Metamorphosis Game

【Avoid Publicity】
[Metamorphosis Game 02]



 火の国は周辺諸国にあっては最強の国力を有している。

 それは安定した商業経済や政治といったものが発達しているということだ。
 中でも最も大きな要因であり、外交的圧力となっているのが、優秀な忍を排出する木の葉隠れの里である。

 ただ現在の情勢は複雑な事情が絡み合っていて、面倒事も多かった。

 しかし火の国ではその国力によって築かれた平和の下、豊かな文化が花開いている。

 都から外れていたとしても、有力な大名の城下には日々大きな市が立って人が集まる。

 そんな人々の目を楽しませる小屋も数多くあった。
 見世物は芝居や曲芸だけではない。
 通りを流す物売りですら、行き交う人の足を止めさせる為に、面白おかしく文句を連ねる。

 そんな活気溢れる通りの外れに立つ小屋の前に、一際響く胴間声。

「あいやしばらくぅっ!」


 その声に虚を突かれた人々が足を止めてそちらを見やる。

 白髪の美丈夫が背後に黒髪と銀髪の女を従え、小屋を開ける口上を述べるところであった。

「それがしは妙木山は蝦蟇仙人に教えを請うたる白蛙太夫(はくあだゆう)。これなる美女2人は同じく黒金姫、白銀姫」

 男が両手を広げて紹介すれば、右に黒髪の黒金、左に銀髪の白銀が進み出てた。

 黒金は長く美しい黒髪を後ろに流し、左眼を赤い眼帯で覆っている。
 肌が抜けるように白く、赤と黒を基調とした異国風の袖の長い着物が良く映えた。
 右の灰青色の瞳と表情は少し冷たくも見えるが、それで彼女の美しさが損なわれてはいない。

 一方の白銀は長く美しい銀髪を高い位置で結い、ただ前髪は長く垂らしたまま顔の左半分を覆い隠していた。
 瞳は黒く、肌が少し日に焼けていて、黒金と揃いの白と青を基調にした着物が良く似合っている。
 何より、目を引くのはその愛嬌のある笑顔だった。

 そこいらにいた男の殆どが、2人に見入っている。
 所々でため息がもれ、時に下卑た笑いや野次もあった。
 
 それらを無視して男は口上を締めくくる。

「明日より我らこの鬼火一座の舞台を借りまして、仙郷秘伝の妙技の数々をお目に掛けたく思うております。本日はまずのご挨拶にて、この2人の美女の舞をご覧下されましょう」

「それでは皆様、拙き技にてお目汚しをお許しくだされませ」

 白銀姫がそう言って一礼すると、小屋から楽の音が流れ出す。

 その音に合わせ、いや操るように2人は袖を振るって舞った。

 動きにつれて手足に揺れる細い金銀の輪がしゃらりと、袖裾に下がる金銀の鈴がちりりと鳴る。

 2人の舞は対照的だった。

 黒金姫は優雅で完璧な動作で見るものを魅了し、白銀姫はおおらかで叙情溢れる仕草で人の目をひきつける。

 2人の舞は時にせめぎ合い、時に調和した。

 ここは埃臭い通りだというのに、まるで幽谷に遊ぶ仙女の姿を見るような舞。

 やがて楽の音は終わり、2人の舞姫は優雅な礼と美しい微笑を残して小屋へと消えていった。

 再び、白蛙太夫と名乗った男が声を張り上げる。

「さても皆様、我が妹弟子2人の舞、如何思し召しましたでしょうや。万一、お心に響くものありますれば、明日より鬼火座にての舞台、是非のお越しとごひいきを、伏してお願い奉りまするぅ!」

 どどん、と太鼓が打ち鳴らされると同時に、その白蛙太夫も煙となって消えうせた。

 残された人々は一瞬あっけにとられたように静まり返り、次第に元のざわめきを取り戻していく。
 それぞれの用を思い出して歩みを急がせる者や、再び売り声を響かせる者もある。

