Metamorphosis Game

【Private Leson】
[Metamorphosis Game 01]



 その日、はたけカカシは最近とても気になっていた瑣末事を、己の部下である1人の下忍に問うていた。

「なーぁナルトーォ」

「なんだってばよカカシ先生」

「《おいろけの術》って、ナニ?」

 中忍試験の最中に特別上忍のエビスに、そして伝説の三忍自来也にナルトを任せた際、耳にしたこれまで聞いた覚えの無い《ハーレムの術》アンド《おいろけの術》。

 堅物のエビスが慌ててナルトに口止めし、色事好きな自来也が顔面どころか全身を笑み崩して褒め称えるあたり、ろくでもない術なのは分かっている。

 それでも気になるのは、カカシの千の術をコピーした男としての矜持───というよりも、ただのコレクション癖───かもしれない。

「……なんでカカシ先生が知ってんだってばよ」

「自来也様に聞ーた」

 肝心なコトもすぐ抜けていく忘れっぽいナルトだが、変なところで義理堅い。
 
 きっと、何でも好きなものを買ってやるから黙っていろというエビスとの約束がある以上、カカシにハーレムの術について話すことを多少はためらうだろう。

 だからカカシはそちらには敢えて触れず、自来也を引き合いに出してみた。

───まあ聞いた話じゃあ、エビスは約束果たしてないみたいだしー。言いくるめるのは簡単だーけどネェ

「カカシ先生、エロ仙人のこと知ってんのか?」

「ちょーっとね。で? お前、自来也様に《おいろけの術》見せて気に入られたんだって?」

 実際のところ、カカシと自来也の関わりはちょっとどころのモノではないのだが、今は説明している暇が惜しい。
 なので、はぐらかすことにする。

 幸か不幸か、ナルトは忍者としては不適格な程、会話する相手の真意を読み取るのが苦手だ。
 素直というか、単純に会話の経験が足りていない。

 正直カカシも指導者として憂慮しているが、すぐにはどうにもしてやれないのが現状だ。

「ああー。エロ仙人ってば、ずっとそのカッコでいろとか言いやがったんだってばよっ」

 その一言で、カカシには大体の予想がついた。
 
───どーせ、女体変化デショ? ……ってことは、ハーレムの術は分身との併用かねぇ?

