イルカ外伝
【思春期狂想曲〜陸】
~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]
「離せーっ!」
カカシの両腕に抱えられたまま、イルカは勢い良く暴れる。
抱きかかえた身体は思っていた以上に軽かった。
力や早さの無さを重みでカバーすることもできず、なかなか逃れられない。
必死のイルカとは反対に、まるで活きのいい鮮魚を扱っているようにカカシはご機嫌だ。
「あぁら、ツレなーい」
「くそっ! バカにしやがってっ」
からかうようなその声に、ますますイルカはもがく。
けれど、無駄だった。
逃れようと反らす背や踏ん張る膝を支えるカカシの腕は、絶妙のタイミングで力を相殺する。
相当に難しいことだ。
自分を捕えた者がそれをこともなげにしていることに気付いたイルカは、大人しくなる。
「なーに? もうオシマイ?」
どうやら、お互いの実力の差を悟ったらしいイルカに、ますます興味がわく。
木ノ葉隠れの里で『写輪眼のカカシ』と知って、真っ向からケンカを売るバカは居ない。
勿論、真っ当に競い合える者も少ない。
例外はいるが、その濃ゆい存在はカカシの思考からキレイさっぱりデリートされていた。
どういうワケだか、この子供は自分の名を知らない。
けれど、決して敵わない相手を見極めることができた。
度胸はあるが、決して無謀ではない。
それが、戦場では生死を分ける重要な要素だ。
真っ向勝負は忍者の本質ではない。
理想は、戦わずに勝つこと。
その為には、一瞬で相手の力量を見切る目が、そして経験が必要だ。
イルカは、きちんと教育すれば、確実に芽を出すのが分かる才能を秘めている。
しかし、それ以上に望むままの成長ぶりを───忍として以上に、人間として生きる姿が見たくなる。
もっと簡単に言えば、幸せに生きて欲しい。
きっと誰もがそんな風に思う、子だ。
───アイツらが構いたくなるのも分かるかなー
改めて覗き込んだ顔は、聞いていた年齢よりもずっと幼く見える。
さっきまで真っ直ぐになっていた眉が心持下がり気味になっていた。
1つに括った髪までもがへこたれているように見えてくる。
───へーえ、なーんか、カワイイかもー
それでいて、あの負けん気と判断力。
いつの間にか、イルカを酷く気に入っている。
そして、湧き上がる独占欲。
カカシはイルカに対する気持ちを持て余しそうだ。
自立を促す為なのか、過保護を良しとしないのか、保護者たちの教育方針はわからない。
けれど、いずれ遠くない将来、どこかのバカの手にかかってしまうだろう。
それが酷く惜しいし、気に入らない。
どうせならいっそ、とまで思えた。
───オレが、貰っちゃおうかなー
そんな変質者丸出しの思考が伝わったのか、おずおずと尋ねてくる様すら可愛らしい。
「……アンタ、何者?」
状況から一応、自分が助けられたことも分かったのだろう。
ミズキのこともあってか、まだ警戒を解いてくれてはいなかった。
カカシはできうる限りのとびきり上質な笑顔で応えてやる。
「んー? 正義の味方ってヤツ?」
「はい、嘘っ!」
即座に否定され、カカシの内心はかなり傷ついていた。
イルカにしてみれば、とびきりの笑顔というのが酷く怪しく見えたからの言葉だったのだが。
だからこそ、にやりと人の悪い笑みを浮かべ、カカシは口元を覆う覆面を引き下ろす。
「ここ、擦りむいてーるヨ」
からかい半分、もう半分は本気で、頬の擦り傷を舐めてやる。
血の鉄臭さと塩味、泥の苦さが舌に触れる。
頬の柔らかさと滑らかさに、なぜか甘さも感じた。
「んっ!……」
傷に突然触れられた痛みで、反射的に目を閉じた瞬間。
ほんの少し首を傾け、唇を触れ合わせる。
できるだけわざとらしく、ちゅうっと音を立てて吸い付いてやった。
「ん~~~♡」
流石に子供相手なので、唇を触れ合わせる以上のことは、しない。
そんなことに、理性を総動員してしまった自分がちょっと情けない気もするが。
「ごちそーサマ♡」
ことさらゆっくりと唇を離し、余裕ありげに微笑んでみせる。
「今の、ファーストキスだったー?」
この子もだろうが、実は自分も。
考えた途端に、頬が緩む。
「えへへ~」
初めて。
そのことが、ひたすらに嬉しかった。
「……あ」
「よう。ずいぶんとお楽しみじゃあねえか」
「手間を、掛けさせたようだな……」
浮かれていたカカシは自身の両側から、2人同時に肩を叩かれてようやく、自分の置かれた状況を悟る。
右に猿飛アスマ、左に森野イビキ。
歳は1つしか違わないが、見た目はとてもそうと見えない人間山脈。
悪友兼兄貴分みたいな2人には、カカシも人間的に敵わない。
カカシの腕にいたイルカは、とっくに紅とアンコに奪われていた。
先程、味見を致した頬やら唇やらをハンカチで拭ってやっている。
消毒しようとまで言っているのが聞こえた。
その背後で気持ち悪くないかとか聞いているのは、ゲンマとライドウ。
ハヤテまでもがエチケット袋などを差し出している。
「……あの、えーとぉ、この状況はなんなの?」
「テメエの胸に聞いてみろや」
「生き延びられたら、説明してやる」
ミズキ以下、イルカにちょっかいをかけてきたゴロツキ上忍崩れたちは撤去されている。
いまだに呆然としているイルカを取り巻いたまま、紅とアンコ、ゲンマとハヤテとライドウも遠ざかっていこうとしていた。
イルカたちに続くアスマとイビキを追いたいカカシであった。
だが、できない。
何故なら、深く静かにお怒りになっておられる3代目火影様がいらっしゃるからだ。
「カカシよ……」
3代目が穏やかに発した一言に、カカシは本気を感じ取った。
老いたりとは言え流石、歴代最強と言われた3代目。
今の気迫があれば、九尾ですら撃退できたのではないかと思われる。
それほどに、怒っているのだ。
たった1人の下忍のために。
───噂ってデマじゃなかったのーっ!?
