先生は女中様
【先生は女中様】
~ カカ誕2014 ~
寝室の窓から射し込む秋の陽射しと、心持ち肌寒く思う朝の空気に、ゆったりとカカシの意識が浮上する。
穏やかな目覚めは隣に慣れた温もりがないせいで、代わりに階段を密やかに上がる人の気配と昆布と炒り子の利いた味噌汁の匂いがした。
「旦那様、そろそろお目覚めでしょうか?」
部屋の外から覚えのない呼称で呼びかけられ、一瞬首を傾げる。
だが、すぐに理由を思い出し、ニンマリと口の端を上げた。
「……んー。そっろそろ、起っきようかなー」
折角の仮想主従関係なので普段より甘えて───いっそ朝っぱらからイチャイチャしたいなあ、と考えて呼び込もうとするより先に、素っ気なく事務的な応対が返る。
「左様ですか。では、朝餉の用意をしておきます」
「……は?」
今、会話を交わしたのは間違いなく同棲中の恋人であるイルカだ。
必要な場面であれば上下関係を弁えた言葉使いができるが、平素は男らしく大雑把で若さ故か存外に口が悪い人でもある。
カカシに対しても恋人としての気安さより年齢や階級を慮ってか割合丁寧な話し方が常だが、ここまで他人行儀ではなく、時々は素の伝法な口調で突っかかってくる事さえあった。
まあ、今日だけはカカシが望んだからだろう。
そう結論づけたカカシは用意されていた普段着───なんの装備もなく、仕込みをしていない忍服───に着替え、寝室を出て階段を下りて行く。
洗面所で顔を洗って歯を磨き、適当に手櫛で髪を整えて、いつも食事をする居間へと向かう。
引き戸を開ければ、カカシが日々座る席にだけ、朝食の用意がされていた。
香ばしい焼きたての鮭の切身の隣には、大根おろしと生姜の甘酢漬けが盛られている。
皿に並んだ色鮮やかな玉子焼きは小口切りにした葱が巻き込んであるようだ。
ナスやキュウリのぬか漬けに根菜の煮しめやイカの酢味噌和えの小鉢と、出汁に使った昆布や炒り子から作った自家製ふりかけの蓋付き鉢。
いつもより手の込んだ朝の支度。
なのに一人分だけが並ぶ食卓はひどく寂しく見える。
もしや朝食には遅い時間なのかと時計を確認するが、寝坊を決め込んだ休日であればまだ寝ている頃。
所在なく食卓を眺めていると、台所に通じる扉が開いてイルカが姿を表した。
「おはようございますます、旦那様」
「あ、おは……」
よう、と続く言葉を飲み込んだカカシはイルカを凝視する。
見慣れない清潔な割烹着に、街道端の茶店などで娘たちが着ているような黒襟で鮮やかな色合いの紬。
千鳥格子の手拭いを姉さん被りにし、普段は高く結い上げている髪を襟足で丸髷にしていた。
手にした盆には湯気の立つ炊きたての白米を盛った飯茶碗と、野菜をたっぷり使った具沢山な味噌汁の汁椀に薬味の浅葱とおろし生姜を添えた小皿。
「旦那様、いかがされましたか?」
格好だけでなく、仕草も口調も完璧に素封家の家政婦だ。
しかも長く仕えて主人の信頼を得て、家内の一切を取り仕切るよう任された女中頭といった貫禄すらうかがわせる。
気圧されてしまったカカシなど、旦那様より若様とか坊っちゃまとでも呼びそうだ。
「食欲がないのでしたら、雑炊にでもしましょうか? それとも、お茶をお持ちしますか?」
「……あー。お茶、お願いします」
「はい。ただいま、お持ちします」
丁寧な物腰で一礼したイルカは台所へと下がり、カカシは決まり悪げに用意された席に腰を下ろした。
本来なら喜ぶべき事態のはずなのに、ため息しか出てこない。
「……あれって、怒ってるんだろうねえ。やっぱり……」
こうなった経緯───つまりは原因が自身の言動であるだけに、悩ましげなため息を零しながら、カカシは数日前にイルカと交わした会話を思い出す。
★ ☆ ★ ☆ ★
9月になったばかりの事だ。
里を2、3日離れる任務を目前に同棲中の恋人へ帰還予定日を告げた時、カカシの誕生日も近かったからだろう。
2人の休みが合わせられそうだから、ささやかながらお祝いをしたいとの提案に照れ臭さを感じながらも喜んで了承した。
そこでイルカが料理の希望なり、して欲しい事なりないか、と聞いてきた。
「んー。あ、そうだ。どうせだし、ちぃっとお願いしたいことがあるんですけど?」
そう言って下心丸出しの望みを耳打ちしたカカシに、イルカは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「……なっ、なんで、そんな事せにゃならんのですかっ!?」
「えー。いーじゃないですかっ、女装くらい。だいたい、任務だったらやるデショ?」
