カムフラージュ

【カムフラージュ】
   ~ camouflage ~
[にわか雨 = iscreamman 相互記念]



 日が傾いて空が夕焼けに染まり始めた頃、火の点った提灯にぼんやりと照らされた神社へ続く参道には様々な出店が並び、威勢の良い客引きの声と香ばしく甘い匂いに引き寄せられるよう、涼しげで華やかな夏の装いで着飾った人々が集まって来る。
 そんな賑わいから外れた小さな鳥居の脇に建つ常夜灯の下、3人の子供が額を寄せ合っていた。

「……どういうことだ?」

 訝しげに、握った紙片を睨むサスケ。
 彼の右からサクラが、左隣からナルトが覗き込む。

 記されているのは、忍文字───隠れ里や流派毎に独自に使われている暗号だ。

 文末にはさらりと『へのへのもへじ』が書かれているから、彼らの担当上忍の筆で間違いない。

「……まさか……」

 サクラは朧気ながら意図に気付いたようだが、どこかまだ半信半疑でいる。
 アカデミーではオチコボレ、ドベと言われ続けていたナルトにも読める、初歩的な暗号で指示された内容。

「なあ、これってば演習なんだよな?」

 暮れゆく空のした、賑わいを増す夜祭りをよそに、下忍たちは悩むばかりであった。



   * * * * *



 話は昨日に遡る。

 早朝から農家で野菜収穫の手伝いという果たして忍者が請け負うべき仕事か甚だ疑問のあるDランク任務を終えた帰り道。
 朝が早かった分まだ日が高いうちに里へ戻り、いざ解散という段になって突然カカシがこう告げたのだ。

「明日は夏の特別演習をやるぞー。全員、装備を整えて、昼に大門前に集合」

 だから今日は張り切って───けれど、どうせまた長時間待たされるだろうと覚悟して臨んだのだ。

 だが予想を裏切ってほぼ時間通りに現れたカカシは、がっつり演習装備で揃った部下たちを一瞥して心の底から残念だと言わんばかりの溜め息を吐きやがったのだ。
 そして不機嫌なまま、なんの説明もなく、行くぞと号令だけして1人さっさと歩き出す。
 
 何が悪かったのか分からないけれど、行き先も知らないで置いていかれてはたまらない。
 3人は慌てて上官の後を追い、里を離れた。

 それから小一時間は無言で歩きつめ、たどり着いたのは山間に栄えた宿場町───その外れにひっそりと建つ木賃宿であった。
 よく見れば屋号が染め抜かれた暖簾の端に、小さく木ノ葉隠れの忍文字がある。
 木ノ葉隠れが密かに運営する忍宿なのだろう。

 帳場には寡黙な番頭らしき壮年の男と、若いが無愛想な下女だけ。
 出迎えの声も濯ぎもない。

「もう、居るよね?」

 カカシが割り符を番頭へと渡して問えば頷きだけが返り、薮睨みな下女がじろりと視線で奥へ上がれと促す。
 これがここでは当たり前なのか、カカシは頓着せず上がり込んだ。
 子供たちも恐る恐る後に続く。

 突き当たるまで進んだ廊下は縁側から渡り廊下を抜けて離れへと伸びている。
 離れと言っても簡素な造りで、土間と簡易な水場、二間の小座敷がある平屋だ。

 その奥まった一室の灯り障子を開けながら、カカシがここまでの不機嫌さなどどこかへ置いてきたような、猫なで声を出す。

「ども、お待たせしましたー」

「いいえ。時間通りですよ」

 答える声に聞き覚えのある子供たちが開け放たれた座敷をのぞき込むと、予想に違わず懐かしく馴染み深い人が居た。

「久しぶりだな。ナルト、サスケ、サクラ」

「「「イルカ先生っ!!!」」」

 普段の忍装束と同じ色合い───藍に染めた麻を子持縞に織った単衣を着、幾つかの風呂敷包みを傍らに置いて使い込んだ懐中時計を手に座っている。
 穏やかに笑って訪問者を迎え入れるイルカは、本来の彼を知っている元教え子が見ても堅気の人間としか思えない。
 商家の手代か真面目な若旦那という風采のこの男が、忍を養成するアカデミーの教師だと誰が思うだろうか。