 しかし、大半は木戸番に明日からの公演の次第を聞き出そうと詰め寄った。

 これから数日、鬼火一座はかつてない好評を得ることになるのだが、それは後の話である。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 大混乱となりつつある木戸口を見下ろす鬼火座の楽屋では、座頭のキビが白蛙太夫らを上座に据えて上機嫌であった。

「いやもう本当に、白蛙太夫様には恐れ入ってしまいます! それにしてもまさか、貴方様がいらしてくださるなんて! いやもう、5代目も分かっていらっしゃるのですねえ。いやもう本当に!」
 
 やたらと大げさに誉めそやすのは彼の生来の癖のようなものらしく、他意はないようで嫌味とは感じなかった。

 座頭の容貌は、良いとは言えない。

 体毛がやたらと濃く、ヒゲの剃り跡が黒々と顔に浮いている。
 にも関わらず、頭はずいぶんさびしいことになりつつある。
 ただ顔つきに愛嬌があり、声の通りもいい。

 実を言うとキビはこれでもれっきとした木の葉の忍だ。

 火の国を巡り、芸を披露しながら様々な情報の収集に当たる鬼火一座。
 その座頭を任された特別上忍である。

 それを承知している白蛙太夫と白銀は、誉め殺しのような座頭の口調を懐かしそうに笑ってみている。
 黒金だけは憮然としていたが。

「いやあ、それにしても、まさか黒金まで戻ってきてくれるなんて思いませんでしたよ。それにこんな美しい妹さんまで一緒だなんてねえ。それにしても本当にそっくりだよ。白銀さんと、昔の黒金は」