イルカが3代目に取り入っているという噂なら、デマだ。
ミズキの流した風評が、どこかで捻じ曲がったのだろう。
しかし3代目を筆頭に多くの忍がイルカを異常に目をかけているのは、紛れも無い事実だった。
「カカシ……、里を出てみるか?……」
それは、生涯里に戻れない任務に就けということなのか。
それともこの場から逃げ出し、一生を追われて過ごす抜け忍となれということなのか。
咄嗟に判断できない。
「あの、3・代・目……」
油の切れた機械のような動きで、カカシは背後を振り返る。
「……お、怒って、マス?」
えへ、とカカシが小首を傾げる。
ぷつん、と何かが切れた音が重なった。
「あったりまえじゃっっっ!!! こんバカタレがぁっっっ!!!!!!」
その夜、演習場付近で高度な忍術合戦と、悲しくなる程低レベルな舌戦が繰り広げられた。
ただその内容は、当事者の将来を慮ってか、誰の口にも上らなかったという。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/07/30
UP DATE:2005/08/02(PC)
2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29
~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]
「離せーっ!」
カカシの両腕に抱えられたまま、イルカは勢い良く暴れる。
抱きかかえた身体は思っていた以上に軽かった。
力や早さの無さを重みでカバーすることもできず、なかなか逃れられない。
必死のイルカとは反対に、まるで活きのいい鮮魚を扱っているようにカカシはご機嫌だ。
「あぁら、ツレなーい」
「くそっ! バカにしやがってっ」
からかうようなその声に、ますますイルカはもがく。
けれど、無駄だった。
逃れようと反らす背や踏ん張る膝を支えるカカシの腕は、絶妙のタイミングで力を相殺する。
相当に難しいことだ。
自分を捕えた者がそれをこともなげにしていることに気付いたイルカは、大人しくなる。
「なーに? もうオシマイ?」
どうやら、お互いの実力の差を悟ったらしいイルカに、ますます興味がわく。
木ノ葉隠れの里で『写輪眼のカカシ』と知って、真っ向からケンカを売るバカは居ない。
勿論、真っ当に競い合える者も少ない。
例外はいるが、その濃ゆい存在はカカシの思考からキレイさっぱりデリートされていた。
どういうワケだか、この子供は自分の名を知らない。
けれど、決して敵わない相手を見極めることができた。
度胸はあるが、決して無謀ではない。
それが、戦場では生死を分ける重要な要素だ。
真っ向勝負は忍者の本質ではない。
理想は、戦わずに勝つこと。
その為には、一瞬で相手の力量を見切る目が、そして経験が必要だ。
イルカは、きちんと教育すれば、確実に芽を出すのが分かる才能を秘めている。
しかし、それ以上に望むままの成長ぶりを───忍として以上に、人間として生きる姿が見たくなる。
もっと簡単に言えば、幸せに生きて欲しい。
きっと誰もがそんな風に思う、子だ。
───アイツらが構いたくなるのも分かるかなー
改めて覗き込んだ顔は、聞いていた年齢よりもずっと幼く見える。
さっきまで真っ直ぐになっていた眉が心持下がり気味になっていた。
1つに括った髪までもがへこたれているように見えてくる。
───へーえ、なーんか、カワイイかもー
それでいて、あの負けん気と判断力。
いつの間にか、イルカを酷く気に入っている。
そして、湧き上がる独占欲。
カカシはイルカに対する気持ちを持て余しそうだ。
自立を促す為なのか、過保護を良しとしないのか、保護者たちの教育方針はわからない。
けれど、いずれ遠くない将来、どこかのバカの手にかかってしまうだろう。
それが酷く惜しいし、気に入らない。
どうせならいっそ、とまで思えた。
───オレが、貰っちゃおうかなー
そんな変質者丸出しの思考が伝わったのか、おずおずと尋ねてくる様すら可愛らしい。
「……アンタ、何者?」
状況から一応、自分が助けられたことも分かったのだろう。
ミズキのこともあってか、まだ警戒を解いてくれてはいなかった。
