Metamorphosis Game

【Security Risk】
[Metamorphosis Game 03]



 任務依頼書に目を通し、うみのイルカは深く深く息を吐き出した。

───ついに、来るべきものが来たか……

 以前、カカシと共に任務に出て以来、いつかはこういう時が来ると覚悟はしていた。

 してはいたが、実際にソレを目にすると、気が滅入ってくる。

 そんなイルカの様子を面白そうに眺めながら、5代目火影である綱手が返事をうながす。

「で? 受けてもらえるんだろうねぇ?」

 有無を言わせない笑顔の圧力で持って。

 再度、ため息をついてから、諦めたようにイルカは答えた。

「うみのイルカ、謹んでお受けします」

「そうかい。ああ、アンタは別の極秘任務ってことにでも……」

「いえ、それは……」

 綱手の言葉を遮って、イルカは自分の希望を伝える。

「この任務の責任者にしていただければ」

「それは、アイツへの命令権ってことだね?」

「はい」
 
 この任務には中忍のイルカの他に、上忍がもう1人同行する。

 階級的にはその人物へ隊を任せるが、今回は中忍のイルカの方へ依頼がきていた。

 それに中忍以上になれば、部隊編成は階級ではなく能力と適正によって成される。

 イルカの言い出した条件に何も問題はない。

 けれど、あまりあることではないし、こんな申し出をしてくる者は居なかったはずだ。

 それなのに、イルカは同行する上忍を部下にしてくれと言う。

 平凡そうな男の存外なしたたかさが小気味良かったのか、綱手は気に入ったよと微笑んだ。

「分かった。アンタに全て任せよう」

 アイツの扱いは得意だろうし、と揶揄も含ませながら。

「早速、手配してやる。期待しているよ」

「はい。御前失礼いたします」

 言って、イルカは火影の前を辞した。

 扉を閉めたところで、三度ため息を漏らす。

 今回の任務を知らされた時のカカシの反応を思うと、ため息しかでなった。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 そして翌朝、集合場所に姿を現した途端、カカシは硬直した。
 
