ひとり

【ひとり [3]】
~ イル誕 2006 ~



 やはり、先回りをされていた。

 先行していた3人目掛け、無数の暗器が襲い掛かる。
 いち早くイルカが察知したお陰で足止めにしかならなかったが。

 しかし、雨のように降り注いだクナイや手裏剣の全ては捌ききれず、皆いくつか傷を増やした。

 それに、今となっては足止めされることすら痛手になる。

「止まるなっ」

 その声に踏み出そうとした足元へ、牽制のように手裏剣が突き立つ。

 だが、既にイルカは手裏剣を投げてきた敵の元へ跳んでいた。

 勢いのままクナイを突き立てて倒れる身体を足場に方向を変える。
 身体を捻る間際に周囲へ手裏剣を投げた。

「走れっ! 里へっ」

 視界が利かないはずのイルカの動きに敵は動揺し、味方は勇気付けられる。

 部隊は一気に囲みを突破し、イルカを中心にして里へと疾走した。
 追いすがる敵忍は振り切られまいと、執拗に暗器を投げ続ける。
 
 追撃されながらの逃走は心理的にも肉体的にも疲労度が高い。
 それにここまで丸1日以上、走り続けだった。

 ついに、木ノ葉の忍の1人が疲れに足を取られ、避け損ねる。

「コナラッ!」

 鈍い音と悲鳴のような声に、イルカも何があったかを悟る。
 足元へ倒れこんだ様子から、生きてはいるが意識はないと判断した。

 乱暴だが、下り斜面へ向けてコナラを蹴り落とし、この場を離れるように進路を変える。

「止まるなっ」

「しかしっ」

「コナラがっ」

 仲間を見捨てるような行動に躊躇する部下に説明してやる余裕はない。

 だが、彼らだって分かっている。
 意識のない味方を抱え、庇いながら逃げきれる状況ではないと。

 自分たちが奮戦し敵を殲滅するか、生死の分からない者を捜索させる暇を与えなければ、コナラは助かるだろう。

 今はコナラ自身の運と生命力に賭けるしかない。

「オレたちが生き延びれば、あいつだって救ってやれるっ」

 飛び込んでくる敵を交わし様切り捨て、イルカは部下を叱咤する。

「今は少しでも、敵を減らせっ」
 
 指示を出しつつ戦うイルカを面倒とみたのか、攻撃が集中しだす。
 だが逆に、残る2人は動きやすくなった。

 イルカを庇うように動けば、相手が勝手に間合いへと飛び込んできてくれる。

 やがて3人の動きは自然と卍の陣となり、徐々にコナラを蹴落とした場所から離れていった。

 移動しながら確実に敵を屠っていくものの、イルカには不安が募る。

 自分たちは里から離れていないか。
 敵の国境へ追いやられていないか。

 今のイルカにとって唯一方向を示すのは、足元の僅かな傾斜と肌で感じる木漏れ日だけ。

 同時に敵の気配や味方の動きも僅かな音や空気の流れ、チャクラの強さで感じなければならない。
 普段、眼から得ている情報を他の器官で補いながら戦うのは酷い負担だった。

 しかも、息をつく暇はない。
 イルカだけでなく、両翼でクナイを振るう部下2人も疲れ果てている。

 いくら訓練され、それなりの経験を積んできたとはいえ、その集中力には限界があった。

 その刹那を狙う者がいる。

 僅かな連携の隙間からイルカへ襲いくる数本の刃。

 その動きに気づいても払う腕も、避ける足も、間に合わないと悟る。

 これまでかと、諦めそうになった。
 その刹那。

「イルカ先生っ!」

 耳に飛び込んできた声が誰のものだったか認識するより先に、イルカの身体は動いていた。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 カカシの声に反応するように、イルカの体が動いた。

 左から突き入れられる刃を僅かに交わし、腕を掴んで引く。
 敵の身体を盾に使いながら、背後に忍び寄っていた敵へ体を預けるように右上から降ってくるクナイを避ける。
 その勢いのまま反転して立ち上がった時には、手にしたクナイで敵の咽喉笛を掻き切っていた。