 流石、上忍。
 ダブルでビンゴだ。

 術の正体が分かっただけで、カカシとしてはもう充分。
 既にある術の応用なら見なくてもできる。

 しかし、今度は教え子がどんなモノをお色気と認識しているのかが気になった。

 何故ならナルトの基礎知識や一般常識の殆どは───他の大人が何も教えなかっただけに───元担任の中忍、うみのイルカがベース。

 言い換えれば、ナルトの性的知識というのはほぼイルカの教育方針プラス性的傾向である。

 当然、完全にイコールではない。
 これはナルトがイルカから得られる範疇の知識しかないだろう、という憶測だ。

 だが何故かカカシの頭の中では、ニアイコールどころか、ほぼ等式が成立している。

 いくらなんでもそれはイルカを見くびりすぎだ。
 仮にも中忍で、一応22歳の健康優良な青年なのだし……。

「オレにも見してよ♡」

「別にいいけどよー」

「あんがと♡」

 にへらーっと笑うカカシに、どーして大人ってばこの術に弱いんかなー、とぼやくナルトの声は届いていない。

 まあナルトも、カカシが本来のお色気の術の作用点とは全く別の次元に感心を示しているとは思ってもいないだろう。

「そんじゃ……。《おいろけの術》っ!!」

 ボフンと煙が上がってナルトの姿がかき消え、代わりに真っ裸の少女が姿を表す。

「どーお、カカシ・せ・ん・せ♡」

「へーえ」

 髪と目の色や顔つきなどはナルト本人の特徴を残してはいるが、女性特有の柔らかさや丸みが加えられている。
 ちょっと舌足らずな声もちゃんと女の子だ。

 それに身体つきは完全に男の理想が具現化されている。
 いわゆるボンッキュッボンッで体毛は薄め。
 太ももにボリュームはあるが、膝から下は細くしまっていた。

───ちょい生意気そうなロリ顔にツインテール。アンダー65のFで釣鐘型。なだらかに括れて55、80の安産型。足ちょい太くてマニア受けしそーネ

「ナルホドね♪」

 冷静にスタイルを観察するカカシに、ナルトは首をひねる。

「アッレー? カカシ先生ってば、なんともねーのかよ?」

 多少は頬を赤らめ、顔も緩み、雰囲気もだらしなく見えるが、それはいつも通りのカカシの姿としかナルトには思えなかった。

「うーん。ま、オトナですからー」

 態度や口調はいつものナルトだが、姿や声はちゃんと女の子。
 そのギャップがカカシにはおかしく、実は笑いを堪えていた。

「イルカ先生や火影のじっちゃんなんか、鼻血吹いて倒れたのによー」

「……イルカ、先生が?」

「そーだってば」

 ナルトはカカシに訊ねられるまま、この術でイルカや今は亡き3代目火影を血の海に沈めたこと。
 その話を聞きつけた木の葉丸に伝授したことを話した。

 流石にその後エビスに《ハーレムの術》をしかけたことまでは、聞かれなかったので話さなかったが。

「ありがとな、ナルト」
 
「お礼は一楽のラーメンでいいってばよっ!」

「んー。今度、な」

 んじゃ。
 と簡単な挨拶と、未だに変化したままのナルトを残し、カカシは姿を消した。

───この間まであんなにしつこかったのに、千鳥じゃなくってラーメンね

 そんなところがナルトの忍者らしからぬ、人間的な長所なんだろう。
 などとカカシが思っていたことは誰も知らない。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 さて、ナルトから念願の《おいろけの術》を伝授(?)されたカカシが向かったのは、忍者アカデミーである。

 ここには忍者を育成する訓練所の他、任務の受付・報告を行なう部署や、上忍待機所もあった。
 カカシが来ておかしいことは何もない。

 だがカカシは上忍の待機所にも任務受付所にも向かわず、何の用も無いアカデミーの校舎脇に立つ木へ登る。

 木の半ばで枝に移ったカカシの目の前の教室では、アカデミー1年目の子供たちへの基礎忍術の講義がたった今終わったらしい。
 教師に挨拶をしながら、ぞろぞろと子供たちが教室を出て行く。

 そんな生徒一人一人に挨拶を返し、駈け出て行く子には廊下を走るなと声を張り上げているのが、中忍で教師のうみのイルカ。

 イルカはカカシに気付いた様子もみせず、生徒を全員送り出してしまうと教室の掃除を始めた。

 まずは黒板を丁寧に消し、チョーク受けに溜まったチョークの粉とちびたチョークを捨てる。
 落書き防止のためか、他は全て自分のチョークケースへ仕舞った。

 そして黒板消しと傍らに立てかけてあった細い竹竿を手に、カカシの目の前の窓を開け放つ。

「そこにいると粉吸いますよ、カカシ先生」

「あー、スイマセン」

 しかしカカシはへらりと笑うだけで、その場を動こうとしない。

「何かオレに御用でしょうか?」

「ええ」

 だから教室に入れてください。
 と、上忍は言外に告げるが、中忍は分かっていても決してどうぞとは言わない。

 黒板消しと竿を手に、ただ先を促した。

「なんでしょう」

「えーっと。ナルトの《おいろけの術》で鼻血噴いてぶっ倒れたってホントーですか?」

「は? ああ。アレですか。鼻血は噴いて見せましたけど、倒れはしませんでしたよ」
 
「みせたって……。イルカ先生、自由自在に鼻血噴けるんですか?」

「そんなワケないでしょう。教室だって汚れるし、幻術ですよ。3代目が血の海に沈んだのは、本当ですけど……」

「なーぁんだ。ま、あのじーさんもそーとーなスキモノでしたからねー」

 少しの間しんみりと、2人は黙った。

 偉大なる3代目火影を偲ぶよすがとしてはいささか───どころか大いに趣きに欠ける話だが、それでもあの火影らしいエピソードである。

「でもなんでワザワザそんなコトしてみせたんです? 授業中、だったんデショ?」

「悪戯だった、からですよ。カカシ先生だってワザとひっかかってみせたんでしょう?」

 そう言ってイルカは、まだ手にしたままの黒板消しを示した。

 初めて7班の担当上忍と下忍たちが顔を合わせた際の出来事は、イルカもナルトから聞いて知っている。

 大幅に時間を遅らせて顔を見せたカカシは、ナルトらが扉に仕掛けた黒板消しをまともに頭で受けてみせたのだ。

 普通なら扉を開けてから身体を入れるから、黒板消しは絶対に扉を開けた人間には当たらず、そのまま落ちていく。
 黒板消しが落ちきる前に頭を突き出さねば、そんなことにはならないものだ。

 そんな上忍の判断と動きに、下忍たちはもう忘れているのか、いまだに誰も気付いていない。

「あの時、ナルトが女の子に変化した時に、オレが引っかかって怒鳴りつけたのは、そう対処するのが一番だと思ったからですよ。指定したモノと違うからやりなおせとか、ただナルトの行動を否定する反応はできなかったんです」

