WHITE CLOWN
【WHITE CLOWN】
[nartic boy 6,666hits自爆代理]
うららかな日差しの差し込む廊下を、はたけカカシが颯爽と歩いていく。
通りかかったくのいちはうっとりと彼を見やり、立ち話をしていた中忍たちは憧れと尊敬の目を向けた。
カカシは額当てと口布で顔の殆どを覆い隠してしまっているが、多くの女性たちに美形だと噂されている。
多分、覆われていても分かる顔のシルエットから。
そしてすらりとした長身で、鍛えられてもいる身体つきも、そう思わせるのだろう。
ただ重力に逆らって無造作に立ち上がった白銀の髪と、唯一覗く眠たげだけれど怜悧な輝きを湛えた灰青色の右目だけでも、人目をひく容姿だった。
それでいて誰に対しても穏やかに、礼儀正しく接するとなれば、女性たちの心を騒がすには充分だろう。
けれど、カカシはそれだけの男ではない。
木ノ葉隠れの里が誇る上忍であり、写輪眼のカカシとして他国にも名の知れた優れた忍。
それこそがカカシ本来の姿だ。
幼い頃から才能を発揮し、まだ若いながらも多くの経験を積んでいる。
さらには、うちは一族にのみ伝わる写輪眼を駆使し、千もの術を会得したとも言われるエリート中のエリート。
それでいて奢ったところはなく、勤勉で修行も怠らない。
任務にあってはその完遂を目指すのは勿論、決して仲間を見捨てないという。
多くの人間の目をひきつけておきながら、それに迎合も怯みもしない。
そして、これまで培ってきた経験と実績は、そのまま敵からの畏怖と里からの信頼として。
忍として、男として、誰もが憧れる男。
それが、はたけカカシだった。
カカシは任務報告所のドアを開ける。
中央に置かれたソファに座る知人へ軽く視線で挨拶を送りながら、カカシは受付カウンターへと歩み寄った。
記入を済ませていた報告書をカウンターへ差し出すと同時に、朗らかな声と笑顔がカカシヘ向けられる。
「おかえりなさい、カカシさん」
「はい。お願いします、イルカ先生」
「お預かりします。確認をさせていただきますので、少しお待ちください」
そう言ってイルカは再び微笑み、受付けの男は受け取った書類のチェックを始める。
カカシと彼───うみのイルカは近頃、下忍に昇格した教え子を通して知り合ったばかり。
上忍として里の外を飛び回るカカシと、里のアカデミーで子供たちを指導する中忍のイルカでは接点がなかったせいだ。
それでも今は、妙に気があったのと、複雑な事情を抱える教え子たちのこともあって、階級差を越えて親しい付き合いをしている。
行き逢えば挨拶を交わして時間があれば雑談をし、たまに食事を共にしたり、飲みにもいく。
すばやく、けれど丁寧にカカシの報告書の確認を終えたイルカは顔を上げ、にこりと微笑を浮かべた。
「報告書を受領いたしました。これにて任務終了となります。ご無事でなによりでした」
「ありがとうございます」
イルカの微笑みに、カカシも柔らかな笑みを返す。
そんな2人の表情に様々なため息を漏らす周囲に気付かず、カカシは報告書と依頼書に受領印を押し、他の処理済の山へ仕分けるイルカの手元を見つめていた。
「イルカ先生」
「はい?」
顔を上げたイルカへ、カカシは自身の口元へ上げた右手で猪口を持って傾ける仕草をする。
それは、いつの間にか2人の間で決まりごとになった、今夜の誘いの合図だった。
イルカの都合が良ければにこりと微笑んでいいですねなどと言ってくれ、悪ければとても残念そうに眉根を寄せて頭を下げて任務の労う言葉をかけてくる。
今日は、前者のようだ。
「はい。それでは、後で」
イルカがこう言えば、直に交替できるからカカシは上忍待機所で待っていればいい。
仕事を終えたイルカが、待機所から見える待ち合わせ場所へくるまで。
「…ええ」
望んだ答えに、嬉しそうにふわりと微笑んで、カカシは見事な瞬身でその場を後にした。
* * * * *
しばらくして、上忍待機所にカカシが姿を現した。
どうしたことか、ドアを閉めた途端にへたり込んで、大きく息をつく。
「…ふ、はーぁあ~~~ぁ」
土足で人々が歩き回る床の上───しかもわんこの「お坐り」体勢で座り込み、魂の抜け出しそうなため息をつくカカシ。
ほうっと、頬を染めるカカシの目には、70年代の少女漫画のように星が煌めいていた。
