ちゃきっ様
【バイトしましょ】
~ 午前 ~
6:30 起床
態々顔を見ている必要も無いだろうと、屋根に潜んで調査する。
自宅で、しかも寝起きで気配を誤魔化す輩が居る訳も無く、『対象』は家の中を慌しく動き回っている。
本日の朝食は、御飯に昨夜の味噌汁、卵焼きとおしんこ・海苔と言った物だ。さっきチラっと窓から確認した。
そして『対象』はと言うと、さっさと食べ終えた器を流しに浸し。自分は洗面所で鬚を剃っている。それから髪紐を手に『尻尾』を作成し。
…戸締りを確認すると飛び出して行った。
まさか、あの人だったとはね…
何度目かの、溜息。承諾した後で今更ながらに『標的』の名を問えば、出て来たのは部下達の大切な『中忍教師』だった。
自分の迂闊さに歯噛みしたのだが、受けてしまった以上反故にする訳にも行かない。
幸い、そのすぐ翌日は『班の休日』で。その上、此処数日の任務と鍛錬でクタクタになっていたあいつらとは違い、俺は純粋に暇。
と、あらゆる条件が重なっていた上…頼んで来た奴からも
『徒の素行調査だ。所謂『醜聞』ってのや恋人の有無を調べといて欲しいだけらしいからさ。』
任務程気負ってやらなくても充分だ 但し『醜聞』関係は見逃さないでくれよ
と有難くも気の抜ける言葉を貰っていた。何でもお堅い家で、単なる『恋人』であってもそれなりの良識を求めるらしい。
つまり俺みたいのは駄目って事
思わず笑ってしまう。だが、そう言う家の娘に見初められちゃう位『真面目な』中忍に、少し位『付き合って』からでも構わないか…とも思ったのだ。
純粋に興味本位で。…そして実際、まだ始まったばかりの一日は想像した通りに展開していた。
付かず離れず、屋根の上を移動しながら接触する人間を一応確認する。
「おはよっセンセ」「おはよう!」
『対象』…イルカセンセイは、元気な挨拶を子供や近所の人間と交じ合しながら颯爽と出勤して行く。
…如何にも、だねぇ
いつも元気で明るい『学校の先生』。第一印象そのまんまである。
隠れて付いて行く俺に気付きもせずセンセイは沢山の人々と挨拶を交してアカデミーへと入った。
「よっイルカ、相変わらずモテるな!」
どこぞの濃い上忍に良く似た挨拶をしてくるのはイルカの同僚、らしい。あのノリの人間は何処にでも居るものなのか…うげ。
「まぁな~でも今日のはちょっと凄いぞ。」
「…みたいだな。頑張れよ!」
手伝うからさ と、明るく言って二人は並んで歩いて行く。
凄い?何が??
特に変わった様子はなかったが…
内心首を傾げつつ。まぁ、特に気にするまでも無いか…と放って置く事にした。
7:30 勤務開始
こいつら全員、一応『忍』なんだよなぁ…
シャカシャカ動く『中忍師』達を眺めながらそう思う。受付担当達を見た時もそう思ったが、忍らしい緊張感が全くない。
しかも、こいつらには『真面目』そうで『堅物』そうな…特別上忍のエビスにも共通した『教育者っっ』て空気が纏い付いていた。
その点が俺達上忍師とは違うと思う。
上忍待機所に居る上忍師達は確かに戦忍なんかに比べれば穏やかではあるが、紛う事無く『忍』の気を纏っている。
アカデミーから出て来たばかりの、雛ですら無い…初歩の『技術』は学んでいても実際には何も身に付いていない卵に。
『忍』として仕込むのが俺達の仕事だからだ。当然忍らしい『空気』を持って当たっている。
こいつらの様に、『一般人』と『忍予備軍』混合状態の所に纏めて教えているのとはランクが違うのだ。
心構えも、危険度も。
と、俺が感慨深く眺めている間にも『業務連絡』は終わって。皆わらわらと散って行く。
どうやらイルカがそうである様に受付その他兼任の奴が多いらしい。…まぁ、そうだろう。『外』に行く忍と違って外貨を稼いで来ないのだ。
