せんせいのお時間
【せんせいのお時間G】
〜ごおるど〜
「イルカ先生、今、何kgデスか?」
昼下がりのアカデミーの廊下。
教師や生徒が行き交うパブリックスペースで交わすには、唐突でド失礼な質問ではないだろうか。
例え、問い掛けたのが妙齢の女性でなくとも、なんの挨拶も会話もなく、いきなり聞いていいことではない。
常識知らずの上忍の言葉に、イルカは拳で応えるべく右手を強く握り締めていた。
けれど、準備万端の右拳をお見舞いするより早く、ソレは背後に回りこんでいる。
その上、両脇へ腕を挿しこんで抱きついてまできやがった。
「なんですかっ! いきなりっ!」
「えー? だってー」
カワイ子ぶった口調でも、全く可愛げのない男は自身の背筋を反らせるようにして、やけに軽々とイルカの身体を持ち上げる。
「……やっぱ、オレより重くないデスか?」
「いや、装備込みで比べられても……」
「いえいえ、その辺はちゃんと計算してマース。それに、装備だけだったらオレのが重いデショ?」
背後から抱きついたまま、カカシは言う。
確かに、子供に接する機会の多いイルカは最低限の装備でしかなく、逆にいつ任務に借り出されるか分からないカカシは必要最低限の装備だ。
言葉上は僅かな違いだが、実際は大きく違う。
まずイルカは授業で使わない限り、手裏剣やクナイといった忍具を持ち歩いていない。
けれどカカシは常に、ホルスターごと装備している。
他にもまあ色々とあって、持ち物の総量は多分カカシの方が重いはずだ。
「それなのに、なんか、こう……お腹のあたりがずっしりと……」
「どこ、触ってん、ですかっ!」
「ぐはっ!」
不埒にもベストの下へ入り込もうとする上忍の手を水際で食い止めつつ、しっかり鳩尾へ肘を打ち込む。
情けなくも中忍の一撃で、木ノ葉隠れの里が誇る上忍は撃沈した。
「……きゅ、急所はヤメテ下サーイ……」
「だったら、こんな場所で、ああいう行動は、やめていただけますねっ」
笑顔で穏やかに、けれど見下ろしながら力強く言われては、カカシも頷くしかない。
「……は~い」
「で、何をいきなりそんな話に?」
「いえ、いきなりってワケでもなくて、ずっと思ってたことなんですケドね~」
立ち上がりつつ、カカシは言葉を続ける。
「アナタ、なんかぼてぼて歩いてるし~」
「ぼっ、ぼてぼてってなんですかっ」
仮にも、忍者が歩く擬音ではあり得ない。
「いいですよ、そこまで言うなら、ついてきてくださいっ」
「え? ナニ? どしたの、イルカせんせ?」
怒りの為か、足音高く人気のなさそうな方へ歩いていくイルカを追いながら、カカシは有らぬ妄想の翼をめ一杯広げている。
その内容は、あまりにアレなので詳しくは描写しづらい。
まあ要は、人目も人気もない場所で自身の弁明を始めるイルカの揚げ足を取って、そのままイチャイチャな展開へ持ち込もうと考えていた。
そして、イルカがたどり着いたのは、アカデミー内で最も人気のない(カカシにとって魅惑のイチャイチャルーム・ナンバー3)第3資料室。
「どうぞっ」
「は~い」
カカシを先に入れ、ぴしりと戸を閉めて鍵まで掛けた。
そんなイルカに、カモネギがスエゼンとばかりに心の奥で舌なめずりをしていると、更にオイシイ───いや、不思議な行動に出る。
手にしていたテキストやら閻魔帳やらを手近な棚へおいて、イルカはベストを脱いだ。
「どうぞ、カカシさん」
と言って差し出したのは、脱いだばかりのベスト。
はりきって本人へ抱きつこうとしていたカカシは、首を傾げる。
「……あの、イルカせんせ?」
「オレの装備の重さ、教えてあげます」
言い様、イルカは自身のベストをカカシへ覆い被せた。
巻物や忍具が納められているとは言っても、たかがベスト。
そう考えていたカカシは、自身の頭へのしかかってくるその衝撃に、少しばかり首を痛めてしまった。
「っご、えっ!? なななんでーすか、コレーっ!」
改めて手にとったイルカのベストの重さは、カカシの装備の総重量の比ではない。
「まさか、イルカ先生。アナタ、ガイばりにベタな修行でもしてんですかっ?」
「違いますよ。アカデミー担当の中忍なら、こんなモンなんです」
「こんなモンって……」
「いざという時の、備えですよ。カカシさんも、下忍担当時に預かりましたよね?」
言われて、カカシは思い出す。
