イルカ外伝

【思春期狂想曲〜弍】
   ~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]



「おーそーい~」

 上忍待機所に、緊張感のない少年の声が響く。

 ひょろりと背の高い身体を丸め、ベンチの上に膝を抱えて不機嫌そうに座っている姿は若いというより、完全に子供だ。

 けれど、その居住まいは上忍待機所に───彼より年かさの者よりも、馴染んでいる。

「オメエが待ってるなんて珍しいな、カカシ」

 大柄な青年、猿飛アスマが隣りに座った。

「あー、アスマ」

 気さくに答えるカカシの遅刻癖は有名。

 いや、元々は厳しすぎるくらいに時間やらルールに厳密な性質だったのだが、あることがあって一変した。

 任務はしっかりこなすくせに、集合時間はやたらと遅れてくるカカシが、待たされるなど滅多にあることではない。

「こーの、カカシくんを待たせるなんていい度胸だーよね~」

「マズイことでも起きてなきゃいいがな……」
 
「マズイって?」

 暢気な声で答えながらも、カカシの目が鋭くなる。

 第3次忍界大戦に続いた九尾襲来から2年、木ノ葉隠れの里は落ち着きを取り戻したばかり。

 これから本格的な復興へ向かおうという大事な時期だ。

 他国、他里のちょっかいは遠慮したいが、ありえる話だ。

「……やれやれ。ちょいと、見てこよーかねえ……」

 カカシが腰を上げたところに2人の忍が顔を出した。

「カカシさん、お待たせしました」

「あれ? ライドウさんと、ゲンマさん?」

「ええ、ちょっと、ね」

 片目をつぶって見せてから、簡単にゲンマが説明し始める。

 カカシの部下として任務につくはずだった3人の中忍が怪我をして出られなくなり、中忍のライドウと特別上忍ゲンマが代わりに任務に就くことになったと。

 フォーマンセルの予定がスリーマンセルになったところで、今回の任務には支障はない。

 それだけの能力が、まだ若いこのメンツにはあるのだ。

 ちなみにゲンマとライドウは年齢はカカシより上だが、カカシは階級とキャリアが彼らを上回っている。

 そんなワケで互いに敬語だ。

 問題は、任務放棄となった3人。
 
「へえ、下忍にちょっかいかけて返り討ちね~」

 たいしたもんだと感心した風だが、カカシの目は笑っていない。

 下忍1人にやり込められた中忍3人もだが、その下忍も気に入らないのだろう。

 誰よりも仲間を大切にすることを諭した師の教えか、それとも本来の性格なのか、内輪もめをカカシは一番嫌った。

「しょうがねえだろ。アイツに絡むバカが多いんだからよ」

 アスマが横から口を挟む。

「どーゆーことよ?」

「どーもこーもねえ」

 珍しく本気で気に入らないのか、吐き捨てるような口調でアスマは続けた。

「そいつが3代目に目かけられてるって噂に踊らされて、妙なちょっかいかけやがるバカがいやがんだ」

 大勢な。

「で、それがどうしたの?」

 と、言わんばかりの目でカカシはゆったりと座ったままのアスマを見下ろす。

「だからって、仲間やっちゃっていいってコトにはなんないでしょーが」

「だから、しょうがねえって言ってんだ」

 アイツは下忍で1人きり、相手は格上で複数。

「しかも色々と下卑た考え持ってやがんだ。んな相手に、無傷で済ませられる程じゃねえんだよ」

「第一、これが初めてじゃねえんです。火影様も黙認してんで、表沙汰にゃなってませんがね」

「アイツから仕掛けたことは一度もないし、失敗した奴らも体裁悪いから黙ってんですよ」

 次々に下忍を擁護する言葉がアスマだけでなく、ゲンマやライドウから聞かされたカカシは一瞬、黙った。

 どうやら自分以外はその下忍を良く知っていて、悪い印象は持っていないのだと気付く。

「ソイツのこと随分構うね」

「あー、構うっていうかよー……」

 アゴの辺りを掻きながらアスマが口ごもる。

 ゲンマとライドウも顔を見合わせ、なんともいえない表情をした。

「ほっとけねえってのが、正直なとこっすね」

 代表するようにゲンマが答えるが、カカシは納得できない。

「なによ、それ……」

 脱力したよーに吐き出し、カカシは告げる。

「ま、そいつのことは帰ってきてから考えるよ。さっさと任務、片付けちゃいマショ」



   * * * * *



 慰霊碑の前で3人の中忍をのしたイルカは、その足で3代目火影の元を訪れていた。

 告げ口をするワケではない。
 
 ただ、どんな理由があれ同胞を傷つけたことへの咎めがあるだろうと思ってのことだ。

 それに今日も、3代目とは会うことになっていたのだし。

「また、派手にやったそうじゃな」

 火影の執務室に入るやいなや、切り出された。

 既に今日のことは知っているらしい。

「まったく、アヤツらにも困ったものじゃ……。任務前に勝手な私闘で怪我などしおって……」

「任務、前……だったんですか?」

「オマエが気に病むことはないぞ、イルカ」

 ぷかりと煙管をふかし、3代目は言い捨てる。

「非はアヤツらにある。お主は降りかかった火の粉を払ったまでのことよ」

 なにより、下忍のお主1人にあしらわれるようではな。

「でもっ……」

「気にするな。それより、お主はやることがあるじゃろうが」

 反論を許さず、3代目は告げる。

「頼むぞ、イルカ」

 もはや何をとは言わずとも分かる。

「……はい」

 そう、返事をしてイルカは御前を下がった。

 入ってきた扉からではなく、執務室の隠し扉を抜けて。

 この通路を使わねば、行けぬ場所。

 幾つもの結界に守られ───もしくは封じられた、余人の近寄れぬその場所。
 
 日々そこを訪れることが、イルカの今の任務であった。

 ランク自体はD。

 下忍であるイルカには妥当な任務。

 だが、1人でというのはあまりない話だ。

 ただ、この任務の機密性と木ノ葉隠れの里にとっての重要性はAランク以上かもしれない。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/05/10
UP DATE:2005/05/15(PC)
   2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29
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