「そりゃ、必要なら女体変化だろうが色仕掛けだろうがやりますよっ! でも、それと、これとは、別ですっ!!」
「なんでよー? 恋人のささやかなお願いじゃないですかー」
「……だ、たからって、なんで、女給なんですかっ!? 女中ならまだしも、女給ってっ!」
カカシが耳打ちしたのは「その日一日、女給姿でお仕えしてよ」という願い。
実のところ、カカシとイルカのお付き合いが始まったのは我ながら痛々しいアプローチから。
「だって、最初はオレがイルカ先生にご奉仕したデショ? そのお返しと思ってー」
笑って引き合いにしているものの、あの時にやらかしたアレコレはカカシにとって人生最大の黒歴史である。
なにしろ、さほど親しくもない知人という関係でしかなかった好いた相手の誕生日に朝っぱらから自宅に忍び込んだのだから。
それだけでなく、なんの嫌がらせかメイド姿で甲斐甲斐しく世話を焼き、留守番ついでに男やもめに溜まった家事を片付けて手料理で誕生日を祝うだけで終わらず、辛抱堪らず襲ってしまった。
諸々一切尽く、肝心な相手の気持ちを無視しておいて、全てのコトが終わってから土下座しての謝罪と共に手遅れの告白をぶちかましたのである。
その後、紆余曲折のお付き合いを経て、現状は同棲にまでこぎ着けた経緯はともかく、イルカが絆されてくれた理由はカカシにすら謎のままだ。
唯一分かっているのは、当時の己は思い詰め過ぎて頭のネジが吹っ飛んでいたことだけ。
今更ながら、反省はしている。
してはいるが、自分が好き好き言うばかりで愛されている実感が希薄なのも事実。
二人きりでいてもあまり甘い雰囲気になってくれない恋人へ意趣返しをしたくなっても仕方がないのではないか、と脳内で自己弁護。
折良く、誕生日になにかして欲しい事はないか、と尋ねてきたイルカに提案したのだ。
───女給姿で一日ご奉仕してよ
恋人へのおねだりだから、殊更甘い声と目で。
「ねえ、イルカ先生。ダァメ?」
「……っく。な、なんで『女給』なんですかっ? 女中とか、家政婦でもなく……」
「えー、変わらないし、それはどうでもいいんですけど、ネ。ただ、女装は譲れません。これは絶対デス」
この時はイルカがこだわる言葉の違いなど気にもとめなかった。
任務で必要なら色仕掛けだってやるとまで言ったくせに、恋人のお願いではしたくないなんて意固地な彼の態度か気に入らなかった。
だから、ちょっとだけ意地悪く、拗ねた声音で更に強請る。
「いいじゃないですかー。その日限りなんですからー」
「……その日限り、ですか?」
「男に二言はありません」
「…………分かり、ました」
頷くまでの長い沈黙は彼の葛藤その物だったはず。
それでも最後には了承してくれたから、カカシは浮かれた。
その時に彼が何を目論み、どんな算段をつけていたのか考えもせず。
★ ☆ ★ ☆ ★
女中としてしか行動しないイルカに温かい焙じ茶を淹れて貰い、カカシは一人で朝食をとった。
気負いのない日頃の手料理よりも手間をかけて作られたであろう食事は確かに美味しい。
それなのに、とても味気ない。
いつもなら二人で向かい合って、昨夜の残り物や常備菜をおかずに、最近の天候や互いの予定、家事の分担やら夕食の希望を話題にしながら手早く済ます朝食は慌ただしくも楽しかった。
今朝は台所へと通じる戸の傍に陣取ったイルカは、カカシが問いかけなければ無駄な口をきかない。
それでいて絶妙な間で醤油を手元に置いてくれたり、お茶を淹れ直してくれたりする。
気詰まりなまま、カカシは食事を終えた。
「……ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした。旦那様、本日、ご予定はおありですか?」
「へ?」
問われても、答えようのないカカシに改めてイルカは問い掛ける。
「どなたかと、お約束は?」
自分ではめでたいとは思えないが、誕生日なのだ。
任務もないから部下との食事は難しいかもしれないが、同僚や後輩と飲みに出てもいいし、恋人と外食したって構わない。
けれどカカシは事前にイルカと話している。
今日は一日、女装してご奉仕してくれるイルカと過ごす、と。
もちろん、無駄な抵抗をするか恥じらうであろう彼をからかって過ごすつもりでいたから、なんの予定もない。
「……イイエ、アリマセン」
なんとも言い難いイルカからの圧力を感じ、発する言葉が何故か片言な気がする。
「そうですか。では、昼餉も夕餉もめしあがりますね?」
