カカイル[短編]

【宴の後】
   ~ 3年目の浮気疑惑 ~



「ただいまぁ、っと」

 1人暮らしも長いのに、律儀にそう言って自宅の戸を閉めた。

 途端、正面に不機嫌な声が降り立つ。

「こんな時間まで、どこ行ってたんですか」

 いつもより細められた鋭い目が壁掛け時計を睨んでいた。

 針が示す時刻は深夜も過ぎたところ。

「あれー、カカシさん」

 突然現れた男に驚いた、というよりも単に人がいることに疑問を感じているらしい。

 大げさに首を傾げ、上目遣いに相手を見やる。

「えーっと、オレ間違えっちゃいましたかねぇ」

「や、ここ、イルカ先生んチです」

 間違ってません。

 でも、昨日───もう一昨日ですけど、約束しましたよね。

「今夜、お邪魔しますって」

「そーでしたっけぇ?」

 顎に人差し指を添え、さっきとは逆に首を傾げる。

 おどけた仕草はしらばっくれているのか、酔っ払いだからか。

 はあ、と息を吐いて、カカシは諦めた風につぶやいた。
 
「本当は、ちゃんとお誕生日をお祝いしてあげたかったんだけどねー」

 でも、過ぎちゃったモノは仕方ないデス。

 その分、これから取り戻しましょうね。

「お帰りなさい、イルカ先生」

 柔らかく抱きしめ、イルカの肩口へ顔を埋めようとしたカカシの動きが、止まる。

 犬並みの嗅覚を誇る里屈指の上忍は恋人の体臭に混じる、知らないオンナの匂いを嗅ぎとっていた。

 長年の忍び稼業で培った経験で分かる。

 すれ違ったり、ちょっと隣に座った程度で移る濃さではない。

 例えば、身体を押し付けたり、強く抱き合っていなければ……。

「イルカ、せんせい?」

「はい?」

 酔いに火照ったイルカに比べるまでもなく、ぎこちなく上げるカカシの顔は青ざめている。

「アナタ」

 浮気してきました?

「はい?」

 聞き返したイルカをそのままに、カカシはその場にへたり込む。

「信じらんないっ」

 オレってものがありながら、なんで?

 って、オレが男だから?

 いくらイルカ先生が巨乳ちゃんラヴだからってっ!

 そりゃ確かに、女の子の柔らかいおっぱいとか、おしりとか太ももとか、イイこたイイですけどっ!

 でも、誕生日で、お付き合い3年目記念日なのにっ!!

 付き合って3年目だから?

 これが3年目の浮気ってヤツ?

「イルカ先生の浮気モノーッ!」

 錯乱して未明に吠える男。

 そんなモノに容赦ができるイルカではない。

 ましてや酔っ払い。

 自分だって、と思う頭はあるはずもなく。

「うっせぇっ! 近所迷惑だっ!!」

 大喝とともに、リミットの外れまくった一撃を繰り出してした。



   * * * * *



「……あれ?」

 ふと気づくと、薄暗い自宅の玄関に、男2人で座り込んでいた。

 窓から見える空は夜明け間近。

 イルカは戸を背に預け、なぜかいるもう1人は上がりかまちにへたり込んですすり泣いている。

「どうしたんです? カカシさん」

「イルカ先生ってば、ヒドい……」

 わぁっと伏せた顔を覆って、わざとらしい泣き声を上げながら、カカシは言いたいコトをきっちり訴えだした。

 誕生日を2人で過ごす約束をしていたのに、いくら待っても帰って来ない。

 未明に帰ってきたのはいいが、オンナの匂いをさせて浮気までほのめかす。

 更に、浮気を追求したら肉体言語(暴力)に訴えてきた。

 確かに非道な仕打ちだが、大の男がじくじく泣きながら並べ立てることじゃない。

 呆れても、泣く恋人にはフォローをしなければと、イルカも腹を括る。

「帰りが遅くなったことは、謝ります」

 連絡できなかったのと、帰ってきてからのことも。

「夕べは、すみませんでした」

 待っててくれたのに。

「……理由、聞かせてもらえますか?」

 すん、と鼻をすすり上げるカカシは、どうも本気で泣いていたようだ。

「任務じゃない、ですよネ?」

「はい」

 実は。

「アカデミーの飲み会に、連れて行かれちゃいましてー」

 言いにくそうに、けれど悪びれもせずにイルカは告白する。

 アカデミー教師の独身同士で誕生日の近い者を主役というか口実にしての飲み会だった。

 ちょうど祝われる立場であり、表向きは恋人などいないとしているだけに、断りきれなかった。

「すぐ帰るつもり、だったんですけど……つい、長っ尻に」

 それは、解りました。

「で、オンナと?」

 きっちり正座で問い詰めてくるカカシへ、イルカの答えは曖昧だ。

「それは、ない……と思います」

 だって。

「あの席にいた女性は、オレの母親みたいな年の方ばっかでしたし……」

 確かに、なんやかや面倒もみて貰った気はしますが、結局、香水きつくて悪酔いしちゃったんですよねえ。

「ですから、いくらなんでも、流石に、ねぇ……」

 存外に辛辣な言葉を、イルカは笑って言い放った。
 ついでに、カカシを煽るようなことまで。

「そんなに疑うんなら」

 額当てを外して放り、ベストの前を開いてアンダーを指で引き下げて鎖骨をさらす。

「確かめて、みますか?」

 薄暗い中にさらされた、無防備な喉。

「……いいでしょう」

 カカシはごくりと生唾を飲み込んでうなずく。

「夕べ、ほったらかしにされた分まで、サービスさせて貰いましょーか」

 イルカの手をとって立たせながら、わざわざ確認するまでもないことを訊ねてくるくせに。

「そういや、先生。仕事は?」

 手を引かれるまま、カカシに寄りかかるように立ったイルカはニヤリと笑う。

「潰れるまで飲まされましたから、休みにしてもらってますよ」

「イルカ先生……」

 わざと、デスね。

「どうでしょうか」

 カカシの確信に満ちた目から逃れるように、イルカは頬をすり寄せた。

 ざりざりした慣れた感触に眉をしかめて、ぽつりとつぶやく。

「ヒゲ、剃ったほうがいいかなぁ」



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2006/05/16
UP DATE:2006/06/18(PC)
   2008/10/27(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26



*2006年【3年目の浮気疑惑】企画
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