鈴様
【旅の宿】
珍しく二人の休暇が重なった。
俺と恋人のイルカ先生の休暇だ。
いつも俺が「先生が平日休み取れたらいいのに。」と
そうなれば一緒に温泉でも ゆっくり行くのにね、なんて言っていた願いが叶ったのだ。
さっそく旅行代理店から幾つかパンフレットを頂いて来る。
そして夕飯も済み、イルカ先生が俺のあとに風呂に入り
「温まった~。」なんて、缶ビール片手に極楽顔で茶の間に戻って来た時
パッと目に入るよう卓袱台の上にパンフレットを広げておいた。
「 ! パンフレット。貰って来たんですか!」
ニコニコと嬉しそうに腰をおろし
缶ビールを卓袱台に置いて、先生は笑顔のままパンフレットを手に取る
「 先生が好きそうな所を選んできました。」
嬉しそうな彼の顔を見て、多分それ以上に嬉しくなった俺の尻には
ぶんぶん左右に振っている尻尾が見えていたに違いない
先生はパンフレットを広げて「凄いなぁ、露天風呂が各部屋に付いている。」と感嘆したり
「~山の幸、海の幸豪華お夕食~かぁ!」と目を輝かせたり
俺は そんな先生を見ているだけで幸せなんだけど
彼と しっぽり温泉宿で過ごす事を考えると、それだけで興奮してくる。
「せんせ、良い宿を選んでおいてね。そして予約も入れちゃって構わないから。」
「何処でもいいんですか?うーん迷うなぁ。」
「あの… 値段は気にせずにね、こんな時くらい遠慮しないで。」
先生が気に入った宿なら宿ごと買っても良いとさえ思うんだから。本当だよ。
「ね、せんせ。もう寝よ?明日は俺早いし。」
立ち上がり彼に手を伸ばすと、先生は ほんのり頬を染めて小さく頷き俺の手を取り立ち上がる
「俺が任務から帰った翌日から二泊ね。」
俺は明日から二週間の任務に出る。
大名の護衛だから、よほどの事が無い限り 予定通りに里へ戻れる。
「俺 予約するんで、二人分予約するんで。」
そう言いながら、言いたい事は分かるよな?って目で俺を見つめてくる先生が可愛くて
今夜も無理させちゃうかな?なんて 心の中で苦笑いしながら
彼をベッドに沈めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
任務は予定通り、滞りなく終わり
俺は愛するイルカ先生のもとへと帰る。
「え?教えてくれないの?」
任務帰りの埃っぽい忍服を脱衣場で脱ぎながら
俺から渡された服を洗濯機へ入れているイルカ先生を見た。
「はい。何処の宿かは行ってからのお楽しみ!でも…きっとカカシさんも気に入ってくれますよ?」
ニヤリと狡い笑顔を見せて、俺の最後の一枚をポイッと洗濯機へ放り投げた。
『俺も気に入るような宿?全室が離れ座敷になっているとか?』
その方が二人きりを、より満喫出来そうだもんなぁ。
『せんせーったら、やーらしいんだからv』
ウフフとスケベ笑いをしながら裸のまま
洗濯機に洗剤を入れる先生を背後から抱き締める。
「あーっもうっ!さっさと入って来てくださいよっ。汚れを落として来てください!」
「ちぇっ。はーい、わかりまーしたっ!」
先生に叱られながらも こんな日常が一番幸せな時間なんだと思うから、俺は小さく笑うのだ。
風呂から上がると、夕飯にはまだ早いので冷えた缶ビールと枝豆を出された。
「お腹空いてないって言うけど、枝豆くらいは食べられますよね?」
そう言いながらの大量の枝豆。
いや、半分は先生のおやつなんだけどね。(茶菓子?と言うべきか)
「カカシさんの新しい下着、俺のと色違いで買っておきました。」
旅行の荷物を確認しながら、へへへと笑い 俺にチャコールグレイのボクサーパンツを見せる。
「俺のは黒~♪」
楽しそうに下着を背嚢にしまい込む。
てか、旅行に行くのに背嚢か。
そんなに荷物あんの?