「ありがとうございます、座頭。わたくしの芸など拙いばかりですが、兄様姉様の足を引っ張らぬよう、精一杯務めますのでお願いしますね」

 にっこりと笑って白銀が頭を下げる。
 と、黒金はますます面白くなさそうに美しい顔をしかめ、窓の外へ視線をそらす。

「おうおう、黒金はご機嫌斜めとみえるのぉ」

 本気で面白そうに白蛙太夫は黒金をからかう。

「ま、お前がどう思おうが、何を考えようが、きっちり舞台さえ務めてくれりゃあワシは何も言うこたあねえわ。な、キビ殿よ」

「いやもう本当に、それはそうなんですがねえ。一体、黒金はどうしちまったんです? 昔とすっかり人が違ってしまってますよ、いやもう本当に」

 座頭の言葉に黒金ではなく、何故か白銀が慌てたように答えた。

「ええっと、姉様は、その、以前、一座にお世話になってから、その、色々、ありまして……」

「いやもう本当に、そうなんだろうねえ。それだけ美しい顔に傷の残るようなことがあったんだから、いやもう本当に仕方がないんだろうねえ」

 白銀がフォローするまでもなく、座頭は自分で勝手に納得してくれた。
 しかし当の黒金は相変わらず、座頭を見もしない。

 やれやれとため息をつきながら、白蛙太夫は立ち上がる。

「ワシは座頭と座元に挨拶してくるからのぉ。お前らは明日からに備えておけ」

「いやもう本当に、黒金、白銀さん。明日からお願いしますね。ああ、そうだ。入用な物はなんでも座付きの者に言って構いませんからね、いやもう本当に」

「はい。ありがとうございます、座頭。いってらっしゃいませ、兄様」

 笑顔で見送る白銀と、視線すら動かさぬ黒金を残し、白蛙太夫と座頭は楽屋を出ていった。

 2人とも足音など立てはしないが、気配が遠ざかっていくのは分かる。

 街中で気配を殺しきると逆に目立つ。
 故にあまり目立たぬようにしながら、わずかな気配をまとっていなければならないのだ。

 白銀と黒金は楽屋で2人きり、隣合って座ったまま。
 黒金は窓の外をみやり、白銀はさっき座頭たちが閉めていった障子を見つめている。

 木戸口の喧騒はまだ続いていたが、座の中は静まり返っていた。

 人の気配はあるものの、物音は殆どしない。
 鬼火一座の者全てが木の葉の忍だった。

「こういう部署があるのは話に聞ーて知ってましたけどー。あのエロじじいどころか、まさかイルカ先生まで関わってたなんて初耳ですよ」

 ぼつりとカカシが呟いた。

「関わったっていうより、昔ちょっとお世話になっただけですよ」
 
 2人きりとはいえ、掘っ建て小屋と大差ない旅一座の芝居小屋、その楽屋では誰に聞かれるか分かったものではない。
 極力声を潜め、イルカは話し始めた。

「オレが中忍になりたての頃なんですが、恥ずかしながら遠方への伝令任務の帰りにドジを踏みまして……。なんとか火の国の国境を越えたところで、身動き取れなくなりましてね。その時、拾ってもらったんですよ」

 当時の座頭にね。

「ただ、この鬼火一座と里の繋がりは表立った物じゃないので、オレは座頭に旅芸人のフリをさせられてたんです。その時に黒金って名前を貰いました。品玉だとか簡単な芸を覚えて、一座と旅回りしてました。里の近くまで。2ヶ月ぐらいでしたか……」

「そうだったんですか。……アレ? じゃあ、もしかして……」

「ええ。キビさんも黒金を木の葉の忍だとは思っていても、オレのことは知らないハズですよ」

 ここと自来也さまとの繋がりは、オレにも分かりませんけどね。

 そう微笑む白銀に、ようやく納得がいったらしい黒金が向き合った。

「じゃあ、黒金としては愛想良くしてたほうが良かったですかねー」
 
「いえ。逆に良かったんじゃないですか? まだ昔の黒金を知っていて、話し掛けてくる者もいるでしょう。変に話をあわせるより、そのまま無愛想なフリをしていてくださいよ」

「オレはラクなんですけど、困りませんか?」

「オレはオレで、昔と様子の違う人間を探るのに鬼火一座に初めて加わる白銀でいる方が、都合よさそうですし」

「なるほどねー。ねえ、イルカ先生」

 もひとつ、聞ーていーですか?

