カカイル[短編]
~ 2009 カカ誕 ~
───この手紙を見つけた人へ
どうか燃やして、
誰にも話さず、
忘れて下さい───
そんな書き出しで始まる、まるで遺書のような、手紙。
誰に宛てたでもない、当時の心情を書き綴っただけの、多分、遺言。
個人を特定できる物事は、何1つ記されていない。
筆跡も、変えてある。
それでも、イルカには分かった。
これが、はたけカカシの書いた物だと。
曖昧に記録された短い人生に沿うのは、自らを責める後悔と慚愧の言葉ばかり。
イルカの手には、そんな手紙が26通。
折々のカカシがしたため、隠してきた遺書。
偶然、見つけたのではない。
枕元に並べられた本の埃を払っている途中、ふいに思い出したのだ。
いつだったか、危険度の高い任務から満身創痍で戻ったカカシが譫言で囁いた一言を。
───オレ、が……だら、枕、元の……貰って、やって……
その時は縁起でもないと憤りながら、今際の際までそれかと呆れた。
なにしろ、枕元に並んだ彼の愛読書は成年指定のいかがわしい描写ばかりの官能小説。
それに満身創痍と言っても、いつものチャクラ切れで身動きがままならないだけ。
酷く心配はしたが、命に関わることではなかった。
だから、長いこと忘れていたのだ。
そんな事が───イルカがカカシの愛読書を形見に貰い受ける事は、そうそう有るはずがないと思い込んで。
それを、思い出してしまった。
ずいぶん前の話だから、もうそこにカカシの想いはないかもしれない。
こんな本を託すなんて、と軽い気持ちで手に取っただけだった。
中程のページに挟まれていた、1通の封書を見つけるまでは。
宛名も、差出人もなく、封すらされていない白い封筒。
透かし見れば、文字の書かれた紙片が入っている。
多分、カカシが託そうとしたのはこれだったのだ。
しばらく悩んだ末に、イルカは思い切って封筒から紙片を取り出し、読んだ。
そして、後悔した。
書かれていたのは、見つけた人間への頼みが2つ。
彼自身の事が数行。
それだけ。
頼みの1つ目は、この手紙を燃やして、忘れてくれということ。
1つ目は、過去に書いた手紙もできたら処分して欲しいということ。
彼の事は、年齢から始まっている。
これは去年の物だ。
忍としては過分に幸せな人生だと始まり。
できるならこのまま、愛する人と静かに暮らしていきたいと願い。
けれど、忍の宿命もあるし、きっとそれは叶わないだろう、と締められている。
淡々と箇条書きに記された、寂しい手紙だ。
どこにも、彼と共にある者への言葉はない。
カカシは、これをイルカが見つけることも、最期の時まで共にあることも、期待していないのだろう。
こんなのは、酷い、とイルカは激昂した。
同時に寂しさに打ちのめされて、声も出ない。
自分はカカシにとって何だったのか。
気づいたら、里中に隠されていたカカシの遺言を探して回っていた。
それぞれの隠し場所は、前の手紙でほのめかされている。
それを手掛かりに若い頃の手紙を見つけては、イルカの中で悔しさと寂しさが増した。
カカシは持って生まれた才能や、努力して勝ち得た栄誉に満ちた人生を歩んできた。
だがその代償として失ったものは計り知れない。
両親、仲間、師。
イルカだって同じだけのものを失ったけれど、状況や立場が違い過ぎる。
カカシの生きてきた道程は壮絶で、ほんの一端を知るだけのイルカですら辛いものだ。
だからだろう。
手紙は年若くなるにつれて間隔が狭まり、過去の自分を責める言葉が僅かな文章を覆い尽くすように連なっていく。
最後の、1番古い───15才のカカシが書いたものなど、あまりに痛々しく、涙せずに読み切ることが出来ない。
15才のカカシ。
友人を失った替わりに写輪眼を得たか、あの災厄の夜に師を失ったばかりだろう。
全てを亡くして尚、生き延びた自分に自問自答を繰り返し、自己否定の言葉ばかりを書き連ねた、誰に宛てたでもない手紙。