しゃんとしていた背筋はだらしなく曲がり、うふうふと今日のイルカについて脳の腐れた感想を並べ立てる。
「あーぁ……。今日も、かっんわいかったなー、イルカせんせ~」
先程の報告所での落ち着きはらった態度とは打って変わり、カカシは別人のように振舞っていた。
けれど、待機所で午後のコーヒーブレイクを楽しむ上忍たちは、そんな里屈指の上忍の姿を訝しくも思わないらしい。
実は多くの中忍たちが抱いているカカシ像は、真実も含まれてはいるものの、半分以上が幻想でしかない。
多分、幼い頃から大人に混じって働いていたのがいけなかったのだろう。
実力はともかく、年齢的には常に一番下で甘やかされ放題の環境だったからか、成人したカカシはなんともお粗末な精神構造の持ち主となってしまっていた。
はっきり言ってしまうと、はたけカカシの正体は、実力と経歴ばかり1人前のお子様上忍なのだ。
だが、そんな情けないことを吹聴するわけにも行かず、里の上層部は沈黙している。
そして同僚たちは、なんやかや言いつつも無邪気なカカシを昔と変わらず可愛がっているのだ。
からりと戸が開き、カカシの同僚(兼、第一保護者)であるアスマと紅が顔を出す。
「カカシ、今日はずいぶん頑張ったじゃない」
へたり込んでいるカカシの頭に手を置き、にこやかに紅は言った。
犬を誉めるように、がしがしと力強く頭を撫でてやりながら。
大雑把に撫でられ、嬉しそうにカカシは顔を上げる。
「ホントに?」
「ええ」
紅は華やかな、それでいて怪しい笑みを浮かべる。
それだけで、まるで女王様がよくできた下僕を誉めているように見えるのは不思議だ。
そんな2人の姿に、色んな意味で耐え切れなかったアスマが口を挟む。
「ま、最後はちぃっとしまらねえがな」
「あら、カカシにしてはよくやったと思うわ」
最初の頃なんか、と撫でる手を止めて紅は続ける。
「イルカ先生の気配感じただけで、盛大に鼻血噴出しながら、不気味に身悶えてたじゃない」
「…そうだっけか?」
アスマは自身の記憶を辿る。が、そこまで激しい映像は見つからなかった。
ただ、初めて挨拶を交わしたイルカが去ったと見るやカカシがぶっ倒れたのは忘れたくても焼き付いて離れない。
目をハートにして盛大に鼻血をたら流していた。
「ほーんと、あの頃に比べたら上等よ~♪」
「そう、だな…」
ため息まじりにタバコの煙を吐き出しつつ、アスマは無責任にカカシを励ます紅を見やる。
カカシがイルカに対して、純情だけれど過剰に異常な恋情を抱いていると発覚した(実は2人の初対面の)瞬間から、上忍たちはカカシの味方だった。
半ば、ただ面白がっている風でもあったが、殆どのものは真剣にこの2人───というかカカシを応援してやっている。
何しろ幼い頃から戦場を渡り歩いていたカカシは、任務ならともかく、プライベートではまともな対人関係を自分から築くことなどできない超人見知り王なのだ。
友達と言えば自称ライヴァルのガイくらいで、他の上忍仲間は友人というよりは保護者。
あとは忍犬か鬼籍となった人々くらいだ。
日頃から、多くの人間が抱く虚像のカカシではなく、本当のカカシに接している身としては、ちょっと贔屓身になるのも仕方がない。
それにカカシの見初めた相手が、悪かったというか良かったというか。
火影から一般人まで虜にする、木ノ葉一の笑顔を持つ中忍うみのイルカだったのが災い……いや、幸いした。
誰もが、あのイルカならば、こんなカカシでも受け入れてくれそうじゃないかと思ったのだ。
ゆえに上忍たちは結託し、この奇跡のカップルを応援している。
相談に乗り、アドバイスをし、総出でイルカ情報を収集するなどして。
まあ中には、カカシならばとナミダを飲んだイルカファンもいたらしいが。
「いい、カカシ。イルカ先生ともずいぶん親しくなってきたけど、油断は禁物よ。酒の席で化けの皮はがれないよう、気引き締めてなさいね」
「はーい」
いいお返事を返すカカシに、紅はなおも続ける。
「アンタ、酒はそこそこ強いけど、イルカ先生にはからっきしなんだから、用心しなさいよ。特に、酔っ払ってちょーっとくだけた雰囲気のイルカ先生にはね」
前にぐっときちゃって、潰れた振りしたの忘れてないわよね。
と、釘を刺せば、カカシは素直に頷き、紅もご褒美とばかりに頭を撫でた。
