Indecent Proposal

【Indecent Proposal】
   ~ 意地悪な遊戯 ~
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「ま、レクリエーションと思って、楽しんでやっとくれ」

 お気楽な5代目火影の言葉で、集まっていた木ノ葉隠れの忍びたちは指示された卓へと向かう。

 1つの卓に集まるのは上忍、特別上忍、中忍が9名。
 それと審判役の新人中忍か長く下忍をやっている者が1名。

 里に常駐する教師や上忍師を中心に集められた彼らが囲む卓に用意されているのは、アカデミー教材として作られたカードゲームが一式。
 要は新たな教材の試用に手が空いている(と思われた)上忍や特別上忍と、アカデミーに関わる者が呼ばれたのだ。

 このゲームの原型となっているのは、一群に紛れ込んだ人狼やマフィアを会話や状況から推測する遊びだ。
 けれど話術や詐術を駆使して心理戦を仕掛け合う戦略性の高いゲームが元である上に、アカデミー生に戦闘だけではない忍の任務を擬似的に体験させる目的でより複雑に改編されている。
 いかに歴戦の忍といえど、そうそう遊び感覚ではできないだろう───というのが、開発チームの弁だ。

「あ、イルカ先生」

「よお、サクラ」

 イルカの配置された卓では元教え子のサクラが遊び方の概要を箇条書きにした用紙などを揃え、待ち構えていた。
 この卓の担当は彼女なのだろう。

 先年から5代目火影に師事し、医療忍として頭角を表してきたサクラは顔見知りが多いようで、卓に集った忍の殆どと親しげに挨拶を交わしていく。

 任務受付とアカデミーを兼務するイルカは彼女以上に顔が広く、同じ卓につく全員を見知っていた。
 特に同僚たちとは挨拶もそこそこに雑談を始める。
 だが、周囲の卓は既にゲームが始まっているけれど、この卓だけはその様子がない。

「サクラ、始めないのか?」

「そうしたいんですけど……」

 手にした名簿に視線を落として溜め息を吐くサクラの表情で、どうやらまだメンバーが揃っていないのだと分かる。
 卓に1つ空いた席を指し、仕方ないといった風情で彼女は呟いた。

「カカシ先生が」

「あー」

 普段の任務でも支障のないギリギリの範囲で遅れ、下忍演習などでは教え子たちを半日近く待たせていたカカシ。
 この余暇というか余興のような招集に時間通り現れていたら、それはそれで腹が立つ。
 けれど、だからと言って遅れていいとも思えず、どうしたものか、とサクラはイルカと顔を見合わせた。
 そこに、背後から暢気な声がかかる。

「おや。サクラとイルカ先生がご一緒でしたか」

「もー! カカシ先生、遅ーいっ!」

「あー、すまんね。今日は、」

「アナタの遅刻癖は周知の事ですから、言い訳するよりさっさと席に着いてください。随分とお待たせしてるんですから」

 元部下とその恩師に素気なく迎えられてもカカシは申し訳なさそうに背をたわめて頭を掻くけれど、へらりといつも通りに笑っている。
 待たせていた同じ卓を囲む者たちにも軽い謝罪だけで、気に病んだ素振りも見せずに空いた席に腰を下ろした。

 カカシと親しい上忍仲間なら、いつもの事と流したか、迷惑をかけたカカシを揶揄するかしただろう。

 けれど、この卓に集った上忍たちはそうではなかった。

 教え子だったサクラの無遠慮さや、彼女らを通しての顔見知りでしかないイルカの態度を、里屈指の上忍であるカカシに対して馴れ馴れしいと眉をしかめる。

 一方、中忍たちはイルカとサクラが弁えるべき場面ではきちんとした言動をするのを知っていたし、カカシも彼らの苦言を聞き流したと見て、特に気にはしない。
 ただ、これを咎め立てする上忍がいるだろうなあとか、そうなったら面倒だなあとは思ったのだが。

 そんな双方の空気を察したけれど、雰囲気としては流れていたのでわざわざ蒸し返す必要もないと、サクラはゲームの概要や簡易ルールを箇条書きにしたレジュメを配る。

「遅くなりましたが、全員揃いましたので始めましょう。まず最初にお配りした資料をご覧ください」

 このゲームは審判役1人、参加者の人数が4人以上いれば成立する。
 今回は1つの卓に10人───1人は審判役だから、参加者は9人だ。
 ゲームが始まると、参加者には3つの役割が指示されたカードが1枚ずつ配られる。
 まず村の味方となる《里忍》、そして敵である《敵忍》が2人ずつ。
 残りの5名は《村人》だ。
 
