イルカ外伝

【思春期狂想曲〜壱】
   ~ Adolescence Rhapsody ~
[nartic boy』7,610hits]



 慰霊碑の前に少年が1人、立っていた。

 高い位置で1つにくくったざんばらな黒い髪を、初夏のそよ風が撫でるように吹きすぎていく。

 まっすぐに慰霊碑を見つめる瞳も黒く、強い意志の光を湛えている。

 鼻筋をまたぐ一文字の傷がきかなそうな印象も与えるが、まだまだ幼い顔つきだ。

 それでも多分、10をいくつか越えているだろう利発さも見て取れる。

 だが、小柄で手足も細い。

 それに体中に生傷が多すぎる。

 ふいに、少年が背後を振り返る。

 何時の間に近付いたのか、同じ年頃の痩せた少年が立っていた。

「イルカ、こんなところにいたんですか」

「こんなところってなんだよ、ハヤテ」

 口先を尖らせてイルカは言う。

 この場所───演習場の片隅に建てられた慰霊碑には、里を守って命を落とした数多くの忍の名が刻まれているのだ。
 
 英雄として。

 2年前に、イルカの両親もこの碑へ名を連ねている。

 イルカもそんなことにこだわっているのではないのは、ハヤテにも分かった。

 だからこそ、意地っ張りな友人を気遣って本当のところは口にしないでおく。

「すみません、そんなつもりじゃなかったんですが……」

 素直に謝られては、イルカも何も言えなくなり、決まり悪そうに頬を掻く。

「いや、いいけど……。それで、オレに用?」

「ええ」

 子供らしくない丁寧な口調でハヤテは告げた。

「中忍試験のことですよ」

 歳はイルカよりハヤテが1つ上だが、アカデミーでは同期の2人は仲が良い。

 クラスでいつも笑いの中心にいたイルカと、優秀さで人目を引いていたハヤテは何故か気があったのだ。

 アカデミーを卒業して下忍となったのも同時で、班は違ったが今でも交流は続いている。

「ああ、ハヤテは受けるんだ」

「……と、いうことは、イルカは?……」

 口元に軽く握った左手を当てて眉をしかめるハヤテは元々の顔色の悪さもあって、酷く病的な印象を受ける。

 しかし健康状態に問題は無く、少年ながら木ノ葉流剣術の腕はなかなかのものらしい。
 
 だから、イルカは遠慮なく、ハヤテの背を叩いた。

「オレの班、受験資格もらえるだけの任務こなしてねえんだから、仕方ねえって!」

 明るく言い放つイルカを睨みつつ、ハヤテはむせた呼吸を整える。

「ゴホッ……そう、です……か……」

 そんなハヤテに悪びれなくにかりと笑い、イルカは唐突に聞いてきた。

「ハヤテは中忍試験受けんだ?」

「……ええ」

「そっかー」

 伸びをしながら、いいなぁ、とイルカは呟く。
 けれど、その声にはうらやましさも悔しさもなかった。

 そんなイルカを不思議そうに見つめながら、ハヤテはもう1つ咳をする。

「ハヤテ」

「なんです」

「頑張れよ」

 なんの気負いもなく、さらっと言われた一言に込められた思いに、ハヤテは笑顔で応える。

「もちろんです」

 微笑む時だけ、いつもは青白い頬に薄く紅が昇った。

 こんなハヤテの顔を知っているのは、イルカくらいだろう。

 すぐに表情を改めて、ハヤテは踵を返す。


「じゃあ、修練があるから戻ります」

「ああ」



   * * * * *



 帰っていくハヤテの背が見えなくなるまで、イルカは見送った。

 そして、少し視線を上げて空を見つめながら、ぽつんと声を落とす。

「何か用?」

 途端に、ざわりと周囲の空気が変わった。

 殺気を持った人影が、慰霊碑を覆い隠すように───守るように生い茂った薮から音も無く這い出してくる。

 左右からと背後、3人だ。

 忍服から中忍以上だとは分かるが、顔は覆い隠している。

 空を見上げたまま、軽く首を巡らして数を確認するイルカへ、わざと押し殺した声が訊ねる。

「オマエがイルカか?」

「そうだよ」

 わかってるくせに、と身じろぎもせずにイルカは答えた。

「イソメさん、だっけ? あとはエボシさんで、こっちはタマさん?」

「……っ!」

 隠していた正体を言い当てられ、動揺した気配が走る。

 だがイルカにしてみれば、またかと思うだけだ。

 1年前、3代目火影から火の意思について教えられて以来、何かと面倒を見てもらっているせいか、絡まれる。

 多分、その直後に下忍に昇格したことも、変な勘繰りを受ける原因なのだろう。

 イルカには彼らにつけ込まれるようなことも、妬まれるような覚えもない。
 勝手に因縁をつけてくるだけだ。

 年も体格の上の数人が相手だろうが、イルカだって黙ってやられてなどいない。

 3代目に告げ口することもなく、自身で解決しようとしていたのでただ傷が増え、結局バレてしまうが。

 しかし3代目も手出しや口出しはしなかった。

 それを嫌がるだろうイルカの性格を分かって。

 相手を責めない代わりに、イルカの反撃を黙認してくれただけでも有り難かった。

 3人が構えるのを目の端に止めたイルカは、既に印を組み終わっている。

《影分身の術》

 2つの影分身体を出現させ、3人のイルカは同時に同じ印を組んだ。

《風遁・空破刃》

 3人のイルカからほぼ同時───と思えるほど、微妙にタイミングをずらして、渦巻く風の刃が放たれる。

 だが下忍が使いこなせるような術でもなく、チャクラ量が足りないのか、術の発動とともに影分身体は消滅した。

「バカめ……」

 あざ笑いつつ、風の刃を交わそうとした男の胸元に、小柄な影が現れる。

 術の発動と同時に、イルカはその目標に向かって飛び込んでいた。

 敵が気付いた時には、意識を奪えるだけの一撃を3人に加えている。
 
 目標を失って地面や木に激突する風の刃に砂煙や落ちた葉が舞い上がる中、イルカを襲ってきた3人が崩れ落ちた。

 しかし、イルカもその場に膝をつく。

 息を吸おうとするが、咳き込んだ。

 ムリに身体の限界を越えた動きをしたせいか、過呼吸を起こしたのだろう。

「……やっぱ、ゴホ……キツイや……」

 ようやく戻ってきた呼吸に安堵しながら、イルカは周囲に転がるマヌケを睨む。

 こんな時期に、同じ里の者を下手な嫉妬で闇討ちなんて真似の危険さは、子供にだって分かる。

 いくら地位を高めても、他人を蹴落とす前に自身を高めなければ意味がないのだ。

「バッカじゃねえの……」

 のどに絡んだものと一緒に悪態を吐き出し、立ち上がったイルカは場を後にした。



 【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/04/20
UP DATE:2005/05/09(PC)
   2009/01/03(mobile)
RE UP DATE:2024/07/29
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