カカイル[短編]
【短い夜】
~ Summer Solstice Night ~
梅雨時だというのに、ここ数日は降っていない。
けれど、からりと晴れ渡った夏空にはまだ遠く、闇に己の姿を隠す外套と面が煩わしいほどに、夜の大気は暑く湿っていて重苦しい。
外すことはできはしない面の奥で、くぐもった笑いがこぼれる。
誰に聞きとがめられることもない、そう思っての自嘲だった。
「ヤーラシ~」
ナニ、1人で笑ってンの。
何もいなかったハズの木陰から、聞き覚えのある声がした。
そちらに目をやれば、同じ格好をした男。
いや、外套も面も着けてはいなかった。
だが闇に浮かぶ白銀の髪と、特異な眼を持つ彼には、誰でもない姿など意味をなさない。
明るい月明かりの元へ、ただでさえ目立つ姿をさらして、彼は言う。
「ね、時間ある?」
10分くらい、付き合ってよ。
小首を傾げて──本人はカワイイつもりで、聞いてきた。
「そういう誘いはお断りしてんですよ」
ぶっきらぼうな答え方が、逆に興味を引いてしまったのかもしれない。
視線も向けずに、通り過ぎようとした腕をつかまれた。
「えー、オレでもダメ?」
いつもの額宛のない口布だけの、嫌に無防備な笑顔を向けてくる。
「男ってとこでアウトです。あと、10分でってのもねえ」
今更、態度をつくろうことも面倒。
素っ気無く腕の自由を取り戻した。
掴まれていた腕を外したことに、不思議そうな顔をする。
どうやら、見くびられていたらしい。
「これぐらいのこと、良家の子女の護身術レベルでしょう?」
「いや、オレちゃんと掴まえてましたよ……」
鍵爪の一体化した手甲をはめた手をわきわきとしてみせながら、まだ首を傾げる。
その間に消えようと返した踵を、また掴まれた。
「待ってよ」
その腕を踏み折ってやろうかと思う。
が、どうせ避けられるか振り上げた足をつかまれるかで、きりがないと諦める。
「嫌です。こんな晩に、手間掛けさせんで下さい」
望月前の明るい夜はいつも以上に気を使うというのに。
しかも今夜は夏至の晩だ。
1年で最も短い夜。
それでも、こなすべき仕事は常と変わらずにある。
蒸し暑く明るい僅かな闇に紛れなければ、というのに。
せめて一雨降ってくれれば、少しは気温も下がるだろうか。
仕事もやりにくくなるが。
「ねえ、相手してよ」
こういうバカもいるから、余計に気を使う。
───どこかでストレス発散しなきゃ、やってられねえ……
思ったところで、不意に考えが変わった。
このバカも同じだ。
たまたま通りかかった同業者で、ストレス解消しようと持ちかけてきただけのこと。
「……だとしたら、便乗してもいいか……」
「なに?」
「いえ。楽しませてくれるなら、お相手しますよ」
外套を跳ね上げ、白銀の髪をした男へ腕を差し伸べた。
途端に抱きしめられ、木の幹へ背を押し付けられる。
「15分くらいなら、ね」
「りょーかいっ」
そんな言葉を交わす下で、もう互いの手が性急に熱を煽りだしていた。
敵を傷つけ、咄嗟の際に木や岩へ取りつく為の鉤爪がついた手甲をしたまま。
自身と相手の急所を傷つけはしないか、考えると更に昂ぶっていくようだった。
相手は無遠慮にも防具の下へ腕を差し入れ、何が楽しいのか胸の辺りを撫でてくる。
「……アンタ、本気でやろうとしてんじゃないでしょうね」
「本気じゃなきゃ、男とできないデショ?」
ダイジョーブ、ちゃんと楽しませてあげるヨ。
「……だから、挿れさせてヨ……」
余裕のない声が、耳元に吹き込まれた。
「……こんな状態で拒んだって、聞いてくれないでしょう?」
「うん」
嬉しそうに笑った男は、指を後に滑らせた。
* * * * *
結局、諸々含めてたっぷり1時間の足止めを食らった。
これでは次と、明日の仕事に影響が出る。
せめて嫌味の1つでもと、開きかけた口は相手が早かった。
「アンタのせーで、遅刻しちゃったじゃない」
「……なんで、そういう理屈になるんです?」
「ちょーっと遊んでもらうつもり、だったの。なのにアンタ、エロイんだもん」
間抜けた言葉に言い返すこともできず、脱力した。
その隙に面がずらされる。
頬に軽く唇が触れた。
「じゃあまたね、エロイルカせんせ」
離れ際に、聞き捨てならないことを呟いて。
「なんですかっ、その言い方はっ!」
「ああ、そうだ」
ふらりと立ちあがったカカシは、空を見上げてにこりと言った。
「明日は雨ですよ~」
そう、ついでのように付け足して去っていく背に、吐き捨てる。
───また、はねえよっ
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/06/20
UP DATE:2005/06/20(PC)
2008/11/26(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26