 《里忍》と《村人》は会話から《敵忍》を推測し、合議の上で全ての《敵忍》を捕縛すれば勝利。
 一方の《敵忍》は正体を隠して《村人》同士に疑いを持たせるように会話を進め、最終的に行動可能な《村人》と同数になれば勝利となる。

「《村人》の中には1日に1人ただの村人か忍かを診断できる《医師》、夜間に誰が行動したか知ることができる《夜警》、そして《敵忍》の協力者となる《内通者》が1人ずついます」

 2人ずついる《里忍》と《敵忍》は同じ役割を持つ仲間を認識できるが、その他の参加者がどの役割なのかは分からない。
 《医師》や《夜警》など《村人》に有利な役割の者は《敵忍》に狙われないよう、敢えて《内通者》を装う事もある。
 同じ様に《敵忍》や《内通者》が《村人》たちを混乱させる為に、《医師》や《夜警》のフリをするだろう。

「これは会話だけで情報を収集、もしくは煽動する演習と考えてください。なので、瞳術や幻術の使用は禁止します」

 そこで参加者の半数がカカシの額当てで隠された写輪眼を見た。
 彼の特殊な目は二つ名として国外にまで知れ渡っている。
 当然、このような時に使うつもりもないカカシは宣誓するように右手を上げ、頷いて瞳術の不使用を了承したことを示す。

「では、ここまでで質問は?」

 サクラの問いかけに、レジュメの補足程度の確認が2つ、3つ上がった。
 それらに答え、補足した文言を書き加えたサクラはゲームを始めるべくカードを配ろうとしたのだが。

「ちいっと、いい?」

 進行を妨げたカカシに対し、内なるサクラが雄叫びを上げたと気づいたのは、彼女と親しい者だけだろう。

「……ナンデスカ? カカシセンセイ」

「んー。負けたら罰ゲームっての、どーヨ?」

 胡散臭い笑みで提案されたカカシの言葉に乗ったのは、上忍たち。

「いいですね、それ!」

「じゃ、俺たちが勝ったら中忍たちになんかしてもらおうぜ」

 どうやらカカシに対するサクラやイルカの態度をずっと腹に据えかねていたらしく、勝手に条件を決めていく。

「何してもらうかは、言い出したカカシさんが決めてくださいよ」

「んー、そーね。じゃ、イルカ先生には《ネコ》やってもらおーかな?」

 下世話な意味を含ませ、カカシは提案した。

 唯一さらした右目を弓形にたわめて傍目には冗談と見せておきながら、近くの者には先ほどからのイルカの言葉を不服としていると感じ取れるような声音で。

「いいですよ。ああ、あなた方も負けたら『猫』になってくださいよ」

 受けて立ったイルカは、アカデミーで教える《変化の術》など上忍ならば造作もなかろうと、自分が何を要求されたのか理解してないかのように言ってのけた。
 巻き込まれた他の中忍たちも、仕方なしに了承する。

 まあ、カカシとイルカの2人を良く知る上忍なり教え子なりがこの場にいたら、溜め息混じりにめんどくせえと呟いていただろう。
 不運にもこれを仕切る立場にあるサクラは生温い目で見やるだけだ。

「……では、役割カードを配ります。配布した札は他の参加者に見えないように確認した後、卓に伏せて置いてください」

 この札が配られて初めて敵味方が分かれるのだが、果たして上忍たちは気づいているだろうか。
 中忍たちはとっくに分かっていたらしく、互いの顔を見合わせて軽く頷きあう。

「では、始めましょうか」

 現時点で誰がどんな役割を負っているのか審判役以外は知らない。
 
「10分間、自由に会話をしてください。終了後、捕縛する人間を決めます」

 審判役であるサクラの宣言で、参加者たちは互いの役割を探り出す為の会話を始める。
 この10分間の会話時間はゲーム上の《昼》であり、会話の中で《敵忍》を絞り込んでいかねばならない。

「皆さん、第一印象で誰が怪しいと思ってます?」

 卓を見渡し、そう切り出したのはイルカだった。

 今ある情報は、役割カードを確認したさいの表情だけ。
 そこで気になった人物を上げ、更に反応を見るというのは多分、正しいだろう。

「ちなみに、オレが気になったのは4番と7番です」

 名前の分からない相手もいるため、ゲーム中は番号で呼び合うことになっている。
 卓を囲む席には番号が降られていて1番に審判役のサクラが、他の偶数の席には上忍、奇数の席には中忍が配置されていた。
 ちなみにイルカは5番、カカシは6番の席だ。

