イルカ外伝
【思春期狂想曲〜肆】
~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]
カカシが繁華街を通ることは、あまりない。
特に任務終わりは、人目の多い場所に出られる格好ではないからだ。
例えまともな格好だとしても、普段はまっすぐに報告所へ向かう。
その後も、待機所か自室に戻るのが習慣だった。
年上の部下に引きずられて通りかかっただけとはいえ、繁華街へ姿を見せることは珍しい。
物慣れない風でもないが、居心地悪そうに背を屈めて、先をゆくゲンマとライドウに隠れるようにカカシは歩いていた。
宵闇が近付くにつれ、同じように任務明けの慰労に繰り出す忍者たちが増えていく。
長い戦乱や災厄のせいで年若い者が多いのは、どの里も一緒だろう。
下忍の群れに気になる面立ちを見つけ、カカシは歩みを緩めた。
気付いたゲンマが振り返る。
「カカシさん、どうしました?」
「いーんや、なんでもなーいよー」
そう言いながら、カカシの目は1人の少年を追っていた。
頭のてっぺんで括った黒い髪と、俯き加減の顔。
それでもはっきりと見える、鼻筋を跨ぐ傷。
小柄で華奢な──きちんと訓練をこなしているのだろう身体。
───あれが噂のイルカちゃんね……
任務の前に聞き取っていた特徴に合致する姿を思いがけなく見つけた。
何故か酷く痛そうな表情をしていることが、逃げ出すように駆け去る背中が気に掛かる。
けれどすれ違う、名高い下忍の名を上げ、彼らは勝手に納得する。
「あ、イタチっすか?」
「うちは一族の天才少年かー」
カカシとイタチはアカデミーをスキップで卒業し、天才ともてはやされる2人だ。
カカシは16歳にして、既に忍として10年以上のキャリアと目覚ましい実績を残している。
イタチは里屈指の一族にあってさえ異彩を放ち、いずれカカシに並ぶだろうと期待されている。
互いの思惑はともかくとして。
無遠慮な視線に気付いていたのか、母親と小さい弟の手を引きすれ違うイタチは、カカシたちへ軽く会釈を送った。
「やっぱ、天才は天才を知るってカンジなんスかねえ」
「でも、カカシさんにゃ……って、いねえしっ」
ゲンマとライドウが感心するより先に、カカシはイルカの後を追っていた。
裏路地を何度も曲がり、相手に気取られぬように。
その途中、気になる言葉を耳が拾った。
───んー? いーま、イルカって……
周囲をはばかる、忌々しさを隠さぬ響き。
興味を覚え、そちらに向かう。
繁華街の片隅の歓楽街と言うべき場所。
この辺りで最も風紀のよろしくない店の前にいた。
暗い路地の更に闇に潜み、カカシは彼らの会話に耳を傾ける。
4人の上忍崩れの男へ、自分と年の変わらない下忍が何か焚き付けているらしい。
───ふぅん……あの子、煽動はウマイんじゃあなーいの
自分の名は出さずにターゲットの情報と、それが狙いやすく、また狙う価値のある者だと吹き込む手管。
感心してみせるが、賛同はできない。
要するに、この近くを3代目火影に取り入っている下忍のガキが通るから、アソんでやってくれという相談だ。
アソぶと言っても、いい大人が好き勝手にガキを玩ぶだけだ。
忍の能力を私欲に使って第一線から退けられた、評判の悪い上忍や特別上忍には、暇つぶしなのだろう。
その場にいた全員の顔を確認し、カカシはイルカの追跡を再開することにした。
彼らと目標は一緒なのだ。
イルカを張っていれば、現場も押さえられる。
そう考えたが、計算外の出来事というのは肝心な時に限って起こるものらしい。
「あ、カカシだー」
「あら」
歓楽街の路地から出たところを、面倒な2人に見られた。
ダンゴの串をくわえたアンコと、17歳にして既に妖艶という言葉が似合う美少女の紅。
2人とも優秀なくのいちではあったが、カカシには色々と面倒な生き物だ。
「マジメな天才少年カカシくんがこーんなトコでなーにしてんの~」
「アンコ、無粋な勘ぐりはやめときな」
たしなめる紅の口元は歪んでいる。
脳内ではとんでもない自分の嬌態が繰り広げられていそうで、カカシは黙り込んだ。
女には絶対に口では勝てないと経験上知っている。
「あー、ゴメンねー、お2人さん。オレちょーっと急いでんのよー」
とにかくこの場は逃げるが勝ちだと行きかけるカカシの腕を、既にアンコが掴んでいる。
「なーぁによ」
アタシのダンゴが食えないってーのぅっ。
と、酔っ払いのような絡み方までしてくるから始末に負えない。