「随分な荷物だね。男二人の二泊なのに。」
「あ、えっと… 二泊だし、暇な時間が有ったらこの前 子供達に書かせた作文チェックしようかな~なんて思いまして… 」
ビールを卓袱台に置き、彼の側まで行って背嚢の中を覗くと
有った有った。作文用紙が入った大きな紙袋が。
「やめてください。なんの為の旅行ですか。仕事を持っていくの厳禁!」
「 … ですよね。」
ショボンとしながら項垂れたが、チロリと俺を上目遣いに見たかと思うと
「本の代わりに読むくらいなら…?」
そ、そんな可愛い顔したって…
「本の代わりですね?俺が構って欲しい時はやめてくださいね?」
「 はいっ!」
ああ… この嬉しそうな笑顔に弱いのよ 俺
「えーと、他に何か有ったかな持っていく物…」
楽しそうに荷物を纏めるイルカ先生を見ながら、この幸せがいつまでも続きますようにと
願わずにいられない俺だった。
実は あまり移動に時間も取りたくないから
行く先は木の葉隠れから少し離れただけの温泉地だ。
それでも俺達には贅沢な旅行
「先生 宿は何処ですか?こんな町外れに まだ宿は有るの?」
温泉街に入り、此処かと思われる高級旅館前で歩く速度を落としても
先生はスタスタと通り過ぎて行く
「もう少しです。あの林の手前を左に曲がったらすぐです。」
こんな町外れに?
ああそうか。隠れ家的な、二~三組の泊まり客しか取らないような宿でも有るのかな。
角を曲がり、道の先を見ても宿らしい風雅な建物なぞ見当たらない。
有るのは一件の大きな茅葺き屋根の家だけ。
「お待たせしました。此処ですよカカシさん。」
ニコニコと笑いながら、先生が手で示したのは
まさにその茅葺き屋根の家だった。
「 ? 看板有りませんよ?ホントにここ?」
「そうですよ。普通の民家に見えますが、一度に一組の客しか泊まれないので看板は出してないそうです。」
ひと組。 一組って言った?
「俺と先生しか泊まり客は居ないの?」
「はい。奥の山側の部屋だけです。」
奥の山側… ? やけに詳しいじゃない。
「せんせ、来たこと… 」
「あ!おかみさんが出迎えてくれてます!早く!カカシさん!」
まあいいか。あとで問い詰めてやる
「いらっしゃいませ、うみの様。」
「はいっ!二泊よろしくお願いします。」
女将は六十も後半だろうか?特別高そうな着物を着ている訳でもなく
仲居のよう前掛けを付けている。
「そちらの方が御一緒の はたけ様でございますね?」
不思議と懐かしいものでも見るような表情で俺を見る。
「ではこちらへ。」
女将に案内され、先生が言った通りの奥の山側の部屋へ通された。
先生は室内をぐるりと見渡し、何か言いたげな… ともすれば泣きそうな
そんな表情を見せていた。
女将が夕飯の時間や裏に有る露天風呂の説明を一通りして退室すると
俺は早速先生を横から抱き締め聞いてみた。
「ねえ先生。あなたこの宿に来たこと有るんでしょ?」
「… ええ まあ… !! 」
躊躇いがちな返事に、勝手に嫉妬した俺は、先生を押し倒し喉元にクナイをあてる。
「酷い。 何処の誰と来たんですか。どんな思い出が有るのか知らないけれど、そんな所に俺を連れて来るなんて… 」
俺に押し倒され、クナイまで見せられているのに先生は表情も変えず…
でも静かに笑みを浮かべて こう答えた
「父と… 母と。」
「 え? 」
「両親と、です。亡くなる年の春に。」
俺はクナイをそうっと引っ込め「ごめんなさい。」と静かに謝った。
「本当にやきもち焼きだよなぁ、カカシさんは。」
クスクスと笑われても何も言い返せずに、俺は唇を尖らせて顔を赤く染める事しか出来なかった。
イルカ先生が子供の頃に御両親と泊まった宿。
確かに俺も気に入るはずだ。
部屋は二間続きで広く、窓の外には川が流れ山がせまり自然の音しか聞こえない。