この事態に感情が追いつかないせいだ。
なのにイルカはカカシの戸惑いなど気にも止めず、自身の職務に必要な情報のみを聞き出すと、自分の仕事に戻ろうとする。
「これから寝室の掃除をします。午前中は居間か書斎でお過ごしください」
そう言い置いて、食卓を片付けたイルカは食器を重ねた盆を手に台所へと下がる。
当初の思惑など他所に、恋人同士の甘さとか遊び心など差し挟まず、ただの女中として恥じらいも抵抗も感じさせない彼の態度。
自分で強請ったことながら、カカシには虚しさしか感じられない。
「……どーしたもん、かねぇ……」
さっさとイルカのご機嫌をとっておかないと、せっかくの二人きりで過ごせる休日が台無しだ。
なのだが、頑なな彼を言いくるめられる言葉が思い浮かばず、ただため息を吐くしかない。
「……とりあえず、おとなしくしてますか……」
一旦、書斎にでも引き篭もり、事態打開の為に自身の言動を省みてみることにする。
★ ☆ ★ ☆ ★
9月も半ばとはいえ日中は多少の暑さを感じるのだが、陽の射し込まない北向きの部屋は細く窓を開けて風を通せば十分過ごしやすい。
この部屋は書棚と箪笥で半分に仕切ってあり、それぞれの書斎として使っている。
イルカの方はアカデミーでの教材や資料の書籍などを押し込み、繁忙期には持ち帰った仕事をする為の文机まで置いてあるらしい。
一方のカカシは唯一の蔵書と言えるイチャパラシリーズのみを寝室の枕元に並べてあり、ここは書斎とは名ばかりに普段使わない巻物や忍具をしまい込んだ物置だった。
忙しさにかまけて詰め込むばかりだった手近な棚を系統立てて整理整頓しつつ、これまでの事を思い返す。
「……ま、始まりは、うん、オレが悪いヨ。ちゃーんと、反省だってしてますしー」
なにしろ最初はストーキングの末に不法侵入と強姦である。
里に申し出るまでもなく、イルカは被害者で、カカシは犯罪者だ。
イルカが訴え出なかったのは彼自身の矜恃だけでなく、二人の間には複雑な事情を抱えた教え子の存在もあったからだ。
「……誠心誠意謝って謝って謝り倒して、なんとか許して貰えたけど……バカやったのが帳消しになったワケでなし……」
誕生日を祝いたいから出来る範囲でして欲しいことはあるか、と聞いたイルカの想いにつけ込んで調子に乗り過ぎだろう。
あんな始まりからの関係だというのに、お付き合いも長くなってきたからと勝手に刺激を求めたのは我ながらいただけない。
ちゃんと彼が自分を好いてくれているの理解している。
今となっては、自分で何をしたかったのか。
「……どーしたもんかねぇ……」
途方に暮れてため息混じりに呟きながらも、どうすべきかは経験上分かっていた。
多分、あの時のように誠心誠意を尽くして平身低頭で謝り倒し、何故こういう行動に至ったのかを恥を忍んで洗いざらい白状する。
そしてカカシのしでかしたことに対し、イルカがどのように感じて何を思い、如何に考えてどう受け止めたのかを聞かなければ。
その上で猛省して改めて謝罪し、なんらかの償いもしなければならない。
カカシの休みは今日一日限り。
明日は待機だが、明後日からはまた里を数日離れる任務に就く予定だった。
事前準備は既に終えているが、こんな気持ちのままでは役立たずになるのが目に見えている。
なんとしても今日中に和解しなければ死んでも死に切れない。
カカシ自身の心残り云々の問題でなく、くだらないわがままで傷付いたイルカを一人遺すワケにはいかない、という意味で。
当たり前だが死ぬつもりは毛頭なく、命懸けの任務でもないが、忍の心構えとして。
薄暗い部屋の片隅でぎっしりと巻物の積まれた書棚を前に正座し、カカシは一人ブツブツと己の考えを呟いて現状を整理していく。
「……そっか。傷付いてる、んだよねぇ……」
イルカがああも頑なに女中として振る舞うのは、カカシの言動から自身を家政婦代わりにしていると感じ取ったからかもしれない。
もしくは、意固地にならざるを得ないような言葉をうっかり拾われたか。
「うーん……」
数日前の会話を出来る限り反芻し、客観的に精査していく。
女中や家政婦ならまだしも、と言っていたから女給と類義語だと思っているカカシとは違い、彼の認識では別の役割を指しているのは明白。
けれど彼がオウム返しに問い直したのは、その後の言葉ではなかったか。
「……あっ!」
思い至った瞬間、カカシの全身から血の気が引いた。
───いいじゃないですかー。その日限りなんですからー
───……その日限り、ですか?
