 が、血気に逸る若い男がわめきながら手にした農具で殴りかかってくる。
 それを軽くいなして、クナイの柄を鳩尾へ叩き込んだ。
 崩れる体を支え、片手で襲撃者たちへ放ってやる。

「そいつ連れてさっさと退きナ」

 3人掛かりで若者を受け止め、襲撃者たちは足並みを乱した。

「アンタたちの殿様は、バカじゃないみたいだからさー」
 
 もちっと信じて待ってんだね。

 ばらばらと去っていく襲撃者たちを見送り、カカシも姿を消す。

 登城した毛呂木仁太夫を影ながら警護し、カカシも書院まで登っていった。

 既に主だった家臣は勢ぞろいしており、仁太夫は一番前───大名に最も近い位置へ座る。
 しばらくして殿様御成りの声に家臣一同が一斉に頭を下げていく中、大名が姿を見せて上座へ座った。

 その様子を見ながら、カカシはこの任務は無事に終わりそうだと思う。

 警護と探索の2つの任務だが、イルカの実力ならば自分は必要なかっただろう。

 けれど自分はついてきた。

 いや、イルカ1人で行かせたくないと駄々をこねるだろう自分の行動を見越した綱手とイルカがチームにいれてくれたのだ。
 イルカの仕事振りを間近で見せるために。

 それはそれで、別の心配も増えたのだけれど。

───つーかオレ、お邪魔だった?……

 イルカは、依頼主と警護対象、そしてカカシの三者に気を配りながら任務についている。
 相当な負担だ。

 第一、イルカの任務について行くということ事態、彼の実力を疑っているということになる。

 もしカカシが同じことをされたら、嫌な気分になるのは確実。

 しかし、イルカの怒りの原因はこれでもなさそうで、それもカカシは気がかりだった。

───何考えてんだかなぁ……イルカ先生は……

 見下ろす書院では、定期的な領内の治安や作柄の報告などが行なわれている。

 議題は全て家中の重鎮によって吟味済みで、大名はその報告にうなづくだけ。
 雑多に渡る領内の政(まつりごと)を処理する上で、長い年月を経て完成された仕組み。

 けれど、民と支配者の間に立つ者が増えることで危険なシステムともなる。

 特に、政を我が意のままにしようとする野心のある者が間に立ったときは。

 そして毛呂木仁太夫は、そういう男のようだ。

「さて、仁太夫」

 全ての報告が終わったところで、大名がそう切り出す。

 いよいよか、とカカシは思った。

「そなたの所業、わしも聞き及んでおるが、あれは実か?」

「なんのことにござりましょう?」

 2人が警護した毛呂木仁太夫は、家老職にある。

 しかし、現在の地位に上り詰めるまでに───いや、家老となってから一層、裏で色々と手を尽くしてきたという噂が耐えない人物であった。
 
 例えば、意に添わぬ商店や政敵を後暗い手段を持って潰しながら、仁太夫の仕業とは知られぬように仕組んできたとか。
 そういった噂を裏付けるかのように、毛呂木を恨み、命を狙う輩が多いとか。

 けれど仁太夫は自身の家来などにはすこぶる評判のいい男で、家中の探りでは噂の真偽が確かめられずにいたらしい。

 そこで、木ノ葉隠れの里に依頼がきた。

 噂の真偽を確かめること。
 真偽に関わらず、毛呂木仁太夫を守ること。

 毛呂木の噂が虚偽であれば、その汚名を雪いでやれる。
 もし真実であれば、きちんと法に則って処分を下したい、という殿様の意向があっての依頼だ。

 毛呂木仁太夫は家老職だけあって、家中での功績が大きい。
 如何に後ろ暗い噂があっても、それを上回る信用があるからこそ、今の地位にあるのだ。

 残念ながら、殿様の信頼は裏切られたが。

「バクヤ殿、これへ」

「はっ」

 殿様の声に、奥書院との仕切りから1人の女中が何通もの書状を携えて姿を現す。
 それが奥女中に姿を変えた木ノ葉隠れの特別上忍、黒金バクヤだということは毛呂木も知っている。