こんないい宿が近場に有ったとは、灯台もと暗しだ。
「カカシさん、夕飯は豪華な物は出ませんよ?別にいいですよね?」
「え?そうなの?まあ… 別にいいですけど。」
「ここは前もって泊まり客の食べたいものを出してくれるんです。」
「… まさか先生ラー…」
「頼んでませんっ!」
ケタケタと笑う俺に、今度は先生が唇を尖らせ「天ぷらは出ますよ。」と意地悪を言う
聞けば前回御両親と泊まられた時の料理を再現して貰ったそうだ。
(宿泊客に出した料理は、ずっと記帳してある宿らしい)
「父ちゃん天ぷら好きだったんで。あ、でもカカシさんは別メニューにして有るから大丈夫です。」
それを聞いて安心し、ゴロリとイ草の良い香りがする畳に寝転がった。
それからは 夕飯前に二人で露天風呂へ行き
イチャイチャしたがる俺は先生に叱られながらも気持ちの良い湯に癒され
部屋に戻れば、御馳走が運ばれるまで先生の膝枕でうつらうつらしていた。
「失礼します。お夕食をお持ちいたしました。」
廊下からの声に、俺もスッと起きて胡座をかく
「ご飯のおかわりは、此方のお櫃に入っております。」
先程の女将と、仲居の女性が二人
テーブルの上に次々と料理の乗った皿を置いていく
確かにイルカ先生の料理と俺のとは違うようだ。
「 ! これ… 」
ふと魚に目が行った。 四角い皿の上には鰯の煮付け。
先生が「骨が多くて… 」と敬遠してフライくらいしか食べない魚だ。
「… カカシさん、味噌汁も見てください。」
「 ? 」
きっと茄子の味噌汁 と、思ったら
「… これは… 」
ナラタケの味噌汁。
「先生、これどういう事?… 鰯の煮付けもナラタケの味噌汁も… 俺の父さんが好んで食べたものだ。」
先生が優しい眼差しで俺を見つめたが、俺の問いに答えたのは女将だった。
「はたけ様が奥様といらした時のお献立でございます。」
「 え? 」
「カカシさんの御両親が泊まられた時に出されたものを頼みました。」
ここの宿は“はたけ上忍から薦められた”と父が言っていたのを思い出したので。
先生が少し泣きそうな笑顔で教えてくれた
「お父上とよく似たお姿に、私も胸がいっぱいでした。」
目頭を押さえて女将が言う
「父さんと… 母さん?」
正直 俺には母の記憶があまり無い。
「父さんと母さんが食べた料理… と言うことは、この部屋にも泊まったと言うことですか。」
改めて部屋を見回す。
「カカシさん、料理が冷めてしまいますよ。食べましょう!」
「 先生… 」
女将達が そっと部屋を出ていったあと
正直俺は、堪えきれずに涙した。
カカシさん、大丈夫?ごめんなさい内緒にしていて。
そう言い寄り添ってくれる恋人が、愛おし過ぎて堪らない
幸せ過ぎて堪らない
此処で過ごした父さん母さんも、穏やかなこの場所で幸せを噛み締めていただろうか
「先生… 」
「はい?」
「愛してる。ずっと離さないんだからね。」
「はい。俺もです。」
隣にいる恋人にギュウッと抱きつき
父と母に彼を紹介出来なくて残念だったと
会わせたかったと そう思った。
「さあ食べましょう。お互い両親を偲んで… て、なんだかお通夜みたいになっちゃったなぁ!」
わはは!と明るく笑う先生に「まったく貴方って人は… 」と釣られて笑い
「また一緒に来ようね?」
愛しくて堪らないと言う思いをのせて彼に口づけをした。
ありがとう先生 俺の最高の恋人
【終】
[鈴@猫だるま]
DL:2014/10/06
UP DATE:2014/10/06
RE UP DATE:2024/08/20
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
相互リンクしている【猫だるま】の鈴さんに『旅の宿』というお題でリクエストした小説を頂きました!