 オレにはね。

 そう、一呼吸置く。

「オレにはそれしか、引っかかって、叱ってやるしかなかったんです。アイツにとっては、他人の目を自分自身に向けられる唯一の手段でしたから……」

「そー言われりゃ、そーですよねーえ」

 はははっ。
 笑いながらもカカシはすばやく印を組む。

「てっきりオレはこーゆーのがイルカ先生のお好みなのかと」

 そこでボフンとカカシの姿が消え、代わりに《おいろけの術》で変化したナルトそっくりの女の子が表れた。

「思ってましたぁ♡」

 ナルトとの違いは髪と目の色。
 銀髪で、少しくすんだ灰青色の瞳。

 それから、左眼を隠す程度に長い前髪ぐらい。

 そして一応、衣服も身に着けている。

 豊満な胸を逆に強調するように、胸元がハート型に開いたホルターネック。
 恐ろしく短いミニスカートに、ニーソックスとブーツ。
 それらは全て黒で、あらわな白い肌を更に際立たせていた。

 どうやらこの衣装、少々オタク臭いが、上忍ご自身のご趣味らしい。

「へえ。それで?」

 イルカの反応は至極、薄い。

 軽くはたはたと黒板消しをはたき始めてさえいる。

「イルカ先生の好み教えてくださーい♡」

 えへっと小首を傾げる仕草は愛らしい。
 愛らしいが、これは木の葉の里が誇る上忍。

 そしてここ数ヶ月つきまとうストーカー、はたけカカシだ。
 そろそろ扱いに慣れてきたイルカも、そうそうほだされたりはしない。

「そーゆーあからさまなカンジじゃあないです」

「えー、じゃーあー、どんなコがタイプなんでーすか?」

 だがいくら冷たく言い放っても、相手がそう受け取らねば効果はないのだ。

「そーだ。イルカ先生が変化してくださいよ」

「はあっ?」

「だから、イルカ先生が好みのタイプに変化して見せてくださいってばぁ」

「……なんでそんなことしなきゃならんのですかっ!」

 言いながら黒板消しをはたく手に力がこもっていく。
 ばふばふと上がるチョークの粉には、流石の上忍───が変化した少女も嫌そうに顔をしかめる。

「もーう、やめてくださいよー」

 次の瞬間には、咳き込みながら、イルカの背後に立っていた。
 分かっていて、ことさら黒板消しをしっかりはたいてから窓と鍵閉め、ゆっくりとイルカは振り返る。

「だったら、あんな所にいなければいいでしょうに」

「だーってぇー」

「だってじゃありません。第一、オレは、そんなことをして見せる為に、忍者やってんじゃありません」
 
「オレだってそーうデース」

「その姿に説得力は全くないです」

「そんなコト言ってー。ホントはオレがタイプなんデショ♡ もう! イルカ先生ってば、恥ずかしがり屋さんなんだからー」

 頬を染め、身をくねらせる上忍───が変化した少女の姿というかその物言いに、イルカの木の葉一忍耐強い(と自負する)自制心が崩壊した。

「何故、アナタの発想はいつも突拍子もないんでしょうね……」

 決して怒鳴らず、言葉使いも丁寧。
 ついでに、穏やかで完璧な笑顔。

 これが本当に本気のイルカのマジ切れ状態だと、情けなくも経験上、カカシは知っている。

 こんな時にイルカは激昂して声を荒げたり、暴力に訴えたりしない。
 絶対に予測不能な行動をするのだ。
 それも大概、後になって本人も酷く後悔するようなことをしでかす。

 カカシはそれで色々と悪い目も、良い目も見てきた。

「オレの女性の好みを知って、何の得があるか知りませんが……」

「はあ」

「そんなに見たいとおしゃるなら、お見せしましょう」

 言うのと、印が組み終わるのは、同時だった。

 ボフンと、イルカの姿が煙に包まれる。

「……えぇっ!」

「こんなカンジですかねえ……」

 自分で全身を確認するように見下ろすイルカの姿は、カカシの考えていたものとは全く違っていた。

 長身で細身の女。
 少なくとも170cmはあるだろう。
 更にホームもヒールも高いブーツを履いているので、小柄な少女に変化した今のカカシには見上げるしかない。

 最低限のメリハリがついた細い脚はサイケでアンシンメトリックなタイツに包まれ、細身のハーフパンツの上にレースがあしらわれたプリーツスカートを斜めにひっかけていた。

 トップはボトムと揃いの黒いジャケットに白いドレスシャツ、ジャケットと同色のネクタイもラフに締めている。
 そのスーツのあちこちで、カラフルなピンズがポイントを利かせていた。
 
 多少イルカの面影が残っているものの、くっきりとしたダークカラーのメイクと赤く細いサングラス越しの視線は別人のよう。
 イルカそのままの黒髪も赤メッシュの入ったエアリーなベリーショートだった。