「バクヤ殿、もう変化を解かれてよろしいぞ」
 
「はっ」

 一礼したバクヤの姿がチャクラの煙に包まれ、晴れた時には木ノ葉隠れの忍が控えていた。
 しかし最初に毛呂木と接したくのいちではなく、どこか面影の似た、鼻筋を横切った傷の男であった。

 毛呂木も気付く。

 忍が自身の警護の為だけに雇われたわけではないと。

「この姿では初めてお目にかかります。私は木ノ葉隠れ中忍、うみのイルカ。殿様の御命により、ご家老様を探らせて頂いておりました」

「……なるほど」

「こちらの書状は全て、毛呂木様お屋敷より勝手に拝借いたしましたものです」

 イルカが大名に差し出した書状は、家中出入りの商店のうち毛呂木の息の掛かった店主からのものだった。

 内容は家中の敵対勢力や商売敵きの内幕。
 加えて、仁太夫への貢物の目録。

 そして先日の1件は、とぼかしながらも彼らに便宜を図ったであろうことへの礼が記されていた。

 これは噂どおりのことを毛呂木がしていた証拠である。

「毛呂木仁太夫、この場で申し開きすることはあるか?」

「いえ。殿様がお疑いになられたと知れてこの仁太夫、最早何も言い訳はいたしませぬ」

 御免と一声発し、仁太夫は片膝をついて小刀を抜き払う。
 その瞬間カカシはクナイを手に、動いていた。

 覚悟の自害か刃傷か。
 どちらにせよ、この場で仁太夫に刀を振るわせるわけにはいかない。

 カカシは刀を持った仁太夫の右手へクナイを突き立てておき、更に首根っこを押さえ込んで、その背後へ立とうとした。

 しかし。

「なっ!?」

「ダメですよ、カカシさん」

 オレたちが警護対象に傷を負わせては。

 イルカの右手は抜かれた仁太夫の小刀を鞘に納めるところで、左手はカカシが振るったクナイをすんでのところで受け止めていた。
 血を滴らせながら。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その後すぐに、毛呂木仁太夫の身柄は目付け役お預けとなり、これまでの所業の詳細を調べられることとなった。