鈴様ありがとうございました。
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
珍しく二人の休暇が重なった。
俺と恋人のイルカ先生の休暇だ。
いつも俺が「先生が平日休み取れたらいいのに。」と
そうなれば一緒に温泉でも ゆっくり行くのにね、なんて言っていた願いが叶ったのだ。
さっそく旅行代理店から幾つかパンフレットを頂いて来る。
そして夕飯も済み、イルカ先生が俺のあとに風呂に入り
「温まった~。」なんて、缶ビール片手に極楽顔で茶の間に戻って来た時
パッと目に入るよう卓袱台の上にパンフレットを広げておいた。
「 ! パンフレット。貰って来たんですか!」
ニコニコと嬉しそうに腰をおろし
缶ビールを卓袱台に置いて、先生は笑顔のままパンフレットを手に取る
「 先生が好きそうな所を選んできました。」
嬉しそうな彼の顔を見て、多分それ以上に嬉しくなった俺の尻には
ぶんぶん左右に振っている尻尾が見えていたに違いない
先生はパンフレットを広げて「凄いなぁ、露天風呂が各部屋に付いている。」と感嘆したり
「~山の幸、海の幸豪華お夕食~かぁ!」と目を輝かせたり
俺は そんな先生を見ているだけで幸せなんだけど
彼と しっぽり温泉宿で過ごす事を考えると、それだけで興奮してくる。
「せんせ、良い宿を選んでおいてね。そして予約も入れちゃって構わないから。」
「何処でもいいんですか?うーん迷うなぁ。」
「あの… 値段は気にせずにね、こんな時くらい遠慮しないで。」
先生が気に入った宿なら宿ごと買っても良いとさえ思うんだから。本当だよ。
「ね、せんせ。もう寝よ?明日は俺早いし。」
立ち上がり彼に手を伸ばすと、先生は ほんのり頬を染めて小さく頷き俺の手を取り立ち上がる
「俺が任務から帰った翌日から二泊ね。」
俺は明日から二週間の任務に出る。
大名の護衛だから、よほどの事が無い限り 予定通りに里へ戻れる。
「俺 予約するんで、二人分予約するんで。」
そう言いながら、言いたい事は分かるよな?って目で俺を見つめてくる先生が可愛くて
今夜も無理させちゃうかな?なんて 心の中で苦笑いしながら
彼をベッドに沈めた。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
任務は予定通り、滞りなく終わり
俺は愛するイルカ先生のもとへと帰る。
「え?教えてくれないの?」
任務帰りの埃っぽい忍服を脱衣場で脱ぎながら
俺から渡された服を洗濯機へ入れているイルカ先生を見た。
「はい。何処の宿かは行ってからのお楽しみ!でも…きっとカカシさんも気に入ってくれますよ?」
ニヤリと狡い笑顔を見せて、俺の最後の一枚をポイッと洗濯機へ放り投げた。
『俺も気に入るような宿?全室が離れ座敷になっているとか?』
その方が二人きりを、より満喫出来そうだもんなぁ。
『せんせーったら、やーらしいんだからv』
ウフフとスケベ笑いをしながら裸のまま
洗濯機に洗剤を入れる先生を背後から抱き締める。
「あーっもうっ!さっさと入って来てくださいよっ。汚れを落として来てください!」
「ちぇっ。はーい、わかりまーしたっ!」
先生に叱られながらも こんな日常が一番幸せな時間なんだと思うから、俺は小さく笑うのだ。
風呂から上がると、夕飯にはまだ早いので冷えた缶ビールと枝豆を出された。
「お腹空いてないって言うけど、枝豆くらいは食べられますよね?」
そう言いながらの大量の枝豆。
いや、半分は先生のおやつなんだけどね。(茶菓子?と言うべきか)
「カカシさんの新しい下着、俺のと色違いで買っておきました。」
旅行の荷物を確認しながら、へへへと笑い 俺にチャコールグレイのボクサーパンツを見せる。
「俺のは黒~♪」
楽しそうに下着を背嚢にしまい込む。
てか、旅行に行くのに背嚢か。
そんなに荷物あんの?
