カカイル[短編]

【この道の上】



───そういやぁ先生も、いーっつも楽しそうだったなーぁ……

 目の前で楽しそうにじゃれているイルカとナルト。
 その2人の姿に、ふいに過去の自分と師の姿が重なった。

 嬉しそうに師の腰にしがみつくナルトと、そっぽを向いて両腕を組んでいた生意気な自分では対照的なくらい反応が違うが、先生は先生のまま。

 教え子の反応を楽しそうにたしなめる、その笑顔。
 愛しさに溢れ、今なら潔さをも汲み取れる、笑顔。

 懐かしさと切なさに、胸と鼻の奥が痛む。

───あーぁ、ヤベ……泣きそ……

 夕暮れ時で人通りもまばらとは言え往来で涙する自分の姿を想像し、カカシはとっさに滲み出そうとする涙を苦笑に変えた。

「ホントッにお前はー、イルカ先生イルカ先生って……」

 わざと呆れた風に、でもほんのちょっぴり本心からの嫉妬を込めて呟き、教え子の頭を軽くはたく。
 そのまま金色の髪を混ぜるように、少し力をいれて撫でてみた。

 昔、自分の師がしていたように。

「んあ~~~っ! なぁにすんだってばよっカカシ先生ーっ!!」

 その手から逃れ、ナルトはイルカを盾に抗議の声をあげる。

 別に髪型を気にしてとか、カカシの力加減がまずかったとかではなく、単にカカシに撫でまわされることを避けたらしい。

「なぁにヨ、イルカ先生に同じコトされてもイヤがんないじゃないの」

 せんせー傷ついたよ、今のはー。

「ひょっとしてー、オレのコト嫌ーい?」

「そっ、そーゆーんじゃねぇってばよっ」

「なら、いーじゃん」

 そう言ってカカシが手を伸ばせば、ナルトも避ける。
 いつしかそのまま、イルカの周りをぐるぐると回りだしていた。

「オイ、コラッ、ナルトッ! ちょっ、カカシ先生までっ!!」

「だってカカシ先生がっ」

「お前が逃げるからデショ」

 上忍と下忍が同レベルの言い訳を同時に口にするのを聞いて、中忍は頭痛を覚える。

 そしてさっと右手を翻し、ナルトの首根っこを掴まえた。
 左腕はカカシを制するように突き出す。

「カカシ先生も、ふざけないでくださいよ」

 アナタにナルトが捕まえれらないハズないでしょう。
 
「ホラ、ナルト。お前ェももうガキじゃねえんだろ。簡単にオレに捕まるなっ」

「「だーってぇ」」

「だってじゃねぇっ」

 2人一緒に答えるものだから、イルカも怒鳴りつける声に苦笑が混じる。

「とっに……、2人とも本当に忍者かー」

「おうっ!」

「いちおー、上忍でぇす」

 何故か自信満々な下忍と、申し訳なさげな上忍。

「でぇもオレとしては、そのまんまイルカ先生にお返ししたいですよー」

「は? オレですか?」

「だぁってよ、イルカ先生ってばすぅぐ怒るし、何かってぇと怒鳴るしー」

「それは、お前ェがオレに怒鳴られるようなことばっかしてっからだろうがっ」

「ああ、ソレですよ、ソレ。オレが言いたいのもー」

 カカシはナルトの揶揄に乗っかり、イルカに詰め寄る。

「イルカ先生、すぐ感情的になるデショ。それに自分が正しいと思ってるコトは、相手が誰だろうが突っかかってくしぃ」

 上忍だろーが、火影様だろーが。

「今だって、温厚で良識的なオレだから穏便に済んでる状況ですよ」

「ハイ、嘘!」

 びしりと言い放った教え子の影で、イルカもこっそり声を合わせているのをカカシは見逃さなかった。

「……イルカ先生」

「あ、いや、申し訳ありません、つい……」

「いーいですけどねー、べっつにー! それにねぇ」

 へらりと笑って、カカシは続ける。

「いつでも、誰の前でも、イルカ先生はイルカ先生なとこが、いーんですよ」

「オレ、です……か?」

「なーぁんかねえ、アナタとかナルトとか見てると、思い出すんです。先生を」

「先生って、カカシさんのスリーマンセル時代の、って……」

 ナルトの耳に入らない声で、イルカは呟く。

「(4代目、ですよね……)」

「ええ、全っ然、似てないんですけどね。あの先生、馬鹿みたいに強かったしー。でもねえ、ちっとも忍者らしくないトコとかー、いっつも楽しそうなトコとかー、なんとなく、似てんですヨ」