 イルカの傷は深いが、チャクラですぐに塞がった。

 けれど手当てをしながら、カカシは謝り倒す。

「スミマセンッ! イルカ先生! 痛いですよねっ!? 本っ当に、スミマセン!」

「いいですよ。オレが勝手に手をだしただけなんですから」
 
 許したというより、早くカカシから開放されたいだけといった口調でイルカはカカシの謝罪を押し止める。

「まず、警護対象を傷つけようとしたことを反省してくださいよ」

「スミマセン。でも、」

「もし、仁太夫が傷を理由に療養を申し出て、お調べが滞ったりしたら、どうするんです?」

 それに、とイルカは続ける。

「契約上の問題ですよ。報酬に響くんですから! 今の里は財政難なんですから、報酬が減額されるような真似は控えてくださいよ」

「はぁ、スミマセン」

 カカシの申し訳ない気持ちと、イルカの怒りどころはずいぶんと食い違っていた。

「あの、イルカ先生」

「なんです?」

 謝罪だったら、もう聞きませんよ。

 言い切るイルカに、カカシは疑問に思っていたことを聞いてみた。

「なぁんで、オレより早く、動けたんです?」

 能力───瞬発力ならカカシの方が上。

 毛呂木仁太夫が小刀を抜き払った瞬間に動き出した。
 イルカには、絶対に間に合わないタイミングで。

 なのに、カカシのクナイは仁太夫の寸前で、イルカに止められていた。
 
「ああ、あれはオレの方が先に動いてたからですよ」

 なんでもないことのように、イルカは言う。

「仁太夫の性格上、きっと刀を抜くと思っていたんです。多分、自害するために。それをアナタが傷つけてでも止めるだろう、とも……ね」

 だから、オレは仁太夫が刀を抜く前に、動き出してたんです。

「まあ、アナタの飛び出してくる速さが予想以上だったので、分身を出す余裕もなくっ……こんなことになりましたがね」

 包帯の巻かれた左手をかざし、イルカは苦笑する。

「……よく分かりましたね、仁太夫があの場で自害するだろうって……」

「伊達に教師と受付、兼任してませんよ」

 ほんの数ヶ月前までの日常を懐かしむように、イルカは目を伏せた。

「毎日、大勢の人間に接してましたからね。大概の人の行動を予測するのは、そんなに難しくないんです」

「イルカ、先生……」

 申し訳なさそうなカカシの声に顔を上げたイルカは、いたずらっ子の微笑を浮かべている。

「アナタやナルトなんかは、全然掴み所がないんで苦労しますよ」

 カカシにはそれが、他人に頼るコトを知らない子供の顔に見えた。

「イルカ先生、そんな顔しないでよ……」

 慰めたくて抱きしめようとした手は、寸前で軽くはたき落とされる。

「さて、カカシさんとバクヤはこれで任務終了です。もう里へ戻っていいですよ」

「えぇえっ? そんな、イルカ先生はっ!?」

「毛呂木の警護がありますから。その代わり、コレ、お願いします」

 極上の微笑みと一緒に差し出されたのは、しっかりと記入済みの任務報告書だった。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 半ば追い立てられるように1人で任地から里へ帰る道中、カカシは任務中のイルカを思い返していた。

 カカシの知る『イルカ先生』とはまるで違う、木ノ葉隠れの中忍。

 常に無私にて、里に忠実。

 けれど一度自分の信じた事や者には、殉じる覚悟も持つ。

 だから躊躇無く、カカシの刃からも身を呈して警護対象を守ったのだ。
 カカシとしてはイルカに簡単に殉じられては困るし、本人もそうそう死ぬつもりはないとは分かっている。