「随分な荷物だね。男二人の二泊なのに。」
「あ、えっと… 二泊だし、暇な時間が有ったらこの前 子供達に書かせた作文チェックしようかな~なんて思いまして… 」
ビールを卓袱台に置き、彼の側まで行って背嚢の中を覗くと
有った有った。作文用紙が入った大きな紙袋が。
「やめてください。なんの為の旅行ですか。仕事を持っていくの厳禁!」
「 … ですよね。」
ショボンとしながら項垂れたが、チロリと俺を上目遣いに見たかと思うと
「本の代わりに読むくらいなら…?」
そ、そんな可愛い顔したって…
「本の代わりですね?俺が構って欲しい時はやめてくださいね?」
「 はいっ!」
ああ… この嬉しそうな笑顔に弱いのよ 俺
「えーと、他に何か有ったかな持っていく物…」
楽しそうに荷物を纏めるイルカ先生を見ながら、この幸せがいつまでも続きますようにと
願わずにいられない俺だった。
実は あまり移動に時間も取りたくないから
行く先は木の葉隠れから少し離れただけの温泉地だ。
それでも俺達には贅沢な旅行
「先生 宿は何処ですか?こんな町外れに まだ宿は有るの?」
温泉街に入り、此処かと思われる高級旅館前で歩く速度を落としても
先生はスタスタと通り過ぎて行く
「もう少しです。あの林の手前を左に曲がったらすぐです。」
こんな町外れに?
ああそうか。隠れ家的な、二~三組の泊まり客しか取らないような宿でも有るのかな。
角を曲がり、道の先を見ても宿らしい風雅な建物なぞ見当たらない。
有るのは一件の大きな茅葺き屋根の家だけ。
「お待たせしました。此処ですよカカシさん。」
ニコニコと笑いながら、先生が手で示したのは
まさにその茅葺き屋根の家だった。
「 ? 看板有りませんよ?ホントにここ?」
「そうですよ。普通の民家に見えますが、一度に一組の客しか泊まれないので看板は出してないそうです。」
ひと組。 一組って言った?
「俺と先生しか泊まり客は居ないの?」
「はい。奥の山側の部屋だけです。」
奥の山側… ? やけに詳しいじゃない。
「せんせ、来たこと… 」
「あ!おかみさんが出迎えてくれてます!早く!カカシさん!」
まあいいか。あとで問い詰めてやる
「いらっしゃいませ、うみの様。」
「はいっ!二泊よろしくお願いします。」
女将は六十も後半だろうか?特別高そうな着物を着ている訳でもなく
仲居のよう前掛けを付けている。
「そちらの方が御一緒の はたけ様でございますね?」
不思議と懐かしいものでも見るような表情で俺を見る。
「ではこちらへ。」
女将に案内され、先生が言った通りの奥の山側の部屋へ通された。
先生は室内をぐるりと見渡し、何か言いたげな… ともすれば泣きそうな
そんな表情を見せていた。
女将が夕飯の時間や裏に有る露天風呂の説明を一通りして退室すると
俺は早速先生を横から抱き締め聞いてみた。
「ねえ先生。あなたこの宿に来たこと有るんでしょ?」
「… ええ まあ… !! 」
躊躇いがちな返事に、勝手に嫉妬した俺は、先生を押し倒し喉元にクナイをあてる。
「酷い。 何処の誰と来たんですか。どんな思い出が有るのか知らないけれど、そんな所に俺を連れて来るなんて… 」
俺に押し倒され、クナイまで見せられているのに先生は表情も変えず…
でも静かに笑みを浮かべて こう答えた
「父と… 母と。」
「 え? 」
「両親と、です。亡くなる年の春に。」
俺はクナイをそうっと引っ込め「ごめんなさい。」と静かに謝った。
「本当にやきもち焼きだよなぁ、カカシさんは。」
クスクスと笑われても何も言い返せずに、俺は唇を尖らせて顔を赤く染める事しか出来なかった。
イルカ先生が子供の頃に御両親と泊まった宿。
確かに俺も気に入るはずだ。
部屋は二間続きで広く、窓の外には川が流れ山がせまり自然の音しか聞こえない。
こんないい宿が近場に有ったとは、灯台もと暗しだ。
「カカシさん、夕飯は豪華な物は出ませんよ?別にいいですよね?」
