ひとり

【ひとり [2]】
~ イル誕 2006 ~



 部下の手を借りて包帯を巻き終え、額当てを締め直したイルカは顔を上げた。

「大丈夫ですか、隊長」

「ああ、問題ない」

 自身の言葉を実証するために1人で立って見せ、ぐるりと首を回す。

「それより、お前らはどうなんだ? 自己申告してくれんと、状況が分からんからな」

「お、オレたちは平気ですっ! なあっ?」

「はいっ」

 冗談めかしての問いに、妙に緊張した声が返った。
 それに、血の匂いもしている。

 どうやら被害は軽くないらしいが、気遣って平気な振りをしてくれているようだ。

「そうか」

 ここは騙されたことにして、感じ取れる様子から隊の状態を把握するしかない。

 なにしろイルカの眼は、囲みを突破するために使った閃光玉の影響で一時的に見えなくなっている。

 下手に突き詰めたりして、無駄にチームワークを乱す必要はなかった。
 
 むしろ、不利な状況での連帯感やそれぞれの責任感を───言い方は悪いが利用して、この窮地を脱するほかないだろう。

「里の方向と距離は分かるか?」

 多分、最も負傷の少ないだろう部下へ声を掛ける。

 少しの沈黙の後、慌てたような声が返った。

「はい」

 どうやら無言で頷いた後、イルカが見えていないことに気づいて返事をしたのだろう。

「よし、先行してくれ。ルートは任せる」

 他の2人に周囲を警戒させ、イルカは殿(しんがり)を詰めることにした。

「とにかく真っ直ぐ里に向かおう。もう追っ手に構っていられる状況じゃない」

 さっきはイルカが伏兵となって、逃げた振りをさせた部下たちと虚をついて追っ手を倒すことができた。

 しかし、敵だって忍びだ。
 2度同じ手は通じないだろう。

 あれだけの数を退けたと知れたら、追っ手が増えてくる可能性だってある。

「行こうか」

「「「はいっ」」」

 先行する部下の足跡を辿ってイルカも後に続く。

 視界が利かない分、他の感覚やチャクラで補うしかない。
 慣れた里ならともかく、国内とはいえ初めて通る森ではどうしても遅れてしまう。
 
 負傷した部下たちもいつもの速度ではないのに、だ。

 イルカは自身の不甲斐なさに歯噛みをしながらも、焦ってはダメだと心の奥で言い聞かせる。

 なんとか速度を上げ、それでも慎重に周囲を探りながら進んでいく。

 国境を越えたとは言え里まではまだ遠く、敵の勢力圏には近い場所だ。

 近付いてくる気配もある。
 決して油断はできない。

「隊長」

 すぐ前を行っていた者が速度を落とし、並んできた。

 一瞬、怪我が酷いのかと思ったが、そうではないらしい。

「オレは大丈夫だよ。それより前の2人を頼む」

「……はい」

 躊躇いがちな声の後、また速度を上げて先行していく。

 心配してくれるのはありがたかったが、回り込まれたら3人で凌いでもらわなければならない。
 隊列は崩して欲しくなかった。

 ここで何かあっても、イルカは足手まといになっても助けてはやれない。

 移動するだけでも、普段どおりにはいかないのだ。
 戦闘は考えないほうがいい。

 それでも、最もリスクの高い殿を務めるのは、隊長としての責任からだ。
 襲撃されたら、部下が判断をする時間を稼ぐのが役目と思っている。

 そうなったら確実に命を落とすだろうが、覚悟は忍になると決めた時にしている。

 幾つかの心残りもあるし、覚悟と諦めは違うことだ。

───約束は、ちゃんと守るさ

 見えなくても、しっかりと顔を前に向ける。

「……っ!」

 急に、ぞわりと背筋に悪寒が走った。

 考える暇もなく、イルカは飛び出していく。

「散れっ!」

 叫んだのと、攻撃はどっちが先だっただろうか。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 里を出たカカシは最短距離で国境を目指す。