 だが、どうして、ここに。
 そして、なぜ、そんな恰好で。

 素直に疑問をぶつけたのは、やはりナルトだった。

「なんで、イルカ先生がここにいんだってばよーっ!?」

「それに、なんで着物、なんですか? 似合ってます、けど……」

 普段、カカシに対するより幾分柔らかい口調で、サクラも問う。
 黙ってはいるが、サスケも聞きたそうにしている。

「なんだ、お前ら。カカシ先生から聞いてないのか?」
 
 そんな子供たちの様子こそ不思議そうに、イルカは無言の問いを彼らの上官へ向けた。
 すると、なぜか障子を開けたままの姿で自分を凝視しているカカシと目が合う。

「カカシ、先生?」

 返事のないカカシを訝しげに見上げれば、覆面からわずかに覗く頬がほんのりと朱に染まっている。

 初夏の昼過ぎだ。
 陽当たりのよい表通りは陽炎が立ち上るような暑さだけれど、離れは下半分が通障子を通して庭の木陰や池を渡る冷気を含んだ風が抜けていくお陰で汗が浮くほどの暑さは感じられない。

「どうかされましたか? カカシ先生」

「……い、いいいいいえっ! そそそれより、本当にお似合いですねえ。イルカ先生!」

「ありがとうございます。さっそくですが、支度にかかりませんか?」

 挙動不審なカカシの態度に首を傾げつつ、イルカは演習補佐の任務を遂行すべく話を進める。

「そ、そうですねっ! じゃ、お前ら。さっさと着替える!」

「ほら、サクラ。サスケは、これな。で、ナルト、お前のだ」

 そう言ってイルカが差し出したのは、傍らに積んでいた風呂敷包み。
 ナルトたちにも両手で抱え込める程度で重くはないが、中身は分からない。
 サクラには撫子色、サスケは花紺、ナルトに常葉色の包みを渡したイルカは立ち上がり、座敷を仕切る襖障子を引いて少女1人を手招いた。

「サクラ、こっちの座敷使え。衝立もあるから」

「あ、はい」

「1人で着付け、できるか?」

 こっそりと囁かれた言葉に、渡された風呂敷包みの中身を察した彼女は少し考え、苦笑を浮かべる。

「ちょっと、自信ないです」

「そうか。じゃあ、女将さん呼ぶから、手伝ってもらえ」

「はい」

 そんなやりとりをして、イルカは座敷を仕切る襖を立てきった。

「カカシ先生。オレ、女将さん呼んできますので」

「いえ、オレが行きます。イルカ先生は、あいつらお願い」

 カカシが指し示したのは未だに状況を把握できず、渡された風呂敷包みを抱えて立ち尽くすサスケとナルト。
 確かに、彼らの支度を手伝うなら付き合いの長いイルカの方が扱いが慣れている分、良いだろう。

 それに、支度がまだなのは、カカシもだ。

「分かりました。お願いします」

「先生も、あいつらよろしくね」

 カカシにも紫紺の包みを渡し、送り出す。

 女将を呼ぶついでに別室を借りれば、子供たちに素顔を晒すことなく支度を整えてこられるだろうとイルカが配慮したのだ。

「さ、なにしてる? さっさと着替えろよ。2人とも」

 渡り廊下と繋がる濡れ縁に面した障子を閉めて振り向いたイルカは楽しげに急かすけれど、まだサスケもナルトも状況が分かっていない。

「き、着替えるって、なんにだってばよ?」

「……まさか」

 サスケの視線が、抱えたままの風呂敷包みに落ちる。
 これに着替えろってことか。

「そうだ。ほら、急げよ。途中でサクラに見られたくないだろ?」

 まだ着付けを頼んだ女将の来る気配がないから、サクラの支度ができるまで時間はある。
 しかし、1人待つ彼女が暇を持て余した末に好奇心に負けてこちらの様子を覗き見る可能性は否めない。

「とりあえず、サスケからな。ナルトも、帷子はいいから、上着は脱いでおけ」

 気恥ずかしさからか遠慮がちなサスケと、とにかくじっとしていないナルトを誉めたり叱ったりどうにか宥め賺し、イルカは2人を着替えさせる。
 しばらくして隣室から女性の声がしだしたから、サクラの身支度も進んでいるらしい。
 
 そして、カカシが戻った頃には下忍2人の着付けも無事に終わっていた。

「へえ」

 見慣れない装いとなったサスケとナルトを眺めやり、満足げに懐手で顎を撫でるカカシもまた藍染めの単衣に着替えている。

 一見するとイルカと揃いだが、カカシが身に着けている物の方が藍の色味が深く、よく見れば柄も滝縞だ。
 帯にしてもイルカは中忍ベストの色と似た鶯色に濃茶色の糸を織り込んだ物で、カカシは墨で染めたような黒を締めている。

