カカイル[短編]
【水を抱く手】
~イル誕2005~
「カカシさんは贈り物のセンスがいいですねぇ」
何気なく言ってしまってから、しまったとイルカは思った。
誉めたつもりだが、嫌味にも催促にも聞こえてしまう。
けれどカカシはそんなことを気にもとめず、自分こそ贈り物を貰ったみたいに、微笑んでいる。
「そー言って貰えると嬉しいデス。なんたって、イルカ先生の喜ぶ顔が見たくて選んでますか~らねー」
こんなことを言われたら、女性はイチコロだろう。
でも、オレなんかに言うこの人は、ヤバいんじゃないか。
友好的な表情を崩さずに、失礼な考えがイルカの脳を廻る。
「はあ、そうですか」
あまり冷たくなりすぎないよう気を配り、相槌をうつ。
だって、彼らは忍なのだ。
戦って人を殺したことしか残らない。
───否、生きた痕跡や記憶すら残せないこともある。
大事な人からの贈り物だって、跡形もなく処分しなければならない時がくるかもしれない。
だからこそ、イルカは大切にしてきた。
アカデミーで教える子どもたちや、受付で出会う依頼者の笑顔や涙、一言の礼を。
確かに存在する、自分へ向けられた思いを。
贈り物だって、嬉しいのは気持ちがこもっているからだ。
物の価値ではない。
ただ、この男からの想いは、素直に喜んでいいのか分からなくなってきていた。
いったい、いつからだったか。
向けられた感情が、有り得ない方向を示し始めたのは。
いや、イルカが気づかなかっただけで、最初からだったのかもしれない。
初めて自覚した後も、しばらくは勘違いだと心中で言い続けたのだし。
「イルカ先生」
2人きりでいる時、カカシがイルカを呼ぶ声はどこか甘い。
「ね、もうじき、お誕生日デショ?」
ナルトにねー、聞いたんですよー、と含み笑う。
なぜだか、手元に強い視線を感じて背筋が冷えた。
「ナニが欲しいデスかー?」
「いえ……」
あなたから頂く理由がありません。
とは、ついさっき別件で贈り物を受け取ったばかりでは、とても言えない。
「今、頂いてしまいましたから……」
言いながら、弱いなとイルカも感じた。
「それは、こないだのお礼って言ったでしょ?」
そうだ。
先日の食事のお礼に、と立ち寄った宿場で見つけたという箸。
六角に削られたこの箸がすごく使い易いと、いつだったか酒席で何かを掴み損ねた流れで話題にしたのはイルカだ。
確か土産にいい地酒を貰って、どうせなら一緒にと自宅へ招いて簡単な肴を出した。
その酒は、アカデミーの教本だかを貸した礼にと持ち込まれた。
まだ知り合ってさほど経っていないのに、なんやかんやと理由をつけてカカシはイルカ宅へ入り浸りになっている。
まるで違う任務に就いているせいもあって、2人に接点は少ない。
まあ、かえってそれが良かったのかもしれないが。
「それにね、イルカ先生」
箸の包みを見つめ、考えにふけるイルカを覗き込むように、カカシが顔を寄せる。
鼓動が跳ね上がるのは、隠された造作の良さを知っているからか、それとも違う理由でか。
「オレが、イルカ先生のお誕生日をお祝いしたいんです」
「………」
イルカは完全に言葉を失う。
あまりに真剣なカカシの声。
「あの……」
「はい」
「あまり、頂いてばかりでは申し訳ないですし、今、これといって欲しいものはありません」
正直なイルカの言葉に、カカシは明らかな落胆を見せた。
言い訳や、嘘ではないと察したのだろう。
「だから……」
イルカはこれまでさんざん迷った言葉を、とうとう口にする。
「お気持ちだけで、十分です」
これは、賭けだ。
カカシが額面通り受け止めれば、それでいい。
しかし曲解されれば、逃げられなくなる。
「分かりました」
静かなカカシの声。
「でも、お祝いぐらいはさせてください。先生の好きなアレ用意しますから、飲みマショ。ね?」
最後だけいつもの調子で小首を傾げるカカシへ、イルカは頷くしかない。
* * * * *
5月26日。
誕生日とはいっても、イルカには朝からアカデミーでの授業、受付所で報告書の受理といった仕事があった。
初夏だというのに夕方まで気温は下がらず、蒸し暑い。
汗をかきながら商店街で買い物を済ませ、普段より多めの食料品と、職場で手渡された幾つかの包みを両手に自宅へ戻ったのは日が暮れた後だ。