すっかりご主人様と忠犬な2人を見ていたアスマはぽつりと紅へ告げる。
「あんま、あおってやるなよ…」
カカシを撫でる手を止めずに、紅はアスマへ微笑を向ける。
「ふふっ、ヤキモチ?」
「んなんじゃねえ」
明後日の方向に煙を吐き出し、アスマは窓の外へ視線を移した。
もうすぐそこへイルカがやってくるハズだ。
そうすれば、カカシは窓から飛び出していくだろう。
そしてイルカの前に降り立った瞬間、多くの忍が憧れる『上忍はたけカカシ』の顔になるのだ。
けれど、イルカはその他大勢の中忍たちとは違う。
誰であろうと噂や経歴だけで判断はしない。
忍びとして、というよりは、彼本来の性質だろう。
そうでなければ3代目火影に目をかけられたり、誰からも忌み嫌われた子を本気で案じたり、誰もが憧憬の念を抱く上忍と下心もなく気さくに飲みにいったりはできないものだ。
だからきっと、カカシもそんなに必死こいて『上忍はたけカカシ』を演じる必要はない。
どんなカカシであれ、正直な気持ちで向き合えば、イルカは何かしら応えてくれるはずなのだ。
恋人として受け入れるか、は別として。
「お、イルカだ」
目の端に駆けてくる人物を認め、アスマが呟く。
と同時に、紅の手は支えを無くす。
「あらあら、すばやいこと」
呆れているようにも、感心しているようにも聞こえる声音で、紅は手ごたえをなくした自身の手元を見つめて微笑む。
その時にはもう、待機所の窓に鈴なりになってイルカとカカシの行方を見守っている同僚たちがいた。
その背を見ながら、アスマは思う。
上忍の殆どがカカシを応援しているように、イルカを可愛がっている者もいるのだ。
その人物からイルカが既にカカシの正体を知らされているだろうことに。
───さて、誰が気づくかな……
それまでに、カカシの道化のような恋が良い形で決着していれば、とも願わずにいられなかったが。
【了】
‡蛙娘。@ iscreamman‡
WRITE:2005/04/13
UP DATE:2005/04/13(PC)
2009/11/11(mobile)
RE UP DATE:2024/07/28
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うららかな日差しの差し込む廊下を、はたけカカシが颯爽と歩いていく。
通りかかったくのいちはうっとりと彼を見やり、立ち話をしていた中忍たちは憧れと尊敬の目を向けた。
カカシは額当てと口布で顔の殆どを覆い隠してしまっているが、多くの女性たちに美形だと噂されている。
多分、覆われていても分かる顔のシルエットから。
そしてすらりとした長身で、鍛えられてもいる身体つきも、そう思わせるのだろう。
ただ重力に逆らって無造作に立ち上がった白銀の髪と、唯一覗く眠たげだけれど怜悧な輝きを湛えた灰青色の右目だけでも、人目をひく容姿だった。
それでいて誰に対しても穏やかに、礼儀正しく接するとなれば、女性たちの心を騒がすには充分だろう。
けれど、カカシはそれだけの男ではない。
木ノ葉隠れの里が誇る上忍であり、写輪眼のカカシとして他国にも名の知れた優れた忍。
それこそがカカシ本来の姿だ。
幼い頃から才能を発揮し、まだ若いながらも多くの経験を積んでいる。
さらには、うちは一族にのみ伝わる写輪眼を駆使し、千もの術を会得したとも言われるエリート中のエリート。
それでいて奢ったところはなく、勤勉で修行も怠らない。
任務にあってはその完遂を目指すのは勿論、決して仲間を見捨てないという。
多くの人間の目をひきつけておきながら、それに迎合も怯みもしない。
そして、これまで培ってきた経験と実績は、そのまま敵からの畏怖と里からの信頼として。
忍として、男として、誰もが憧れる男。
それが、はたけカカシだった。
カカシは任務報告所のドアを開ける。
中央に置かれたソファに座る知人へ軽く視線で挨拶を送りながら、カカシは受付カウンターへと歩み寄った。
記入を済ませていた報告書をカウンターへ差し出すと同時に、朗らかな声と笑顔がカカシヘ向けられる。
「おかえりなさい、カカシさん」
「はい。お願いします、イルカ先生」
「お預かりします。確認をさせていただきますので、少しお待ちください」