 けれど多分、本質的にはカカシよりもずっと忍に向いている。

 それでいて彼は、常に『うみのイルカ』でしかなかった。

 里には忠実だけれど、決して媚びたところのない人。
 
 忍であることを言い訳にせず、無駄に人を傷つけることはしない人。

 今回のように、特に込み入った事情のある───人の思惑の絡んだ任務には、誰よりも向いているだろう。

 同行できて良かった、とカカシは思う。

 人あしらいのうまさも任務で、というより生来の観察力や洞察力を受付やアカデミーで多くの人間に接して磨いてきたものだったのだ。

 それは、良かったのだけれど……。

───結局、イルカ先生が何怒ってたのか、分かんなかったなぁ……

 イルカがカカシに腹を立てている理由。
 正直、これが分からなければ、のこのことついて行った意味は無い。

 憂鬱になる。

 分からないままでは互いに気分が悪いし、イルカが戻ったら一度2人で話し合えないものかとカカシは思った。

 思い悩みながらも里へと近付いたカカシは、わき道から自分へ向かってくる存在に気付く。

 敵ではない。
 ない、が思い当たる人物は正直、敵忍一小隊よりやっかいだ。

 どうしたものかと足を止めたカカシの進路を塞ぐように───というか、そのまま進んでいたら確実に下敷きになっていただろう場所に、大木が倒れかかってきた。

 太い幹に足をかけ、1人のくのいち──木ノ葉隠れ特別上忍、みたらしアンコが裾の長い服を翻して立っている。

「はっぁい、カ・カ・シィー!」

「なに、アンコ。なんか用?」

 にこやかに笑いかける彼女だったが、明らかに不快そうに返すカカシの態度に、瞬間的に沸騰して応戦してきた。

「アタシがアンタに用があるワケないでしょっ! 任務よ、任務!」

「任務~ぅ?」

「そ! ほらっ、報告書出しな!」

「ダ~メだーよ。オマエだって知ってんデショ。守秘義務あんのー」

「分かってるって! 今回は、そっちの隊長から依頼されてんのっ」

「隊長って……イルカ先生、から?」

「そっ」

 だから、さっさとだしやがれ、と言わんばかりにアンコは右手を突き出してくる。

 しぶしぶながら、カカシはイルカから託された記入見本のような任務報告書をアンコに渡した。

 その内容にざっと目を通して、アンコは愉快そうに笑う。

「ふーん、なっるっほっどね~。イルカってば相変わらずキッツイわ」

「なぁんで、オマエがイルカ先生知ってんの? てゆーか、相変わらずってナニ? 聞き捨てなら無いこと言ったね、オマエ?」
 
「なーに言ってんのよ。イルカ知らない木ノ葉の忍がいるワケないでしょ! そ・れ・に、アタシらはアンタなんかより、ずーーーっと、付き合い長いのよっ」

 びしっと、カカシの鼻面を指し示し、アンコは言う。

「イルカがキツイ性格してんの、カカシだって知ってんでしょ?」

「どこがっ!? アノ人、他人庇って怪我してばっかりじゃないっ!」

「それのどこが優しいってのよ?」

 昂ぶるカカシの言葉尻と反対に、アンコはしれっと返す。

「本当に優しい人ってのは、死にたいヤツは死なせてやるもんよ。このご家老もさー、生きて拷問されて色々喋らされた挙句に刑死するぐらいならって自害しようとしてたんじゃないのー」

 それをワザワザ、身を呈して庇うなんて。

「性格ドス黒くなきゃしないわよ」

「ドス黒いゆーなっ!」

「もーぅっ、アンタうざっ! アンタと一緒に帰還なんて任務、アタシに振るなんて、よっぽど性格悪いか、アンタが嫌われてるかでしょ?」

 イルカを評する言葉のイチイチに噛み付いてくるカカシにキレたか、アンコは変化の印を組んだ。

「そんなんでも、アタシはイルカ気に入ってんだからいいじゃんっ!」
 
「……え?」

「一応、アンタが嫌われてないって前提で話してやってんだしーぃっ」

 アンコの変化した姿に、カカシは固まる。

 バクヤだった。

「……なんで、オマエ」

「言ったでしょっ! 付き合い長いってっ! さ、帰るわよぅっ!」

 状況を把握しきれずにいるカカシは、バクヤの姿に変化したアンコと腕を組んで───いるように引きずられて、里へ戻った。

 すれ違う男どもが揃って何とも言えない顔で振り返るのを見ながら、報告所へ連れて行かれる。

 にやりと笑うバクヤと里長の前に放り出され、カカシは悟った。

 里の意図を。

 黒金バクヤをパートナーだと公言したはたけカカシを利用して、彼女が実在するかのように取り繕う手伝いをさせられたのだ。

 今後も木ノ葉隠れの里が『黒金バクヤ』という、存在しないくのいちを運用していく為に。

 呆然とするカカシをよそに、バクヤ───アンコは白々しい微笑で、イルカの用意した報告書を提出している。

「火影様、今回の探索任務の報告書です。後日、隊長から警護内容と最終報告書が提出されます」

「そうかい。ご苦労、バクヤ」

 もういいよ。

 綱手の声に、アンコは堂々と変化を解く。

「あーぁっ、やっぱこーゆーの性に合わないわ。じゃーねー、カカシィ」

 けらけら笑って出て行くアンコの後姿を、カカシは殺気を込めて睨みつけていた。

「ご苦労、カカシ」

 里が誇る上忍の殺気も何処吹く風といった体で、5代目火影の綱手は微笑んでいる。

「今日、明日は休みをやるからゆっくり休んどくれ」

「……そりゃ、どーも」

「なんだい? なんか言いたいことがありそうだねえ」

 それっきりカカシは黙りこみ、そして帰ろうともしない。

「なんなんだい?」

「いえ……」

「アンタが話さなきゃならない相手なら、4~5日で戻るだろうよ」

「……そーですか」

「アタシャまだ仕事があんだよっ。さっさと帰りな。鬱陶しい」

 そこまで言われて、ようやくカカシは綱手の前を辞した。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 それから1週間。