 ただやはり、額当ても覆面もしていない代わりに、左目は前髪で、口元も絽織りの襟巻きで隠していた。
 それがまた憎たらしいくらい良く似合っているのだけれど、夜目や遠目には揃いと思える着物だというのに、イルカは物堅い印象で、カカシは浮き世離れした遊び人という風体にしか見えないのはどういう道理だか。

「なあなあ、カカシ先生、カカシ先生! オレってば、オレってば、似合うか?」

 はしゃぐナルトが着ているのは生成地に赤と黒の格子縞が入った甚平で、普段の鮮やかな色を見慣れているせいか、どこかよそよそしく見えて落ち着かない。
 だが物言いも振る舞いも変わらぬから、きっとすぐに馴染むだろう。
 
「ま、馬子にも衣装っていうしねえ」

「ほんとか、カカシ先生! やったー! ありがとな、イルカせんせっ!」

 素直に喜ぶナルトを間に、この子供を受け持った教師と上司は苦笑いを浮かべる。
 馬子にも衣装とは、身形さえ整えれば誰でも立派に見えるという意味の慣用句だと教えたはずなのだが、すっかり忘れ去られているようだ。

「褒められてねえだろうが。ウスラトンカチめ」

 庭に面した腰高窓に行儀悪く寄りかかって座り、溜め息混じりに呟いたサスケは白地に藍の金通縞の入った単衣に縹色の兵児帯を締めている。
 着物は良い品だが裄丈を詰めてあるせいで、父か兄のお下がりを着せられている富裕な家の末っ子と見える。

 そんな話をしているうちに、隣室から老齢だが品良く凛とした女性の声がかけられた。

「お嬢さんのお支度、整いましたよ。開けてもよろしゅうございますか?」

「あ、はい。どうぞ」

 イルカが手早く脱ぎ散らかされたナルトらの服をまとめ、招き入れる。

 座敷を仕切っていた襖障子が開け放たれ、籐の衝立から現れたサクラの姿にナルトは歓声を上げた。
 カカシやサスケも目を見張り、イルカは懐かしそうに彼女の着物を眺めた。

「すっげーきれーだってば、サクラちゃん! まぐふぉっ」

「良ーくっ似合ってるぞー、サクラー」

 先程、冗談半分に告げた言葉をまんま言いかけたナルトの口をとっさに両手で塞いだカカシも冷や汗をかきつつ、お世辞ではない感想を述べる。
 頭の良い彼女があの慣用句を耳にしたなら、間違いなく全員の装いが台無しになるだろう。

 カカシに抱き込まれて苦しそうに暴れるナルトは敢えて無視し、イルカもサクラの着こなしを誉めた。

「うん、大人っぽく見えるぞ。裄もちょうどよかったみたいだな」

 サクラが着付けられたのは、白い梨地に薄桃色で大輪の朝顔が染め抜かれた単衣だ。
 若草色と紅色でぼかし染めにした長めの兵児帯を華やかに結び、長い髪をすっきりと結い上げて朝顔を象った華奢な白銀の簪で飾っている。

 サスケと同様に裄丈を詰めてあるから、誰かのお下がりなのだろう。
 ナルトの着ている甚平もだが、生地も仕立ても上等で汚れや綻びもないし糊も利いているのに、かすかに防虫菊の匂いがする。
 長い間、大事にしまわれていた物なのかもしれない。

「あの、先生。これって……」
 
「ああ、お下がりで悪いな、サクラ。それ、母のなんだよ。ナルトのなんか、先生が子供の頃に着てたやつだし」

「サスケのは、オレのだぁよ」

 申しわけなさそうなイルカと悪びれないカカシの言葉にサクラとサスケはなんとも言えない顔つきとなったが、ナルトだけは嬉しくて堪らないとばかりにイルカへ飛びついた。

「おいっ、こら、ナルト! お前はっ! やっぱり単衣にしなくて正解だったな。すぐに着崩れるっ」

「へへーっ! だってだってー、イルカ先生のお下がりってさー、なーんか嬉しいんだってばよーっ」

 大人が用意した衣装にはそれぞれ事情もあったが、一番は子供たちを装わせて喜ばせたい気持ちがある。
 だから敏い2人には悪いが、ナルトの喜びようこそイルカとカカシが望んだものだ。

「まったく、仕方ねえな。お前は。ほら、いい加減、落ち着け」

 腰に抱きついたナルトを引き剥がしたイルカはそれぞれに藁座を勧め、自らは見守るように斜め後ろに座った。
 サクラの着付けを終えた女将は、後でお茶をお持ちしましょう、と告げて離れを去る。
 