初めて下忍を受け持つことになった時、里から緊急時───つまりは里に何かがあって班が単独で活動しなければならなくなった場合の、軍資金を預けられた。
ただし、カカシが受け取ったのは大した額ではない。
カカシは上忍で、部下たちも下忍。
それなりに色々と資金を稼ぐ術はあるのだ。
けれどイルカが受け持っているのは、まだ忍者ですらない子供たちが30人余り。
手も金も掛かるが、彼ら自身にはまだなんの業もない。
例えば、里が壊滅してクラス毎に脱出したとして、担当の中忍1人でも全員を守り教え、導きながら賄えるだけの額は稼げないだろう。
「これって、まさか……」
イルカが背負う重みの意味と、こんな人気のない場所で態々こんな色気のない話をしなければならない理由に思い至って、手にしたベストがより重く感じられた。
教師たちの装備には、一定の期間、1クラスの生徒を養っていけるだけの額が預けられているのだろう。
万が一に備えて。
里の同朋を疑いたくはないが、やはりアカデミーと関係のない者に知られては、よくない話だ。
「イルカ先生……」
彼のベストには平時有事に関係なく、里の未来そのものがあるような気さえする。
そして万が一の時を思うと、胸が苦しかった。
「イルカ先生、アナタは……アナタ自身の未来は、どうするんです?」
「いきなり、どうしたんですか?」
「だって……、オレなんかと一緒に居たら、アナタ……」
言葉は、口布越しに当てられたイルカの指に遮られた。
「それは、言いっこなしです。第一、オレなんかより、アンタこそって話題ですよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべた顔が近付き、カカシの口布を下げた指が輪郭をなぞる。
「イルカ先生は、いいの? オレで?」
「今更、ですよ」
諦めているのでも、悲観しているのでもなく、イルカは言い切った。
「オレたちは、万が一がないように、やってんでしょう?」
「はい」
嬉しそうに頷くと、イルカからご褒美のようなキス。
何の欲望も含みもない軽い口付けだったけれど、カカシにはこの上もなく幸せで大切な誓いのように感じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その、帰り道でのことだ。
「イルカ先生、アナタ今、何cmですか?」
「は?」
そんな唐突に問われても、何のことだかさっぱり分からない。
いや、この上忍の言動の全てを察しろというのが無理な話だ。
例え、並んで自宅へ向かって歩いていようが、同棲中の恋人だろうが、無理なものは無理だ。
「だから、身長、何cmですかって聞いてんです」
「最近、ちゃんと計ってませんけど。20歳ん時に178cmでしたから、そんな変わってないハズですよ」
そう言って微笑む眼が、カカシと殆ど変わらない高さにある。
眼から投頂部までの長さは人それぞれだとしても、3cmの差がでるハズはないのだ。
「……なんか、イルカ先生、オレと背ぇ変わんなくないデスか?」
「えー? そうですかねえ」
イルカの視線は、カカシの逆立った毛先を見ている。
そのボケっぷりをちょっと可愛いなんて思いつつ、カカシは自身の実際の頭頂部の高さへ右手を上げ、そのまま水平に手首を返す。
案の定、手のひらからイルカの頭頂部までは3cmもない、気がする。
「しばらく、牛乳禁止デス!」
「……牛乳って。そんな今更、飲まなくなったって一度伸びちまったモンは、簡単にゃ縮みませんよ」
「でもっ」
カカシが何にこだわっているのか、イルカには分からない。
だってカカシは自分の猫背を忘れている。
きちんと背筋を伸ばして姿勢を正せば、きっとカカシが思う差が生まれるはずだ。
けれど、それを教えてやるのも悔しくて、変わりにこんなことを言ってやる。
「オレがジジイになって縮む頃、カカシさんがもっと縮んでないよう、してりゃいいでしょう?」
「……はい♡」
いいお返事の上忍は、その日から牛乳を欠かさなくなったという。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/12/03
UP DATE:2005/01/30(PC)
2008/11/24(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