「ふぅん? オレはアナタが何らかの役割を引いたように見えましたよ」

「役割のつかないただの《村人》が9人中2人ですから、確率的にはそうなるんじゃないですか?」

「ああ、なるほど」
 
 互いに会話をしていても、他の参加者の様子もちゃんと窺っている。

 他の参加者の意見も出て、残り時間もわずかになると、捕縛投票に向けて絞り込みが始まった。
 けれど、誰にもこれという決め手はない。

「一つ提案なんですが、初日の捕縛投票は2人しかいない《敵忍》ではなく、7人いる《村人》の1人を保護すると考えませんか?」

「それ、どーいうこと?」

「捕縛されている間は会話も行動できませんが、会話の内容は聞くことができるし、《敵忍》の襲撃を受けることもない。それは保護と同義です。3日目には役割の目星もつくでしょうから、味方なら釈放すればいい」

 ルールの裏読みのような考え方だが、理に適っていた。

「なるほどねえ……」

「ですから、はっきりと役割が分からないなら、洞察力に優れて口の立つ人を捕縛という形で保護すべきかと」

「それって……」

 誰もがカカシを見る。
 戦闘経歴や実績ばかりが目に付く男だが、彼が里屈指の忍とされるのは優れた洞察力もあるからで、頭の回転の速さと同様に口が立つのも知られていた。

「なに?」

 カカシが味方なら心強い。
 けれど、話術だけとはいえ敵に回すには恐ろしい。

 ならば、一時的にゲームから除外し、味方と分かれば解放すればいい。

 参加者の心が決まったところで、10分が経過した。

「時間ですので、会話を終了してください。では初日の捕縛投票を行います。投票用紙に捕縛すべき人物の席番号を記入して、こちらへ」

 サクラの手元に全ての投票用紙が集まってから、1枚ずつ開票される。
 その半分に同じ番号が記されていた。

「投票の結果、6番は捕縛されました。釈放されるまで発言も行動もできません」

 6番の席に座るカカシは恨みがましく右隣を睨んだけれど、結局はルールに従って押し黙る。

「では《夜》になりましたので、全員、顔を伏せてください」

 捕縛されているカカシも含めて全員が顔を伏せ、特定の役割を担う参加者だけが個別に行動する《夜》。

 まあ、優れた忍なら気配だけで誰が行動しているのか察することもできるのだが、これはゲーム。
 敢えてそういったことはしないよう、瞳術の使用と同様、事前に注意がされている。

「では、《里忍》は顔を上げてください」

 《夜》に《里忍》は合議の上で1名を護衛、もしくは見張ることができる。
 その人物が《敵忍》の標的となっても襲撃を阻止することができ、もし《敵忍》だった場合は正体が分かるのだ。

「《里忍》は誰を護衛しますか?」

 審判役の問いに、顔を上げた2人は指で席番号を示す。
 今夜、彼らが護衛するのは8番だ。

 《里忍》が顔を伏せたのを確認し、審判役は次に行動する者を起こす。

「次に《医師》は顔を上げてください」

 《医師》は1日に1人を診断して忍かどうかを知ることができるのだが、もし忍と分かっても敵か味方かは分からない。
 この情報は《昼》の会話で暴露しても構わないが、同時に自分の役割も曝す事になるのでタイミングが難しい。
 下手を打てば《内通者》と疑われて捕縛されるか、《夜》に襲撃される危険性が各段に高くなる。

「診断する席番号を提示してください」

 《医師》が指で席番号を示せば、審判役が頷いて《忍》だと無言で告げた。

 《医師》が再び顔を伏せ、次に行動する者が起こされる。

「では《敵忍》は顔を上げてください」

 促されて顔を上げた2人は無言で今夜の標的を合議しだした。
 だが、その人物に護衛がついていれば襲撃は失敗となり、どちらかに見張りがついていたら正体が露見する。
 昼は《里忍》の疑念を他の《村人》へ向くように言葉を重ね、夜は《里忍》から襲撃するのがセオリーだ。

「襲撃する席番号を示してください」

 今夜の標的が決まって《敵忍》が顔を伏せ、次の行動者が起こされる。

「《夜警》は顔を上げてください」

 夜間に誰が行動していたか知ることができるのが《夜警》だけれど、どんな行動をしたのかは分からない。
 まあ、人数が少なくなってたった1人しか行動しなかった夜に襲撃が起これば、その人物が《敵忍》だと分かるだろう。

