カカイル[短編]
【1000年の誓い】
それは、たゆたう記憶の中。
淡い光に包まれた、暖かい場所。
───……カカシさん……
どこか遠くから、声がする。
カカシ。
それは、オレの名前だっただろうか。
───……カカシさん……
この声は、知っている。
懐かしいわけではないけれど、酷く懐かしくも思う。
優しくて、けれどちょっと心が読めない、声。
───……カカシさん……
……何故か、怒りを帯びてきたような……。
───……カカシ……
……ああ、そうだ。
*****
「……いい加減どきやがれ、エロボケ上忍っ」
気持ちよく午睡を漂っていたカカシの腕に抱き込まれ、右手の拳を震えるまで握り締めたイルカが毒づいていた。
その、怒りか羞恥かで真っ赤に染まったイルカの顔をぼんやりと眺めながら、カカシはのんびり確認する。
「……えーっと、このオイシイ状況は……」
「オイシイ言うな」
抱き枕よろしく、里が誇る上忍に両手両足で絡みつかれて一緒に寝転がされている割りに、中忍教師は強気だ。
無理もない。
ここは忍者アカデミーの裏庭で、今は昼休み。
うららかな日差しを遮る梢の下で、木漏れ日を浴びて男2人が抱き合っていた。
すぐ近くで子供たちは遊んでいるし、同僚が通りかかる可能性もある。
いくら2人の仲はバレバレとはいえ、こんな場所でのこんな状態を見られるのは教育上宜しくないし、噂に付属するのが尾ひれだけでなくなるだろう。
背びれや胸びれならまだしも、けばけばしい電飾やらオーストリッチの羽までがつきかねない。
鈴のついたブーケを手に、歌いながら大階段を下りてくる自分たちの噂話の姿を想像し、その嫌さ加減に顔をしかめてイルカは言う。
「もう昼休み終わるんで、放してもらえませんかねえ」
「もちょっとだけ、このままでー」
「じゃあせめて、この一方的な状況を改善させてください」
カカシの背を、イルカも抱き返す。
「ふふ~ぅん。イルカせんせーってばー♡」
「……そういやアンタ、なんの夢を見てたんですか?」
「夢、ですか?」
「人の膝で勝手に転寝して、うなされたと思ったら、突然抱きついてきたんです、アンタ…」
「寝ぼけた人間、避けられなかったんですか、中忍なのに」
「ああ、避けて冷たくあしらってよかったんですね。寝トボケ上忍は」
「いーいえ、受け止めてくれてウレシーでーす♡」
「それで? 誰かに抱きついてしまうような夢でも?」
「ああー」
なんといいますか。
「……アンタがね、居なかったんです……」
「は?」
「なんかすっごい、居心地のいい場所に居たんですけど、イルカ先生が居なくて……」
それだけがもう、すっごい淋しくってー。
「イルカ先生を探してたんでーす」
「……甘ったれですね、カカシさんは……」
「イルカてんてーが甘やかすからでーす」
甘えたカカシの声が、イルカの耳をくすぐる。
「ねえ、イルカ先生だったら、どーする?」
オレがいなくなったら、探してくれる?
「……状況によります」
「冷たいなあ」
不満そうな、でも予想通りという、諦めの混じった声。
そのまま黙ってしまいそうだったイルカが、ぼつりともらす。
「……だってアンタ、急に居なくなるかもしれないじゃないですか……」
それは、カカシも否定できない。
望むと望まざるとに関わらず、任務中に行方不明になる可能性はある。
そしてそのまま、永久にイルカの元から去っていくことだって考えられる。
だからですね、とカカシの背を抱くイルカの腕に力がこもった。
「だから、アンタが望んだんじゃなくって、居なくなったんなら……。それで、どうしても帰れなくて、居場所も知らせられないのなら、オレが探しにいってやりますよ」
どこへでもね。
「イルカ先生って、ホンット男前~♡」
「それはどうも。それで?」
「はい?」
「オレじゃアンタ探し出すのに時間かかるでしょうから、何年ぐらい待ってられます?」
「イルカ先生が探してくれてるんなら、千年でも待ちます」
「それでも見つけられなかったら?」
「オレも探しにいきますよ」
当然だと言わんばかりのカカシに、イルカはため息をつく。
「……アンタは探しにこれないって前提で話してたんですけどね……」
「そーうでした」
「それに、探しにこれるなら、もっと早く帰ってきてください」
「はい」
「普段は1秒だって我慢がきかないくせに」
次々に繰り出されるイルカの暴言を嬉しそうにカカシは聞いている。
「何、ニヤケてんですか」
「だーって、ねえ……」
イルカはカカシが千年待つということには何も触れなかった。
「千年、探してくれるんでしょ」
「……ああ。もう授業始まりますからっ、離してくださいっ」
「はぁい」
しぶしぶ腕の力を抜くと、少しの躊躇もなくイルカはその場を逃れる。
放り出されていた空の弁当箱をまとめ、まだ転がったままのカカシを覗き込んできた。
「……それからね、カカシさん。オレ、千年ぐらいじゃ、諦めませんよ」
言葉の最後は、軽くカカシの唇をかすめる。
次の瞬間、その能力をいかんなく発揮して、イルカは駆け去っていった。
呆然と、その姿を見送って、カカシは呟く。
「オレは……千年もイルカ先生、待たせませんかーらね」
今日の夕方にでも、またお会いしましょ。
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/11
UP DATE:2004/11/13(PC)
2008/11/23(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26