〜ごおるど〜
「イルカ先生、今、何kgデスか?」
昼下がりのアカデミーの廊下。
教師や生徒が行き交うパブリックスペースで交わすには、唐突でド失礼な質問ではないだろうか。
例え、問い掛けたのが妙齢の女性でなくとも、なんの挨拶も会話もなく、いきなり聞いていいことではない。
常識知らずの上忍の言葉に、イルカは拳で応えるべく右手を強く握り締めていた。
けれど、準備万端の右拳をお見舞いするより早く、ソレは背後に回りこんでいる。
その上、両脇へ腕を挿しこんで抱きついてまできやがった。
「なんですかっ! いきなりっ!」
「えー? だってー」
カワイ子ぶった口調でも、全く可愛げのない男は自身の背筋を反らせるようにして、やけに軽々とイルカの身体を持ち上げる。
「……やっぱ、オレより重くないデスか?」
「いや、装備込みで比べられても……」
「いえいえ、その辺はちゃんと計算してマース。それに、装備だけだったらオレのが重いデショ?」
背後から抱きついたまま、カカシは言う。
確かに、子供に接する機会の多いイルカは最低限の装備でしかなく、逆にいつ任務に借り出されるか分からないカカシは必要最低限の装備だ。
言葉上は僅かな違いだが、実際は大きく違う。
まずイルカは授業で使わない限り、手裏剣やクナイといった忍具を持ち歩いていない。
けれどカカシは常に、ホルスターごと装備している。
他にもまあ色々とあって、持ち物の総量は多分カカシの方が重いはずだ。
「それなのに、なんか、こう……お腹のあたりがずっしりと……」
「どこ、触ってん、ですかっ!」
「ぐはっ!」
不埒にもベストの下へ入り込もうとする上忍の手を水際で食い止めつつ、しっかり鳩尾へ肘を打ち込む。
情けなくも中忍の一撃で、木ノ葉隠れの里が誇る上忍は撃沈した。
「……きゅ、急所はヤメテ下サーイ……」
「だったら、こんな場所で、ああいう行動は、やめていただけますねっ」
笑顔で穏やかに、けれど見下ろしながら力強く言われては、カカシも頷くしかない。
「……は~い」
「で、何をいきなりそんな話に?」
「いえ、いきなりってワケでもなくて、ずっと思ってたことなんですケドね~」
立ち上がりつつ、カカシは言葉を続ける。
「アナタ、なんかぼてぼて歩いてるし~」
「ぼっ、ぼてぼてってなんですかっ」
仮にも、忍者が歩く擬音ではあり得ない。
「いいですよ、そこまで言うなら、ついてきてくださいっ」
「え? ナニ? どしたの、イルカせんせ?」
怒りの為か、足音高く人気のなさそうな方へ歩いていくイルカを追いながら、カカシは有らぬ妄想の翼をめ一杯広げている。
その内容は、あまりにアレなので詳しくは描写しづらい。
まあ要は、人目も人気もない場所で自身の弁明を始めるイルカの揚げ足を取って、そのままイチャイチャな展開へ持ち込もうと考えていた。
そして、イルカがたどり着いたのは、アカデミー内で最も人気のない(カカシにとって魅惑のイチャイチャルーム・ナンバー3)第3資料室。
「どうぞっ」
「は~い」
カカシを先に入れ、ぴしりと戸を閉めて鍵まで掛けた。
そんなイルカに、カモネギがスエゼンとばかりに心の奥で舌なめずりをしていると、更にオイシイ───いや、不思議な行動に出る。
手にしていたテキストやら閻魔帳やらを手近な棚へおいて、イルカはベストを脱いだ。
「どうぞ、カカシさん」
と言って差し出したのは、脱いだばかりのベスト。
はりきって本人へ抱きつこうとしていたカカシは、首を傾げる。
「……あの、イルカせんせ?」
「オレの装備の重さ、教えてあげます」
言い様、イルカは自身のベストをカカシへ覆い被せた。
巻物や忍具が納められているとは言っても、たかがベスト。
そう考えていたカカシは、自身の頭へのしかかってくるその衝撃に、少しばかり首を痛めてしまった。
「っご、えっ!? なななんでーすか、コレーっ!」
改めて手にとったイルカのベストの重さは、カカシの装備の総重量の比ではない。
「まさか、イルカ先生。アナタ、ガイばりにベタな修行でもしてんですかっ?」
「違いますよ。アカデミー担当の中忍なら、こんなモンなんです」
「こんなモンって……」
「いざという時の、備えですよ。カカシさんも、下忍担当時に預かりましたよね?」