 イルカの動きに、無駄はない。
 きっと、考えての動きではなかったのだろう。

 立ち上がった瞬間に我に返ったイルカは呆然としている。

 彼の周囲にいた部下も、そしてカカシもイルカの動きには驚き、魅入られた。

 しかし、この場にいた誰もが彼の動きに魅入っていたわけではない。

 畳み掛けるように、3人の敵が地を蹴って木ノ葉の忍びに迫る。
 
 だが、その動きに気づいてからでも仕掛けられるスピードを持った者がここにはいた。

《影分身の術》

 すばやく印を組むと3体の影分身が敵の前に立ちはだかる。

「新手かっ!」

「待てっ、こいつはっ」

 部隊長の指示を無視して突っ込んでくる若い忍びは影分身に軽くあしらわれ、転がされた。
 怯まず、果敢に立ち上がろうとする咽喉元へ別の分身がクナイを突きつける。

「どうする? 引いて生き延びるか、それとも……」

 背後に立つ本体が冷たく言い放った。

「ここで死ぬか」

 誰の一言だったか。

「写輪眼の、カカシ……」

 その言葉が───名が、ざわりと場の空気を凍りつかせる。

 木ノ葉隠れの里の上忍、はたけカカシ。
 彼の名と実力は忍の世界では広く知られていた。
 左眼の写輪眼と共に。

「どうする?」

 カカシは微動だにせず、静かな声で問う。

 沈黙は長かったが結局、敵は折れるしかなかった。
 僅かになってしまった部下をまとめ、去っていく。

 同時に、カカシも影分身を解いた。
 助けられた中忍たちは彼らの背後をつくように動きかけたが、カカシはそれを制して言う。
 
「やめとけ。見逃してもらったろ?」

 それよりも、と自分の来たほうを見やる。

「あっちで倒れてるの、助けにいってやんなさいよ」

「は、はいっ」

「あの、隊長を、お願いします」

「ああ」

 隊長を上忍へ託し、慌てて去っていく中忍2人が見えなくなったところで、カカシはようやくイルカへ近付いた。

 あまり深くはないが全身に細かい傷を負い、未だクナイを握ったままの右腕から右頬には返り血が飛んでいる。
 呼吸は少し荒いし、なにより両眼を覆う包帯が痛々しい。

「イルカ先生ぇ」

 先程までの冴え冴えとした声とは別人のような口調でカカシは肩を落とす。

「無茶、しないでよー」

「……カカシさん? なんで、ここに?」

 声のするほうへ伸ばされたイルカの両手を取り───右手に握ったままだったクナイは取り上げ、カカシも両手でしっかりと握った。

「オレ、任務に行く途中だったんですが、放置されてる中忍君見つけましてね。ま、放って置けなかったんで」

「じゃあ、コナラは無事なんですね」

「ええ。まさか、イルカ先生がいるなんて思わなかったケド……」

 しかも、こんなことになってるなんてね。

「え?」

 腕を辿るように上がったカカシの手がイルカの頬に触れ、指がそっと両目を覆う布を撫でる。

 ことさら丁寧なのは、荒くざらついた布の感触の向こうがどうなっているのか、確かめるのが恐ろしいからかもしれない。

「心配、ないですよ。閃光玉炸裂させた時、近すぎて……」

 イルカの声が明るいのはカカシを安心させるためだろう。
 なんでもないドジだと思わせたいのかもしれない。

 けれど、カカシは余計に辛い。

「時間が経てば見えるようになるんですけど、ほら、中途半端に見えると逆に危ないでしょう? だからっ……」

 これ以上、何も言わせたくなくて、強く抱きしめた。

「カカシさんっ、あの、ほら、任務中ですよっ、オレたちっ」

 慌てて突き放そうとする腕にも怯まず、カカシは抱きしめる力を強くする。
 そして、イルカの肩口に顔を埋め、ぼつりと恨みがましい声を出す。

「イルカ先生なんか、嫌いですっ」

「はあ? 何言ってんです、アンタは」

 抱きしめたまま突然、自分を嫌いだと言い出す不可解なカカシに、やや乱暴にイルカは聞き返す。

「自分を大事にしてくれないイルカ先生が、大っ嫌いですっ」

 カカシの行動も言うことも、まるで駄々をこねる子供だ。

 だが、イルカにだってカカシの気持ちが分かる。

「大丈夫ですよ。アンタ置いていったりしません」

 開いた手でそっとカカシを抱き返し、静かに言い聞かせる。

「アンタ置いていったりしません」

 さっきだって、アンタの声聞いた途端に気合入ったじゃないですか。

 苦笑交じりに言うイルカへ、カカシは尚も食って掛かる。

「そうですけどっ」

 けれど、不意に上げた顔───口布に覆われた頬へ、柔らかくイルカの唇が寄せられる。

「オレにとって、カカシさんはたった1人の大事な人ですからね」

 だから、何があってもオレはアナタのところへ帰るつもりで戦ってました。



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2006/05/24
UP DATE:2006/05/26(PC)
   2009/11/15(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
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