手にしていた巻物を放り出して書斎を飛び出し、カカシは寝室へと向かう。
何を言ってしまったか、自覚がなかった。
何を言わなかったのか、気付いていなかった。
浮かれ過ぎだ。
こんな心無い言葉では、彼を失ってしまう。
「……イルカっ!」
階段を駆け上がった勢いのまま、寝室の扉を開けて求める人を呼ぶ。
だが、そこには誰の姿もなく、心なしかいつもより片付いた素っ気ない部屋があるだけだ。
「……どこ、に?……」
疑問を口にしながらも身体は動き、身を翻して階下へと駆け下りる。
広い家ではない。
今、彼が演じている役割を考えれば、居るであろう場所は限られてくる。
思った通り、台所へと通じる硝子扉に人影が透かし見えた。
「イルカッ!」
引き開けた扉の向こうには、昼食の準備なのか日持ちする食材を備蓄してある棚を覗いていた彼がいる。
慌てた様子のカカシを訝しげに振り返る、朝から変わらぬ家政婦然とした格好に胸が締め付けられる気がして、抱きついていた。
「……どうか、されましたか? 旦那様?」
「……も、いいです、から……」
カカシの言葉にイルカの肩が震えたけれど、抱き締める腕を緩めるつもりはない。
「ごめんね。ごめんなさい、オレが馬鹿だったっ」
「……なんのことです?」
話を聞いてくれる彼に文字通り縋り付いて、カカシは懺悔する。
「こんな、ただ女中の真似事をさせたかった訳じゃないんです」
「それでは、私はお暇を?」
「そうじゃなくってっ」
追い詰められる焦りで、言うべき言葉がすんなりと出てこない。
そんなカカシの焦燥を他所に、イルカはしれっと聞きたくない───言わせたくない言葉を告げる。
「ですが、お仕えするのをやめろ、という事ですよね? でしたら私はお役御免です。今まで、ありがとうございました」
微笑んでいるが、覚悟は本気だ。
そう悟った瞬間、イルカを抱き締めていた腕を離して飛び退ったカカシは両手両膝を床に着き、躊躇なく額を床に打ち付けるかの如く下げると叫んでいた。
「ごめんなさい、イルカ先生っ。もう二度と、くだらない我が儘であなたの気持ちを試すような真似はしませんっ!」
いわゆる、土下座。
「オレとしては誕生日を口実に、普段と違う格好で躊躇ったり恥じらったりするイルカ先生を堪能しつつ、ちぃっと変わったシチュエーションでイチャイチャしたかっただけなんですっ! 間違っても、女中や家政婦扱いしてるつもりなんかないしっ、今日限りだなんてこれっぽっちも望んでませんっ!」
我ながらみっともなく情けない本音をダダ漏れにしている自覚はあるが、こういう時は些細な事でも包み隠さず全部吐露して置かねば。
後からチクチク追及される恐怖はもう二度と経験したくない。
最初にやらかした馬鹿な所業で学習済みだ。
「だから、もう、女中の真似事も、やめてくださいっ! イルカ先生と、一緒に居られるだけで、オレは満足ですからっ!」
言うべき事を言い切ったカカシは額を床に擦り付けた土下座の体勢のまま、イルカからの言葉を待つ。
頭のすぐ側に白足袋を履いた彼の足が立っているが、このまま踏まれようが蹴られようが甘んじて享受するつもりである。
そして、ゆったりと紙巻き煙草を一服する間が無言のうちに過ぎた頃。
イルカが発した声は、嘲笑を含んでいた。
「言ったな?」
その一言の響きと重みは、初恋と童貞と中二病を拗らせたかつての親友より、よほど悪役に相応しい。
「別に、女装なんてね、気にもしませんよ。女中の真似事もね。あなたの思惑だって、素直に乗ってやるのが業腹だっただけです」
恐る恐る見上げれば、普段の朗らかな彼とは別人のゲス顔で、計画通り、と見下していた。
「でもね、女給扱いは許せません。分かってますか、言葉の違い?」
「わ、分かり、ませ……」
土下座体勢の故の上目遣いに涙目で首を傾げるカカシに、女中姿も凛々しく仁王立ちのイルカは噛んで含めるように語る。
「女給ってのは、酒場で接待する言わばホステスです。家庭の世話を焼く女中とは役割が違うんですよ」
まあ、貴方が目論んでいたのはそちら寄りの役割だったようですから、間違いとは言い難いですが。
「どちらにせよ、恋人に強要するもんじゃあねぇよなぁあ?」
「ご、ごめ……なさいっ」
「分かればよろしい。で? 女中ごっこは続けますか?」
「いえ、いつものイルカ先生でいてください」
お願いします、と再び額を床に打ち付ける。
多分、カカシとイルカは世に言う恋人という関係とは少し齟齬がある。
どうしてこうなったのか、と考えれば最初にカカシが間違えたのだ。
それでも、彼と共にあることに喜びを覚えるカカシは、懇願する。