 ようやく落ち着いた3人の子供たちの正面では、懐手をして胡座をかき、だらしないと言うか色々と危うい姿のカカシがにまりと笑った。

「そんじゃ。特別演習のミーティング、しよっか?」



    * * * * *



 夏の特別演習と銘打ち、カカシが3人の部下に課したのは、密偵だった。
 一般人の格好に着替えさせられたのも、その一環。
 今夜は忍者とバレないよう祭りを巡り、露店を隈無く回って指示された情報か品物を入手し、花火の打ち上げが終了するまでに指定された場所へ戻ってくる───という演習にかこつけた慰労かもしれない。
 一応、見回った参道や露店の様子を幾つか質問するから何を聞かれても答えられるよう、周囲を観察してくるのも忘れるな、と注釈がついているけれど。

 もちろん、普通の子供らしい着物の下にはいつも通り帷子を着込んで最低限の忍具も隠し持っているし、額当てだって袖で隠して腕に巻いている。

 だが、基本的に忍術の使用は厳禁。
 万が一、ゴロツキなどに絡まれた時は、とにかく大声を上げながら逃げて、町の大人を頼るように言い含められている。

 これは潜入した町の治安状況や有力者の思想の方向性とかを確認する為に、実際の任務でも行われているから覚えておくようにとイルカが補足した。
 ついでにカカシも、どうしてもって時は人目につかない所でな、と実力行使をほのめかす。

 そんなミーティングを終えて、特別演習の名目で下忍3人は夏祭りに賑わう神社の参道へやって来た。
 しかし、現地で初めて開いた上官からの指示書に揃って頭を抱える。


───イルカ先生が喜びそうなお土産を1人1つ確保し、花火が終了するまでに大鳥居脇の茶屋《やまがみ》に集合。
 遅れたら連帯責任で3人とも晩飯抜きだから、精々頑張れ───


「ね、ねえ、ナルト。あんたなら、イルカ先生の好み、分かるわよねえ?」

 サクラの問いかけに、ナルトは眉間に皺を寄せ、頷いた。

 確かにアカデミー時代は一番手の掛かる生徒として教師のイルカとの交流は2人より親密だった。
 今でも時々、一緒に食事をするから、食の好き嫌いや、ある程度の趣味嗜好は知っている。

 けれどナルト自身はこれまで里の外に遊びに出たことはおろか、祭りに来て露店を廻るなんて経験もないから夏祭りの出店が何を商っているかを知らない。
 
 黙ってしまったナルトの心中を察したか、代わってサスケが一番悩ましい問題点を上げる。

「イルカ先生は、オレたちが土産だと渡せば、どんな物でも喜ぶだろうな……」

「それは……そうでしょうね」

 否定しかけて、結局サクラも納得した。

 あのお人好しな先生は生徒からの贈り物なら、きっと何でも嬉しそうに受け取るだろう。
 露店に並ぶ安っぽい偽物の玩具でも、下世話な雑貨であっても───物によって怒り出すかもしれないが、それでも最後は笑ってありがとなとか言うのだ。

「……だったら、まずは楽しみましょ!」

 うなだれているナルトの左手をとって、サクラは微笑む。

「片っ端から露店廻るわよ。それで、戦利品を全部イルカ先生に渡すの! こんなことして楽しかった、あんなことがあって面白かったって話しながら!」

「……そっか、そうだよな。それなら絶対、イルカ先生喜んでくれるってばよ!」

 さすがサクラちゃん、とおだてるナルトの空いた右腕をサスケが掴む。

「だったら、はぐれるんじゃねえぞ。ウスラトンカチ」

 迷子のお前探して時間切れなんてゴメンだからな。
 意地の悪い言葉を口にしながら、澄まし顔でサスケは人波へと歩き出した。

 ナルトの右腕をサスケが、左手をサクラが引いて。
 まるで、仲の良い兄弟のように。

「はいはい。行くわよ、ナルトー」

「ちょ、ちょっと、サクラちゃんまでー! オレ、迷子になんかなんねーってばよーっ!」

 先を行くサスケには腕を放せだのもう少しゆっくりだの、隣を歩くサクラにはもうちょっと優しく、と文句を言うナルトだったが2人の手を振り払ったりはせず、そのまま人の多い参道を3人で歩く。

 最初に挑戦するのは、輪投げの屋台に決めたようだ。
 きっとサスケは実力を隠してそれなりの景品を狙い、サクラがいつものように褒め称えれば対抗心を燃やしたナルトが張り切り過ぎて失敗するだろう。

「よーうやく、動き出したみたいでーすね」

 参道から外れた藪の奥で、指示書に悩む3人の様子をずっとうかがっていたカカシが呆れ顔で呟いた。
 宿から送り出したのは日暮れ前だったのに、もうすっかり辺りは宵闇に包まれている。