そう言ってイルカは再び微笑み、受付けの男は受け取った書類のチェックを始める。
カカシと彼───うみのイルカは近頃、下忍に昇格した教え子を通して知り合ったばかり。
上忍として里の外を飛び回るカカシと、里のアカデミーで子供たちを指導する中忍のイルカでは接点がなかったせいだ。
それでも今は、妙に気があったのと、複雑な事情を抱える教え子たちのこともあって、階級差を越えて親しい付き合いをしている。
行き逢えば挨拶を交わして時間があれば雑談をし、たまに食事を共にしたり、飲みにもいく。
すばやく、けれど丁寧にカカシの報告書の確認を終えたイルカは顔を上げ、にこりと微笑を浮かべた。
「報告書を受領いたしました。これにて任務終了となります。ご無事でなによりでした」
「ありがとうございます」
イルカの微笑みに、カカシも柔らかな笑みを返す。
そんな2人の表情に様々なため息を漏らす周囲に気付かず、カカシは報告書と依頼書に受領印を押し、他の処理済の山へ仕分けるイルカの手元を見つめていた。
「イルカ先生」
「はい?」
顔を上げたイルカへ、カカシは自身の口元へ上げた右手で猪口を持って傾ける仕草をする。
それは、いつの間にか2人の間で決まりごとになった、今夜の誘いの合図だった。
イルカの都合が良ければにこりと微笑んでいいですねなどと言ってくれ、悪ければとても残念そうに眉根を寄せて頭を下げて任務の労う言葉をかけてくる。
今日は、前者のようだ。
「はい。それでは、後で」
イルカがこう言えば、直に交替できるからカカシは上忍待機所で待っていればいい。
仕事を終えたイルカが、待機所から見える待ち合わせ場所へくるまで。
「…ええ」
望んだ答えに、嬉しそうにふわりと微笑んで、カカシは見事な瞬身でその場を後にした。
* * * * *
しばらくして、上忍待機所にカカシが姿を現した。
どうしたことか、ドアを閉めた途端にへたり込んで、大きく息をつく。
「…ふ、はーぁあ~~~ぁ」
土足で人々が歩き回る床の上───しかもわんこの「お坐り」体勢で座り込み、魂の抜け出しそうなため息をつくカカシ。
ほうっと、頬を染めるカカシの目には、70年代の少女漫画のように星が煌めいていた。
しゃんとしていた背筋はだらしなく曲がり、うふうふと今日のイルカについて脳の腐れた感想を並べ立てる。
「あーぁ……。今日も、かっんわいかったなー、イルカせんせ~」
先程の報告所での落ち着きはらった態度とは打って変わり、カカシは別人のように振舞っていた。
けれど、待機所で午後のコーヒーブレイクを楽しむ上忍たちは、そんな里屈指の上忍の姿を訝しくも思わないらしい。
実は多くの中忍たちが抱いているカカシ像は、真実も含まれてはいるものの、半分以上が幻想でしかない。
多分、幼い頃から大人に混じって働いていたのがいけなかったのだろう。
実力はともかく、年齢的には常に一番下で甘やかされ放題の環境だったからか、成人したカカシはなんともお粗末な精神構造の持ち主となってしまっていた。
はっきり言ってしまうと、はたけカカシの正体は、実力と経歴ばかり1人前のお子様上忍なのだ。
だが、そんな情けないことを吹聴するわけにも行かず、里の上層部は沈黙している。
そして同僚たちは、なんやかや言いつつも無邪気なカカシを昔と変わらず可愛がっているのだ。
からりと戸が開き、カカシの同僚(兼、第一保護者)であるアスマと紅が顔を出す。
「カカシ、今日はずいぶん頑張ったじゃない」
へたり込んでいるカカシの頭に手を置き、にこやかに紅は言った。
犬を誉めるように、がしがしと力強く頭を撫でてやりながら。
大雑把に撫でられ、嬉しそうにカカシは顔を上げる。
「ホントに?」
「ええ」
紅は華やかな、それでいて怪しい笑みを浮かべる。
それだけで、まるで女王様がよくできた下僕を誉めているように見えるのは不思議だ。
そんな2人の姿に、色んな意味で耐え切れなかったアスマが口を挟む。
「ま、最後はちぃっとしまらねえがな」
「あら、カカシにしてはよくやったと思うわ」
最初の頃なんか、と撫でる手を止めて紅は続ける。
「イルカ先生の気配感じただけで、盛大に鼻血噴出しながら、不気味に身悶えてたじゃない」
「…そうだっけか?」
アスマは自身の記憶を辿る。が、そこまで激しい映像は見つからなかった。