「お願いですから、そんな顔、他所で絶対見せないでねっ」
そんなゲス顏じゃ、あなたの大事な教え子たちもドン引くでしょうから、とは言わず。
からりと答えるイルカの言葉に妙な優越感すら覚える自分を棚上げして。
「俺のこんな顏、あなたしか知りませんよ」
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2014/09/05
UP DATE:2014/09/06(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13
~ カカ誕2014 ~
寝室の窓から射し込む秋の陽射しと、心持ち肌寒く思う朝の空気に、ゆったりとカカシの意識が浮上する。
穏やかな目覚めは隣に慣れた温もりがないせいで、代わりに階段を密やかに上がる人の気配と昆布と炒り子の利いた味噌汁の匂いがした。
「旦那様、そろそろお目覚めでしょうか?」
部屋の外から覚えのない呼称で呼びかけられ、一瞬首を傾げる。
だが、すぐに理由を思い出し、ニンマリと口の端を上げた。
「……んー。そっろそろ、起っきようかなー」
折角の仮想主従関係なので普段より甘えて───いっそ朝っぱらからイチャイチャしたいなあ、と考えて呼び込もうとするより先に、素っ気なく事務的な応対が返る。
「左様ですか。では、朝餉の用意をしておきます」
「……は?」
今、会話を交わしたのは間違いなく同棲中の恋人であるイルカだ。
必要な場面であれば上下関係を弁えた言葉使いができるが、平素は男らしく大雑把で若さ故か存外に口が悪い人でもある。
カカシに対しても恋人としての気安さより年齢や階級を慮ってか割合丁寧な話し方が常だが、ここまで他人行儀ではなく、時々は素の伝法な口調で突っかかってくる事さえあった。
まあ、今日だけはカカシが望んだからだろう。
そう結論づけたカカシは用意されていた普段着───なんの装備もなく、仕込みをしていない忍服───に着替え、寝室を出て階段を下りて行く。
洗面所で顔を洗って歯を磨き、適当に手櫛で髪を整えて、いつも食事をする居間へと向かう。
引き戸を開ければ、カカシが日々座る席にだけ、朝食の用意がされていた。
香ばしい焼きたての鮭の切身の隣には、大根おろしと生姜の甘酢漬けが盛られている。
皿に並んだ色鮮やかな玉子焼きは小口切りにした葱が巻き込んであるようだ。
ナスやキュウリのぬか漬けに根菜の煮しめやイカの酢味噌和えの小鉢と、出汁に使った昆布や炒り子から作った自家製ふりかけの蓋付き鉢。
いつもより手の込んだ朝の支度。
なのに一人分だけが並ぶ食卓はひどく寂しく見える。
もしや朝食には遅い時間なのかと時計を確認するが、寝坊を決め込んだ休日であればまだ寝ている頃。
所在なく食卓を眺めていると、台所に通じる扉が開いてイルカが姿を表した。
「おはようございますます、旦那様」
「あ、おは……」
よう、と続く言葉を飲み込んだカカシはイルカを凝視する。
見慣れない清潔な割烹着に、街道端の茶店などで娘たちが着ているような黒襟で鮮やかな色合いの紬。
千鳥格子の手拭いを姉さん被りにし、普段は高く結い上げている髪を襟足で丸髷にしていた。
手にした盆には湯気の立つ炊きたての白米を盛った飯茶碗と、野菜をたっぷり使った具沢山な味噌汁の汁椀に薬味の浅葱とおろし生姜を添えた小皿。
「旦那様、いかがされましたか?」
格好だけでなく、仕草も口調も完璧に素封家の家政婦だ。
しかも長く仕えて主人の信頼を得て、家内の一切を取り仕切るよう任された女中頭といった貫禄すらうかがわせる。
気圧されてしまったカカシなど、旦那様より若様とか坊っちゃまとでも呼びそうだ。
「食欲がないのでしたら、雑炊にでもしましょうか? それとも、お茶をお持ちしますか?」
「……あー。お茶、お願いします」
「はい。ただいま、お持ちします」
丁寧な物腰で一礼したイルカは台所へと下がり、カカシは決まり悪げに用意された席に腰を下ろした。
本来なら喜ぶべき事態のはずなのに、ため息しか出てこない。
「……あれって、怒ってるんだろうねえ。やっぱり……」
こうなった経緯───つまりは原因が自身の言動であるだけに、悩ましげなため息を零しながら、カカシは数日前にイルカと交わした会話を思い出す。
★ ☆ ★ ☆ ★
9月になったばかりの事だ。
里を2、3日離れる任務を目前に同棲中の恋人へ帰還予定日を告げた時、カカシの誕生日も近かったからだろう。
2人の休みが合わせられそうだから、ささやかながらお祝いをしたいとの提案に照れ臭さを感じながらも喜んで了承した。
そこでイルカが料理の希望なり、して欲しい事なりないか、と聞いてきた。