15才のカカシが何を思ってこれを書き、かつ残したのか、今のイルカには解る気もする。
けれど、判りたくはなかった。
26通の手紙に記された、カカシの人生。
イルカはそれを抱き締めてやることしかできない。
だって、もう。
15才のカカシが書いた手紙。
その最後にしたためられた、言葉。
───もし、50年後
オレが60過ぎになる頃
それまで、この手紙が、
誰にも読まれてなかったら
それって多分、
幸せな人生だったって
ことかも───
そう、それは幸せな人生だ。
そして、現実。
カカシは今日、64才になった。
もちろん、五体満足。
酷使された目はかなり視力を落としているけれど、でも、それくらいだ。
むしろ若い頃より背筋が伸びて、立ち居振る舞いがきびきびしてきたように思う。
第一線は退いたが、引退する気はないようで、鍛錬は続けている。
───まだまだ、若いモンには負けてられませんヨ
そんな口癖を残し、救援任務に出て行くのも日常だ。
今日も誕生日だっていうのに忍犬を引き連れ、迷子になったアカデミー生を探しに演習場へ出かけている。
「……こんなこと、してる場合じゃないな」
63才のカカシが書いた手紙を元通り本に挟み、昔の25通を自分の懐にしまってイルカは立ち上がる。
いつか彼の望んだように処分するつもりだ。
でもそれまでは、持っていても構わないだろう。
それよりもまず、さっさと部屋を片付けて、教え子たちと共に彼を祝う支度を済ませてしまおう。
そして帰ってきたカカシを真っ先に抱き締めて、この先の幸せな人生を彼に贈るのだ。
【手紙】
~ When I'm 64 ~
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2009/09/15
UP DATE:2009/09/15(mobile)
RE UP DATE:
───この手紙を見つけた人へ
どうか燃やして、
誰にも話さず、
忘れて下さい───
そんな書き出しで始まる、まるで遺書のような、手紙。
誰に宛てたでもない、当時の心情を書き綴っただけの、多分、遺言。
個人を特定できる物事は、何1つ記されていない。
筆跡も、変えてある。
それでも、イルカには分かった。
これが、はたけカカシの書いた物だと。
曖昧に記録された短い人生に沿うのは、自らを責める後悔と慚愧の言葉ばかり。
イルカの手には、そんな手紙が26通。
折々のカカシがしたため、隠してきた遺書。
偶然、見つけたのではない。
枕元に並べられた本の埃を払っている途中、ふいに思い出したのだ。
いつだったか、危険度の高い任務から満身創痍で戻ったカカシが譫言で囁いた一言を。
───オレ、が……だら、枕、元の……貰って、やって……
その時は縁起でもないと憤りながら、今際の際までそれかと呆れた。
なにしろ、枕元に並んだ彼の愛読書は成年指定のいかがわしい描写ばかりの官能小説。
それに満身創痍と言っても、いつものチャクラ切れで身動きがままならないだけ。
酷く心配はしたが、命に関わることではなかった。
だから、長いこと忘れていたのだ。
そんな事が───イルカがカカシの愛読書を形見に貰い受ける事は、そうそう有るはずがないと思い込んで。
それを、思い出してしまった。
ずいぶん前の話だから、もうそこにカカシの想いはないかもしれない。
こんな本を託すなんて、と軽い気持ちで手に取っただけだった。
中程のページに挟まれていた、1通の封書を見つけるまでは。
宛名も、差出人もなく、封すらされていない白い封筒。
透かし見れば、文字の書かれた紙片が入っている。
多分、カカシが託そうとしたのはこれだったのだ。
しばらく悩んだ末に、イルカは思い切って封筒から紙片を取り出し、読んだ。
そして、後悔した。
書かれていたのは、見つけた人間への頼みが2つ。
彼自身の事が数行。