ただ、初めて挨拶を交わしたイルカが去ったと見るやカカシがぶっ倒れたのは忘れたくても焼き付いて離れない。
目をハートにして盛大に鼻血をたら流していた。
「ほーんと、あの頃に比べたら上等よ~♪」
「そう、だな…」
ため息まじりにタバコの煙を吐き出しつつ、アスマは無責任にカカシを励ます紅を見やる。
カカシがイルカに対して、純情だけれど過剰に異常な恋情を抱いていると発覚した(実は2人の初対面の)瞬間から、上忍たちはカカシの味方だった。
半ば、ただ面白がっている風でもあったが、殆どのものは真剣にこの2人───というかカカシを応援してやっている。
何しろ幼い頃から戦場を渡り歩いていたカカシは、任務ならともかく、プライベートではまともな対人関係を自分から築くことなどできない超人見知り王なのだ。
友達と言えば自称ライヴァルのガイくらいで、他の上忍仲間は友人というよりは保護者。
あとは忍犬か鬼籍となった人々くらいだ。
日頃から、多くの人間が抱く虚像のカカシではなく、本当のカカシに接している身としては、ちょっと贔屓身になるのも仕方がない。
それにカカシの見初めた相手が、悪かったというか良かったというか。
火影から一般人まで虜にする、木ノ葉一の笑顔を持つ中忍うみのイルカだったのが災い……いや、幸いした。
誰もが、あのイルカならば、こんなカカシでも受け入れてくれそうじゃないかと思ったのだ。
ゆえに上忍たちは結託し、この奇跡のカップルを応援している。
相談に乗り、アドバイスをし、総出でイルカ情報を収集するなどして。
まあ中には、カカシならばとナミダを飲んだイルカファンもいたらしいが。
「いい、カカシ。イルカ先生ともずいぶん親しくなってきたけど、油断は禁物よ。酒の席で化けの皮はがれないよう、気引き締めてなさいね」
「はーい」
いいお返事を返すカカシに、紅はなおも続ける。
「アンタ、酒はそこそこ強いけど、イルカ先生にはからっきしなんだから、用心しなさいよ。特に、酔っ払ってちょーっとくだけた雰囲気のイルカ先生にはね」
前にぐっときちゃって、潰れた振りしたの忘れてないわよね。
と、釘を刺せば、カカシは素直に頷き、紅もご褒美とばかりに頭を撫でた。
すっかりご主人様と忠犬な2人を見ていたアスマはぽつりと紅へ告げる。
「あんま、あおってやるなよ…」
カカシを撫でる手を止めずに、紅はアスマへ微笑を向ける。
「ふふっ、ヤキモチ?」
「んなんじゃねえ」
明後日の方向に煙を吐き出し、アスマは窓の外へ視線を移した。
もうすぐそこへイルカがやってくるハズだ。
そうすれば、カカシは窓から飛び出していくだろう。
そしてイルカの前に降り立った瞬間、多くの忍が憧れる『上忍はたけカカシ』の顔になるのだ。
けれど、イルカはその他大勢の中忍たちとは違う。
誰であろうと噂や経歴だけで判断はしない。
忍びとして、というよりは、彼本来の性質だろう。
そうでなければ3代目火影に目をかけられたり、誰からも忌み嫌われた子を本気で案じたり、誰もが憧憬の念を抱く上忍と下心もなく気さくに飲みにいったりはできないものだ。
だからきっと、カカシもそんなに必死こいて『上忍はたけカカシ』を演じる必要はない。
どんなカカシであれ、正直な気持ちで向き合えば、イルカは何かしら応えてくれるはずなのだ。
恋人として受け入れるか、は別として。
「お、イルカだ」
目の端に駆けてくる人物を認め、アスマが呟く。
と同時に、紅の手は支えを無くす。
「あらあら、すばやいこと」
呆れているようにも、感心しているようにも聞こえる声音で、紅は手ごたえをなくした自身の手元を見つめて微笑む。
その時にはもう、待機所の窓に鈴なりになってイルカとカカシの行方を見守っている同僚たちがいた。
その背を見ながら、アスマは思う。
上忍の殆どがカカシを応援しているように、イルカを可愛がっている者もいるのだ。
その人物からイルカが既にカカシの正体を知らされているだろうことに。
───さて、誰が気づくかな……
それまでに、カカシの道化のような恋が良い形で決着していれば、とも願わずにいられなかったが。
【了】
‡蛙娘。@ iscreamman‡
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