~ Summer Solstice Night ~
梅雨時だというのに、ここ数日は降っていない。
けれど、からりと晴れ渡った夏空にはまだ遠く、闇に己の姿を隠す外套と面が煩わしいほどに、夜の大気は暑く湿っていて重苦しい。
外すことはできはしない面の奥で、くぐもった笑いがこぼれる。
誰に聞きとがめられることもない、そう思っての自嘲だった。
「ヤーラシ~」
ナニ、1人で笑ってンの。
何もいなかったハズの木陰から、聞き覚えのある声がした。
そちらに目をやれば、同じ格好をした男。
いや、外套も面も着けてはいなかった。
だが闇に浮かぶ白銀の髪と、特異な眼を持つ彼には、誰でもない姿など意味をなさない。
明るい月明かりの元へ、ただでさえ目立つ姿をさらして、彼は言う。
「ね、時間ある?」
10分くらい、付き合ってよ。
小首を傾げて──本人はカワイイつもりで、聞いてきた。
「そういう誘いはお断りしてんですよ」
ぶっきらぼうな答え方が、逆に興味を引いてしまったのかもしれない。
視線も向けずに、通り過ぎようとした腕をつかまれた。
「えー、オレでもダメ?」
いつもの額宛のない口布だけの、嫌に無防備な笑顔を向けてくる。
「男ってとこでアウトです。あと、10分でってのもねえ」
今更、態度をつくろうことも面倒。
素っ気無く腕の自由を取り戻した。
掴まれていた腕を外したことに、不思議そうな顔をする。
どうやら、見くびられていたらしい。
「これぐらいのこと、良家の子女の護身術レベルでしょう?」
「いや、オレちゃんと掴まえてましたよ……」
鍵爪の一体化した手甲をはめた手をわきわきとしてみせながら、まだ首を傾げる。
その間に消えようと返した踵を、また掴まれた。
「待ってよ」
その腕を踏み折ってやろうかと思う。
が、どうせ避けられるか振り上げた足をつかまれるかで、きりがないと諦める。
「嫌です。こんな晩に、手間掛けさせんで下さい」
望月前の明るい夜はいつも以上に気を使うというのに。
しかも今夜は夏至の晩だ。
1年で最も短い夜。
それでも、こなすべき仕事は常と変わらずにある。
蒸し暑く明るい僅かな闇に紛れなければ、というのに。
せめて一雨降ってくれれば、少しは気温も下がるだろうか。
仕事もやりにくくなるが。
「ねえ、相手してよ」
こういうバカもいるから、余計に気を使う。
───どこかでストレス発散しなきゃ、やってられねえ……
思ったところで、不意に考えが変わった。
このバカも同じだ。
たまたま通りかかった同業者で、ストレス解消しようと持ちかけてきただけのこと。
「……だとしたら、便乗してもいいか……」
「なに?」
「いえ。楽しませてくれるなら、お相手しますよ」
外套を跳ね上げ、白銀の髪をした男へ腕を差し伸べた。
途端に抱きしめられ、木の幹へ背を押し付けられる。
「15分くらいなら、ね」
「りょーかいっ」
そんな言葉を交わす下で、もう互いの手が性急に熱を煽りだしていた。
敵を傷つけ、咄嗟の際に木や岩へ取りつく為の鉤爪がついた手甲をしたまま。
自身と相手の急所を傷つけはしないか、考えると更に昂ぶっていくようだった。
相手は無遠慮にも防具の下へ腕を差し入れ、何が楽しいのか胸の辺りを撫でてくる。
「……アンタ、本気でやろうとしてんじゃないでしょうね」
「本気じゃなきゃ、男とできないデショ?」
ダイジョーブ、ちゃんと楽しませてあげるヨ。
「……だから、挿れさせてヨ……」
余裕のない声が、耳元に吹き込まれた。
「……こんな状態で拒んだって、聞いてくれないでしょう?」
「うん」
嬉しそうに笑った男は、指を後に滑らせた。
* * * * *
結局、諸々含めてたっぷり1時間の足止めを食らった。
これでは次と、明日の仕事に影響が出る。
せめて嫌味の1つでもと、開きかけた口は相手が早かった。
「アンタのせーで、遅刻しちゃったじゃない」
「……なんで、そういう理屈になるんです?」
「ちょーっと遊んでもらうつもり、だったの。なのにアンタ、エロイんだもん」
間抜けた言葉に言い返すこともできず、脱力した。
その隙に面がずらされる。
頬に軽く唇が触れた。
「じゃあまたね、エロイルカせんせ」
離れ際に、聞き捨てならないことを呟いて。
「なんですかっ、その言い方はっ!」
「ああ、そうだ」
ふらりと立ちあがったカカシは、空を見上げてにこりと言った。
「明日は雨ですよ~」
そう、ついでのように付け足して去っていく背に、吐き捨てる。
───また、はねえよっ
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/06/20
UP DATE:2005/06/20(PC)
2008/11/26(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26