傷みやすい食材は冷蔵庫へなおし、同僚と教え子たちからの贈り物は書き物机の傍らへ置く。
簡単に汗を拭ってから朝しかけておいた米を炊き、汁物と焼き物の下ごしらえをすませて簡単なつまみを用意した。
狭い台所の片隅に置かれた、1人用の小さな食卓は2人の酒宴を待ちかねるように埋まっていく。
向かい合って置かれた2膳の箸。
数種のつまみを盛った平皿。
揃いの取り皿や、箸置き。
それにまつわるカカシとの会話一つ一つを、イルカは覚えている。
どれもカカシが持ち込んだ。
狭い卓上を補う為に調味料や栓抜き、楊枝などを収納した小さなワゴンはカカシが入り浸るようになって買い足した。
友人というには、ずいぶんと深く入り込まれている。
戸を叩く音と、呼ばわる声。
「イルカせんせー」
はい、と返しながらイルカは戸を開けた。
「いらっしゃい、カカシさん。どうぞ、上がってください」
「はーい、お邪魔しまーす」
話していたとおり、銘酒だけ持ってカカシはきた。
食卓に酒の瓶を置き、いつもの場所へ座る。
腰を下ろすと同時に、額当ても口布も取り払う彼に、苦笑しながらお絞りを渡してやった。
「今日は蒸したでしょう」
「ありがとうございまーす。でも、お気遣いなく~」
今日の主役はイルカ先生なんですから。
「さ、座って座って~」
イルカを手招くにこやかな笑顔はすっきりと穏やかで、普段のカカシからは別人に思えた。
そのギャップにもいつの間にか慣れたイルカは、冷やしておいたグラスを運び、自分も座った。
「ふふー。やっぱり、ソレだしてくれましたね」
揃いの、深い藍色の地に桜が切り込まれたどっしりとしたグラスは、カカシが最初に持ち込んだものだ。
初めてイルカが食事に招いた時、今日も持ってきた酒と一緒に。
まずイルカのグラスに注ぎながら、カカシがつぶやく。
「嬉しいなあ」
コレね、任務帰りに立ち寄った店でみかけたんです。
「見た瞬間にね、なんでか、イルカ先生の手に似合いそーって思ったら……買っちゃってました」
ははは、と声だけで笑うカカシを、ぽかんとイルカは見返す。
確かにグラスはしっかりとしていて掌に馴染む。
けれど、似合うとは違う。
「それで、そしたらどーしてもイルカ先生と飲みたくなって、コイツも用意して……」
酒を注ぐ手を止め、照れた声で続ける。
「どーやってウチに誘おうか、いや先生んチにお邪魔しよーかって、ずいっぶん、悩みましたー」
「で、結局、オレの方からお誘いしてたんですね……」
「ええ。あの時はね、助かりましたし、すっごく嬉しかったです」
満ちたグラスを2人は目線へ挙げた。
「お誕生日おめでとうございます。イルカ先生」
「ありがとうございます。カカシさん」
2人同時に一口含んで味わい、共にほうっと吐いた。
「うまい、ですね」
「ええ」
感に堪えないといった声をもらし、ゆっくり酒を味わう。
1杯目をすいと飲んでしまったイルカのグラスへ、カカシが2杯目を注ぐ。
水よりもとろりとした酒の中で、藍と桜が揺れている。
「ありがとうございます」
その言葉に、カカシは傾けていた瓶を引いた。
「あの、今日もわざわざ祝って貰ってしまって。いつも頂くばかりて、気がひけるんですが……。アナタが気にかけてくれるのは、嬉しいです」
でも、分からなくて。
イルカは眉を寄せ、無意識に鼻筋を渡る傷を掻く。
「どうしてアナタが、オレによくしてくれるのか」
「イルカ先生」
カカシは瓶を置き、イルカの言葉を遮った。
「ごめんなさい」
「カカシ、さん」
「それはオレに……オレから、言わせて」
少し姿勢を正し、真っ直ぐに見つめてくる。
「イルカ先生」
「はい」
「オレ、あなたが好きなんです」
「知ってます」
イルカの答えに、一瞬目を丸くしたカカシは、すぐに真剣な顔をした。
「ふざけてるんでも、友情でもないって?」
「分かってましたよ」
だって、とグラスを持った手をカカシの顔の前に突き出す。
「アナタずーっと、オレの手ばっか、見てたじゃないですか」
受付で書類をやり取りした時。
一楽でラーメンすすってる時。
ナルトたちの頭を撫でる時。
こうして2人、グラスを傾ける時。
「物欲しそうに、オレなんかの手、見てたでしょう?」