言われて、カカシは思い出す。
初めて下忍を受け持つことになった時、里から緊急時───つまりは里に何かがあって班が単独で活動しなければならなくなった場合の、軍資金を預けられた。
ただし、カカシが受け取ったのは大した額ではない。
カカシは上忍で、部下たちも下忍。
それなりに色々と資金を稼ぐ術はあるのだ。
けれどイルカが受け持っているのは、まだ忍者ですらない子供たちが30人余り。
手も金も掛かるが、彼ら自身にはまだなんの業もない。
例えば、里が壊滅してクラス毎に脱出したとして、担当の中忍1人でも全員を守り教え、導きながら賄えるだけの額は稼げないだろう。
「これって、まさか……」
イルカが背負う重みの意味と、こんな人気のない場所で態々こんな色気のない話をしなければならない理由に思い至って、手にしたベストがより重く感じられた。
教師たちの装備には、一定の期間、1クラスの生徒を養っていけるだけの額が預けられているのだろう。
万が一に備えて。
里の同朋を疑いたくはないが、やはりアカデミーと関係のない者に知られては、よくない話だ。
「イルカ先生……」
彼のベストには平時有事に関係なく、里の未来そのものがあるような気さえする。
そして万が一の時を思うと、胸が苦しかった。
「イルカ先生、アナタは……アナタ自身の未来は、どうするんです?」
「いきなり、どうしたんですか?」
「だって……、オレなんかと一緒に居たら、アナタ……」
言葉は、口布越しに当てられたイルカの指に遮られた。
「それは、言いっこなしです。第一、オレなんかより、アンタこそって話題ですよ」
悪戯っぽい笑みを浮かべた顔が近付き、カカシの口布を下げた指が輪郭をなぞる。
「イルカ先生は、いいの? オレで?」
「今更、ですよ」
諦めているのでも、悲観しているのでもなく、イルカは言い切った。
「オレたちは、万が一がないように、やってんでしょう?」
「はい」
嬉しそうに頷くと、イルカからご褒美のようなキス。
何の欲望も含みもない軽い口付けだったけれど、カカシにはこの上もなく幸せで大切な誓いのように感じた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
その、帰り道でのことだ。
「イルカ先生、アナタ今、何cmですか?」
「は?」
そんな唐突に問われても、何のことだかさっぱり分からない。
いや、この上忍の言動の全てを察しろというのが無理な話だ。
例え、並んで自宅へ向かって歩いていようが、同棲中の恋人だろうが、無理なものは無理だ。
「だから、身長、何cmですかって聞いてんです」
「最近、ちゃんと計ってませんけど。20歳ん時に178cmでしたから、そんな変わってないハズですよ」
そう言って微笑む眼が、カカシと殆ど変わらない高さにある。
眼から投頂部までの長さは人それぞれだとしても、3cmの差がでるハズはないのだ。
「……なんか、イルカ先生、オレと背ぇ変わんなくないデスか?」
「えー? そうですかねえ」
イルカの視線は、カカシの逆立った毛先を見ている。
そのボケっぷりをちょっと可愛いなんて思いつつ、カカシは自身の実際の頭頂部の高さへ右手を上げ、そのまま水平に手首を返す。
案の定、手のひらからイルカの頭頂部までは3cmもない、気がする。
「しばらく、牛乳禁止デス!」
「……牛乳って。そんな今更、飲まなくなったって一度伸びちまったモンは、簡単にゃ縮みませんよ」
「でもっ」
カカシが何にこだわっているのか、イルカには分からない。
だってカカシは自分の猫背を忘れている。
きちんと背筋を伸ばして姿勢を正せば、きっとカカシが思う差が生まれるはずだ。
けれど、それを教えてやるのも悔しくて、変わりにこんなことを言ってやる。
「オレがジジイになって縮む頃、カカシさんがもっと縮んでないよう、してりゃいいでしょう?」
「……はい♡」
いいお返事の上忍は、その日から牛乳を欠かさなくなったという。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2004/12/03
UP DATE:2005/01/30(PC)
2008/11/24(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13