ミイラ取り
【ミイラ取り 2】
[天手古舞 2nd Anniversary]
「カカシさんは帰られたほうがよろしいですよ」
がらりと雰囲気の違うイルカへ問い返すカカシの声も真剣なものに変わっていた。
「どういうことです?」
「里のため、ということにしておきましょうか」
今、あなたがいなくなるのは得策ではありませんし。
さらりと言われた言葉に、カカシは不機嫌を隠さずに返す。
「オレが足手まといになるとでも?」
「いいえ。まさか」
真意の読めない、静かな表情でイルカは微笑み返す。
「でも、共犯にも被害者にも、なりたくはないでしょう?」
「なるほど」
しかし、その理論で言うと。
「アナタにとってはオレが邪魔みたいですね」
「まあ、そういうことになりますね」
「なめてんのか、アンタ」
「とんでもない」
互いに譲らず、火花散るような視線が平行線を描く。
だが、沈黙は長く続かなかった。
「ま、いいデショ」
折れたような素振りを見せておきながら、カカシが押し切った。
「足手まといかどーか、その目で見てもらおうじゃないの」
へらりと笑って言い切る。
だが、これから自分たちがなそうとしていることを本当に理解しているのか、イルカには判断できなかった。
待ち構えているのは、話して分かる相手ではない。
けれど、無闇に傷つけていい者でもない。
下手をすれば、カカシの経歴に傷をつけるどころか、2人まとめて存在を消されかねない。
そうなれば、ナルトたちを担当する教官が入れ替わることになる。
代わりの者がナルトやサスケをカカシ以上に正しく教え導けるか、それ以前に下忍として認めるかも分からない。
イルカは当然、今はカカシも避けたい事態だ。
「ですが」
イルカが言い縋ろうとするのを制し、ひそやかな声でカカシは語る。
「オレもね、ナルトのことは気に入ってんです」
思っても見なかった言葉に、イルカは目を丸くして見返した。
「アイツ、面白いですよ。何しろこのオレが認めちゃったんですからね。だから、ま、こっちも引き継ぎましょ」
お互い、あんな連中にかまってる暇もありませんし。
「暇、ですか?」
「ええ。まずはアナタの食生活の改善しなきゃですし」
「そうですか」
真面目くさって宣言するカカシに、イルカはくすりと笑いをもらす。
その見た目ばかりは柔らかな笑みに、カカシはわざとらしく凶悪な微笑を返した。
「ま、先生にはしっかりとオレの実力を見てもらいましょうかね」
* * * * *
まだ夜更けではない、遅い夕飯時という時刻。
住宅街は意外と人目がなかった。
だが、わずかな街灯と家々から漏れる明かりの他はない薄暗い路地には、いくつかの人影がわだかまっている。
彼らの視線の先は明かりに照らされた路地へ入り込む道。
先程まで確実に近付いていた気配が、消えてしまったことに動揺している。
このまま待つか、それとも今日は諦めるのか、密談を始めようとした彼らの背後から声が掛かる。
「コンバンワ」
とっさに振り向くと、1人の忍が背を丸めてぼうっと突っ立っていた。
こんな時に。
邪魔をするな。
場の空気を読まない行動に恫喝しかけた声が、咽喉元で凍りつく。
「なんか用?」
薄っぺらい明かりの下、右目だけで胡乱な視線を向けてくる男は、里屈指の上忍。
何故、ここにはたけカカシがいるのか、突然姿を現すのか、理解できずに軽い恐慌状態に陥りかける襲撃者たちへ更に声が掛かる。
「それとも、私に御用でしたか?」
ついさっきまで彼らが注視していた裏暗い路地に立つのは、標的だった鼻筋に傷を持つ中忍。
2人とも、なんの構えも見せず、ただそこ立っているだけ。
なのに、数で勝る襲撃者たちは飲まれたように身動きできずにいる。
「ああ」
ちらりと視線を動かした中忍が1人の男に気づき、意を得たように微笑んだ。
「確か以前に、お話しにいらっしゃいましたね」
あの時みたいに、となんの感慨もなくイルカは丁寧な口調で言い捨てる。
「数を頼んでいらしたのは、納得されていない……と思っても?」
その刹那、イルカの口元に浮かんだ表情にカカシは息をとめた。