いつものペースで2杯目を空けながら、イタズラな笑みをイルカは浮かべる。
「それで? カカシさんはどんな関係を望んでたりするんですか?」
「……参ったね、こりゃ」
決まり悪そうに後頭部を掻き、カカシは正直に告げる。
「ま。ぶっちゃけイチャイチャしたいです」
最初の告白としては問題だなぁ、なんて心の底は表情に出さずにイルカは返す。
「オレの気持ちは?」
「それは……同じ気持ちでいてくれたら、の話ですよ」
カカシの口調は、弱い。
心なしか小さく見える彼の姿に苦笑し、イルカはグラスを置いた手をカカシへ差し伸べた。
「カカシさん」
少し冷たい───けれど芯に酔いの火照りを孕む指で頬に触れると、カカシも緊張していた。
身を乗り出し、相手の頬も引き寄せる。
近づく顔には、驚いた表情。
「オレも好きです」
ぽかんと開いた口を、唇で塞いだ。
息を送り込むように深く、口づける。
アルコールの匂いと、微かな体臭を感じた。
離れ際に軽く唇を舐めていくイルカの舌をカカシが追う。
逃すまいと腕を捉え、また唇を合わせる。
角度を変え、深さを変え、何度も何度も。
2人の間で、小さな食卓が揺れた。
更に奥へ火をつけようとする長いキスを押しとどめ、イルカはカカシの唇から逃れる。
「……カカシさん、場所、か……」
カカシの頬に触れていた手に濡れた感触を押し当てられ、言葉が途切れた。
「思ってた、通りだ」
唇と舌が、愛おしそうにイルカの手指に触れている。
「イルカ先生の手、気持ちいー」
自分で濡らした手に頬を寄せ、カカシはうっとりと呟く。
イルカはもう一方の手でカカシの額を撫でた。
「カカシさん」
さっき遮られた言葉を告げる。
「場所、変えましょう」
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/05/11
UP DATE:2005/05/24(PC)
2008/11/18(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26
*2005年【イルカ先生お誕生日企画】投稿
~イル誕2005~
「カカシさんは贈り物のセンスがいいですねぇ」
何気なく言ってしまってから、しまったとイルカは思った。
誉めたつもりだが、嫌味にも催促にも聞こえてしまう。
けれどカカシはそんなことを気にもとめず、自分こそ贈り物を貰ったみたいに、微笑んでいる。
「そー言って貰えると嬉しいデス。なんたって、イルカ先生の喜ぶ顔が見たくて選んでますか~らねー」
こんなことを言われたら、女性はイチコロだろう。
でも、オレなんかに言うこの人は、ヤバいんじゃないか。
友好的な表情を崩さずに、失礼な考えがイルカの脳を廻る。
「はあ、そうですか」
あまり冷たくなりすぎないよう気を配り、相槌をうつ。
だって、彼らは忍なのだ。
戦って人を殺したことしか残らない。
───否、生きた痕跡や記憶すら残せないこともある。
大事な人からの贈り物だって、跡形もなく処分しなければならない時がくるかもしれない。
だからこそ、イルカは大切にしてきた。
アカデミーで教える子どもたちや、受付で出会う依頼者の笑顔や涙、一言の礼を。
確かに存在する、自分へ向けられた思いを。
贈り物だって、嬉しいのは気持ちがこもっているからだ。
物の価値ではない。
ただ、この男からの想いは、素直に喜んでいいのか分からなくなってきていた。
いったい、いつからだったか。
向けられた感情が、有り得ない方向を示し始めたのは。
いや、イルカが気づかなかっただけで、最初からだったのかもしれない。
初めて自覚した後も、しばらくは勘違いだと心中で言い続けたのだし。
「イルカ先生」
2人きりでいる時、カカシがイルカを呼ぶ声はどこか甘い。
「ね、もうじき、お誕生日デショ?」
ナルトにねー、聞いたんですよー、と含み笑う。
なぜだか、手元に強い視線を感じて背筋が冷えた。
「ナニが欲しいデスかー?」
「いえ……」
あなたから頂く理由がありません。
とは、ついさっき別件で贈り物を受け取ったばかりでは、とても言えない。
「今、頂いてしまいましたから……」
言いながら、弱いなとイルカも感じた。
