きみのとなり

【きみのとなり[2]】
   〜 カカ誕 2006 〜



 里が近付くにつれ、カカシは懐かしさと妙な違和感を味わうことになった。

 全て過去の、よく知っている風景。
 なのに、わずかに視線が違うだけでまったく知らない場所のように思えるから不思議だ。

「懐かしい?」

「……それと、新鮮ですね……」

 言いながらカカシは猫背をたわめ、目を合わせる。

「先生を見下ろすのが」

「ははは。大きく育ったもんねえ」

 気づいた時にはもう、穏やかに笑う人の腕が肩を組むように回されていた。
 もう一方の手が軽く頬に添えられただけで、びしりとカカシの顎関節が悲鳴を上げる。

「痛い(イガひ)です、痛い(イガひ)ですっ! 先生(じぇんじぇ)ーっ!」

 アゴに回った腕を軽く叩いて降参の意を示すとすぐに開放された。

「ん! 大きいっていいねえ。加減しやすくって」

「……あれで、手加減したって言うんですか?」

「もちろんだよ」
 
 朗らかに答える師へ、カカシは疑いの目以上のものを向けることのできない。

「だって、君が子供の頃は1度も手かけたことないだろ?」

「……ええ。ま、そーうでしたねえ……」

 カカシの言葉に少しの沈黙の後、照れた笑顔が返った。

「うん。子供相手だとさ、限界分からないから」

「……そーですか……」

 ただ、笑顔がどこか淋しげだったのは、肩を落とすカカシには見えていない。

 それから2人は、ぽつぽつとした会話を続けながら明るいほうへと歩いていく。

 里の入口である大門付近は、任務から帰還する忍で賑わっていた。
 カカシは密かに緊張して足を止める。

「どうかしたかい、カカシ?」

「ええっと、今更ですけど、オレ里に入るのマズくないですかね?」

 木ノ葉の額当てをしてはいても、この時代に今の自分は存在しない。
 例え信頼の篤いこの人と一緒にいても、見咎められれば言い訳のしようがなかった。

「大丈夫だよ。木ノ葉の忍びの顔を全部覚えてる人もいないしね」

「そう、かもしれませんけど……」

 あっけらかんと危険な真実を告げる人に敵うわけもない。
 
 まだ戦時ではないのかと思い、カカシは腹を決めた。
 引き止められたら、その時に言いくるめるなりすればいい。

「あら、ミナトくん。お久しぶり」

「こんな時間まで大変ですね、お互い」

 だから、背後からいきなり声をかけられても、大人ぶったよそよそしい挨拶に照れくさく微笑みあう2人の傍らで落ち着いていられた。

 声を掛けてきたくのいちはいくらか年上に見える。
 長く真っ直ぐに伸びた髪を無造作に背中へ流し、可愛らしく微笑む魅力的な女性だ。

 どういう関係なのか、と2人を窺っていたカカシを見上げてくる目が、どこか懐かしい。

「ところでミナトくん、こちらは?」

「ええっと、昔……」

「前に、お世話になったんですよ」

 言い淀む師の横から言い訳するカカシを一瞬、不審そうにくのいちは見返した。

「そうですか」

 けれど、隣りに立つ人を信じて納得したフリをしてくれる。

「ん?」

「あら?」

 その時、何かに気づいた2人につられ、カカシも大門の方へ目を向ける。

「お帰りっ! かーちゃんっ!」

 くのいちに飛びついてきた子供の姿に、カカシは我が目を疑った。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 飛びついてきた子供を細い腰でしっかりと抱きとめ、くのいちは花がほころぶように微笑む。

「ただいまっ、イルカ! お迎えご苦労」

 かなり乱暴だが、愛しげに子供の頭と撫でる仕草と笑顔が、誰かとよく似ていた。

「痛いよ、かーちゃんっ!」

 非難しながらも、どこか嬉しそうに自分を撫でる手に懐く子供を、カカシは見た覚えがある。
 じゃれあう親子を微笑ましく見ていた人が腰を屈め、親しげに話し掛けた。

「や、こんばんは。イルカ君」

「こんばんはっ、ミナト兄ちゃんっ」

 元気よく受け答えするということは、子供時代のイルカはカカシの師を見知っていたのだろう。
 そしてイルカは、カカシにも屈託のない笑顔を向けてきた。

「おっちゃん、こんばんはっ」

 時間が止まったように感じたのはカカシの錯覚だろう。
 隣りで盛大に吹き出した人をちゃんと認識できている。

 まだアカデミー生でしかないハズのイルカが、初対面の上忍をおっちゃんと呼ぶだろうことも理性では理解している。

 ただ、カカシの中に居る何者かがその言葉を拒否したがった。
 
 それでも、返事を待つ子供を放ったらかしにもできず、ぼつりと返す。

「……あー、はい。コンバンハ……」

 不機嫌そうな声が出たかもしれない。

 恩師は腹を抱えて俯いたまま、カカシの肩をばしばし叩く。

「……ナンデスカ?」

「いや、まさか、君がそんな呼ばれ方するの見られるって思ってなかったから」

 くくく、と堪えきれない笑い混じりに小声で、楽しくなっちゃって、と言う。

「あのね、イルカ君。このお兄ちゃん、まだ若いから」

「まあ、ごめんなさい。ほら、イルカ」

 笑ったことに罪悪感でも覚えたのか、一応、訂正はしてくれる。
 母親も別段悪びれた様子はないが、子供に言い直すよう促した。

「ごめん、兄ちゃんっ。顔隠してっから、分かんなかったよ」

「……や、気にしてなーいよ……」

 あっけらかんと言われてしまえば、そう返すしかない。
 カカシは肩を落とし、師と共に仲良く手を繋いで先を歩き出した親子についていった。

 なんのチェックもなく大門を過ぎ、賑やかな通りへ差し掛かった辺りで隣りからこっそり問われる。

「どうかした?」
 
 色々と複雑な感情に捕われ、殆ど目の前の親子を睨むように見ながら歩いていたのだろう。
 そして、この人相手に自分が嘘を吐き通せないことも身を持って知っている。

 言葉と内容に気を使いながら、告白する。

「……友達、なんですよ……」

「……イルカ君と? 意外だなあ」

 でも、分からなくもないか。

「イルカ君、人懐っこいから」

 うんうん、と1人納得している人と、目の前を歩く親子の楽しげな様子に、カカシは押し潰されそうな罪悪感に苛まれていた。

 イルカとの関係はお互いの気持ちが通じてのことで幾つもの覚悟をして至ったものだ。
 けれど、彼を慈しんで良き将来を望んでいただろう人たちを前にして堂々と言えるものではない。

「じゃ、今日会ったのはマズかったかな?」

「……大丈夫、じゃないですか、ねえ……」

 多分、母親の知り合いの連れていた忍びのことなどイルカはすぐに忘れてしまうだろう。

 もうじき、忘れようもない出来事が幾つもこの里を襲う。

 そして、辛さや悲しみを乗り越えた2人が10数年後に出会うのだ。
 
 だが、カカシは本来の世界ではなく、過去にいる。
 今、イルカはどうしているのだろう。

 思うと、無性に帰りたくなった。

 自分の居場所へ。



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2006/09/01
UP DATE:2006/09/15(PC)
   2009/09/04(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
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