絶対に必要な役割とは言え、少人数で使い回した方が里の利益に繋がるってモンである。
イルカはどうやら、午前中一杯『授業』らしい。俺はイルカの居る教室の、すぐ傍らの樹に隠れて『調査』を続行する事にする。
本当に平和だねぇ…
この教室は文字通りの『初期教育』の場らしく…忍文字ですら無い普通の、『文字』の読み方と書き方を学んでいる。
それさえも碌に書けない餓鬼共がキャイキャイ騒ぐのを、イルカは一人で叱ったり褒めたりしながら指導している。
俺がアカデミーに居た頃はもっとカッチリしてたよな…
時代がまだキナ臭かったお陰で、子供も『強い忍にならねばならない』意識が有りもっと必死で学んでいた…と思う。少なくとも此処までぽやぽやした空気は漂っていなかった…と思う。
「ほら、其処っ居眠りするんじゃない!」
唐突な大音声に、思わず樹から落ち掛ける。少しうとうとしてしまった様だ。
イルカの気配は怒鳴っていても穏やかで、意識の端で捕らえていても何の警戒心も感じさせない。…ので、つい気が緩んでしまったらしい。
上忍に有るまじき失態に、少し凹む。コレも忍らしくないイルカが悪い!と開き直って睨み付けるが。ボケた中忍は気付かぬまま子供達の頭なんぞ撫でていたりする。…畜生。
「こらこら、八つ当たりしても仕方無いぞ~ちゃんとやる事やろうな!」
ガシガシと、練習帳を乱暴に書き殴る『眠っていた』子に。爽やかに言い聞かせている言葉が、妙に胸に突き刺さる…
12:30 昼食
今日はどうやら食堂らしい。俺も腹が減って来たので隅の方で食べる事にする。『安い、早い』が自慢の食堂は栄養バランスの優れた定食を出す事も相俟って結構な人数の忍でごった返している。これなら俺が混じっていてもイルカは気にも止めないだろう。
お薦め日替わり定食…今日は肉じゃが…を手に、イルカの居るテーブルが見える位置に座る。同じテーブルに朝方挨拶していた同僚と、やはり似た様な雰囲気のくの一が二人席に着いている。
しかし女と一緒だと言うのにちっともそれっぽい空気が流れない辺が何と言おうかあの人、諜報には向いてるかもしれないね。色仕掛けは無理だろうけど。
なかなか美味い茄子の味噌汁に気を良くしながら観察を続けていると
「あの…こちら宜しいですか?」
顔を赤くしたくの一が盆を掲げて立っていた。
「…ああ。」
本当は邪魔だが、この混雑でテーブルに一人座って居るのは却って目立つ。
頷いた俺に、嬉しそうな女が嬉々として何やら話し掛けて来るのを適当に流して。あの同僚と何やらじゃれているイルカの会話に聞き耳を立てる。
どうせ職場の話だとは思うが何か『情報』があるかも知れない。恋人の惚気ってのはこう言う時にこそ、ポロッと零れ易いものだ。
『じゃあ、頼むな。』『あぁ、任せとけって。』
イルカの願いに、同僚がポンと胸を叩いて承諾する。
『でも無理するなよ。出来るだけで良いんだから。』『判ってるって。俺もそう、ムキになんねぇって。』
笑い合う二人に、女が
『あら、何の話ですか?』と口を挟んだ。良いタイミングだ。
『あぁ。実は少々仕事に問題が起きてしまいまして。幸いコイツ、今日は早番だって言うから。』『お手伝いサン決定って訳で~す。』
にこにこ笑う同僚の男。コイツも大概明るいね。ボケた中忍同士良いコンビだ。
しかし、仕事絡みで『無理せず』『出来るだけ』が許されるとは恐れ入った。本当に世界が違う。
…任務は。完遂してこそ、なのだから。
俺の内心が滲み出たのか、目の前で何やら盛り上がって話して居た女が慌てて席を立つ。俺も…イルカ達の食事が終わったのが見て取れたので…黙って食堂を後にした。
やはりアイツは…いやアイツラは、気に喰わない。そう思いを新たにしながら…