 イルカが戻ってくるはずの日、カカシは里の大門前に朝早くから立っていた。

 しかし昼が過ぎ、夕方近くになってもイルカは戻ってこない。
 
 綱手の元へは3日前に、知らせがあったそうだ。
 あの家老が洗いざらい白状して役職も罷免され、警護の任務が終了したと。

 遅くとも翌日には任地を出ると連絡があった以上、道中何もなければ帰還は今日。

 道中に不安は無い。

 だがカカシにはイルカが戻ってからが心配だ。

 何故なら、アンコが変化したバクヤと共に帰還して以来、カカシの元を大勢の人間が訪れていたから。

 全く予期していなかったような理由で。

「カカシ! お前、バクヤさんとお知り合いだったのかっ!?」

 是非紹介して仲立ちしてくれと言わんばかりに縋ってくるヤツとか。

「バクヤがオマエとパートナーってマジ?」

 と、正直シャレにならない殺気含んで確認しに来るヤツとか。

「カカシさん! イルカ先生はカモフラだったんですね~♡」

 と、媚びてくる女だとか、男だとか。

 次から次へと、ひっきりなしに。

 そして、カカシは知った。

───イルカ先生っつか、バクヤって……伝説だったんだ……
 
 流浪の舞姫の姿で各地を転々とし、情報収集の分野で結構な活躍をしている黒金バクヤという謎のくのいちは、里の男どもが密かに憧れを抱く存在だったそうだ。

 木ノ葉の忍とは知らずとも、純粋に舞姫黒金のファンだった者も多い。

 バクヤの正体を知っているのは、火影である3代目や綱手だけ。
 もしくはアンコやアスマのようにイルカ本人と仲が良く、バクヤと共に任務へ就いたことのある者ぐらい。

 カカシがバクヤを知らなかったのは、周囲がやたらと女ウケのいいカカシに隠していたせいだ。
 まあ、カカシが他人の噂に、興味を持ってこなかったせいもある。

 第一、情報探索の短期任務だけをこなしていたバクヤと、長期にわたって激戦区を渡り歩いていたカカシでは接点はまるで無い。

 そんなバクヤとカカシが任務を同じ任務に就き、傍目には仲良く手を携えて里へ戻ってきたのだ。

 今更ながら、カカシが前の任務でバクヤをパートナーだと宣言していた事実もある。

 ついでにバクヤは報告終了と同時にすぐ、姿をくらませてしまった。

 真相を知らぬ者たちによって、カカシの周囲が突如として騒がしくなるのは必定。

 カカシはそういった者たちを見て、ようやくイルカの怒りに気付いたのだ。

 気付いた以上きちんと謝って許しを請いたい。
 が、肝心のイルカが戻らないので話にもならなかった。

 今日も未だにしつこくバクヤ情報を得ようと食い下がる野郎どもを蹴散らしつつ、カカシは大門の傍らでイルカを待ちつづけている。

 夜明けから、ずっと。

 すっかり日の暮れた頃になっても門の周囲をうろうろとしていたカカシは、ふいに背後からかけられた声に動きを止める。

「どなたかと、待ち合わせですか?」

 聞き間違えるはずもない声に振り返れば、イルカだった。

 いつも通りに忍服を着込み、常と変わらず書類まで抱えている。

 どう見ても任務帰りではない。

「イルカ先生……なんで、ここに?」