それは、たゆたう記憶の中。
淡い光に包まれた、暖かい場所。
───……カカシさん……
どこか遠くから、声がする。
カカシ。
それは、オレの名前だっただろうか。
───……カカシさん……
この声は、知っている。
懐かしいわけではないけれど、酷く懐かしくも思う。
優しくて、けれどちょっと心が読めない、声。
───……カカシさん……
……何故か、怒りを帯びてきたような……。
───……カカシ……
……ああ、そうだ。
*****
「……いい加減どきやがれ、エロボケ上忍っ」
気持ちよく午睡を漂っていたカカシの腕に抱き込まれ、右手の拳を震えるまで握り締めたイルカが毒づいていた。
その、怒りか羞恥かで真っ赤に染まったイルカの顔をぼんやりと眺めながら、カカシはのんびり確認する。
「……えーっと、このオイシイ状況は……」
「オイシイ言うな」
抱き枕よろしく、里が誇る上忍に両手両足で絡みつかれて一緒に寝転がされている割りに、中忍教師は強気だ。
無理もない。
ここは忍者アカデミーの裏庭で、今は昼休み。
うららかな日差しを遮る梢の下で、木漏れ日を浴びて男2人が抱き合っていた。
すぐ近くで子供たちは遊んでいるし、同僚が通りかかる可能性もある。
いくら2人の仲はバレバレとはいえ、こんな場所でのこんな状態を見られるのは教育上宜しくないし、噂に付属するのが尾ひれだけでなくなるだろう。
背びれや胸びれならまだしも、けばけばしい電飾やらオーストリッチの羽までがつきかねない。
鈴のついたブーケを手に、歌いながら大階段を下りてくる自分たちの噂話の姿を想像し、その嫌さ加減に顔をしかめてイルカは言う。
「もう昼休み終わるんで、放してもらえませんかねえ」
「もちょっとだけ、このままでー」
「じゃあせめて、この一方的な状況を改善させてください」
カカシの背を、イルカも抱き返す。
「ふふ~ぅん。イルカせんせーってばー♡」
「……そういやアンタ、なんの夢を見てたんですか?」
「夢、ですか?」
「人の膝で勝手に転寝して、うなされたと思ったら、突然抱きついてきたんです、アンタ…」
「寝ぼけた人間、避けられなかったんですか、中忍なのに」
「ああ、避けて冷たくあしらってよかったんですね。寝トボケ上忍は」
「いーいえ、受け止めてくれてウレシーでーす♡」
「それで? 誰かに抱きついてしまうような夢でも?」
「ああー」
なんといいますか。
「……アンタがね、居なかったんです……」
「は?」
「なんかすっごい、居心地のいい場所に居たんですけど、イルカ先生が居なくて……」
それだけがもう、すっごい淋しくってー。
「イルカ先生を探してたんでーす」
「……甘ったれですね、カカシさんは……」
「イルカてんてーが甘やかすからでーす」
甘えたカカシの声が、イルカの耳をくすぐる。
「ねえ、イルカ先生だったら、どーする?」
オレがいなくなったら、探してくれる?
「……状況によります」
「冷たいなあ」
不満そうな、でも予想通りという、諦めの混じった声。
そのまま黙ってしまいそうだったイルカが、ぼつりともらす。
「……だってアンタ、急に居なくなるかもしれないじゃないですか……」
それは、カカシも否定できない。
望むと望まざるとに関わらず、任務中に行方不明になる可能性はある。
そしてそのまま、永久にイルカの元から去っていくことだって考えられる。
だからですね、とカカシの背を抱くイルカの腕に力がこもった。
「だから、アンタが望んだんじゃなくって、居なくなったんなら……。それで、どうしても帰れなくて、居場所も知らせられないのなら、オレが探しにいってやりますよ」
どこへでもね。
「イルカ先生って、ホンット男前~♡」
「それはどうも。それで?」
「はい?」
「オレじゃアンタ探し出すのに時間かかるでしょうから、何年ぐらい待ってられます?」
「イルカ先生が探してくれてるんなら、千年でも待ちます」
「それでも見つけられなかったら?」
「オレも探しにいきますよ」
当然だと言わんばかりのカカシに、イルカはため息をつく。
「……アンタは探しにこれないって前提で話してたんですけどね……」
「そーうでした」
「それに、探しにこれるなら、もっと早く帰ってきてください」
「はい」
「普段は1秒だって我慢がきかないくせに」
次々に繰り出されるイルカの暴言を嬉しそうにカカシは聞いている。
「何、ニヤケてんですか」
「だーって、ねえ……」
イルカはカカシが千年待つということには何も触れなかった。
「千年、探してくれるんでしょ」
「……ああ。もう授業始まりますからっ、離してくださいっ」
「はぁい」
しぶしぶ腕の力を抜くと、少しの躊躇もなくイルカはその場を逃れる。
放り出されていた空の弁当箱をまとめ、まだ転がったままのカカシを覗き込んできた。
「……それからね、カカシさん。オレ、千年ぐらいじゃ、諦めませんよ」
言葉の最後は、軽くカカシの唇をかすめる。
次の瞬間、その能力をいかんなく発揮して、イルカは駆け去っていった。
呆然と、その姿を見送って、カカシは呟く。
「オレは……千年もイルカ先生、待たせませんかーらね」
今日の夕方にでも、またお会いしましょ。
【了】
‡蛙女屋蛙娘。@iscreamman‡
WRITE:2004/11/11
UP DATE:2004/11/13(PC)
2008/11/23(mobile)
RE UP DATE:2024/07/26
1/22ページ