鮮やか過ぎる、嘲りの笑み。
普段の彼からは欠片も想像もできない。
けれど、この上もなく似合う。
「……だったらしょうがねえよなあ」
豹変させた口調と同時に、イルカの身は動いていた。
殆ど同時に数箇所で鈍い音が響き、潜んでいた者たちが手足や関節を抑え、うめきながら転がり出てくる。
僅かの隙もなく近付いてくる打撃音にあわせ、カカシは躊躇も遠慮もなくクナイを引き抜いた。
「やりますね、カカシ先生」
イルカは嬉しそうに囁き、さっき仕舞ったハズの書類袋でやすやすとクナイを握った腕を止めている。
「イルカ先生こそ」
カカシはそう言うしかない。
互いにわざと、こういう状況にしたのだ。
里でも上位の上忍と渡り合えるイルカの実力を見せ付け、頭の悪い連中にこういった行動の危険性と無駄を理解させる為に。
しかし、これほどとはカカシも思っていなかった。
2人の間はおよそ8間(約14.4メートル)あった。
幅1間程の路地とその周囲に潜んでいた襲撃者は7人。
わずか数瞬。
文字通り瞬く間に、その間を詰め、同時に7人を戦闘不能にした。
そして、好奇心から半ば本気だったカカシの打ち込みを、咄嗟につかみ出した書類袋1つで軽々といなしてみせたのだ。
「オレ、あしらわれちゃいましたよね」
クナイをしまいながらカカシは苦笑する。
視線は、一時的な麻痺から回復しかけている手足を引きずりながら逃げていく襲撃者たちの背を見送る。
これで彼らの口が少しでも重くなればいい、と思う。
いくら向こうから仕掛けてきたこととはいえ、同じ里の忍びを手に掛けるのはカカシも気が引ける。
ただ、イルカはどうなのか、分からない。
こういった襲撃も初めてではないようだし、今まではどうしていたのだろうか。
そう思い至って、訊ねてみる。
「ところで、せんせー」
「なんですか?」
「アナタさ、あの人たちといつもどんなお話合いしてんのヨ?」
「そりゃあ勿論」
澄ました声といたずらっ子みたいな表情で、イルカは右拳を掲げてみせる。
「あー。はいはい」
肉体言語───暴力、ね。
と、呆れ気味にカカシは呟いた。
自分が言えた義理じゃないということを棚上げして、どうにも掴めない人だねえと思う。
陰惨な表情を見せたりもするくせに、全く悪びれたりしない。
もしかしたら何も考えてないんじゃないかと思ってしまう程に。
「さて、と」
どうにか一泡吹かせたくて、中断されていた話題に戻してみたりする。
「じゃ、これで心置きなく先生んチにお邪魔するとしましょうかね」
「えぇっ? 本気で言ってんですか、アンタ?」
素っ頓狂な声を上げるイルカには、先程までの抜き身の刀みたいな冴えた妖しさが微塵もない。
だが、そのギャップが妙に小気味良かった。
「当然デショ! 冗談でこんなこといえますかっ」
騙しあうじゃれあいでしかないかもしれないと分かっていても、軽口がやめられない。
「てゆーかアナタ! 年上の上忍に対してアンタはないデショ、アンタはー」
びしりと鼻先を差してやれば、ぐぅっと言葉を詰まらせる。
誰が思うだろう。
この、うみのイルカが、里屈指の上忍に引けを取らない動きをすると。
それが自然体の擬態でしかないと。
もしかしたら、彼に裏表はないのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいいことだ。
カカシ自身がうみのイルカという男を気に入った。
それだけのことなのだから。
「さ、行きますよっ」
上機嫌でカカシはイルカの腕を取り、引きずって歩き出す。
自分が目指している場所がわからないまま。
それはまるで、自分の気持ちに気づかぬまま、無防備にイルカに近付こうとするカカシ自身の気持ちのように。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2006/05/26
UP DATE:2006/07/06(PC)
2009/11/11(mobile)
RE UP DATE:
2024/07/28