それだけ。
頼みの1つ目は、この手紙を燃やして、忘れてくれということ。
1つ目は、過去に書いた手紙もできたら処分して欲しいということ。
彼の事は、年齢から始まっている。
これは去年の物だ。
忍としては過分に幸せな人生だと始まり。
できるならこのまま、愛する人と静かに暮らしていきたいと願い。
けれど、忍の宿命もあるし、きっとそれは叶わないだろう、と締められている。
淡々と箇条書きに記された、寂しい手紙だ。
どこにも、彼と共にある者への言葉はない。
カカシは、これをイルカが見つけることも、最期の時まで共にあることも、期待していないのだろう。
こんなのは、酷い、とイルカは激昂した。
同時に寂しさに打ちのめされて、声も出ない。
自分はカカシにとって何だったのか。
気づいたら、里中に隠されていたカカシの遺言を探して回っていた。
それぞれの隠し場所は、前の手紙でほのめかされている。
それを手掛かりに若い頃の手紙を見つけては、イルカの中で悔しさと寂しさが増した。
カカシは持って生まれた才能や、努力して勝ち得た栄誉に満ちた人生を歩んできた。
だがその代償として失ったものは計り知れない。
両親、仲間、師。
イルカだって同じだけのものを失ったけれど、状況や立場が違い過ぎる。
カカシの生きてきた道程は壮絶で、ほんの一端を知るだけのイルカですら辛いものだ。
だからだろう。
手紙は年若くなるにつれて間隔が狭まり、過去の自分を責める言葉が僅かな文章を覆い尽くすように連なっていく。
最後の、1番古い───15才のカカシが書いたものなど、あまりに痛々しく、涙せずに読み切ることが出来ない。
15才のカカシ。
友人を失った替わりに写輪眼を得たか、あの災厄の夜に師を失ったばかりだろう。
全てを亡くして尚、生き延びた自分に自問自答を繰り返し、自己否定の言葉ばかりを書き連ねた、誰に宛てたでもない手紙。
15才のカカシが何を思ってこれを書き、かつ残したのか、今のイルカには解る気もする。
けれど、判りたくはなかった。
26通の手紙に記された、カカシの人生。
イルカはそれを抱き締めてやることしかできない。
だって、もう。
15才のカカシが書いた手紙。
その最後にしたためられた、言葉。
───もし、50年後
オレが60過ぎになる頃
それまで、この手紙が、
誰にも読まれてなかったら
それって多分、
幸せな人生だったって
ことかも───
そう、それは幸せな人生だ。
そして、現実。
カカシは今日、64才になった。
もちろん、五体満足。
酷使された目はかなり視力を落としているけれど、でも、それくらいだ。
むしろ若い頃より背筋が伸びて、立ち居振る舞いがきびきびしてきたように思う。
第一線は退いたが、引退する気はないようで、鍛錬は続けている。
───まだまだ、若いモンには負けてられませんヨ
そんな口癖を残し、救援任務に出て行くのも日常だ。
今日も誕生日だっていうのに忍犬を引き連れ、迷子になったアカデミー生を探しに演習場へ出かけている。
「……こんなこと、してる場合じゃないな」
63才のカカシが書いた手紙を元通り本に挟み、昔の25通を自分の懐にしまってイルカは立ち上がる。
いつか彼の望んだように処分するつもりだ。
でもそれまでは、持っていても構わないだろう。
それよりもまず、さっさと部屋を片付けて、教え子たちと共に彼を祝う支度を済ませてしまおう。
そして帰ってきたカカシを真っ先に抱き締めて、この先の幸せな人生を彼に贈るのだ。
【手紙】
~ When I'm 64 ~
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2009/09/15
UP DATE:2009/09/15(mobile)
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