 審判役は声に出さず、行動した席番号を伝え、1日目の夜は終了する。

「……以上が今夜、行動した人物です」

 だが、どの役割の者が残っているのか覚られないよう、捕縛や襲撃で除外されていてもさも行動する者がいるかのように審判役は振る舞う。
 今夜も、捕縛されたカカシが担っていた役割はそうだったかもしれない。

「《夜》が明けましたので、全員、顔を上げてください」

 ずっと顔を伏せていたから本当に起き抜けのように伸びをしたり肩を解したりしだす参加者たちへ、審判役は《夜》の出来事を語る。

「昨夜の襲撃で、10番が犠牲となりました。以後、発言できません」

「え? オレ!?」

 10番の席に着いていた上忍は確認するように自分を指し、肯定されると参加者を見渡して再び突っ伏した。

 一方、捕縛されているカカシは期待を込めて問う。

「てことはー、オレ、釈放されたりしないの?」

「いいえ、敵は2人いますから、1人が捕縛されていてももう1人が襲撃している可能性がありますよ」

 その期待を打ち崩したのはイルカだ。
 確かに、まだ《敵忍》が誰かは分かっていない。

 審判役のサクラもルールを補足する。

「村で捕縛できるのは2人までですから、他に2人捕縛された3日目以降なら保釈される可能性はありますよ」

 つまり、他に2人怪しい人物が出てこなければ、カカシはゲーム終了まで発言もできないということだ。
 これまでの会話から既に粗方の見当をつけていたカカシは、マズいなぁと声に出さず呟く。

「では、2日目の《昼》となりました。今から10分間は自由に会話してください」
 
 勿論、捕縛されたままの6番───カカシと、襲撃の犠牲となった10番を除いて。

「さて、昨夜の行動をまとめておきましょうか」

「えーと、10番が襲撃されたってことは《敵忍》じゃないってこと、だよな?」

「そうなりますね」

「《夜》に行動できるのが《里忍》と《医師》と《夜警》か……」

 これらの役割の者は自分が得た情報を明かしてもいいが、同時に《敵忍》に正体を悟られるリスクも負う。
 そして《敵忍》や《内通者》がその役割に成り代わって発言し、参加者たちを混乱させ疑心暗鬼に陥らせることもある。

 しばらく、さぐり合うような無言が続いて、8番が意を決し声を上げた。

「オレは《医師》なんだが、昨夜は2番を診断して《村人》ではないと分かった」

 この告発に、誰もが8番と2番の表情をうかがう。
 彼が本当に《医師》なら、2番は《里忍》か《敵忍》のどちらかということになり、嘘なら8番は《内通者》か《敵忍》の可能性が高い。

 そして今夜、どちらかが標的となることでそれがはっきりするだろう。

「ちょっとまってくれよ! オレは確かに《村人》じゃないけど、《敵忍》でもないって! 《里忍》だぜ」
 
 とばっちりを受けた2番が必死に弁解するが、慌てれば慌てる程、余計に不信を抱かせた。

「とりあえず、どちらかを捕縛して様子を見るというのはどうです?」

 そんな提案に中忍たちは同意し、ではどちらを捕縛すべきか、という話し合いになっている。

 最初にゲームから除外されたカカシは退屈そうに傍観していたが、内心は酷く困惑していた。
 いや、釈放され次第、会話の主導権を掌握し、《敵忍》を捕縛する自信はある。
 けれど、この展開では自分が発言する機会はもうこないだろうとも確信していた。
 ゆえに、焦る。

「2日目の投票により、8番は捕縛されました。釈放されるまで発言できません」

 これで捕縛されたのは6番のカカシと8番の自称《医師》。
 初日に襲撃されたのは、10番。

 ゲームから除外されたのは全員、偶数番の席に座る──上忍だ。

「では《夜》になりましたので、顔を伏せてください」

 それぞれの行動を確認して《夜》は終了し、審判が経過を告げる。

「《夜》が明けました。全員、顔を上げてください。昨夜の襲撃で2番が犠牲となりました」

 これで2番も《敵忍》ではないと分かったが、8番への疑惑はまだ拭えない。
 《医師》を装った《内通者》への疑いを晴らす為に、《敵忍》が敢えて2番を襲撃したとも考えられた。

 だが、もしも8番が本当に《医師》だったとしたら、2番は《里忍》ということになる。

「さて、どうします?」

 白々しく、イルカが問いかける。
 今、発言できる唯一の上忍───4番へ。

 彼もこの状況になって、ようやく気付いたらしい。

 ゲームの役割での敵味方を無視し、この卓を囲む中忍が全員結託して上忍を潰しにかかっている、と。

「な、なんで……」

「なぜ? それを聞きますか? 先に提案し、勝手な条件を付けたのはあなたがたなのに?」

 そう、彼らが言ったのだ。
 ゲームの始まる前、誰が敵か味方かを決めるより先に。
 中忍が負けたら、イルカに《ネコ》をやれ、と。
 だったら負けたほうが『猫』になれと言ったら、了承もした。