「ナーンデ銀髪なんですか? しかも左眼まで隠しちゃってー」

 美しい黒金の顔にいつものカカシと同じ、ヘラリとした笑いが浮かぶ。

 顔の造作が美しいコトと瞳の色以外、何も共通するところはないのに、ちゃんとカカシの表情に見えた。
 それが、イルカには面映い。

「……いっぺんやってみたかったダケです……」

 そう言って、白銀は頬を掻く。

 いつものイルカの、照れた時の癖だが、そこにあの傷はなかった。
 それでもカカシは、自分の心が和んでいくのが感じられる。

「あーでも、黒金なイルカ先生って見てみたかったなー」

 中忍成り立てって幾つぐらいでした?
 きっと可愛かったんだろーなー。
 あー、惜しいことしたー。

「多分、昔の錦絵が残ってますよ」

 放っておくと突飛な妄想の世界へ入り込んでいきそうな上忍を押し止める為、一つ提案をする。

 できることなら当時の姿は、この上忍にだけは見せたくない。
 だが、これも任務遂行の為と、その本音は無理やり押し隠した。

 第一、今のカカシは事前にイルカが変化して見せた今の黒金なのだ。
 今更でもある。

「見たいですー」

「じゃあ、任務を兼ねて探してきますよ」

 そう言って、白銀が立ち上がる。

「木戸と座付きに声かけてきますね。黒金姉様」

「ああ。いっておいで、白銀」

 互いに舞姫の顔で微笑みあい、ゆったりと部屋を出て行く白銀を黒金は見送った。

 木戸口の見下ろせる窓の格子を細め、外を伺える位置に腰を下ろして黒金は懐から文庫本を取り出す。

 流石にカバーをかけてはあるが、中身は当然イチャパラである。
 読み進みながら、カカシはこれからを思った。

 5代目火影の綱手から突きつけられた任務は2つ。

 まずは地方廻りの情報収集部への一時加勢。
 そして、もう一つ。

───さぁて、うまいこと網に掛かってくれますかねえ……


 
   ★ ☆ ★ ☆ ★



 翌朝の一番太鼓が打たれるより早く、鬼火座の前には人だかりが出来ていた。

 昨日、座の前の通りで2人の舞を見た者はその後、会う者会う者に話してくれたのだろう。
 一夜のうちに、この城下の隅々までその評判は広がっているようだ。

 予想以上の盛況に座頭は嬉しそうだったが、木戸番は座に入りきれぬ客を相手に悲鳴を上げている。
 それでもなんとか次の回を待つと納得させ、黙らせたようだ。

 期待に静まり返った座に、座頭の口上が響けば野次が飛ぶ。

 しかし周囲に制されてすぐにまた静まり返り、そして初日の幕が上がった。

 舞台半ばに2本の綱が渡されており、中央に白髪の美丈夫、白蛙太夫ただ一人が立つ。落胆した男たちの太いため息が漏れる。
 だが彼が芝居がかって両腕を左右へ差し上げて楽の音を促せば、同時に固唾を飲む咽喉が一斉に鳴った。

 緩やかな笛の音に誘われるように、上手から黒金が、下手から白銀が舞台に現れる。
 
 それぞれ昨日まとっていたものと似た、同じ配色の衣装であった。
 ただ袖や足元は透ける薄い生地になっている。

 2人は互いに交差し、白蛙太夫の手をとった。
 ふわりと舞台に渡された綱へ上がると、細い綱の上でくるくると舞う。
 長くたなびく袖や裾が、仙女を彩る五色の霞みのようだ。

 やがて、舞の速度にあわせて楽は調子を早めていく。

 最高潮となり、白蛙太夫が舞い手に向けて2本づつ扇を投げると、2人ともに見事に受けた。

 黒金の扇は金と黒に緋の紐、白銀の扇は銀と白に蒼の紐。
 扇を広げ、舞を続ける2人に観客の目は釘付けとなっていった。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その日は3回の公演でなんとか客をさばいたが、翌日からはどうしても入れない客がでるようになった。
 それぐらいに、鬼火一座に現れた2人の舞は人々の目と心に素晴らしいものと映っていたのである。