 彼をよく知らない者から見れば、ただ何気なく立ち止まったようにしか見えないだろう。

 けれど、分かる人間には分かるのだ。

 右目の周辺しか曝されていないハズの顔色が赤くなったり、青くなったり、白くなったりしているのが。

 きっと脳内では可愛そうなくらいに複雑で、イヤになるくらいに低俗な葛藤が起こっていることが。

 その懊悩に配慮して、しばし無言で向き合ってもみた。

 が、このままではいつまでたっても任地へ出発することができない。

 意を決し、カカシへ挨拶をしてみた。

「お久しぶりです、カカシさん。今回も、よろしくお願いしますね」

 出来る限り、笑顔で。

 けれどカカシから返ってきたのはため息混じりの呟きだった。

「せっかく、イルカ先生と2人っきりの任務だと張り切ってたのに……」

 嫌な部分を強調するカカシを待っていたのは、確かにイルカではあった。

 が、1人、ではない。

「改めてご挨拶させていただきます。今回の任務で副長を務める特別上忍、黒金バクヤです。よろしくお願いします、カカシさん」

 以前に女体変化で任務についた時の、くのいち姿のイルカがいた。

 背は10センチばかり低くなり、身体つきは細くたおやかに。

 けれど、どこかうみのイルカと似たくのいちの隣りに立つイルカは、影分身らしい。

 2人並んでにっこりと微笑むその表情は、恐ろしいまでに完璧な笑顔。

「「アナタが先日、妙なことを口走ってくれやがりましたお陰で、こうして任務のご指名を頂くようになってしまいましてねえ」」

「あー……。それは、申し訳ないです」

 ステレオでトゲを含みまくった嫌味を聞かされて、カカシは素直に謝罪する。

 が、後ろ頭を掻きながらでは誠意のかけらも見受けられない。

 ちなみに、イルカの言う、カカシの口走った妙なこと、とは。

 それは以前、共に任務に就いた時、黒金バクヤに変化していたイルカを、自分のパートナーだと言ってしまったことだった。

 あの。
 写輪眼のカカシの。
 パートナーだと。

 そんなコトが公になれば、色々な意味で黒金バクヤに興味を持つ人間が増えるのは自明の理。
 火を見るよりも明らか。

 木ノ葉のくのいち、黒金バクヤは元々の舞姫としての名声も手伝って、瞬く間に有名な忍になってしまったらしい。
 
 このように、便宜的に使った変名や仮の姿が本人よりも知られてしまうことは稀だ。

 しかし、ないワケではない。

 木ノ葉の里では───きっとどこの里でも、そういった名は、うまく使ってきた。

 それに仮の名や姿が面倒になれば、死んだとすればいいだけだ。

 元々居なかったのだから、痕跡の抹消も簡単なものだろう。

 第一、黒金バクヤという女は舞姫として名と芸を売っていた。

 それも超一流として。

 忍であると知れれば、名指しの依頼がくるのは、覚悟のうえ。

 けれど、バレ方がマズ過ぎた。

 黒金バクヤがはたけカカシのパートナーだということは、バクヤに依頼された任務には、写輪眼のカカシがもれなくついてくる可能性が高い。

 というか、いくらバクヤ───イルカが拒否しても、ついて来るはずだ。

 カカシが。

 子供のような屁理屈を並べてごねるカカシが容易に脳裏に浮かび、その想像だけでイルカは死ねそうな頭痛を覚える。

───……だから、アンタに知られるのだけは、嫌だったんだ……

 そう、心の中で涙ながらに拳を握ってみても、もはや手遅れなのだ。

「ま、2人っきりにゃ変わりないから、いーんですけーどね」

 のんきに言い放つカカシへ、バクヤがいつものイルカ然とした口調でたしなめる。

「何言ってるんですか! 今回はスリーマンセルですよ」

「え? イルカ先生、分身しっぱなし……ってー、なにすんですかー?」

「イルカはオレですっ」

 バクヤに向かってイルカ先生と呼ばわるカカシへ、影分身イルカが容赦なく裏拳でツッコミを入れてくる。

「まだ里内で人目があるんですから、少し考えてくださいよっ」

「ああ、そーうでした。なーんか、イルカ先生と一緒だとオレ、気ぃ緩んじゃうんですよー」

 えへへとテレ笑いを浮かべるカカシは、知らない。

──……じゃあ一緒に激戦地に着任すりゃ、その日のうちにオサラバかなー

 などとイルカが考えていたとは。
 世の中、知らない方がシアワセなことは多いものだ。

「任地への道程で詳細を話します」

「ちなみに、隊長はオレ、副長はバクヤです。以後は、指示に従ってくださいね」

「りょーっかいです。イルカ先生、バクヤさん」

「「では、出発しましょう。カカシさん」」

 苦笑を浮かべたまま、イルカとバクヤ、そしてカカシは木ノ葉の里を後にした。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 木ノ葉の里を発ってから2日後、黒金バクヤとはたけカカシは今回の依頼主である大名に謁見していた。

「木ノ葉隠れ特別上忍、黒金バクヤでございます」

「同じく上忍、はたけカカシ」

 高名な忍と、美しいくのいちの控える姿に見入られたのか、しばし依頼主は黙りこくった。

 傍らに付き従う者に促されて、ようやく話し始める。

「……お、おお。よ、よくぞ参られた。あ、楽になされよ……」

「はい。ですが、早速、ご依頼の任に就きたいと思っております」

 にこりとバクヤが微笑んでやれば、大名は再び押し黙る。

 笑顔にあてられたのか、それともその背後で不穏なチャクラをだだ漏れにする上忍に気おされたのかは、不明だ。
 それでも、側用人に「殿、殿様」と何度か呼ばれて、また我に返る。