→[午後]
~ 午前 ~
6:30 起床
態々顔を見ている必要も無いだろうと、屋根に潜んで調査する。
自宅で、しかも寝起きで気配を誤魔化す輩が居る訳も無く、『対象』は家の中を慌しく動き回っている。
本日の朝食は、御飯に昨夜の味噌汁、卵焼きとおしんこ・海苔と言った物だ。さっきチラっと窓から確認した。
そして『対象』はと言うと、さっさと食べ終えた器を流しに浸し。自分は洗面所で鬚を剃っている。それから髪紐を手に『尻尾』を作成し。
…戸締りを確認すると飛び出して行った。
まさか、あの人だったとはね…
何度目かの、溜息。承諾した後で今更ながらに『標的』の名を問えば、出て来たのは部下達の大切な『中忍教師』だった。
自分の迂闊さに歯噛みしたのだが、受けてしまった以上反故にする訳にも行かない。
幸い、そのすぐ翌日は『班の休日』で。その上、此処数日の任務と鍛錬でクタクタになっていたあいつらとは違い、俺は純粋に暇。
と、あらゆる条件が重なっていた上…頼んで来た奴からも
『徒の素行調査だ。所謂『醜聞』ってのや恋人の有無を調べといて欲しいだけらしいからさ。』
任務程気負ってやらなくても充分だ 但し『醜聞』関係は見逃さないでくれよ
と有難くも気の抜ける言葉を貰っていた。何でもお堅い家で、単なる『恋人』であってもそれなりの良識を求めるらしい。
つまり俺みたいのは駄目って事
思わず笑ってしまう。だが、そう言う家の娘に見初められちゃう位『真面目な』中忍に、少し位『付き合って』からでも構わないか…とも思ったのだ。
純粋に興味本位で。…そして実際、まだ始まったばかりの一日は想像した通りに展開していた。
付かず離れず、屋根の上を移動しながら接触する人間を一応確認する。
「おはよっセンセ」「おはよう!」
『対象』…イルカセンセイは、元気な挨拶を子供や近所の人間と交じ合しながら颯爽と出勤して行く。
…如何にも、だねぇ
いつも元気で明るい『学校の先生』。第一印象そのまんまである。
隠れて付いて行く俺に気付きもせずセンセイは沢山の人々と挨拶を交してアカデミーへと入った。
「よっイルカ、相変わらずモテるな!」
どこぞの濃い上忍に良く似た挨拶をしてくるのはイルカの同僚、らしい。あのノリの人間は何処にでも居るものなのか…うげ。
「まぁな~でも今日のはちょっと凄いぞ。」
「…みたいだな。頑張れよ!」
手伝うからさ と、明るく言って二人は並んで歩いて行く。
凄い?何が??
特に変わった様子はなかったが…
内心首を傾げつつ。まぁ、特に気にするまでも無いか…と放って置く事にした。
7:30 勤務開始
こいつら全員、一応『忍』なんだよなぁ…
シャカシャカ動く『中忍師』達を眺めながらそう思う。受付担当達を見た時もそう思ったが、忍らしい緊張感が全くない。
しかも、こいつらには『真面目』そうで『堅物』そうな…特別上忍のエビスにも共通した『教育者っっ』て空気が纏い付いていた。
その点が俺達上忍師とは違うと思う。
上忍待機所に居る上忍師達は確かに戦忍なんかに比べれば穏やかではあるが、紛う事無く『忍』の気を纏っている。
アカデミーから出て来たばかりの、雛ですら無い…初歩の『技術』は学んでいても実際には何も身に付いていない卵に。
『忍』として仕込むのが俺達の仕事だからだ。当然忍らしい『空気』を持って当たっている。
こいつらの様に、『一般人』と『忍予備軍』混合状態の所に纏めて教えているのとはランクが違うのだ。
心構えも、危険度も。
と、俺が感慨深く眺めている間にも『業務連絡』は終わって。皆わらわらと散って行く。
どうやらイルカがそうである様に受付その他兼任の奴が多いらしい。…まぁ、そうだろう。『外』に行く忍と違って外貨を稼いで来ないのだ。