「だからオレたち───中忍は、自分たちが勝てるように立ち回ったんですよ」

 普段、受付やアカデミーではけして見せない嘲りを浮かべたイルカに、上忍たちは揃って顔色を悪くしていく。
 
「偶然にも、オレが味方すべき役割は2人とも同僚でしてね。普段から使っている受付特有のハンドサインが通じたので助かりました」

 なるほど、戦地とは別の内勤でしか使われないハンドサインなら上忍には理解できない。

 それに偶然と言うが、審判役も中忍のサクラなのだ。
 真実はどうだか。

「ああ。一応、言っておきましょうか。オレは《夜警》で、昨夜行動したのは2番と3番、9番でしたよ」

 いつもの人好きする笑顔でしれっと告げるけれど、参加者の誰もがイルカこそ《内通者》だったのだと覚った。
 そして《敵忍》は3番と9番だろうとも。

 だが、次の捕縛投票で新たに捕縛される者は出ないだろうし、つまり保釈される者もいない。

 本来なら、実際の階級など関係なくゲーム内の役割として《村人》と《里忍》が協力しあって《敵忍》をあぶり出さなければいけなかった。
 その構造を崩したのは、ゲーム前に上忍たちがした下衆な提案。

「忍に大切なのはチームワーク。下忍演習の一番最初に叩き込まれることを、皆さんお忘れになったようですね」

 嫌味でしかない言葉を口にしたサクラもやはりグルだったのだろう。
 いや、遠目にも分かるいい笑顔で5代目火影が親指立てているから、一体どこから仕組まれていたことなのか考えることすら恐ろしい。

 そして予想通りに捕縛投票は動きのないまま《夜》が訪れ、残された《村人》のうち4番───上忍が襲撃されてゲームは決着する。

「行動可能 な《村人》が《敵忍》と同数になりましたので、敵側の勝利が決定しました。《敵忍》3番と9番、《内通者》5番の勝利です」

 審判の勝利宣告に、参加者は伏せていた役割カードを表に返し、これ見よがしに《内通者》のカードを手にしたイルカが満面の笑みで事前に交わした約束を持ち出す。

「では最初に皆さんから提案された罰ゲームとして、負けた村側の皆さんには『猫』になっていただきましょうか」

 唯一、村側にいて敗者となった中忍がさっさと首に額当てを巻いたキジトラ猫に《変化》してみせたのは、自分たちで言い出しておきながら渋る上忍たちへと当て付けだ。

「おー! かわいいじゃん」

「お前、猫のが人気でるって」

 《敵忍》だった中忍2人が同僚を揶揄する声も、新人中忍のサクラが向ける生温い視線も、彼らを追い詰めていく。

 やがて、ただの変化だと覚悟を決めて次々と様々な毛色の『猫』に化ける上忍たちへ、周囲からは押し殺したような笑い声が上がる。
 いっそのこと、里長である綱手姫くらい腹抱えて笑ってくれたほうが、傷つかない。

「へえ。思ったより普通の『猫』なんですねえ」

 卓に所在なさげに居並ぶ6匹の『猫』のうち、灰白色をしたボサボサの長毛種をイルカはまじまじと眺めた。
 ぶすくれた表情でイルカを見上げるその『猫』は左目を額当てで隠している。
 多分、カカシなのだろう。

「アナタとは個人的に話し合いが必要なようですし、ちょっとこのままお付き合い願いましょうか」

 最初に『《ネコ》をやれ』と言い出したことを引き合いに、イルカは『猫』なカカシの襟首を遠慮なしに掴み上げて腕に抱く。

「じゃあな、サクラ。オレはカカシさんと話してくるから」

「はい、イルカ先生お疲れさまでしたー。カカシせんせー、お大事にー」

「んなーっ!!」

 教え子の労りを装った怪我を覚悟しろという忠告に、律儀に『猫』の鳴き声で助けを求めるカカシ。
 けれど誰もが関わるのはごめんだと顔を逸らし、そうでなければ自業自得だと笑っている。

「……なーん」

 がっしりと抱き込まれたイルカの腕の中、カカシは自分の行く末を思って小さく鳴いた。



 【了】
‡蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2014/03/13
UP DATE:2014/03/15(mobile)
RE UP DATE:2024/07/28



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