イルカ外伝

【思春期狂想曲〜伍】
   ~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]



 演習場をぐるりと取り囲むフェンスに縋るように立っていたイルカには、見えていない。

 心配げに声を掛ける友人のミズキの逆光に翳った顔どころか、近付く男たちの影さえも。

 けれど、忍として鍛えられている感覚が、警鐘を鳴らした。

 イルカが振り向くと同時に、男たちが声を掛けてくる。

「おい、ガキどもっ」

「こぉんなトコで、なぁにやってんだ?」

 ただのごろつきか、酔っ払い。

 イルカはいつもの襲撃者ではなかった、と気を抜きかける。

 だが、絡まれれば厄介なのはどちらもそう変わらない。

 大きく息を吐き、イルカはいたずらっ子の微笑を浮かべて友人へ向き直った。

「ごめんな、こんな時間につき合わせちゃって」

 さ、帰ろうぜ。

 ただの子供になりきったイルカはミズキの手を取り、わざと男たちの側を駆け抜けていく。
 
「お、おいっ、イルカっ」

 だが、突然、手を引かれたミズキは足をもつれさせた。

 よろけ、男の1人と肩が当たる。

「あっ」

「痛ぇじゃねえか」

 まったくダメージも無さそうな男が当たった場所をさする。

「何してくれんだぁ、ガキがっ」

 男の仲間がミズキを突き飛ばした。

 彼の手を掴んでいたイルカも一緒に地面に転がる。

「うわぁっ!」

「くっ!……」

 ミズキは咄嗟に庇う形でイルカの小さな身体を抱きとめていた。

 お陰でイルカに怪我はない。

 だがミズキはどこかを痛めたらしく、その顔が歪んでいた。

「……ミズキっ!? 大丈夫かっ!」

 慌てて起き上がり、イルカはミズキを助け起こそうとする。

 けれど肩をつかまれ、行動を阻まれた。

「人にぶつかっといて、ごめんなさいも言えねえのか」

「流石に3代目のお気に入りは違うよなあ」

「なあ、イルカちゃんよぉ」

 3人で小柄なイルカを演習場脇の茂みへ引きずり込みながら吐き出す言葉が、彼らの全てを物語っていた。

 イルカが『3代目に気に入られている下忍』という噂を鵜呑みにし、妙な考えまで抱いているらしい。
 
 それでも多分、全員が上忍レベルだ。

「お友達が大事なら大人しくしてろや」

 アゴ掴み上向かせ、視線で後を示す。

 4人目がぐったりしたミズキの顔をこちらに向けさせていた。

「イル、カァ……」

 この状況でイルカが歯向かえば、まずミズキをどうにかするのだという意思表示。

 背後から羽交い絞めにされ、前に2人。

 そして友人を捕らえられていては、もはやイルカに手向かう術はない。

 なのに精一杯に身をよじり、声を張り上げた。

「ミズキーっ!」

 自分の声では無視されるかもしれない。

 それでも、友人だけでも助かる可能性はある。

 そんな気持ちで。



   * * * * *



 自分より友人を案じるイルカの声を聞き、カカシは呆れた。

───……なんつー、お人好しなのよ……

 イルカたちのいる演習場前の広場を見下ろす丘の上に立つ木の枝の上にしゃがみこみ、右手で額を押さえてため息なんかついてみる。

 何故なら、男たちにイルカの悪い噂を吹き込んだのが、ミズキだ。

 きっと今夜が初めてではない。

 これまでの襲撃の幾つかは、彼が裏で糸を引いたものだ。

 残りも、彼の吹聴した噂が広まってのことだろう。

 これまで誰も怪しまなかったのは、ミズキが上手く立ち回ってきたからもある。

 けれどそれ以上に、イルカが彼を微塵も疑っていないからだ。

 普通、これだけ頻繁に敵意を向けられれば、誰に対しても疑心暗鬼になる。

 だがイルカは自分の周りにいる誰1人として疑ってはいない。

 それどころか、襲撃者をも完全に敵としては見ていない節があった。

 まあ、バカな大人だとは思っているようだが。

 多少の怪我はさせていても、まだ誰も殺していない。

 里内で、仲間相手だったからというのは、もう言い訳にならない。

 例え相手が複数の上忍であっても、油断しているなら、殺す気で動けばなんとかならないこともないのだ。

 それにイルカの擁護者たちは皆、この事態を知っている。

 しかも里の最高権力者が。

