せんせいのお時間

【せんせいのお時間B】
   〜ぶらっでぃ〜



「イルカ先生。アナタ、また鼻血噴いたんですって?」

 心底呆れたような声をだし、高ランク任務から帰ったばかりのカカシは目の前に座る人を見下ろした。

「大体ねえ、20歳を過ぎた男が、女の裸ごときで一々鼻血なんか出してないでヨ」

「は、裸じゃありませんでしたよっ」

 言い返すが、自分でも恥じていたことだから、イルカもいつもの勢いがない。

「あ、でも、ナルトはいつも通りっぽかったんで、見る前に殴りました」

 そう付け足した途端に、2人の間に気まずい沈黙が落ちてくる。

 つまりそれは、見ていたら、ナルトの術でも鼻血を吹いていた、ということだ。

 居心地悪そうに、イルカは木ノ葉丸たち3人の《プリンプリンの術》はちゃんと服を着ていたと、しどろもどろに説明した。
 
「へえ。何だったんですか?」

「……ボ、ボディコンと、水着(長パレオビキニ)と、眼鏡ナースでした……」

 興味も無さそうに冷たい声で返したはずのカカシが、その答えを聞いて悩むように呟く。

「……ちぃっと、そそられますね」

 恐るべし、制服の魔力。

 上忍とはいえしょせんは男。

 最後の言葉にはうっかり想像を逞しくしてしまう。

 何しろ『眼鏡』で『ナース』で『プリンプリン』。

 この語句のどれにも反応しない人間は相当のお子様か、無我の境地に到達できた者だけだろう。

 しかし、一般とはレベルの違う頭の中でそれを纏っているのは、見目麗しい女性とは限らない。

 漂いだした妖気───もしくはエロチャクラ───に、不穏な空気を察したイルカの目は急速に温度を下げていく。

「……カカシさん、アンタ、今、何、想像してんですか?」

「それはもちろんイry……。ま、まあそれはともかく……、ガキレベルのお色気で鼻血なんか出してないでよ。中忍なんだから」

「だ、出すなって言われたって、止められるもんでもないでしょうっ」

 アンタだって今、怪しかったじゃないですか。
 そうツッコまれては、一瞬カカシも黙るしかない。

 実際、本当にヤバかったのだ。

「お、女ってだけでのぼせ上がるなって言ってんです。感情のコントロールくらいしなさいっ」

「う……。で、でも3代目や、自来也様だって惑わされるような術なんですよっ」

「あーの女好きどもと、アンタは違うデショ? そーれーに、シカマルは平気だったって聞きましたケド?」

「う………」

 そうとどめを指されてイルカはついに押し黙る。

 木ノ葉丸軍団3人組の《プリンプリンの術》で仮想敵忍者として彼らを襲撃した中忍の教官陣は全滅。

 唯一、冷静に対処できたのは補佐でついてきていた新人中忍のシカマルだけだった。

 ちなみに、お仕置き覚悟でこの情けない顛末を正直に報告したところ、5代目には怒る気もしないと流されてしまっている。

 逆に、言い合っているうちにいつもの飄々としたペースを取り戻したカカシは嫌味のように付け足した。

「それに、アンタ最近、綱手様の側にいること多いじゃない? アレに比べりゃ、そこいらのなんか、まな板か洗濯板に見えんじゃないの?」

「……それは色々と、失礼じゃないですか?」

 綱手様が聞いても、他の皆さんの耳に入っても、無事じゃすまない気がしますので、オレは聞かなかったことにします。

 と、イルカが発言をなかったことにしてくれ、カカシも今言ったことは忘れることにした。

 そして、一番言いたかったことを口にする。

「ま、第一さ。あーんな鼻垂らしてるケツの青いクソガキにゃ想像もできないようなエロいこと、毎日してるデショ?」

 オレと。

「そろそろ免疫ついてもいーんじゃないんでーすかー? ん?」

 抜けぬけとセクハラまがいのコトを並べ立ててカカシはすっかり俯いてしまったイルカの顔を覗き込むように小首を傾げる。

「……ア、アンタだから」

「ん?」

 ぼつりと落とされた言葉を聞き逃さぬよう、カカシがチャクラを集めて聴覚を強化したのを見計らって、きっと顔を上げたイルカは叫んでいた。

「アンタ相手なんだからっ、女に免疫なんか出来るワケないだろうがーっ!!」

 里中に響き渡るようなその声に、カカシは脳が揺れた気がした。

 いわゆる脳震盪の状態でくらくらしているカカシを他所に、イルカは自身の女性事情を切々と訴えかける。

「アンタと付き合いだしてからこっち、守備範囲内の女性との触れ合いは受付所で指先が触れ合うのが精一杯ですよっ! 最近はすっかり、アンタとの仲も公認で、妙なちょっかいかけてくる人も居ませんしねっ!」

 ついでに守備範囲外だって、授業中に生徒の補助で手をとってやるとか、商店街で生徒の親御さんに「アラ、イルカ先生」って肩叩かれるくらいです。

「はっきり言って、今まであった免疫までなくなってんですよっ、オレはっ!」

 一気にまくし立て上げ終えると、まだくらくらしながらもカカシはだらしなく口元を緩ませている。

「なぁに、ニヤケてんだ、アンタ?」

「えーぇ? だーってーぇ」

 本当に足元がふら付いたのか、それとももう振りなのか、カカシはイルカへもたれかかって嬉しそうに呟く。

「イルカ先生、ずっとオレとしかしてないって宣言しちゃってるようなもんじゃないですかー」

 指摘され、一瞬でイルカの顔面が紅潮する。

 その言葉に嘘はない。
 無いが、この場で言うことではなかった。

 だって、ここはアカデミーの教官室で、周囲には同僚たちが2人の様子を遠巻きに伺っている。

 うっかり、そのことを失念していたイルカの顔色が今度は青く、白く、最後に平静の状態に変わっていった。

「……アンタ、わざとこういう展開に持ち込みましたね」

 咄嗟に瞬身の術で逃走を図ろうとした上忍を、上回るスピードでがっしりと捕獲したイルカは笑顔だった。

「イ、イルカ……あ、あのなあ……」

 そこへ、勇気ある同僚が恐る恐る声を掛けてくる。

「演習の報告書、なんだけどな……」

「ああ、コレが片付いたら、オレが提出してくるよ」

 そう言って極上の笑顔を浮かべたイルカは右手に報告書の束を、左手に里屈指の上忍の胸倉を掴んで教官室を後にした。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 最初の指示を無視して外れたルートへアカデミー生を誘導したナルトへのお仕置きを終えて綱手が執務室へ戻ると、すぐに今回の演習の報告書を携えたイルカが現れた。

「お、そっちも片付いたようだね」

「ええ、もうすっかりおとなしくなりましたよ」

「そうか。ご苦労だったな」

 何故かイルカから視線を逸らし、綱手は報告書へ目を通し始める。

「いいえ。オレこそ、ナルトの躾が至りませんで……」

「い、いやっ。お前は、よくやってくれている。お前がいるからアレで済んでるってアタシは思ってんだ。それに、アイツまで任せてしまって。逆に申し訳ないくらいだよ」

「過分なお言葉、ありがとうございます」

 終始穏やかに微笑んでいるイルカへ綱手は声を潜め、自分の額を指し示す。

「ああ、それからな、イルカ。……額当て、汚れてるぞ」

「すみません。きっと最後に飛んだのでしょう」

 そう言うと、微笑んだまま爽やかに、額当てにべっとりとついた某上忍の返り血を拭い取ったのだった。


 
 【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/11/03
UP DATE:2005/11/04(PC)
   2008/11/24(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
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