「んー。あ、そうだ。どうせだし、ちぃっとお願いしたいことがあるんですけど?」
そう言って下心丸出しの望みを耳打ちしたカカシに、イルカは顔を真っ赤にして怒鳴り返した。
「……なっ、なんで、そんな事せにゃならんのですかっ!?」
「えー。いーじゃないですかっ、女装くらい。だいたい、任務だったらやるデショ?」
「そりゃ、必要なら女体変化だろうが色仕掛けだろうがやりますよっ! でも、それと、これとは、別ですっ!!」
「なんでよー? 恋人のささやかなお願いじゃないですかー」
「……だ、たからって、なんで、女給なんですかっ!? 女中ならまだしも、女給ってっ!」
カカシが耳打ちしたのは「その日一日、女給姿でお仕えしてよ」という願い。
実のところ、カカシとイルカのお付き合いが始まったのは我ながら痛々しいアプローチから。
「だって、最初はオレがイルカ先生にご奉仕したデショ? そのお返しと思ってー」
笑って引き合いにしているものの、あの時にやらかしたアレコレはカカシにとって人生最大の黒歴史である。
なにしろ、さほど親しくもない知人という関係でしかなかった好いた相手の誕生日に朝っぱらから自宅に忍び込んだのだから。
それだけでなく、なんの嫌がらせかメイド姿で甲斐甲斐しく世話を焼き、留守番ついでに男やもめに溜まった家事を片付けて手料理で誕生日を祝うだけで終わらず、辛抱堪らず襲ってしまった。
諸々一切尽く、肝心な相手の気持ちを無視しておいて、全てのコトが終わってから土下座しての謝罪と共に手遅れの告白をぶちかましたのである。
その後、紆余曲折のお付き合いを経て、現状は同棲にまでこぎ着けた経緯はともかく、イルカが絆されてくれた理由はカカシにすら謎のままだ。
唯一分かっているのは、当時の己は思い詰め過ぎて頭のネジが吹っ飛んでいたことだけ。
今更ながら、反省はしている。
してはいるが、自分が好き好き言うばかりで愛されている実感が希薄なのも事実。
二人きりでいてもあまり甘い雰囲気になってくれない恋人へ意趣返しをしたくなっても仕方がないのではないか、と脳内で自己弁護。
折良く、誕生日になにかして欲しい事はないか、と尋ねてきたイルカに提案したのだ。
───女給姿で一日ご奉仕してよ
恋人へのおねだりだから、殊更甘い声と目で。
「ねえ、イルカ先生。ダァメ?」
「……っく。な、なんで『女給』なんですかっ? 女中とか、家政婦でもなく……」
「えー、変わらないし、それはどうでもいいんですけど、ネ。ただ、女装は譲れません。これは絶対デス」
この時はイルカがこだわる言葉の違いなど気にもとめなかった。
任務で必要なら色仕掛けだってやるとまで言ったくせに、恋人のお願いではしたくないなんて意固地な彼の態度か気に入らなかった。
だから、ちょっとだけ意地悪く、拗ねた声音で更に強請る。
「いいじゃないですかー。その日限りなんですからー」
「……その日限り、ですか?」
「男に二言はありません」
「…………分かり、ました」
頷くまでの長い沈黙は彼の葛藤その物だったはず。
それでも最後には了承してくれたから、カカシは浮かれた。
その時に彼が何を目論み、どんな算段をつけていたのか考えもせず。
★ ☆ ★ ☆ ★
女中としてしか行動しないイルカに温かい焙じ茶を淹れて貰い、カカシは一人で朝食をとった。
気負いのない日頃の手料理よりも手間をかけて作られたであろう食事は確かに美味しい。
それなのに、とても味気ない。
いつもなら二人で向かい合って、昨夜の残り物や常備菜をおかずに、最近の天候や互いの予定、家事の分担やら夕食の希望を話題にしながら手早く済ます朝食は慌ただしくも楽しかった。
今朝は台所へと通じる戸の傍に陣取ったイルカは、カカシが問いかけなければ無駄な口をきかない。
それでいて絶妙な間で醤油を手元に置いてくれたり、お茶を淹れ直してくれたりする。
気詰まりなまま、カカシは食事を終えた。
「……ごちそうさまでした」
「はい、お粗末様でした。旦那様、本日、ご予定はおありですか?」
「へ?」
問われても、答えようのないカカシに改めてイルカは問い掛ける。
「どなたかと、お約束は?」
自分ではめでたいとは思えないが、誕生日なのだ。
任務もないから部下との食事は難しいかもしれないが、同僚や後輩と飲みに出てもいいし、恋人と外食したって構わない。
けれどカカシは事前にイルカと話している。
今日は一日、女装してご奉仕してくれるイルカと過ごす、と。
もちろん、無駄な抵抗をするか恥じらうであろう彼をからかって過ごすつもりでいたから、なんの予定もない。
「……イイエ、アリマセン」