「はあ。受付で、やたらとアナタやバクヤのコトを聞かれるので、何かご存知かと……」

「受付って……アナタ、今日、帰還ですよね?」

「はあ」

「それがナニユエ、受付なんかに?」

 小首を傾げるカカシに、イルカはなんでもないことのように答えた。

「今朝早くに戻って、報告書を提出してから、たまってた書類を整理してたんですよ」
 
 2週間近く留守にしてたから仕分けだけで1日掛りでした。

そう言って抱えていた書類に目を落とす。

 急ぎの書類だけでも、自宅へ持ち帰って任務後の休みを潰して処理するつもりなのだろう。

 カカシはため息を漏らす。

───無駄に全力疾走な自分ペース、イルカ先生らしーってゆーか……

 愛しい、と思う自分にカカシは呆れた。

「それで、ですね。カカシさん」

「イルカ先生」

 イルカの言葉を制し、カカシはにっと笑顔になる。

「お帰りなさい。任務、お疲れ様でした」

 それはいつもカカシが言われている言葉だった。

 イルカのいる時間帯を狙って訪れた報告所や、偶然を装ってすれ違った道や、隠しようも無く待ち伏せしたイルカの自宅前で。

「ご無事で何よりデス……って言いたいですが」

 イルカの左手をちらりと見る。
 もう包帯もしていないけれど、カカシのクナイを受け止めた傷はまだ完治していないはずだ。

「それに……、出迎えるつもりでここに居たんですけど、入れ違っちゃってたみたいですね」

「あー。それは、申し訳ないです……」

「いーんです。ちゃーんと、言えたから」
 
 だから、とカカシは笑顔て返事を促す。

「はい。お出迎え、ありがとうございます。カカシさん」

 答えるイルカの笑顔に、いつもと逆ですねとカカシは笑う。

「……それで、ですね。オレ、よーやく分かりました」

 イルカ先生が怒ってた理由。

 表情を出来るだけ改めて、カカシは続ける。

「バクヤをパートナーだなんて言って、ゴメンナサイ」

 あの時は、アナタだったからあんなこと言っちゃいましたケド。

 と、小声で補足しながらカカシは続ける。

「考えナシにあんなコト公言して、アナタにも、他のヤツラにも迷惑かけちゃって……。それにあの、オレ、実はバクヤのてコト知らなくって……。本当にスイマセンでしたっ!」

 カカシは深々と頭を下げた。

 イルカとバクヤは、カカシにとっては同じ存在だった。

 けれど、対外的にはそうではない。

 イルカや多くの忍が苦労して、存在しないハズのバクヤをあたかも実在するかのように仕向けた結果なのだ。

 カカシがバクヤをパートナーと公言したことで、彼女の実在は揺ぎ無いものともなり、今後もうまく運用していけるだろう。

 ただその大きな代償をイルカ1人が背負ってしまっていた。

「オレのパートナーはアナタです!」

 ここは里の入口である大門のまん前で、人の目が多い。

 それを承知でカカシはイルカに告白を続けた。

「イルカ先生! バクヤとはたまたま一緒の任務に就いてただけです! 浮気とか、そーゆー気持ちも事実も一切アリマセン! 信じてください! オレはイルカ先生じゃなきゃっ……」