「さようか……。あー、これ。仁太夫」

「はっ」

 一礼して進み出たのは、尊大そうな態度と傲慢そうな性格がべったりと顔に張り付いた男だった。
 
 大名と忍の丁度中央に座し、仁太夫は形ばかりの礼をしてみせる。

「家老の仁太夫じゃ」

「毛呂木仁太夫にございます」

「お頼みするは仁太夫の警護。ただし、人に知れぬように願いたい。どうじゃ?」

「「承知いたしました」」

 大名の問いに、バクヤとカカシは即答した。

「けれど、姿無くというのも難しかろう。立場なり何なり、必要ならば遠慮なく言うてよいぞ」

「では、遠慮なく」

 微笑んで、さらりととんでもないことをバクヤは言う。

「私をご家老様にお下げ渡し下さいませ」

 それは大名の手つきの女として、家臣へ侍らせろということだ。
 確かに、女が家老の側に侍るには最も自然で説得力のある理由だ。

「な、なるほど……分かった。仁太夫、このバクヤ殿をお主へ預ける」

「承知いたしました」

 大名へ一礼し、仁太夫はバクヤを振り返る。

「バクヤ殿、よろしく頼むぞ」

「はい」

 にっこりと、花の咲くような笑顔を見せるバクヤ。

 その背後で、高名な上忍が1人、淋しそうに控えていた。
 心の奥に荒れ狂う嫉妬を必死で押さえ込みながら……。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その日の昼過ぎに、バクヤは身なりを奥女中に変えて、家老、毛呂木仁太夫の屋敷へ入った。

 突然、主人の連れ帰った殿様からのお下げ渡しの女に、屋敷の者はずいぶんと慌てたらしい。
 それでもなんとか仁太夫の居室に近い一室を宛がわれ、ここを拠点にバクヤと密かに邸内に潜入したカカシは警護の任に就く。

 ……のだけれども、夕餉も済んだ時刻になっても、肝心のカカシが姿を現さない。

 書院で勘定書きに目を通している仁太夫を、庭を眺める体で警護しながらバクヤは不安だった。

 こんな形で警護対象に近付くことに、カカシは最後まで反対していた。
 流石に妨害や、任務放棄などはしないだろうが、隊長権限で黙らせたことは根に持って、多少の嫌がらせはしてくるかもしれない。

 多分、セクハラとか、セクハラとか、セクハラとか。

───何も、やらかしてくれなきゃいいんだけど……

 カカシには別にしてもらうことがあるのだ。
 だからこそ、今ここで勝手をされては困る。

───打ち合わせなきゃならねぇことあっから、落ち着いたらすぐ顔を出せって、あれほど、言ったのにっ……

 知らず、心の声がイルカ本来の口調に戻っていた。

 まあ、自分にはつれない惚れた相手が、仕事ならあっさりと誰かの物となる振りをするのだ。

 自ら申し出てまで。

───それは、面白くないだろうけどよ……

 アレだけ里で恥も外聞もなく迫られれば、いくらイルカだとて、カカシの真情は分かる。

 本気だと。

 ただ、本気だと分かるからこそ、受け入れがたいのだ。

───だって、アンタが好きなのは、イルカ先生なんでしょう?

 明るくて裏表が無く、人好きな性格はイルカ自身の性格だ。

 けれど、うみのイルカはただの教師ではない。
 忍者見習を育成する、忍なのだ。

 いくら里で忍らしくない本性を隠さずにいるとしても、任務につけば忍としての心に切り替わる。
 本意ではないが、裏を書くことも、人を殺すこともした。そのことに自身では折り合いもついている。