 そして、舞姫たちが城下を治める大名の宴に呼ばれるのに、そう時間は掛からなかった。

 しかも、その宴は火の国の大名が雲の国の大名を迎えてのものである。

 一介の旅芸人にとっては、この上もない名誉といえる。

 大名が友好国の使節を招いて歓迎の宴を開くことは、鬼火一座が今年初めてこの城下に座を開くより前から決まっていたことである。

 どちらかと言えば、友好国使節の来訪というイベントにあわせ、他の一座が集まってきていた。

 確かに大名の目にとまれば、という野心的な考えの座頭もいるだろうが、殆どは使節歓迎の雰囲気に浮かれる人々を当てこんでのことだ。

 ただその中に、不穏分子が紛れ込んだことを鬼火座の者が掴み、火影に知らせた。

 更に、その不穏分子が敵国の上忍クラスと知った座頭キビは5代目火影に要請したのだ。

 確実に大名から余興の声が掛かる程の芸を持ち、敵忍に対抗しうる力量の持ち主を加勢として送ってくれるよう。

 それが、イルカとカカシであった。

 まあ、綱手としては、ただ敵忍に対抗できる忍として2人を派遣した。

 芸事に関してはせいぜい恥をかいてきな、という心積もりで。

 まさか、そちらの要請もきちんと果たしているとは、夢にも思っていないだろう。

「だってねー。まさかイルカ先生がこれだけ色々出来るなんてねー」
 
 聞いた話では、イルカが鬼火座にいたのはもう何年も前、それも2ヶ月だけ。

 なのに、今でも殆どの軽業や品玉をこなし、見事な舞まで披露してみせる。

「でも、手裏剣術や体術の基礎や応用みたいなもんですから……」

 そう言われても、イルカの芸がそういうレベルでないとカカシは身を持って知っている。

 カカシが見せている芸は、イルカの業のコピーなのだ。

「ホントにアンタ、ナルト以上の意外性ナンバーワンじゃないですか」

 任務先で、意外なイルカの一面を知ることはカカシにとっては喜びだった。

 ただ、今のちょっぴり情けない自分の姿をイルカに見られているという事実には、心の中で嘆きもしていた。

 カカシは連日の公演ですっかりヘトヘト。

 舞台以外ではずっと───黒金の姿で、横になっていた。

 元来体力やチャクラ量は人並み外れているカカシだったが、こうして変化しっぱなしの状態は流石にキツイ。

 第一、初日にイルカが変化した黒金の舞と姿を写輪眼でコピーして以来、舞う時は写輪眼を使い続けているのである。

 そろそろ体力的な限界が近付きつつあった。
 
 一方のイルカは絶対的なチャクラ量こそカカシに及ばないものの、変化以外に術は何も使っていないおかげでまだ余力がある。

 実はこっそり本来の姿で町へ出て、ちゃっかりチャクラを温存したりもしていたらしい。

 布団を引っかぶって愚痴る上忍をよそ目に、イルカ───白銀は衣装の点検をしている。

 そこへ白蛙太夫、自来也と座頭のキビが明日の打ち合わせに訪れた。

 ちなみに自来也も白蛙太夫として座にいる間は若い時分の姿に変化しているが、あまり意味がないようにも思える。

「黒金よぉ。明日は大丈夫じゃろうなぁ」

 布団から顔も出さない黒金───カカシに向かい、白蛙太夫はさもおかしそうに声をかける。

 どうも幼い頃から誰よりも飛びぬけた才能を見せ付けてきたカカシが、中忍風情に遅れをとっている姿を本気で面白がっている様子だ。

「いやもう本当に、いざとなれば宴は黒金抜きでも……」

「ご心配なさらずとも明日は幸い夜の宴だけ、お昼はずっとおやすみになれば黒金姉様も元気になりましょう」

 それより手筈は如何でしょう。

 白銀が表情も変えず、声を潜めて問えば、座頭のキビも声音は落とす。

「それこそ心配はご無用です。一座の者は元より、大名配下だけでなく、座敷の女中まで把握しておりますよ」

「ほう。では、先方はどうじゃ?」

「あちらでもそれは抜かりなく。あとは、アレがどう動くか、で……」

 3人の密談を布団の中でうとうとと聞きながら、黒金の姿のままのカカシは改めて、うみのイルカという忍の本当の実力を量りかねていた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 城下一格式の高い料理屋の離れでその宴は開かれていた。

 夕方から宴は始まっており、大名たちは簡単な食事の後、酒杯を交し合っている。

 そして頃合を計り、主催者たる大名が切り出した。

「そうそう。今、城下で評判の舞姫たち……鬼火座の黒金姫、白銀姫と申すそうな。余興に呼んでおりますが、ご覧になられますかな?」

「おお、耳にしております。共の者も噂しておりましてな。なんでも大層な美貌で舞も達者な上、軽業も品玉も見せるとか。これは楽しみな」

「それは良うござった。さ、舞姫たちをこれへ」

 大名の拍手を合図に、庭に面した障子が開け放たれ、かがり火が焚かれる。
 
 その灯りに照らされ、池の上に作られた舞台が浮かび上がった。

 既に舞台には2人の舞姫が控えており、大名たちへ伏して一礼をすると、扇を手に立ち上がる。
 衣がさらりと、装身具のしゃらりと鳴る音。

 舞姫たちの動きの一々が優雅で、舞のようであった。

 まだ楽も始まっていないというのに。

 今夜の衣装はいつもの衣装に比べ、それぞれ金と銀の割合が多く、動く度に柔らかなきらめきを反射する。

 まるで水を───黒金は月明かりを孕んだ夜の海を、白銀は靄に煙る朝の湖を、その身にまとっているかのようだ。

「ほぉう……」

 月のない夜で、かがり火だけでは噂の美貌をはっきりと見ることはできない。

 だが、舞を披露する前から、その場にいた全ての者が舞姫たちに魅了されていた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 鬼火座の者たちと白蛙太夫が軽業などを見せている最中、座頭と座付きに付き添われ、衣服を改めた黒金と白銀が大名たちへ挨拶に現れた。