「それは、こないだのお礼って言ったでしょ?」
そうだ。
先日の食事のお礼に、と立ち寄った宿場で見つけたという箸。
六角に削られたこの箸がすごく使い易いと、いつだったか酒席で何かを掴み損ねた流れで話題にしたのはイルカだ。
確か土産にいい地酒を貰って、どうせなら一緒にと自宅へ招いて簡単な肴を出した。
その酒は、アカデミーの教本だかを貸した礼にと持ち込まれた。
まだ知り合ってさほど経っていないのに、なんやかんやと理由をつけてカカシはイルカ宅へ入り浸りになっている。
まるで違う任務に就いているせいもあって、2人に接点は少ない。
まあ、かえってそれが良かったのかもしれないが。
「それにね、イルカ先生」
箸の包みを見つめ、考えにふけるイルカを覗き込むように、カカシが顔を寄せる。
鼓動が跳ね上がるのは、隠された造作の良さを知っているからか、それとも違う理由でか。
「オレが、イルカ先生のお誕生日をお祝いしたいんです」
「………」
イルカは完全に言葉を失う。
あまりに真剣なカカシの声。
「あの……」
「はい」
「あまり、頂いてばかりでは申し訳ないですし、今、これといって欲しいものはありません」
正直なイルカの言葉に、カカシは明らかな落胆を見せた。
言い訳や、嘘ではないと察したのだろう。
「だから……」
イルカはこれまでさんざん迷った言葉を、とうとう口にする。
「お気持ちだけで、十分です」
これは、賭けだ。
カカシが額面通り受け止めれば、それでいい。
しかし曲解されれば、逃げられなくなる。
「分かりました」
静かなカカシの声。
「でも、お祝いぐらいはさせてください。先生の好きなアレ用意しますから、飲みマショ。ね?」
最後だけいつもの調子で小首を傾げるカカシへ、イルカは頷くしかない。
* * * * *
5月26日。
誕生日とはいっても、イルカには朝からアカデミーでの授業、受付所で報告書の受理といった仕事があった。
初夏だというのに夕方まで気温は下がらず、蒸し暑い。
汗をかきながら商店街で買い物を済ませ、普段より多めの食料品と、職場で手渡された幾つかの包みを両手に自宅へ戻ったのは日が暮れた後だ。
傷みやすい食材は冷蔵庫へなおし、同僚と教え子たちからの贈り物は書き物机の傍らへ置く。
簡単に汗を拭ってから朝しかけておいた米を炊き、汁物と焼き物の下ごしらえをすませて簡単なつまみを用意した。
狭い台所の片隅に置かれた、1人用の小さな食卓は2人の酒宴を待ちかねるように埋まっていく。
向かい合って置かれた2膳の箸。
数種のつまみを盛った平皿。
揃いの取り皿や、箸置き。
それにまつわるカカシとの会話一つ一つを、イルカは覚えている。
どれもカカシが持ち込んだ。
狭い卓上を補う為に調味料や栓抜き、楊枝などを収納した小さなワゴンはカカシが入り浸るようになって買い足した。
友人というには、ずいぶんと深く入り込まれている。
戸を叩く音と、呼ばわる声。
「イルカせんせー」
はい、と返しながらイルカは戸を開けた。
「いらっしゃい、カカシさん。どうぞ、上がってください」
「はーい、お邪魔しまーす」
話していたとおり、銘酒だけ持ってカカシはきた。
食卓に酒の瓶を置き、いつもの場所へ座る。
腰を下ろすと同時に、額当ても口布も取り払う彼に、苦笑しながらお絞りを渡してやった。
「今日は蒸したでしょう」
「ありがとうございまーす。でも、お気遣いなく~」
今日の主役はイルカ先生なんですから。
「さ、座って座って~」
イルカを手招くにこやかな笑顔はすっきりと穏やかで、普段のカカシからは別人に思えた。
そのギャップにもいつの間にか慣れたイルカは、冷やしておいたグラスを運び、自分も座った。
「ふふー。やっぱり、ソレだしてくれましたね」
揃いの、深い藍色の地に桜が切り込まれたどっしりとしたグラスは、カカシが最初に持ち込んだものだ。
初めてイルカが食事に招いた時、今日も持ってきた酒と一緒に。
まずイルカのグラスに注ぎながら、カカシがつぶやく。
「嬉しいなあ」
コレね、任務帰りに立ち寄った店でみかけたんです。
「見た瞬間にね、なんでか、イルカ先生の手に似合いそーって思ったら……買っちゃってました」
ははは、と声だけで笑うカカシを、ぽかんとイルカは見返す。