 だが、目指す国へと近付くにつれて何かが気になりだした。

 ついには足を止め、高見から周囲を見渡す。

「匂うな……」

 そう呟くが、何かが見えているわけでも、剣戟が響いているわけでも、はっきりとした血臭が漂ってくるわけでもない。

 肌の表面を舐めていく緊迫した空気と、経験則から来る直感に似た確信だけがカカシに何かを告げている。

 忍びの里を抱えて反目しあう大国同士の国境という場所柄、付近で小競り合いが起るのは珍しいことではない。
 
 カカシとて、過去に何度もここで戦った。
 任務地へ移動中や任務の途中、帰還の途上で。

 はっきりとは分からない。
 なのに答えが自分の中にあるようなもどかしさに、胸がざわめく。

「嫌な、感覚だ……」

 ほんの少しの迷いの後、カカシは進路を変えた。

 今は任務の途中で、道草をしている場合ではない。
 だが、行かなければ酷い後悔をしかねないとも思う。
 これまで何度もしてきたように。

 だからこそ、自身の勘を信じるしかない。

───自分の勘が信じられなくなったら、この稼業は終わりデショ

 飛び降りた勢いを借り、カカシは速度を上げてそこへ向かう。

 自分が何処へ向かっているのかも分からないまま。

 けれど近付くにつれ、カカシは自分の勘が間違っていないと確信した。

 血の匂いが徐々に強くなっていく。
 風や木々や葉の擦れ合う音に混じって、剣戟が響きだす。

───誰か、倒れてる?

 低い木立の影に、隠れるように倒れている者を見つけた。

 装備と額当てから同じ里の忍びと分かった。
 まだ10代後半の、きっと中忍だろう。

 多くの傷を負って気を失っていたが、生きてはいる。
 
「おいっ! 何があったっ!?」

 気付けを含ませ、近くの木に寄りかからせながらざっと大きな怪我をしていないか確認する。

 どうやら、すぐ手当てが必要な傷はないようだが、意識は戻らない。

 聞こえていた喧騒が徐々に離れていくのは、彼の仲間が敵を引きつけているからだろう。

「しょーがない。あっちに助勢したほうがよさそうだ」

 折角見つけた仲間を敵の目に曝さぬよう、眼くらましの幻術結界をかけ、カカシは走りだした。

 途中、倒されていた敵忍の数は6。

 足跡から察するに、残った味方は3人、敵も同数といったところだろう。

───卍の陣で誰かをかばいながら移動してるな

 そう、カカシは読んだ。

 最も腕の立つ者が怪我をして庇われているらしい。
 それでも守られている者が深い踏み込みでとどめを指しているから、他の2人は戦い慣れていないようだ。

───なんつー編成で、危険地帯を通るかなー

 ため息を吐いてみるが、どうせ指示をしたのは火影である綱手だ。

 きっと、実戦経験の浅い中忍部隊をちょっと無謀な任務に出して経験を踏ませようという腹だろう。
 
 いわゆる『獅子は子を千尋の谷へ突き落とす』というアレだ。

 そこでふと、カカシは嫌な感覚に捕われた。

 長く里内に務めたり経験の浅い中忍で部隊を編成するとしたら、誰がこの任務につくだろうか。

「まさか、ねえ……」

 大きく跳び、枝づたいに進みながら、カカシは必死で自身の不安を否定しようとしていた。

 そんなワケがないと言い聞かせればするほど、その考えは確信に変わっていく。

 ついに前方から、牽制のようにクナイが数本投げつけられた。
 苦もなく弾いて軌道を辿り、投げた相手を一蹴する。

 そしてその向こうにいた木ノ葉の忍びを目にして、思わずカカシは声を上げた。

「イルカ先生っ!」



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2006/05/22
UP DATE:2006/05/26(PC)
   2009/11/15(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
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