カカシはできうる限りのとびきり上質な笑顔で応えてやる。
「んー? 正義の味方ってヤツ?」
「はい、嘘っ!」
即座に否定され、カカシの内心はかなり傷ついていた。
イルカにしてみれば、とびきりの笑顔というのが酷く怪しく見えたからの言葉だったのだが。
だからこそ、にやりと人の悪い笑みを浮かべ、カカシは口元を覆う覆面を引き下ろす。
「ここ、擦りむいてーるヨ」
からかい半分、もう半分は本気で、頬の擦り傷を舐めてやる。
血の鉄臭さと塩味、泥の苦さが舌に触れる。
頬の柔らかさと滑らかさに、なぜか甘さも感じた。
「んっ!……」
傷に突然触れられた痛みで、反射的に目を閉じた瞬間。
ほんの少し首を傾け、唇を触れ合わせる。
できるだけわざとらしく、ちゅうっと音を立てて吸い付いてやった。
「ん~~~♡」
流石に子供相手なので、唇を触れ合わせる以上のことは、しない。
そんなことに、理性を総動員してしまった自分がちょっと情けない気もするが。
「ごちそーサマ♡」
ことさらゆっくりと唇を離し、余裕ありげに微笑んでみせる。
「今の、ファーストキスだったー?」
この子もだろうが、実は自分も。
考えた途端に、頬が緩む。
「えへへ~」
初めて。
そのことが、ひたすらに嬉しかった。
「……あ」
「よう。ずいぶんとお楽しみじゃあねえか」
「手間を、掛けさせたようだな……」
浮かれていたカカシは自身の両側から、2人同時に肩を叩かれてようやく、自分の置かれた状況を悟る。
右に猿飛アスマ、左に森野イビキ。
歳は1つしか違わないが、見た目はとてもそうと見えない人間山脈。
悪友兼兄貴分みたいな2人には、カカシも人間的に敵わない。
カカシの腕にいたイルカは、とっくに紅とアンコに奪われていた。
先程、味見を致した頬やら唇やらをハンカチで拭ってやっている。
消毒しようとまで言っているのが聞こえた。
その背後で気持ち悪くないかとか聞いているのは、ゲンマとライドウ。
ハヤテまでもがエチケット袋などを差し出している。
「……あの、えーとぉ、この状況はなんなの?」
「テメエの胸に聞いてみろや」
「生き延びられたら、説明してやる」
ミズキ以下、イルカにちょっかいをかけてきたゴロツキ上忍崩れたちは撤去されている。
いまだに呆然としているイルカを取り巻いたまま、紅とアンコ、ゲンマとハヤテとライドウも遠ざかっていこうとしていた。
イルカたちに続くアスマとイビキを追いたいカカシであった。
だが、できない。
何故なら、深く静かにお怒りになっておられる3代目火影様がいらっしゃるからだ。
「カカシよ……」
3代目が穏やかに発した一言に、カカシは本気を感じ取った。
老いたりとは言え流石、歴代最強と言われた3代目。
今の気迫があれば、九尾ですら撃退できたのではないかと思われる。
それほどに、怒っているのだ。
たった1人の下忍のために。
───噂ってデマじゃなかったのーっ!?
イルカが3代目に取り入っているという噂なら、デマだ。
ミズキの流した風評が、どこかで捻じ曲がったのだろう。
しかし3代目を筆頭に多くの忍がイルカを異常に目をかけているのは、紛れも無い事実だった。
「カカシ……、里を出てみるか?……」
それは、生涯里に戻れない任務に就けということなのか。
それともこの場から逃げ出し、一生を追われて過ごす抜け忍となれということなのか。
咄嗟に判断できない。
「あの、3・代・目……」
油の切れた機械のような動きで、カカシは背後を振り返る。
「……お、怒って、マス?」
えへ、とカカシが小首を傾げる。
ぷつん、と何かが切れた音が重なった。
「あったりまえじゃっっっ!!! こんバカタレがぁっっっ!!!!!!」
その夜、演習場付近で高度な忍術合戦と、悲しくなる程低レベルな舌戦が繰り広げられた。
ただその内容は、当事者の将来を慮ってか、誰の口にも上らなかったという。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/07/30
UP DATE:2005/08/02(PC)
2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29