 それに生来の頑固さからか、一度吹っ切れてしまって以来、迷いを抱いたことはない。

 しかし、そんなイルカのギャップを認められない者は多かった。
 何度、任務先で、イルカらしくないと仲間たちから言われたことか。

───いつか、カカシさんからも、突き放される日が来るかな……

 つい絆されそうになった時にそう思えば、不思議と心は落ち着いて容赦なくカカシを袖にできた。

 そしてちっとも良心は痛まない。

───自分本位な精神構造は、一番のウリだな……

 そう思うと、苦笑が漏れる。

 術の多さや巧みさ、戦術や戦略でなく、精神構造が特性とは情けない限りだ。

 そんなもの、実戦ではなんの役にも立ちはしない。
 精神的に壊れないだけでは、任務は達成できないのだ。

 だからこそ綱手は自分1人に任せず、部下という形にしてまでカカシを加えたのだとイルカは考えている。

 その時、遠くから梵鐘の音が夜陰を渡って響いた。

 その音に顔を上げた仁太夫は、庭に立つバクヤを呼ぶ。

「バクヤ殿、少しよろしいか?」

「なんでございましょう、仁太夫様」

「そなた、どこまでが任務か?」

 特に表情も変えず、小声で話す仁太夫の目がバクヤの身体を舐めるように見ている。

 それは明らかに殿様からのお下げ渡しという隠れ蓑がどこまでの物か。
 ことに及ぶまで致すつもりかと。
 
「ご家老様の望まれるようになさいませ」

 柔らかく微笑んで答えてやれば、ごくりと咽喉の鳴る音がする。

「ならば」

「ですが」

 仁太夫の言葉を遮り、一段低く押し殺した声でバクヤは続けた。

「私どもは忍」

 敢えて、自分1人がここにいるのではないと、バクヤは言う。

「任務遂行のためなら、どんな手段も厭わぬこと、お忘れ無きよう……」

 それは、牽制だった。

 閨を命じられても、応じるとバクヤは言った。
 言ったが、果たしてそれが本当にバクヤで、実際に行為に及ぶかどうかは分からないと。

 今、目の前にいるのは実はカカシかもしれないし、寝所で幻術を掛けることも出来るのだと。

「如何?」

 バクヤの微塵も揺るがぬ鮮やかな笑顔が、返って恐ろしい。

「い、いや、済まぬ。今宵はもう休む故……」

「さようで。お休みなさいませ、仁太夫様」

 書院の火を落とし、1人寝室へ渡っていく仁太夫を見送って、バクヤは小声で毒づいていた。

「……誰がおとなしくヤられてやるか……」

「んー、さっすが、おっとこ前ですねー」

「今までどうされてたんですか、カカシさん」
 
 背後へ突然現れた気配に驚きもせず、バクヤはため息をこぼす。

「ずっと庭にいました」

「……まあ、いいです。話して置きたいことがあるので、部屋へきてください」

「ご家老から、目ぇ離しちゃっていいんですかー?」

 特に心配もしていない口調のカカシに、同じくどうでもよさそうに答えた。

「一応、結界もトラップも準備してます。心配なら、アナタの影分身でもご寝所に侍らせてさしあげれば?」

「それは……ヤです」

 想像するまでもなく、カカシは言い捨てる。

 バクヤに宛がわれている部屋は毛呂木屋敷の奥室。
 本来は仁太夫の妻なりが使う部屋だ。

 しかし、既に老年に達し家老職にもある毛呂木仁太夫に妻子はない。
 そのこともあって、バクヤ───イルカは自ら進んで殿様から下げ渡された女としてこの屋敷へ入り込んだのだ。

