White Christmas

【White Christmas〜オマケ】



 間に合うはずだった。

 アカデミーは冬期休講だし、受付のシフトも9時まで。

 約束は1週間前だったから、この日を目安に残業などしなくていいように仕事は片付けてきた。

 なのに、こんな時間になってしまった。

 仕方がない。

 交代で受付に座るはずだった同僚が急な任務でシフトを外れた。

 そのまま連続勤務にならずに済んだのは、代わりを探してくれた上司と、請け負ってくれた同僚のお陰だ。

 それでも、なんやかんやで3時間近い残業。

 どんなに急いでも、既に約束の時間は過ぎてしまっている。

 人気のない深夜の町を音もなく駆けながら、次々に考えが浮かぶ。

 もう、待っていないかもしれない。

 まだ、待ってくれているはずだ。

 もしかしたら、あちらも遅れてくるだろうか。

 急な任務にでてしまっていたら……。

 誰もいない火影橋のたもとで、足が止まる。

 やっぱり。

「イルカせんせっ」

 一番手のかかった教え子みたいに飛びつかれ、かろうじて踏みとどまった。

「遅くなって」

「ごめんなさい」
 
 2人同時に、詫びの言葉を発していた。

 彼の今にも泣き出しそうな表情に悟ってしまった。

 ずっと待たせてしまったこと。

 それでも、さも自分が遅れたかのように現れたこと。

「じゃ、お互い様ってことでー」

「カカシさん……」

 しらばっくれようとする優しい人が愛しくて、騙されていたいと思う。

「行きましょ」

 そう言って引かれた手の冷たさに、待たせてしまった時間の長さを悔やんだ。

 並んで歩き出す通りにすれ違う人はいない。

 電飾が明るくて、空の星を敷き詰めたよう。

 まるで、星の道だ。

 遠い宇宙をたった2人きりでさまよっている。

 そんな気分だ。

 けれど不思議に心細さは感じない。

 繋いだ手が、温かいからだろう。

「カカシさん」

 もっと早く、本当は歩き出す前に渡すつもりでいた物をカバンから引き出す。

 繋いだ手を離せないまま、驚きに目を見開く人に巻きつける。

 贈り物なんて、しゃれたものじゃない。

 偶然を装って、待ち合わせて出会う度に冷たい手をしたこの人が凍えないように。

 遠い国の漁師がまとう衣服の、命綱を模した模様を編み込んだ襟巻き。

 些細だけれど、無事と息災を願って。

「風邪なんか、ひかないでくださいね」

 そういう者が彼にも在るのだ。

 気づかせたい、思惑もなくはない。

 なんて。

「かなわないなあ、イルカ先生には」

 幸せそうに、臆面もなく。

「イルカ先生」

 子供みたいに。

「大好き」

 呟く。

 彼の手が、離せない。

 離したくない。

 我が儘な自分を覆い隠す、白い嘘のような彼の心を。



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2008/12/20
UP DATE:2008/12/20(mobile)
RE UP DATE:2024/07/28
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