 カカシは自分の想像とのあまりのギャップにしばし言葉を失い、ただ変化したイルカを見つめる。

 その沈黙の時間で冷静さを取り戻したイルカは、自分たちの姿とこの状況に居たたまれなくなっていた。

「……あの、カカシ、先生?……」

「……イルカ先生って……」

「はい?」

「……ナルト以上の意外性ナンバー1だったんですねー♡」

 驚きました。
 と、カカシは呟く。

 カカシはまだイルカの全てを知らないし、イルカもカカシに全てを曝すつもりはないらしい。

 それが知りたくて、暴いてしまいたくて、どんなに迷惑がられても、自分は彼を追いかけてしまう。
 それは、やはり……。

「オレ、イルカ先生が、ホントーっに、大好きみたいデス♡」

「……はい?」
 
「なんっか、今も……『オネーサマァ♡』ってカンジですーぅ♡」

 そう言ってカカシは、がばりっとイルカの胸に飛び込んでいく。

 いつもと同じだか、違う状況。

 イルカはカカシを見下ろし、カカシがイルカを見上げていた。

 女性に変化して尚、なだらかなイルカの胸の下に、豊満なカカシの胸がぎゅうっと押し付けられている。
 華奢なカカシの腕が、細く柔らかなイルカの腰を抱きしめていた。
 少し引かれたカカシの腰は丸く張り、短いスカートからこぼれそうである。

 いくら女性の身体に変化しているとは言え、中身は男。
 互いの体の感触や、におい、そして外見はダイレクトに視床下部を刺激される。

「……あー、いつもだったら、勃っちゃったとか言ーうんですけど……。こーゆー時って、濡れてきちゃった、とか言うんですかね?」

「言わんでいいです」

「ねーイルカせんせー」

 背伸びをしながら、カカシが囁く。

「キス、してみよっか……」

 ゆっくりと近付いてくる少女の顔。

 だが、その表情と面影は、完全にカカシのもの。
 引き込まれるように下りていく女も、イルカ自身の表情をしていた。

 それは惚れ込んだ本人が女とキスしようとしているかのような、そして自分もそういう姿を見せ付けているかのような、背徳と嫉妬が複雑に混ざり合った甘美感。

 今にも2人の唇がふれようとした瞬間、だった。

「やめときましょう」

 イルカは両腕でカカシの顔を押さえ込み、視線を窓の外に向けた。
 もちろん、カカシも気付いてはいる。

 相手は最初から全く気配を消していないのだし。

「……あのエロ仙人に見られたからって何も困りませんよ、今更……」

「でも、見られたらきっと、本のネタにされますよ」

「願ったり叶ったりです。オレの愛読書ですから」

「じゃあ、アンタ1人で他の愛読者さんのオカズになってください」

「それはイヤでーす!」
 
 カカシはすばやく印を切り、女体変化したまま12体もの影分身を作り出した。
 《ハーレムの術》カカシバージョンというところか……。

 しかも念の入ったことに、一人一人、衣装が違う。
 メイドにウェイトレス、レースクイーンにナース、セーラー服にブレザー、OL、女医、女教師風スーツ、チャイナに浴衣にバスタオル。

 思いつく限りの制服系コスチュームの女体変化カカシが一斉に窓の外へ踊り出た。

「のぉおおおぉ~~~~っ!!」

 意味不明の雄たけびを上げつつ、コスプレ影分身の女体カカシ隊を追って自来也の気配が遠ざかっていく。

「……これで、しばらく邪魔は……」

 入りません。
 と、言おうとしたカカシの感覚に、異変が起こった。

 己の女体影分身を全て消し、それを追って遠ざかった自来也をひきずって近付く気配がある。

「……マズイ」

 慌ててイルカを連れ、この場を離れようとするが、間に合わない。
 
 引き戸を壊し開けて人事不詳となった自来也を放り込み、そこに立つのは5代目火影。

 綱手姫であった。

「……カカシ……。長い入院生活のお陰で、ずいぶんチャクラがありあまってるようだねえ……」

 そろそろリハビリ兼ねて任務をやろうじゃないか。

「丁度いいヤツ回してやるよ。そこの万年中忍とインテリエロ助連れてとっとと行ってきなっ!」

 言い終わると綱手姫は踵を返し、後ろ手に戸を閉める。
 しかし、既に破壊されている戸はその勢いのまま、地に伏している自来也の上にのしかかっていった。

「ぅぐっふっ……」

 まさにカエルを押し潰したような声を発し、伝説の三忍とまで謳われた自来也は再び沈黙する。
 押しかかった戸の上に、ひらりと一枚の任務書が舞い降りていった。

「「……い、行きましょうか……」」

 イルカとカカシ、どちらともなくそういうしかなかった。
 


 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/10/23
UP DATE:2004/10/23(PC)
   2008/12/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/07
2/11ページ
スキ