 カカシは、それが気に入らないらしい。

「どうぞ、カカシさん」

 バクヤは先に立って案内し、カカシを部屋へ通した。

「今、灯りをつけます」

 障子を立て切り、行灯に火を入れる。

 カカシを振り返り、座布団でも勧めようかとしたバクヤは、苦笑をもらした。
 
「なんて顔なさってるんです?」

 薄暗いし殆ど隠されているけれど、それでも分かる程、憮然とした顔。
 その顔でぼつりと、カカシは底冷えのする声をこぼす。

「アンタ、いつもこんな任務やってんですか?」

 女の姿になったり、夜伽を要求されるような。

「今回は特別、特殊なだけですよ」

 だが、けろりとした顔で、バクヤは返した。

「そりゃあ、芸を売る女の姿ですから、他の忍に比べれば妙な任務は多いと思いますよ」

「………」

「だけど、例えバクヤの姿でも、オレがそういうコト受け入れるかどうか、アナタが一番良く分かってると思ってたんですけど?」

 言われて、カカシは呆けたような顔になる。
 イルカにつきまとい、言い寄り続けたことを思い起こしたのだろう。

 好意そのものは否定されなかったが、行為は断固として拒否されつづけていた。

「任務中に性的な欲求を向けられることもありますけど、それを回避するのも任務のうち、ですよね」

 冷静に考えれば、言われるまでもない。

 任務にかこつけて自身の欲求を満たす者も居るけれど、それは一部の例外であり、真っ当な忍はしないことだ。
 寧ろ、避けるのが定道。
 
 カカシは気まずそうに後頭部をかき、うつむく。

「あー、スミマセンね」

「いいんですよ。アナタがパートナーだと言った事実で、面倒を断れるんですから」

 穏やかにバクヤは微笑むが、イルカが何かを怒っているのだと分かる。

 解せずに謝るな、と。

 けれど、分からない。

「それはともかく、そろそろ話しても?」

 黙りこむカカシに、もうこの話は終わったとばかりに、バクヤは話を切り出した。

 彼をこの部屋へ通した本来の目的───任務の話を。

 そして、イルカの真意が理解できないカカシは、従うしかなくなる。

「……どうぞ」

「では、カカシさん。私たちの任務はただの要人警護ではありません」

 大名家の家老である毛呂木を護衛することが第一の任務。

 そしてもう一つ、毛呂木に悟られぬよう、周辺を探ることが第二の任務だった。

「分かっていると思いますけど、期日まで毛呂木を死なせないことは勿論、狙ってくる相手も殺せません」

 忍だった場合は、その限りではありませんけれどね。

「私……と隊長は、情報の確認に専念します」

 少しイタズラっぽく微笑んでバクヤは続ける。

「毛呂木の護衛はアナタにお任せしますね」

「……了解しました」



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その夜からカカシ1人で毛呂木仁太夫の護衛を始めた。
 時に影に潜み、時にバクヤの姿で側に侍りながら。

 初日にイルカが牽制してくれていたお陰で、バクヤの姿で居ても無体を強いられることもなかった。

 それだけに、カカシの心境は複雑極まりない。

───イルカ先生、あしらい慣れてるよなぁ……

 それだけ任務をこなしてきているということだろう。

 これだけのあしらい方を心得るまでには、色々と失敗も重ねているかもしれない。
 うまくあしらいきらずに、無体を強いられたことが。

 それを思うと、カカシは身を切られるような辛さを覚える。

 イルカを厭うわけではない。

 そんなことを言ったら、カカシ自身はイルカに顔向けなど出来ないし。

 そうではなくて、ただイルカが抱えている傷や嫌悪感を思うと、辛い。

───……うぅっ……なんか望みないねーえ……

 カカシ自身の気持ちすら、イルカには負担だろう。

 きっと、純粋な好意だけでも。
 
 けれども、これまでイルカはカカシの行為は拒んでも、好意は否定していない。

 それだけが、カカシにとっては救いだった。
 いつかは受け入れてもらえるような気がする。

───でーぇもねー……

 今、イルカはカカシのしでかした何かに怒っていた。

 カカシには何なのかさっぱり分からない理由が判明しない限り、歩み寄りはなさそうだ。

───気になって護衛忘れそ……

 だが、イルカに任された任務を放棄したら、確実に嫌われる。

 せめて次の指示がくるまで、毛呂木を守りきらねば。

 いくら民衆に恨まれ、命を狙われているような男だとしても……。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 カカシ1人での警護が始まり3日が過ぎた。