「いいじゃありませんか。時間配分もあの子たちの裁量です。むしろ、どう挽回するかが見物じゃないですか?」

 無責任に面白がりながら、イルカの目は絶えず3人の姿を追っていた。
 普段のサンダルではなく、慣れない下駄を履かせているから参道の敷石につまづかないか、両手を引かれているナルトが転べばサスケとサクラを巻き込んでしまうかも、と心配そうに呟いて。

 子供たちには時間になったら茶屋に集合などと伝えているが、演習である以上大人たちは事故のないよう見守る責任があった。
 なにしろ下忍ルーキーの中でも最も人騒がせで事情のある子供が揃っているのだから、とても野放しにはできない。

 さすがのカカシも衣装の調達や監視はともかく、子供たちへの着付けやら万一の場合の一般人らしい対処は心許なく、今回は中忍のイルカに補佐を頼んだのだ。

 輪投げで張り合うサスケとナルトの様子を遠目に見やりながら、子供たちに見咎められぬよう2人は参道を外れて歩き出す。
 カカシの容貌は半分以上を隠しているせいか───多分、素顔であったとしても、衆目を集めてしまう。
 気配を消して人混みを歩けば行き交う人が気づかないまま衝突してくるので、なるだけ人気のない場所を歩かなければならない。
 
 だが、人気のない場所というのは、とある目的を持つ人々が集うもので、正直言って素通りするだけであってもとても居たたまれない。

「あー、変化で髪の色だけでも変えれば良かったですかねー」

 そうすれば、もっと子供たちに近づけただろうし、演習後の確認にかこつけ2人で露店を冷やかすこともできた。

 なんて、場の空気を誤魔化すように、冗談めかしてカカシがボヤく言葉を、イルカは否定した。

「なに言ってるんですか。演習、なんですよ」

 新米の担当上忍にとっても。
 そんな言葉が透けて見え、カカシは決まり悪そうに後頭部を掻く。

「……そーでした」

「だいたい、あいつらが大人しく夜店を回るだけで済むとは思えません」

 アカデミー時代、何かをやらかすのはナルトだったけれど、サスケもサクラも問題児だったのだ。
 頭が切れ、知識がある分、ナルトより質の悪いことを仕出かした事もある。
 だから絶対に、目を離してはいけない。

 今も、くじ引き飴で大玉を一発で引き当てたナルトに対抗してか、サスケが苛立ちも露わに5本目を引こうとしている。

「それに……」
 
 少し参道に寄って屋台の隙間から覗き見れば、甘い物が苦手なサスケに引いた飴をねだる振りでサクラが場を納めていた。
 ナルトが黙っているのは、脚を抓られてでもいるせいかもしれない。
 とにかく、彼女がキレて『内なるサクラ』が表立たない限り、騒動にはならないだろう。

 子供たちの顛末を見届けつつ、拗ねた口調でイルカは告げる。

「オレだって、任務中、なんです」

「……へ?」

 都合の良い耳には、演習とか任務で紛らわさずに素直に誘いやがれ、という本心が聞こえた。
 ついでに、ヘタレめという悪態まで聞き取ったカカシは言葉をなくす。

 不意に、遠くから夜空を割いて火薬玉が打ち上げられる甲高い音が響いた。
 山間に反響して断続的に3度、軽い破裂音が轟くと参道を行き交っていた人々は足を止めて顔を上げる。
 祭りを彩る花火が次々に打ち上がると、より見やすい場所を求めて大勢が見晴らしの良い高台へと流れていく。

 一斉に動き出した人波に揉まれ、バラバラにはぐれてしまいそうな子供たちを放っておくことはもうできない。
 イルカは混雑する人の間をするりと抜け、まずナルトの腕を掴んだ。
 
 次にサクラ、最後にサスケを確保して露店の脇で一息つかせてやる。

 子供たちも恩師の合流を驚きながら喜び、人が減ったら改めて一緒に露店を廻ろうと言い出し始めた。
 だがそうなれば、演習の課題はご破算になる。

 けれど、今日だけはそれもいいか、そう独り言てカカシも参道を突っ切って彼らの元へ向かう。

 計画は完全に見抜かれていた。
 ならばまた、別の形で挑むことにしよう。

 その時こそは勇気を振り絞って2人きりで、と請うのだと心に決め、夜空に咲き誇る花火を見上げて歓声を上げる部下の頭を撫でてみた。
 あの人がいつもしているように。



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2014/04/16
UP DATE:2014/04/19(mobile)
RE UP DATE:2024/07/28
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