 イルカは何をしても──それこそ噂の通り、里長に泣きつけば保身が可能なハズだ。

───でーも、今夜ばかりは流石に、どーうにもならないかー

 自分より格上を相手に隙をつく事もできず、人質をとられている。
 
 助けは今、紅とアンコが呼んでいるハズだ。

 しかし、この場所を突き止めて駆けつけるまでに、全てが終わっているだろう。

 4人のゴロツキと、友人だと思っていた者に陵辱されて。

───……なんか、ムカツク……

 カカシは自分の眉根が際限まで寄っていることに気付いた。

 そして、イルカを助けられる人間がいることにも。

───しょーがないよねえ

 カカシは立ち上がり、枝を蹴った。

「なーにやってんの?」

 一瞬後には、イルカを羽交い絞めにした男の後ろに立っている。

「オジサンたち」

 急に現れた新たな少年にうろたえ、すぐに怒気を露わにする大人たちを、カカシは殺気を隠さずに睨み返した。

「いい大人が、こーんな子供にイタズラしちゃーダメでしょ?」

「オマエ……写輪眼のっ」

 言いかけた1人へ瞬身の勢いのまま当身を食らわせ、向き直りもせずもう1人を裏拳で沈める。

「……よってー、オシオキしまーす」

 木ノ葉隠れの里は、統率された1つの組織である。

 忍者は裏の裏を読めといわれるほど、疑うことが商売だ。
 だからこそ、自分の背を預ける同じ里の仲間を信頼する。
 
 その真意も理解せずに他人を妬むだけで、自分では何もしない輩に容赦をするつもりはない。

「ま、待ってくれっ!」

 相手がカカシで、殺意が本気であることを覚ったのだろう。

 羽交い絞めにしたままのイルカを盾に、じりじりと後退しながら男は言う。

「オレたちはあのガキに唆されただけで……」

「アンタら一応、上忍だったよねえ」

 わざとらしく確認するような口調で、カカシは小首を傾げてみせる。

 表情も声も穏やかだったが、身のこなしに隙はない。

「下忍なんかの口車に乗せられてないでーよ?」

 離れた場所で逃げる機会を伺っていた男の咽喉下を掠め、クナイが飛んでいく。
 その傍らで殺気に当てられ、腰を抜かしてへたり込んでいるミズキの足元にも、クナイは刺さっていた。

 殺気を込めたカカシの視線がミズキを射抜く。
 一睨みで、彼は完全に失神してしまった。

「アンタもね。迷惑なのよー」

 自分を優秀だと誤解し、仲間を認められないこの少年が気に入らなかった。

 過去の自分を───そして、あのコトがなければこうなっていたかもしれない自身を、見せられているようで。

「ま、オレも他人のこと、とやかく言える立場じゃないけど、ね……」

 視線をイルカを羽交い絞めにしたままの男に戻して、カカシは驚いた。

 カカシの殺気で朦朧とした意識のまま締め上げる上忍の腕で、イルカが必死にもがいている。

 同じ下忍の少年は、早々に意識を手放したというのに。

───なに、このコ?……

 殺気に動じないどころか、助けにきたカカシを真っ直ぐに睨みつけてくる。

 それは敵意でも、殺気でもない。

 けれど、明らかにこれまでの少年には見られなかった意識だった。

 何故だかイルカはカカシと戦う気でいる。

 いまだに、自分を捕らえた上忍の腕から抜け出せずにいるというのに。

───面白いなあ

「何が、おかしいっ!?」

「別にー」

 口布の下で上がった口角を木陰の宵闇に見たのか、イルカが吼えた。
 その勢いを借りて、ようやく男の腕から抜け出す。

 行きがけの駄賃とばかりに、男の下腹部を蹴りつけて悲鳴も上げられないほど悶絶までさせて、だ。

「……っ!」

 そのまま───きっとミズキの元へ飛ぼうとした足を、カカシは掴む。
 バランスを崩した身体は、難なく腕の中へ落ちてきた。

「何するっ……」

「つーかまえーた♡」

 暴れるイルカを両手で抱きとめて、カカシはご満悦だった。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/07/24
UP DATE:2005/08/01(PC)
   2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29
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