絶対に必要な役割とは言え、少人数で使い回した方が里の利益に繋がるってモンである。
イルカはどうやら、午前中一杯『授業』らしい。俺はイルカの居る教室の、すぐ傍らの樹に隠れて『調査』を続行する事にする。
本当に平和だねぇ…
この教室は文字通りの『初期教育』の場らしく…忍文字ですら無い普通の、『文字』の読み方と書き方を学んでいる。
それさえも碌に書けない餓鬼共がキャイキャイ騒ぐのを、イルカは一人で叱ったり褒めたりしながら指導している。
俺がアカデミーに居た頃はもっとカッチリしてたよな…
時代がまだキナ臭かったお陰で、子供も『強い忍にならねばならない』意識が有りもっと必死で学んでいた…と思う。少なくとも此処までぽやぽやした空気は漂っていなかった…と思う。
「ほら、其処っ居眠りするんじゃない!」
唐突な大音声に、思わず樹から落ち掛ける。少しうとうとしてしまった様だ。
イルカの気配は怒鳴っていても穏やかで、意識の端で捕らえていても何の警戒心も感じさせない。…ので、つい気が緩んでしまったらしい。
上忍に有るまじき失態に、少し凹む。コレも忍らしくないイルカが悪い!と開き直って睨み付けるが。ボケた中忍は気付かぬまま子供達の頭なんぞ撫でていたりする。…畜生。
「こらこら、八つ当たりしても仕方無いぞ~ちゃんとやる事やろうな!」
ガシガシと、練習帳を乱暴に書き殴る『眠っていた』子に。爽やかに言い聞かせている言葉が、妙に胸に突き刺さる…
12:30 昼食
今日はどうやら食堂らしい。俺も腹が減って来たので隅の方で食べる事にする。『安い、早い』が自慢の食堂は栄養バランスの優れた定食を出す事も相俟って結構な人数の忍でごった返している。これなら俺が混じっていてもイルカは気にも止めないだろう。
お薦め日替わり定食…今日は肉じゃが…を手に、イルカの居るテーブルが見える位置に座る。同じテーブルに朝方挨拶していた同僚と、やはり似た様な雰囲気のくの一が二人席に着いている。
しかし女と一緒だと言うのにちっともそれっぽい空気が流れない辺が何と言おうかあの人、諜報には向いてるかもしれないね。色仕掛けは無理だろうけど。
なかなか美味い茄子の味噌汁に気を良くしながら観察を続けていると
「あの…こちら宜しいですか?」
顔を赤くしたくの一が盆を掲げて立っていた。
「…ああ。」
本当は邪魔だが、この混雑でテーブルに一人座って居るのは却って目立つ。
頷いた俺に、嬉しそうな女が嬉々として何やら話し掛けて来るのを適当に流して。あの同僚と何やらじゃれているイルカの会話に聞き耳を立てる。
どうせ職場の話だとは思うが何か『情報』があるかも知れない。恋人の惚気ってのはこう言う時にこそ、ポロッと零れ易いものだ。
『じゃあ、頼むな。』『あぁ、任せとけって。』
イルカの願いに、同僚がポンと胸を叩いて承諾する。
『でも無理するなよ。出来るだけで良いんだから。』『判ってるって。俺もそう、ムキになんねぇって。』
笑い合う二人に、女が
『あら、何の話ですか?』と口を挟んだ。良いタイミングだ。
『あぁ。実は少々仕事に問題が起きてしまいまして。幸いコイツ、今日は早番だって言うから。』『お手伝いサン決定って訳で~す。』
にこにこ笑う同僚の男。コイツも大概明るいね。ボケた中忍同士良いコンビだ。
しかし、仕事絡みで『無理せず』『出来るだけ』が許されるとは恐れ入った。本当に世界が違う。
…任務は。完遂してこそ、なのだから。
俺の内心が滲み出たのか、目の前で何やら盛り上がって話して居た女が慌てて席を立つ。俺も…イルカ達の食事が終わったのが見て取れたので…黙って食堂を後にした。
やはりアイツは…いやアイツラは、気に喰わない。そう思いを新たにしながら…
→[午後]