[天手古舞 2nd Anniversary]
「カカシさんは帰られたほうがよろしいですよ」
がらりと雰囲気の違うイルカへ問い返すカカシの声も真剣なものに変わっていた。
「どういうことです?」
「里のため、ということにしておきましょうか」
今、あなたがいなくなるのは得策ではありませんし。
さらりと言われた言葉に、カカシは不機嫌を隠さずに返す。
「オレが足手まといになるとでも?」
「いいえ。まさか」
真意の読めない、静かな表情でイルカは微笑み返す。
「でも、共犯にも被害者にも、なりたくはないでしょう?」
「なるほど」
しかし、その理論で言うと。
「アナタにとってはオレが邪魔みたいですね」
「まあ、そういうことになりますね」
「なめてんのか、アンタ」
「とんでもない」
互いに譲らず、火花散るような視線が平行線を描く。
だが、沈黙は長く続かなかった。
「ま、いいデショ」
折れたような素振りを見せておきながら、カカシが押し切った。
「足手まといかどーか、その目で見てもらおうじゃないの」
へらりと笑って言い切る。
だが、これから自分たちがなそうとしていることを本当に理解しているのか、イルカには判断できなかった。
待ち構えているのは、話して分かる相手ではない。
けれど、無闇に傷つけていい者でもない。
下手をすれば、カカシの経歴に傷をつけるどころか、2人まとめて存在を消されかねない。
そうなれば、ナルトたちを担当する教官が入れ替わることになる。
代わりの者がナルトやサスケをカカシ以上に正しく教え導けるか、それ以前に下忍として認めるかも分からない。
イルカは当然、今はカカシも避けたい事態だ。
「ですが」
イルカが言い縋ろうとするのを制し、ひそやかな声でカカシは語る。
「オレもね、ナルトのことは気に入ってんです」
思っても見なかった言葉に、イルカは目を丸くして見返した。
「アイツ、面白いですよ。何しろこのオレが認めちゃったんですからね。だから、ま、こっちも引き継ぎましょ」
お互い、あんな連中にかまってる暇もありませんし。
「暇、ですか?」
「ええ。まずはアナタの食生活の改善しなきゃですし」
「そうですか」
真面目くさって宣言するカカシに、イルカはくすりと笑いをもらす。
その見た目ばかりは柔らかな笑みに、カカシはわざとらしく凶悪な微笑を返した。
「ま、先生にはしっかりとオレの実力を見てもらいましょうかね」
* * * * *
まだ夜更けではない、遅い夕飯時という時刻。
住宅街は意外と人目がなかった。
だが、わずかな街灯と家々から漏れる明かりの他はない薄暗い路地には、いくつかの人影がわだかまっている。
彼らの視線の先は明かりに照らされた路地へ入り込む道。
先程まで確実に近付いていた気配が、消えてしまったことに動揺している。
このまま待つか、それとも今日は諦めるのか、密談を始めようとした彼らの背後から声が掛かる。
「コンバンワ」
とっさに振り向くと、1人の忍が背を丸めてぼうっと突っ立っていた。
こんな時に。
邪魔をするな。
場の空気を読まない行動に恫喝しかけた声が、咽喉元で凍りつく。
「なんか用?」
薄っぺらい明かりの下、右目だけで胡乱な視線を向けてくる男は、里屈指の上忍。
何故、ここにはたけカカシがいるのか、突然姿を現すのか、理解できずに軽い恐慌状態に陥りかける襲撃者たちへ更に声が掛かる。
「それとも、私に御用でしたか?」
ついさっきまで彼らが注視していた裏暗い路地に立つのは、標的だった鼻筋に傷を持つ中忍。
2人とも、なんの構えも見せず、ただそこ立っているだけ。
なのに、数で勝る襲撃者たちは飲まれたように身動きできずにいる。
「ああ」
ちらりと視線を動かした中忍が1人の男に気づき、意を得たように微笑んだ。
「確か以前に、お話しにいらっしゃいましたね」
あの時みたいに、となんの感慨もなくイルカは丁寧な口調で言い捨てる。
「数を頼んでいらしたのは、納得されていない……と思っても?」
その刹那、イルカの口元に浮かんだ表情にカカシは息をとめた。