確かにグラスはしっかりとしていて掌に馴染む。
けれど、似合うとは違う。
「それで、そしたらどーしてもイルカ先生と飲みたくなって、コイツも用意して……」
酒を注ぐ手を止め、照れた声で続ける。
「どーやってウチに誘おうか、いや先生んチにお邪魔しよーかって、ずいっぶん、悩みましたー」
「で、結局、オレの方からお誘いしてたんですね……」
「ええ。あの時はね、助かりましたし、すっごく嬉しかったです」
満ちたグラスを2人は目線へ挙げた。
「お誕生日おめでとうございます。イルカ先生」
「ありがとうございます。カカシさん」
2人同時に一口含んで味わい、共にほうっと吐いた。
「うまい、ですね」
「ええ」
感に堪えないといった声をもらし、ゆっくり酒を味わう。
1杯目をすいと飲んでしまったイルカのグラスへ、カカシが2杯目を注ぐ。
水よりもとろりとした酒の中で、藍と桜が揺れている。
「ありがとうございます」
その言葉に、カカシは傾けていた瓶を引いた。
「あの、今日もわざわざ祝って貰ってしまって。いつも頂くばかりて、気がひけるんですが……。アナタが気にかけてくれるのは、嬉しいです」
でも、分からなくて。
イルカは眉を寄せ、無意識に鼻筋を渡る傷を掻く。
「どうしてアナタが、オレによくしてくれるのか」
「イルカ先生」
カカシは瓶を置き、イルカの言葉を遮った。
「ごめんなさい」
「カカシ、さん」
「それはオレに……オレから、言わせて」
少し姿勢を正し、真っ直ぐに見つめてくる。
「イルカ先生」
「はい」
「オレ、あなたが好きなんです」
「知ってます」
イルカの答えに、一瞬目を丸くしたカカシは、すぐに真剣な顔をした。
「ふざけてるんでも、友情でもないって?」
「分かってましたよ」
だって、とグラスを持った手をカカシの顔の前に突き出す。
「アナタずーっと、オレの手ばっか、見てたじゃないですか」
受付で書類をやり取りした時。
一楽でラーメンすすってる時。
ナルトたちの頭を撫でる時。
こうして2人、グラスを傾ける時。
「物欲しそうに、オレなんかの手、見てたでしょう?」
いつものペースで2杯目を空けながら、イタズラな笑みをイルカは浮かべる。
「それで? カカシさんはどんな関係を望んでたりするんですか?」
「……参ったね、こりゃ」
決まり悪そうに後頭部を掻き、カカシは正直に告げる。
「ま。ぶっちゃけイチャイチャしたいです」
最初の告白としては問題だなぁ、なんて心の底は表情に出さずにイルカは返す。
「オレの気持ちは?」
「それは……同じ気持ちでいてくれたら、の話ですよ」
カカシの口調は、弱い。
心なしか小さく見える彼の姿に苦笑し、イルカはグラスを置いた手をカカシへ差し伸べた。
「カカシさん」
少し冷たい───けれど芯に酔いの火照りを孕む指で頬に触れると、カカシも緊張していた。
身を乗り出し、相手の頬も引き寄せる。
近づく顔には、驚いた表情。
「オレも好きです」
ぽかんと開いた口を、唇で塞いだ。
息を送り込むように深く、口づける。
アルコールの匂いと、微かな体臭を感じた。
離れ際に軽く唇を舐めていくイルカの舌をカカシが追う。
逃すまいと腕を捉え、また唇を合わせる。
角度を変え、深さを変え、何度も何度も。
2人の間で、小さな食卓が揺れた。
更に奥へ火をつけようとする長いキスを押しとどめ、イルカはカカシの唇から逃れる。
「……カカシさん、場所、か……」
カカシの頬に触れていた手に濡れた感触を押し当てられ、言葉が途切れた。
「思ってた、通りだ」
唇と舌が、愛おしそうにイルカの手指に触れている。
「イルカ先生の手、気持ちいー」
自分で濡らした手に頬を寄せ、カカシはうっとりと呟く。
イルカはもう一方の手でカカシの額を撫でた。
「カカシさん」
さっき遮られた言葉を告げる。
「場所、変えましょう」
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2005/05/11
UP DATE:2005/05/24(PC)
2008/11/18(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26
*2005年【イルカ先生お誕生日企画】投稿