なんとも言い難いイルカからの圧力を感じ、発する言葉が何故か片言な気がする。
「そうですか。では、昼餉も夕餉もめしあがりますね?」
この事態に感情が追いつかないせいだ。
なのにイルカはカカシの戸惑いなど気にも止めず、自身の職務に必要な情報のみを聞き出すと、自分の仕事に戻ろうとする。
「これから寝室の掃除をします。午前中は居間か書斎でお過ごしください」
そう言い置いて、食卓を片付けたイルカは食器を重ねた盆を手に台所へと下がる。
当初の思惑など他所に、恋人同士の甘さとか遊び心など差し挟まず、ただの女中として恥じらいも抵抗も感じさせない彼の態度。
自分で強請ったことながら、カカシには虚しさしか感じられない。
「……どーしたもん、かねぇ……」
さっさとイルカのご機嫌をとっておかないと、せっかくの二人きりで過ごせる休日が台無しだ。
なのだが、頑なな彼を言いくるめられる言葉が思い浮かばず、ただため息を吐くしかない。
「……とりあえず、おとなしくしてますか……」
一旦、書斎にでも引き篭もり、事態打開の為に自身の言動を省みてみることにする。
★ ☆ ★ ☆ ★
9月も半ばとはいえ日中は多少の暑さを感じるのだが、陽の射し込まない北向きの部屋は細く窓を開けて風を通せば十分過ごしやすい。
この部屋は書棚と箪笥で半分に仕切ってあり、それぞれの書斎として使っている。
イルカの方はアカデミーでの教材や資料の書籍などを押し込み、繁忙期には持ち帰った仕事をする為の文机まで置いてあるらしい。
一方のカカシは唯一の蔵書と言えるイチャパラシリーズのみを寝室の枕元に並べてあり、ここは書斎とは名ばかりに普段使わない巻物や忍具をしまい込んだ物置だった。
忙しさにかまけて詰め込むばかりだった手近な棚を系統立てて整理整頓しつつ、これまでの事を思い返す。
「……ま、始まりは、うん、オレが悪いヨ。ちゃーんと、反省だってしてますしー」
なにしろ最初はストーキングの末に不法侵入と強姦である。
里に申し出るまでもなく、イルカは被害者で、カカシは犯罪者だ。
イルカが訴え出なかったのは彼自身の矜恃だけでなく、二人の間には複雑な事情を抱えた教え子の存在もあったからだ。
「……誠心誠意謝って謝って謝り倒して、なんとか許して貰えたけど……バカやったのが帳消しになったワケでなし……」
誕生日を祝いたいから出来る範囲でして欲しいことはあるか、と聞いたイルカの想いにつけ込んで調子に乗り過ぎだろう。
あんな始まりからの関係だというのに、お付き合いも長くなってきたからと勝手に刺激を求めたのは我ながらいただけない。
ちゃんと彼が自分を好いてくれているの理解している。
今となっては、自分で何をしたかったのか。
「……どーしたもんかねぇ……」
途方に暮れてため息混じりに呟きながらも、どうすべきかは経験上分かっていた。
多分、あの時のように誠心誠意を尽くして平身低頭で謝り倒し、何故こういう行動に至ったのかを恥を忍んで洗いざらい白状する。
そしてカカシのしでかしたことに対し、イルカがどのように感じて何を思い、如何に考えてどう受け止めたのかを聞かなければ。
その上で猛省して改めて謝罪し、なんらかの償いもしなければならない。
カカシの休みは今日一日限り。
明日は待機だが、明後日からはまた里を数日離れる任務に就く予定だった。
事前準備は既に終えているが、こんな気持ちのままでは役立たずになるのが目に見えている。
なんとしても今日中に和解しなければ死んでも死に切れない。
カカシ自身の心残り云々の問題でなく、くだらないわがままで傷付いたイルカを一人遺すワケにはいかない、という意味で。
当たり前だが死ぬつもりは毛頭なく、命懸けの任務でもないが、忍の心構えとして。
薄暗い部屋の片隅でぎっしりと巻物の積まれた書棚を前に正座し、カカシは一人ブツブツと己の考えを呟いて現状を整理していく。
「……そっか。傷付いてる、んだよねぇ……」
イルカがああも頑なに女中として振る舞うのは、カカシの言動から自身を家政婦代わりにしていると感じ取ったからかもしれない。
もしくは、意固地にならざるを得ないような言葉をうっかり拾われたか。
「うーん……」
数日前の会話を出来る限り反芻し、客観的に精査していく。
女中や家政婦ならまだしも、と言っていたから女給と類義語だと思っているカカシとは違い、彼の認識では別の役割を指しているのは明白。
けれど彼がオウム返しに問い直したのは、その後の言葉ではなかったか。
「……あっ!」
思い至った瞬間、カカシの全身から血の気が引いた。
───いいじゃないですかー。その日限りなんですからー
───……その日限り、ですか?