鮮やか過ぎる、嘲りの笑み。
普段の彼からは欠片も想像もできない。
けれど、この上もなく似合う。
「……だったらしょうがねえよなあ」
豹変させた口調と同時に、イルカの身は動いていた。
殆ど同時に数箇所で鈍い音が響き、潜んでいた者たちが手足や関節を抑え、うめきながら転がり出てくる。
僅かの隙もなく近付いてくる打撃音にあわせ、カカシは躊躇も遠慮もなくクナイを引き抜いた。
「やりますね、カカシ先生」
イルカは嬉しそうに囁き、さっき仕舞ったハズの書類袋でやすやすとクナイを握った腕を止めている。
「イルカ先生こそ」
カカシはそう言うしかない。
互いにわざと、こういう状況にしたのだ。
里でも上位の上忍と渡り合えるイルカの実力を見せ付け、頭の悪い連中にこういった行動の危険性と無駄を理解させる為に。
しかし、これほどとはカカシも思っていなかった。
2人の間はおよそ8間(約14.4メートル)あった。
幅1間程の路地とその周囲に潜んでいた襲撃者は7人。
わずか数瞬。
文字通り瞬く間に、その間を詰め、同時に7人を戦闘不能にした。
そして、好奇心から半ば本気だったカカシの打ち込みを、咄嗟につかみ出した書類袋1つで軽々といなしてみせたのだ。
「オレ、あしらわれちゃいましたよね」
クナイをしまいながらカカシは苦笑する。
視線は、一時的な麻痺から回復しかけている手足を引きずりながら逃げていく襲撃者たちの背を見送る。
これで彼らの口が少しでも重くなればいい、と思う。
いくら向こうから仕掛けてきたこととはいえ、同じ里の忍びを手に掛けるのはカカシも気が引ける。
ただ、イルカはどうなのか、分からない。
こういった襲撃も初めてではないようだし、今まではどうしていたのだろうか。
そう思い至って、訊ねてみる。
「ところで、せんせー」
「なんですか?」
「アナタさ、あの人たちといつもどんなお話合いしてんのヨ?」
「そりゃあ勿論」
澄ました声といたずらっ子みたいな表情で、イルカは右拳を掲げてみせる。
「あー。はいはい」
肉体言語───暴力、ね。
と、呆れ気味にカカシは呟いた。
自分が言えた義理じゃないということを棚上げして、どうにも掴めない人だねえと思う。
陰惨な表情を見せたりもするくせに、全く悪びれたりしない。
もしかしたら何も考えてないんじゃないかと思ってしまう程に。
「さて、と」
どうにか一泡吹かせたくて、中断されていた話題に戻してみたりする。
「じゃ、これで心置きなく先生んチにお邪魔するとしましょうかね」
「えぇっ? 本気で言ってんですか、アンタ?」
素っ頓狂な声を上げるイルカには、先程までの抜き身の刀みたいな冴えた妖しさが微塵もない。
だが、そのギャップが妙に小気味良かった。
「当然デショ! 冗談でこんなこといえますかっ」
騙しあうじゃれあいでしかないかもしれないと分かっていても、軽口がやめられない。
「てゆーかアナタ! 年上の上忍に対してアンタはないデショ、アンタはー」
びしりと鼻先を差してやれば、ぐぅっと言葉を詰まらせる。
誰が思うだろう。
この、うみのイルカが、里屈指の上忍に引けを取らない動きをすると。
それが自然体の擬態でしかないと。
もしかしたら、彼に裏表はないのかもしれない。
だが、そんなことはどうでもいいことだ。
カカシ自身がうみのイルカという男を気に入った。
それだけのことなのだから。
「さ、行きますよっ」
上機嫌でカカシはイルカの腕を取り、引きずって歩き出す。
自分が目指している場所がわからないまま。
それはまるで、自分の気持ちに気づかぬまま、無防備にイルカに近付こうとするカカシ自身の気持ちのように。
【続く】
‡蛙女屋蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2006/05/26
UP DATE:2006/07/06(PC)
2009/11/11(mobile)
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2024/07/28