ちゃきっ様

【バイトしましょ♪】
   ~ 午後 ~



 13:20 通常業務

 食事が終わるとイルカは書庫へと向かった。予定では受付だった筈だが…先刻言って居た『仕事の問題』と言うヤツと関わりがあるのかも知れない。
ごそごそと一人、古ぼけた書類を取り出しては何やら調べて、用紙に記入していくイルカ。
真剣且つ一生懸命なその姿に、改めて『教師』だな…と感じてしまった。適正ってヤツだ。受付以上にコッチが向いてる。
…尤も、それが忍としてどうかってのは別問題なのだが。
 入学者の内、かなりの数が忍以外の道を進む事になるのだから、早々『忍』一辺倒の教育を課す訳にも行かないのだし。
そう思うと、見直す…とまでは行かないものの存在を納得する事位は出来た。
 しかし、単調な作業は眺める方にも忍耐を強いるモノ。
ぼうっと…只管に、どうやら授業の下調べらしい行為を続けるイルカを見ていると。
「う~…少し休むか。」
 一段落付いたのか…使っていた書物を片付けて大きく伸びをし、書庫から出ていった。当然、俺も影から付いていく。
と、トイレへと入った相手に。…其処まで共有する気にもなれず、外から気配を読む。待つ事暫し。
 何事も無く用を済ませ給湯室へと向かう人を、再び付ける。と、全く気付いていない中忍は、自分で自分の茶を入れて立ったまま…一人寂しく休憩をとって、続きを行う為に書庫へと戻って行った。
 そしてまた、熱心に調べ物を開始する。丁寧で真剣なその作業を俺もまた、ぼんやりと眺め続ける。
だが。

「…?…」

 何か、が引っ掛かった。
それが何だか判らないものの、『忍』としての俺の勘に触るソレに。俺は抜けていた気を引き締め…しっかりと『イルカ』の挙動を確認する。
そして、気付いた。

 コイツ、チャクラを纏ってる…!!

 薄い…俺でさえもうっかり見落しそうな位完全に『身体』と同化した、チャクラの活性。それは紛う事無く『変化』の証。
だが、『本人』がそんな事をする必要が有る訳も無く…
 何時の間に、なんて考えるまでもない。先刻の休憩だ。俺が眼を離した…あのトイレの中で、あの男は目の前に居るヤツと入れ替わったのだろう。
術の発動も、気配も。何一つ気取らせず、に。

 気付いた途端、頭に血が上った。
してやられたのだ、俺は。…あの、ボケた中忍風情に。

  考えるより先に身体が動いた。瞬身で姿を現し同時に結界を張る。そして、低く…凝らした声で
「イルカはどうした。」
 とだけ、言った。
 感付かれていたのだ。俺が、観察している事を。感付かれて、逃げられた。…内勤の、中忍に。
 動揺が苛立ちとなり怒りとなる。
だが。周囲から隔離した上で『上忍の殺気』をぶつけた、俺に。

「任務です。」

 イルカの姿をした相手は。
襟首を掴まれた状態だと言うのに全く怯む様子も見せずにっこりと…イルカそのものの笑みで…答えて来たのだ。

「…任務?」
 問い返した声に、あからさまに不審が混じってしまう。
アカデミー教師とて確かに中忍。任務要請があっても不思議は無い。無いのだが…
あの中忍が態々『受付業務』を抜けてまで行かねばならぬ任務…それが判らない。
 これは最近知ったのだが内勤の中でも特に毒の無い、あの雰囲気故に。…イルカは人気の『受付嬢』になっていた。
 依頼に来る一般人や任務で疲れ果てて帰って来た…忍には非常に好評らしい。俺だったら殴り倒したくなると思うのだが、これは見解の相違という奴なので保留として置く。
 しかし、忍者だって所詮は客商売。『接客』の上手い者を表にだすのは当然な訳で。…なのに、ワザワザ…?

「お前。食堂に居た奴だな?」
 ふと、思い当たって確認する。それに
「正解!」
 やたら明るい声と共にボフン…と、男が本来の姿に戻った。イルカ同様ぽやけた印象の平凡そうな男である。

「流石はたけ上忍!良く気付きましたねv」
 俺、変化には些か自信があるんですけど、見破られちゃいましたか

 『上忍』を謀ったと言うのに欠片も緊張感の無い男。怒りが再燃して来た俺は、それを殺気に変えて注いだ。
なのに
「…イルカは?」
「だから任務ですって。」
 まさか任務内容を教えろとは言いませんよね 守秘義務はどんな任務にだってちゃんとあるんですから
 鈍いのか馬鹿なのか…にこにこと、俺から発せられる気等感じてもいない様に応えてくる相手。
イルカとはまた違った毒の無い笑みが、却って神経を逆撫でする。

「…では、聞こう。何で身代わりを立ててまで俺を騙した?」

 事と次第によっては徒じゃ置かない…と言外の圧力を掛ける。

「そんなの。任務に付いて来られたら面倒だからに決まってます。」
 これまたあっさりと『正論』が返された。
「それとも任務だって判ったら、大人しく里で待ってて下さいましたか?」
 含み笑いをしながら、上目遣いに見上げられ。
「…」
 返事に詰まる。『任務』だとしても…俺は付いて行ったかも知れない。あの男への報告、と言う名目の元…半分は興味本位で。
そしてそれは…確かに、許される事では無い。
 だからと言って遣り込められるのは耐えられず。返せぬ答えの代わりに苛立ちを『気』に篭めて、向ける。
中忍なら腰を抜かす処か心臓が止まっても不思議は無い筈の…『気』に。だが男は

「これって『ストーカー』ですか?」
 それとも『任務』ですかぁ?
 動じる事無く、脳天気な笑顔で尋ねて来た。その声音の裏に含みを感じるのは気のせいでは無い筈だ。
…コイツは一体…

 改めて俺が男を凝視している間に
「ま、任務じゃ無いなら。」
 と。襟首をしっかり掴んだままだった俺の手に男の手が触れ。
「付き合う謂れはありませんよねv」
 途端、俺の意思を無視して力が抜け落ちて…
「!?」
 慌てて掴み直すより前に、男は消えていた。
焦って探っても気配一つ感じさせない。

「…っ…」

 不覚、だった。
俺は、イルカとあの男…二人の中忍に完全に手玉に取られた、のだ…



→[深夜]
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