手にしていた巻物を放り出して書斎を飛び出し、カカシは寝室へと向かう。
何を言ってしまったか、自覚がなかった。
何を言わなかったのか、気付いていなかった。
浮かれ過ぎだ。
こんな心無い言葉では、彼を失ってしまう。
「……イルカっ!」
階段を駆け上がった勢いのまま、寝室の扉を開けて求める人を呼ぶ。
だが、そこには誰の姿もなく、心なしかいつもより片付いた素っ気ない部屋があるだけだ。
「……どこ、に?……」
疑問を口にしながらも身体は動き、身を翻して階下へと駆け下りる。
広い家ではない。
今、彼が演じている役割を考えれば、居るであろう場所は限られてくる。
思った通り、台所へと通じる硝子扉に人影が透かし見えた。
「イルカッ!」
引き開けた扉の向こうには、昼食の準備なのか日持ちする食材を備蓄してある棚を覗いていた彼がいる。
慌てた様子のカカシを訝しげに振り返る、朝から変わらぬ家政婦然とした格好に胸が締め付けられる気がして、抱きついていた。
「……どうか、されましたか? 旦那様?」
「……も、いいです、から……」
カカシの言葉にイルカの肩が震えたけれど、抱き締める腕を緩めるつもりはない。
「ごめんね。ごめんなさい、オレが馬鹿だったっ」
「……なんのことです?」
話を聞いてくれる彼に文字通り縋り付いて、カカシは懺悔する。
「こんな、ただ女中の真似事をさせたかった訳じゃないんです」
「それでは、私はお暇を?」
「そうじゃなくってっ」
追い詰められる焦りで、言うべき言葉がすんなりと出てこない。
そんなカカシの焦燥を他所に、イルカはしれっと聞きたくない───言わせたくない言葉を告げる。
「ですが、お仕えするのをやめろ、という事ですよね? でしたら私はお役御免です。今まで、ありがとうございました」
微笑んでいるが、覚悟は本気だ。
そう悟った瞬間、イルカを抱き締めていた腕を離して飛び退ったカカシは両手両膝を床に着き、躊躇なく額を床に打ち付けるかの如く下げると叫んでいた。
「ごめんなさい、イルカ先生っ。もう二度と、くだらない我が儘であなたの気持ちを試すような真似はしませんっ!」
いわゆる、土下座。
「オレとしては誕生日を口実に、普段と違う格好で躊躇ったり恥じらったりするイルカ先生を堪能しつつ、ちぃっと変わったシチュエーションでイチャイチャしたかっただけなんですっ! 間違っても、女中や家政婦扱いしてるつもりなんかないしっ、今日限りだなんてこれっぽっちも望んでませんっ!」
我ながらみっともなく情けない本音をダダ漏れにしている自覚はあるが、こういう時は些細な事でも包み隠さず全部吐露して置かねば。
後からチクチク追及される恐怖はもう二度と経験したくない。
最初にやらかした馬鹿な所業で学習済みだ。
「だから、もう、女中の真似事も、やめてくださいっ! イルカ先生と、一緒に居られるだけで、オレは満足ですからっ!」
言うべき事を言い切ったカカシは額を床に擦り付けた土下座の体勢のまま、イルカからの言葉を待つ。
頭のすぐ側に白足袋を履いた彼の足が立っているが、このまま踏まれようが蹴られようが甘んじて享受するつもりである。
そして、ゆったりと紙巻き煙草を一服する間が無言のうちに過ぎた頃。
イルカが発した声は、嘲笑を含んでいた。
「言ったな?」
その一言の響きと重みは、初恋と童貞と中二病を拗らせたかつての親友より、よほど悪役に相応しい。
「別に、女装なんてね、気にもしませんよ。女中の真似事もね。あなたの思惑だって、素直に乗ってやるのが業腹だっただけです」
恐る恐る見上げれば、普段の朗らかな彼とは別人のゲス顔で、計画通り、と見下していた。
「でもね、女給扱いは許せません。分かってますか、言葉の違い?」
「わ、分かり、ませ……」
土下座体勢の故の上目遣いに涙目で首を傾げるカカシに、女中姿も凛々しく仁王立ちのイルカは噛んで含めるように語る。
「女給ってのは、酒場で接待する言わばホステスです。家庭の世話を焼く女中とは役割が違うんですよ」
まあ、貴方が目論んでいたのはそちら寄りの役割だったようですから、間違いとは言い難いですが。
「どちらにせよ、恋人に強要するもんじゃあねぇよなぁあ?」
「ご、ごめ……なさいっ」
「分かればよろしい。で? 女中ごっこは続けますか?」
「いえ、いつものイルカ先生でいてください」
お願いします、と再び額を床に打ち付ける。
多分、カカシとイルカは世に言う恋人という関係とは少し齟齬がある。
どうしてこうなったのか、と考えれば最初にカカシが間違えたのだ。
それでも、彼と共にあることに喜びを覚えるカカシは、懇願する。
「お願いですから、そんな顔、他所で絶対見せないでねっ」
そんなゲス顏じゃ、あなたの大事な教え子たちもドン引くでしょうから、とは言わず。
からりと答えるイルカの言葉に妙な優越感すら覚える自分を棚上げして。
「俺のこんな顏、あなたしか知りませんよ」
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2014/09/05
UP DATE:2014/09/06(mobile)
RE UP DATE:2024/08/13