 毎夜、深更にバクヤに宛がわれた部屋で数分、その日に得た情報を交換するために顔を合わせる他に、互いに顔を合わせる機会はない。

 その度にイルカはバクヤであったり、カカシであったりした。

 決してイルカ本来の姿では現れない。

 そして任務以外のことを話す隙も、与えてはくれなかった。
 
 今夜も必要な情報だけをやりとりすると、イルカはカカシの姿で去っていこうとする

「それじゃあ、明日もお願いします」

「あー、ちぃっと、いいですかね?」

 カカシは自身の姿で正座し、イルカを見上げた。

 一見、落ち着き払っているようにも見える。
 内心はもうひどい緊張でダメダメな状態だったのだけれど。

「何か?」

「一つ、聞いておきたいことがあるんですよー」

「なんでしょう?」

 律儀にも同じように、自分の前に正座しなおすイルカを見つめ、鏡に向かって話すようだと思いながら、カカシは言葉を続ける。

「イルカ先生って、男経験アリ?」

「……………………………………………は?」

「え?………」

 長い沈黙の後、怪訝そうに小首を傾げてイルカは問い返した。

 カカシの僅かに覗いた頬が見る見るうちに赤面していく。
 そして、いつも以上にワケの分からないことを口走りだした。

「はっ! いかーんっ!! キンチョーしてなんか間違えてるぅーーーッ!! 違う違うしっかりっ!! オレファイト!!」

 両手を握り締めて自分を奮い立たせ、ちょっこりと正座したまま、カカシは言い訳し続ける。

「……えっとデスねっ! アレから色々色々考えちゃって、でもオレ全然分かんなくって、前々から気になってたコトとかまで散々悩んじゃったりしてっ! そんでそんでっ………あ、オレがイルカ先生好きなのは変わんないんですけど、でもさって………あえ?」

 オレ、何言おうとしてたんだっけ?

 ようやく我に返ったカカシへ、イルカは大きくため息を吐いた。

「落ち着きました?」

「……スミマセン……」

 深々と頭を下げ、大きく深呼吸をすればカカシも冷静さを取り戻す。

 カカシが顔を上げたところで、イルカはカカシ本人にバクヤの姿へ変化するよう促していた。
 請われるまま、カカシもバクヤへ変化したところで部屋の外に人の気配が近付く。

「バクヤ殿、なにやら騒がしいようだが……」

 屋敷の主で、任務の警護対象である毛呂木仁太夫だった。

 口の前に人差し指を立てて黙っていろとバクヤとなったカカシに示し、カカシの姿をしたイルカが応える。

「申し訳ありません、仁太夫さま」

 バクヤの声で。

「されど、何か御用でしたでしょうか?」

「いや、話し声がしたようだったのでな……」

「さようですか……」
 
 イルカは障子に寄り、細めに開ける。

「夜中にお騒がせして申し訳ないですね。ちぃっと作戦会議中だったもんでー」

「……あ、いや……」

 仁太夫は慌てていた。
 常にどこかで自分を守っているはずの男が、共に警護についている女の部屋に居たのだから。

 だが警護対象とはいえ、咎められる立場ではないとわきまえているのか、すぐに引き下がる。

「私こそ失礼した。もう休むゆえ、貴殿らも休まれよ」

「そーですか」

 お休みなさいませ、仁太夫様。

 恭しく言い、カカシの姿でイルカは、警護対象を1人で自室へ帰した。
 不遜にもひらひらと手を振って見送る姿を見上げ、バクヤの姿のカカシは複雑な心境である。

 それは、イルカの見ている己の姿なのだ。

「カカシさん」

 いつものイルカと変わらぬ口調で名を呼ばれても、それは間違えようもなく自分の声。
 なのに自分は女の姿。

 少しだけ、この任務に着くイルカの気持ちが分かった気がする。
 けれど正解はまだ霧の向こうだ。

「カカシさん?」

 黙りこんでしまったカカシが何を考えているのか、イルカは分かっているらしい。
 
 微笑んで(それが自分の顔だったから、カカシは更に複雑だった)、バクヤであるカカシの正面にしゃがんだ。

「ヒント、あげます」

 バクヤであるカカシの左頬に、カカシなイルカの手が添えらる。

 カカシはその手の温かさに、うっとりと目をつぶってしまった。

 ふ、と何かが唇に触れる。

 目を開けると、自分の顔だった。

「~~~っ!!」

 それがイルカの変化とは分かっていても、心臓に悪すぎる。

 にぃっとイタズラな笑みを浮かべて口布を上げる自分の姿は。

「そんじゃー、明日もヨロシクお願いね♡」

 カカシさん。

 そうカカシの声で言い残し、イルカは自身の任務へ戻っていった。





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