「んー、お2人と御一緒できるのは光栄なんだけどさー。ああもうっ! イルカちゃん見失っちゃうデショー」
「イルカちゃんって、カカシ、アンタ……」
焦れてイルカの名を出したとたんに、紅の目が変わった。
どうやら昼間のことを誰かから聞いているらしい。
「いんやー、オレじゃなくって、もーっとタチの悪いのがさー」
「早く言いなさいっ! そういうことはっ」
言い訳でしかないカカシの説明に、紅はカカシの背を押した。
「さっさと追いかけて! 私らは知らせるから。アンコ、行くよっ」
「はいはーい」
瞬身で去っていくあの2人もイルカを気に入っている派なのだろう。
分不相応な庇護と親愛を受けながら、一方で強烈な憎悪と嫉妬をも集めるイルカという存在。
その正体をいぶかしみながら、カカシは人ごみに残るイルカの僅かな匂いを辿っていった。
* * * * *
繁華街を抜けたイルカは演習場の点在する辺りまで来ていた。
駆け続けたせいだけでなく、胸が潰れるほどに痛む。
それをこらえて駆けてきたが、もう里の外れが近い。
これ以上は、どこへもいけない。
里を抜けない限り。
けれど、立ち止まったら堪えていた何もかもが一挙に崩れそうで、走りつづけた。
迫る演習場のフェンスに沿って進もうと、足を向ける。
「イルカっ!」
「……ミズキ?」
自分を追って、駆けてくる影に、イルカは首を傾げた。
「どうしたんだよ、こんな時間に……」
「それは、こっちの台詞だって」
息を切らせ、ミズキは怒った声で続ける。
「ヘンな通りから駆け出してきたから……なんかあったのかと思って、心配したんだよっ」
声かけても、全然止まらないしさ。
呼吸を整えながら心配げに語るミズキに、フェンスに縋るように背を向けたまま、イルカは小さくごめんと呟く。
「何でもない……」
馴染みの少年の背後から近付く影があることも知らずに。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/07/18
UP DATE:2005/07/20(PC)
2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29
~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]
カカシが繁華街を通ることは、あまりない。
特に任務終わりは、人目の多い場所に出られる格好ではないからだ。
例えまともな格好だとしても、普段はまっすぐに報告所へ向かう。
その後も、待機所か自室に戻るのが習慣だった。
年上の部下に引きずられて通りかかっただけとはいえ、繁華街へ姿を見せることは珍しい。
物慣れない風でもないが、居心地悪そうに背を屈めて、先をゆくゲンマとライドウに隠れるようにカカシは歩いていた。
宵闇が近付くにつれ、同じように任務明けの慰労に繰り出す忍者たちが増えていく。
長い戦乱や災厄のせいで年若い者が多いのは、どの里も一緒だろう。
下忍の群れに気になる面立ちを見つけ、カカシは歩みを緩めた。
気付いたゲンマが振り返る。
「カカシさん、どうしました?」
「いーんや、なんでもなーいよー」
そう言いながら、カカシの目は1人の少年を追っていた。
頭のてっぺんで括った黒い髪と、俯き加減の顔。
それでもはっきりと見える、鼻筋を跨ぐ傷。
小柄で華奢な──きちんと訓練をこなしているのだろう身体。
───あれが噂のイルカちゃんね……
任務の前に聞き取っていた特徴に合致する姿を思いがけなく見つけた。
何故か酷く痛そうな表情をしていることが、逃げ出すように駆け去る背中が気に掛かる。
けれどすれ違う、名高い下忍の名を上げ、彼らは勝手に納得する。
「あ、イタチっすか?」
「うちは一族の天才少年かー」
カカシとイタチはアカデミーをスキップで卒業し、天才ともてはやされる2人だ。
カカシは16歳にして、既に忍として10年以上のキャリアと目覚ましい実績を残している。
イタチは里屈指の一族にあってさえ異彩を放ち、いずれカカシに並ぶだろうと期待されている。
互いの思惑はともかくとして。
無遠慮な視線に気付いていたのか、母親と小さい弟の手を引きすれ違うイタチは、カカシたちへ軽く会釈を送った。
「やっぱ、天才は天才を知るってカンジなんスかねえ」
「でも、カカシさんにゃ……って、いねえしっ」
ゲンマとライドウが感心するより先に、カカシはイルカの後を追っていた。