「もう、いいです。顔、上げてください。カカシさん」

 まだ言い募ろうとするカカシを押し止め、イルカも頭を下げる。

「……オレも、つまらない意地を張って、困らせるようなことをして、すみませんでした」

 つまらない意地とイルカは言うが、男としても忍としても、辛かっただろう。

 変化した姿であるバクヤが世間的に認知されていくのは。

 意に添わないとは言え、自分に言い寄ってきた男が、あっさりと仮の姿へ鞍替えしたかのように振舞われるのは。

 いくら本人たちの気持ち次第と思おうが、周囲は決してそう見ない。

 まるで自身の影に飲み込まれていくようだったろう。

 それはとてつもなく恐ろしいことだ、とカカシは感じた。
 
「イルカ先生が怒るのは当然デショ。オレ、同じことされたら……泣きますよ、きっと……」

 カカシは正直に自分の気持ちを言い、書類を抱えたイルカの左手に触れる。

「ごめんなさい」

 小さく呟くカカシに、イルカは苦笑する。

「バカですね」

 触れてくるカカシの腕を掴み、イルカは歩き出した。

「カカシさん、飯食いにいきましょう!」

「へ?」

「オレ、戻ってからなんも食ってないんですよ~。家にはカップ麺しかないですしー。あ、米はあるんですけどねー」

 大声で任務明けのわびしい食糧事情を訴えるイルカに情けなく引きづられながら、カカシは頬が緩むのをこらえ切れない。

「普段はそうでもないのに、任務明けの家事ってなんでこんな面倒に思えるんでしょうねー」

「急に日常に戻されて、感覚がおっついてないんじゃないでしょーか?」

「あぁ、そうかもしれませんね。流石、カカシさん」

 でも、自分の足で歩いてくれませんかー。

 そう言って道端に放り出されそうだったので、カカシは慌ててイルカに並んで歩き出す。

「イルカ先生、ナニ食べたいですか? 奢りますよー」

「……1食や2食じゃ買収されませんよ」
 
「どーぞどーぞ。なんなら生涯、面倒見させて頂きますケド?」

「それは遠慮します」

「いえいえ、どーか遠慮なさらずにーぃ♡」

 そんな不毛な会話を垂れ流しながら、イルカとカカシは歩いていく。

 互いに、自身の将来を良くも悪くもするだろう人の腕を掴んだままで。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 翌日、昼にも近い時分になってからカカシは上忍待機所に顔を出した。

 至極、上機嫌で。

 常ならば一見、猫背でほてほてと歩いていながら、実は颯爽と捌いていた足元は、雲を踏んでいるかのように浮ついていた。

 いつも携帯している愛読書のページをめくる指すら、どこかうきうきと弾んでみえる。

 殆ど覆われた顔で唯一表情を伺える、眠そうでやる気の見いだせない目でさえ、やに下がっていたし。

 どことなく調子の外れた鼻歌なんかまでも、聞こえている。

 そんなカカシを、待機所に居た上忍たちは見てみぬ振りをした。

『触らぬカカシに祟りナシ』

 これは最早上忍の心得を通り越し、里の標語となっている。

 けれど、世には必ず例外というものはあるもので……。

「あーっ! カ・カ・シィ、見ぃっけー♡」

 待機所の入口でそう叫んだのは、特別上忍みたらしアンコ。

 カカシを恐れぬ数少ない勇者の1人。

 そして世界で一番幸せなカカシが今、最も出会いたくなかった人物である。

 そんなカカシの思いを確実に察して、アンコはずかずかと近付く。

「どーぅしたのーぉ? ずーいぶんと、ご機嫌じゃなーい?」

「ま、お陰様で幸せにやってるんでー」

「アラ、ご馳走様~」

 ひらひらと振られるアンコの手に、数十枚の紙束が握られていることにカカシは気付いた。

「で、それナニ?」

「ん? 気になる?」

 いや、気にはしたくなかったし、気付きたくはなかったのだけれど、ツッコまないといつまでもそうされてそうだった。

 動体視力もバツグンなカカシの目は、紙の表面に記されていた文字を読み取っている。

 ただ内容を、確認したかった。

「これはね~ぇ、最近、マブのバクヤと行った店の請求書よ~」

 嫌な笑い方でアンコはそれらをカカシに押し付ける。
 
 甘栗甘やら酒酒屋やらの請求書の一枚一枚に、しっかり『はたけカカシ様』と記されていた。
 ついでに、それこそ目玉が飛び出そうな数字まで並んでいる。

 大事な目を落とさないようにか、現実から逃げる為か、とっさにカカシは目をつぶってみた。

 けれど、アンコの心底意地の悪い声は続く。

「相談料? ってゆうかー」

 口止め料、ね。

 声に出さずに、アンコは言う。

「ゴチソーサマ♡」

 アンコが去ってから、カカシは簡単に押し付けられた紙束を計算してみた。

 結構な高給取りだが、それでも、痛い額。

 どーしたもんかと、数字を睨みつけていると、事態は更に悪化する。

「ここにいたのね」

「よぉ、見つけたぜ」

「カカシ、話がある」

「あーっ! 見つけましたよっ!」

 紅、アスマ、そして何故かイビキとシズネが、同じように紙束を手に現れたのだった。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 それからしばらく、カカシは必死こいて高額任務をこなしまくったという。
 
 同じ頃、木ノ葉の里で流れた噂は、遠い任地にいた彼には届かなかったはずだ。

 ある男がこうなるように全て仕組んだ。
 という、噂は……。


 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/01/18
UP DATE:2005/01/18(PC)
   2008/12/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07
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