「本日は鬼火一座をお招き下さりありがとうございまする。座頭の鬼火キビめにございます」

 これは座付きの名護、そして黒金に白銀。
 
 座頭の挨拶に倣い、呼ばれた者は平伏する。

「いや、誠に見事であった。ああ、これ。そのようにかしこまらずに、面を上げぬかっ」

 半ば気色ばって、大名は舞姫に言葉をかける。

 やはり、間近で評判の美貌を確かめたいのだろう。
 その男心を察してか、それとも座頭としての立ち回りか、キビが2人を促す。

「黒金、白銀、ご挨拶を」

「はい。姉の黒金にございます。殿様」

「白銀にございます。今宵はお呼び下されましてありがとう存じます」

 顔を上げ、黒金と白銀はふわりと微笑を浮かべる。
 瞳の色は違っても、柔らかな目元は良く似ていた。

 共に顔の左半分を黒金は眼帯で、白銀は垂らした髪で隠してしまっているが、美しい面立ちである。
 いや、もし全てを曝されていたならば、二度と目をそらすことができないのでは思わせる程、魅力的な表情であった。

「……ああいや、黒金に白銀よ。その方らの舞、実に見事。まるで技芸の神が舞い降りたかと思うたぞ」

「そのうえ、なんと美しいことよ……」

「褒美じゃ。取らせて使わす」

 大名は用意していた2枚の着物を持ってこさせる。

 黒を基調とし赤い花を染め抜いたものを黒金に、白地に青い花を散らせたものを白銀に。
 それは急ごしらえとは言え、大変贅沢なものだった。

「「ありがとう存じます」」

 声を揃えて礼を言い、賜った着物を肩掛けに立ち上がる。
 最後にもう一度、舞うことになっているのだ。

 軽く一礼して座敷を出、廊下を渡っていく2人の姿を遠く眺めながら、誰もがため息をつく。

「のう、座頭よ」

「はい、なんでございましょう、殿様」

「……今宵、あの2人をこの料理屋に留め置けぬものかのう?……」

 予想していた通りの言葉に、それは……と、座頭が言葉を接ごうとした時であった。

 傍らにいた座付きの名護が先に返事をした。

「……ようございましょう。永久に、ここにおいでなさいませ」

 これまでと、違う声音で。

「名護っ!? お前さん、一体っ!?」

 座頭がその変貌の真意を図りかね、問う。

「ここに居る全てを狩る者にございますよ」

「……霧の抜け忍に、間違いなさそうだーねぇ」

 座付き作家の名護であったハズの者と、座頭と大名の間に1人の男が立ち現れた。

 長身で、銀の髪。
 木の葉の忍装束と、左眼を覆い隠す額当て。

「殿様方、御前失礼致します。私は木の葉の上忍、はたけカカシ。里の命で、この抜け忍を追っておりました」

「ほう、あなたが……」

 抜け忍がひどく嬉しそうに呟き、大名たちは目を白黒させた。

 座頭に至っては、恐ろしさに無礼も忘れて大名たちの方へずり下がってゆく───フリをして、事前に話し合った役割通りに大名たちを守る位置へつく。

 木の葉の里の忍のうち最も知られているのが、コピー忍者と呼ばれる写輪眼のカカシである。
 それは威嚇にも、囮にも、そして味方の鼓舞にも、非常に有効な名前であった。

「ならばまず、あなたにお相手願おう。私は霧の氷雨コオリ」

 名護であった氷雨コオリはその場を飛び退り、池の水面に降り立つ。

 霧の忍びには水遁の術に長ける者が多く、この氷雨もそうなのだろう。
 水場であれば自分が有利と思い、カカシを誘っているのだ。

「ああ、その手には乗ーらないよ。前に痛い目みてるかーらねぇ」

 それに、罠に掛かったのはお前の方……。

「………っ?」

 氷雨の立つ水面に、2つの影が動いた。

「なっ!?」
 
 足元から掌打、頭上から両膝蹴りが襲い掛かる。