───あとコイツの髪の毛とかね

 今度は軽く手を乗せてやれば、ナルトもおとなしくしている。

「忍者らしくねえって、それでホントに強かったのかってばよっ!」

「さあてね。オレが知る限り、一番強い人だったけどなー」

 カカシの知る中で最も強い。

 その意味に気付いたのか、ナルトも黙り込む。

 なんとなく、しばらくは無言で歩いていた。
 ナルトを間に、イルカは左側からまだ小さな肩に触れ、カカシは右側から頭に触れて。

 やがて、またぽつぽつとカカシが話を続け出した。

「オレは、あの先生が忍らしく見えないのは、ケタ外れて強いからなんだって思ってたんですけどねー」

 なんてゆーか、まあ、余裕ってやつなんだと。

「でもこの頃、あれは先生の地っていうか、天然だったんだなーって、分かりました」

「地、ですか……」

「そ。あの人は忍である前に、至極真っ当な人間だったんでしょーね」

 カカシは道端の花を見つめ、懐かしそうに呟いた。

「先生はそれがどんな花か分からなくても、どんな状況でだって、キレイなもんはキレイだって思う人でしたから」

「ああ、それは、分かる気がします」

 ナルトにはまだ話が見えていないようで、しきりに首をひねっている。
 それを見てイルカは、まったく違う話を始めた。

「ナルト、今オレたちは一緒にこの道を歩いてるだろう」

 突然そう言われ、戸惑いながらもナルトはうなずく。

「でも、ここへ来るまでは別々に歩いてたし、そのうち分かれる。第一、今同じ場所にいても、見えている景色は全然ちがうんだ」

 お前の目の高さと、カカシ先生の目の高さは違うだろう?

「みんなそうなんだよ。同じ所にいて、同じように歩いていても、みんな見えているものが違うんだ。同じ道の上だとしても、人によって、時によって」

 ただ、真っ直ぐに前を見てイルカは続ける。

「歩きつづけるには辛い時もあるだろうし、気が抜けるほど穏やかな時もあるかもしれない。誰かが道を阻む事だってあるし、逆に助けてくれることもある」

 でもな、これだけは忘れるなよ。

「どの道を行こうが、誰と共に歩もうが……」

 そこで、まっすぐ前を見据えていたイルカが、一瞬カカシに視線を向ける。
 カカシもじっとイルカを見ていた。

 だがすぐに2人は何事もなかったように、また前を見つめる。

「後悔しようが、後戻りしようが、それは全てお前が決めた道だ。それだけは、忘れんじゃねえぞ、ナルト」

「おうっ! ちゃぁんと、分かってるってばよ、イルカ先生っ!」

 勢いよく2人を振り返り、ナルトは宣言する。

「オレはオレの決めた忍道を行くってばよ!」

 力強いその言葉に、イルカもカカシも安堵しながら、少しの寂しさも感じていた。

 この子供はまだ自分たちの手を必要としているけれど、着実に巣立ちの日へ向かっている。
 いつか、自分たちの元から羽ばたいてしうまうのだ。

 それを振り払うかのようにイルカがナルトに1歩、歩み寄る。

「よぉし、ナルト! 一楽行くかっ!」

「やったぁ! オレ、今日はしょうゆーっ!」

「って、アンタらまたラーメンって! イルカ先生っ、ダメデショ、コイツの食生活乱しちゃっ!」

 馴染みのラーメン屋へ駆け出す2人を、カカシは追った。

 追いながら、忍者としての食生活を厳しくたしなめる。
 その小言にナルトは口を尖らせて呟いた。

「なぁんか、カカシ先生ってば、かーちゃんみてぇだってばっ!」

「なっ!?」

 下忍の一言に、中忍は盛大に噴出し、上忍は絶句する。

 今日も木ノ葉隠れの里は平和だ。



 【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/02
UP DATE:2004/11/02(PC)
   2009/11/15(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26
12/22ページ
スキ