「え?そうなの?まあ… 別にいいですけど。」
「ここは前もって泊まり客の食べたいものを出してくれるんです。」
「… まさか先生ラー…」
「頼んでませんっ!」
ケタケタと笑う俺に、今度は先生が唇を尖らせ「天ぷらは出ますよ。」と意地悪を言う
聞けば前回御両親と泊まられた時の料理を再現して貰ったそうだ。
(宿泊客に出した料理は、ずっと記帳してある宿らしい)
「父ちゃん天ぷら好きだったんで。あ、でもカカシさんは別メニューにして有るから大丈夫です。」
それを聞いて安心し、ゴロリとイ草の良い香りがする畳に寝転がった。
それからは 夕飯前に二人で露天風呂へ行き
イチャイチャしたがる俺は先生に叱られながらも気持ちの良い湯に癒され
部屋に戻れば、御馳走が運ばれるまで先生の膝枕でうつらうつらしていた。
「失礼します。お夕食をお持ちいたしました。」
廊下からの声に、俺もスッと起きて胡座をかく
「ご飯のおかわりは、此方のお櫃に入っております。」
先程の女将と、仲居の女性が二人
テーブルの上に次々と料理の乗った皿を置いていく
確かにイルカ先生の料理と俺のとは違うようだ。
「 ! これ… 」
ふと魚に目が行った。 四角い皿の上には鰯の煮付け。
先生が「骨が多くて… 」と敬遠してフライくらいしか食べない魚だ。
「… カカシさん、味噌汁も見てください。」
「 ? 」
きっと茄子の味噌汁 と、思ったら
「… これは… 」
ナラタケの味噌汁。
「先生、これどういう事?… 鰯の煮付けもナラタケの味噌汁も… 俺の父さんが好んで食べたものだ。」
先生が優しい眼差しで俺を見つめたが、俺の問いに答えたのは女将だった。
「はたけ様が奥様といらした時のお献立でございます。」
「 え? 」
「カカシさんの御両親が泊まられた時に出されたものを頼みました。」
ここの宿は“はたけ上忍から薦められた”と父が言っていたのを思い出したので。
先生が少し泣きそうな笑顔で教えてくれた
「お父上とよく似たお姿に、私も胸がいっぱいでした。」
目頭を押さえて女将が言う
「父さんと… 母さん?」
正直 俺には母の記憶があまり無い。
「父さんと母さんが食べた料理… と言うことは、この部屋にも泊まったと言うことですか。」
改めて部屋を見回す。
「カカシさん、料理が冷めてしまいますよ。食べましょう!」
「 先生… 」
女将達が そっと部屋を出ていったあと
正直俺は、堪えきれずに涙した。
カカシさん、大丈夫?ごめんなさい内緒にしていて。
そう言い寄り添ってくれる恋人が、愛おし過ぎて堪らない
幸せ過ぎて堪らない
此処で過ごした父さん母さんも、穏やかなこの場所で幸せを噛み締めていただろうか
「先生… 」
「はい?」
「愛してる。ずっと離さないんだからね。」
「はい。俺もです。」
隣にいる恋人にギュウッと抱きつき
父と母に彼を紹介出来なくて残念だったと
会わせたかったと そう思った。
「さあ食べましょう。お互い両親を偲んで… て、なんだかお通夜みたいになっちゃったなぁ!」
わはは!と明るく笑う先生に「まったく貴方って人は… 」と釣られて笑い
「また一緒に来ようね?」
愛しくて堪らないと言う思いをのせて彼に口づけをした。
ありがとう先生 俺の最高の恋人
【終】
[鈴@猫だるま]
DL:2014/10/06
UP DATE:2014/10/06
RE UP DATE:2024/08/20
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相互リンクしている【猫だるま】の鈴さんに『旅の宿』というお題でリクエストした小説を頂きました!
鈴様ありがとうございました。
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
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