 咄嗟に避けた氷雨が反撃を試みるが、既に2人は死角となる水面へ飛び込んでいった後。

 そのどちらもが黒髪を一つに結い上げた女で、忍装束をまとい、額には木の葉の額当てを締めている。

 見れば、黒金であった。
 顔も左まで曝しているが、そこに傷は見当たらない。

 ただ、良く見れば片方の額当ての印は反転している。
 額当てだけではない。
 装備の全てが鏡像のように、2人の姿は相対していた。

 ほんの一瞬の襲撃にそれを見て取れたのは、上忍の2人と特別上忍、そして舞台で見物を決め込んでいる伝説の三忍ぐらいか。

───ほぉう、見た事ない術を使っとるのぉ……ありゃぁ、口寄せに似とるがぁ、一体なんじゃぁ?

「どういうことです?」

「黒金はオレのパートナーでね。お前をおびき寄せるのに、一芝居打たせて貰ったんだよ」

───このオレが舞姫の真似事までしてね~

「ふん……だが、水の技でわたしに挑もうなど……」

 氷雨が組みだした印に、カカシは覚えがある。
 以前に痛い目を見た《水牢の術》だ。

 水中から襲い掛かってくる黒金たちをこの術で捕縛するつもりなのだろう。

 しかし……。

「遅ーいヨ」

「ぐぁっ……」

 印を組み終えるより早く、黒金たちが襲い掛かり、強烈な打撃を加えては再び水中へ消える。

 この術は水遁と鏡像分身を組み合わせた体術で《竜飛双体》という。
 特殊な鏡像分身と間断なく打撃を与え続けるのだが、その体捌きが独特であった。

 水中から飛び出しての強烈な攻撃と同時に敵の死角へ移動して次の打撃を与える軌跡は、あたかも双頭の水竜が獲物を屠っている様だ。

 黒金の動きは既に打撃ではなく、氷雨の捕獲に移っている。
 チャクラを練りこんだ綱で手足を絡めとっていく。

「己を過信しすぎたな、氷雨とやら。お前は霧じゃあ上忍だろうが、木の葉の中忍に手も足も出ないだろ」

 カカシも池の上を歩いて渡り、もはや抵抗する術を失った氷雨の前に立った。

「もうすぐ捕獲部隊も来るが、どうする?」

 生きて拷問を受けながら死んでいくか、それともここで死んで身体を調べられるか。

「……くくく、どちらでも、ありません……」

「お前らも道連れーって? ムリだね」

「カカシさん、終わりましたよ」
 
 そう言って氷雨を挟んでカカシの前の水面に立った黒金は1人で、衣服も髪も濡れたような黒でありながら、一滴の水も含んではいない。

 少し離れた舞台上で面白そうに成り行きを見守っている三忍も、一応油断なくしていてくれているようだ。
 期待はできないが。

「そ。じゃ、暗部くるまでお願いね」

 イルカ先生。

 完全に敵忍の動きを押さえ込めたのか自分でも確認し、後を2人に任せてカカシは再び大名と座頭の前に戻った。

 一瞬で。

「殿様、お騒がせして申し訳ございません。この鬼火一座の座頭も私どもの正体を知らず、利用されただけです。どうかお叱りなどなきよう、木の葉の上忍はたけカカシの名を持って、お願い申し上げます」

 カカシは頭を下げながら、座頭と目配せを交し合った。

 これで、鬼火一座と木の葉との直接的な繋がりを誤魔化す算段である。
 今後も地方廻りの情報部としてやって行く為に。

「いや、こちらこそ礼を言わねばならぬな。まずは命を助けらたことに、それからめったに見られぬ忍の闘いを見せて貰ったことに」

 後で里にそれなりの礼をさせて貰おう。
 
 大名のその一言で、この一件は予想以上の収穫を持って、無事に集結したのであった。





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