裏路地を何度も曲がり、相手に気取られぬように。
その途中、気になる言葉を耳が拾った。
───んー? いーま、イルカって……
周囲をはばかる、忌々しさを隠さぬ響き。
興味を覚え、そちらに向かう。
繁華街の片隅の歓楽街と言うべき場所。
この辺りで最も風紀のよろしくない店の前にいた。
暗い路地の更に闇に潜み、カカシは彼らの会話に耳を傾ける。
4人の上忍崩れの男へ、自分と年の変わらない下忍が何か焚き付けているらしい。
───ふぅん……あの子、煽動はウマイんじゃあなーいの
自分の名は出さずにターゲットの情報と、それが狙いやすく、また狙う価値のある者だと吹き込む手管。
感心してみせるが、賛同はできない。
要するに、この近くを3代目火影に取り入っている下忍のガキが通るから、アソんでやってくれという相談だ。
アソぶと言っても、いい大人が好き勝手にガキを玩ぶだけだ。
忍の能力を私欲に使って第一線から退けられた、評判の悪い上忍や特別上忍には、暇つぶしなのだろう。
その場にいた全員の顔を確認し、カカシはイルカの追跡を再開することにした。
彼らと目標は一緒なのだ。
イルカを張っていれば、現場も押さえられる。
そう考えたが、計算外の出来事というのは肝心な時に限って起こるものらしい。
「あ、カカシだー」
「あら」
歓楽街の路地から出たところを、面倒な2人に見られた。
ダンゴの串をくわえたアンコと、17歳にして既に妖艶という言葉が似合う美少女の紅。
2人とも優秀なくのいちではあったが、カカシには色々と面倒な生き物だ。
「マジメな天才少年カカシくんがこーんなトコでなーにしてんの~」
「アンコ、無粋な勘ぐりはやめときな」
たしなめる紅の口元は歪んでいる。
脳内ではとんでもない自分の嬌態が繰り広げられていそうで、カカシは黙り込んだ。
女には絶対に口では勝てないと経験上知っている。
「あー、ゴメンねー、お2人さん。オレちょーっと急いでんのよー」
とにかくこの場は逃げるが勝ちだと行きかけるカカシの腕を、既にアンコが掴んでいる。
「なーぁによ」
アタシのダンゴが食えないってーのぅっ。
と、酔っ払いのような絡み方までしてくるから始末に負えない。
「んー、お2人と御一緒できるのは光栄なんだけどさー。ああもうっ! イルカちゃん見失っちゃうデショー」
「イルカちゃんって、カカシ、アンタ……」
焦れてイルカの名を出したとたんに、紅の目が変わった。
どうやら昼間のことを誰かから聞いているらしい。
「いんやー、オレじゃなくって、もーっとタチの悪いのがさー」
「早く言いなさいっ! そういうことはっ」
言い訳でしかないカカシの説明に、紅はカカシの背を押した。
「さっさと追いかけて! 私らは知らせるから。アンコ、行くよっ」
「はいはーい」
瞬身で去っていくあの2人もイルカを気に入っている派なのだろう。
分不相応な庇護と親愛を受けながら、一方で強烈な憎悪と嫉妬をも集めるイルカという存在。
その正体をいぶかしみながら、カカシは人ごみに残るイルカの僅かな匂いを辿っていった。
* * * * *
繁華街を抜けたイルカは演習場の点在する辺りまで来ていた。
駆け続けたせいだけでなく、胸が潰れるほどに痛む。
それをこらえて駆けてきたが、もう里の外れが近い。
これ以上は、どこへもいけない。
里を抜けない限り。
けれど、立ち止まったら堪えていた何もかもが一挙に崩れそうで、走りつづけた。
迫る演習場のフェンスに沿って進もうと、足を向ける。
「イルカっ!」
「……ミズキ?」
自分を追って、駆けてくる影に、イルカは首を傾げた。
「どうしたんだよ、こんな時間に……」
「それは、こっちの台詞だって」
息を切らせ、ミズキは怒った声で続ける。
「ヘンな通りから駆け出してきたから……なんかあったのかと思って、心配したんだよっ」
声かけても、全然止まらないしさ。
呼吸を整えながら心配げに語るミズキに、フェンスに縋るように背を向けたまま、イルカは小さくごめんと呟く。
「何でもない……」
馴染みの少年の背後から近付く影があることも知らずに。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/07/18
UP DATE:2005/07/20(PC)
2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29