ちゃきっ様
【君と道行けば】
「先生~今どの位来たってば?」
巨大な背嚢を負うた子供が、傍らを進む男を見上げる様にして尋ねる。それに
「あ~半分過ぎた位だねぇ。しっかり歩けば明日までには着くから。」
同じく荷を背負った男が飄々と返した。
「えっじゃ、じゃあもしかして今夜は野宿なんだってば?」
途端に、金色の子供は盛大に呻き始める。季節はもう秋。しかも此処は山ん中である。確かに野宿は少々辛いものがあるかもしれない。なのに
「ん~どうせだから夜目を鍛える為にも夜間行軍ってのも良いかもね。」
何を気にする様子も無く、そんな事を告げられて。
「!?だったら少し休んで何か食べようってば!俺ってば、もう腹減って腹減って…」
そのまま子供はへなへなと倒れ込んだ。どうやら引っ掛かっていたのは『外で寝る』事よりも『食事』だったらしい。
それでも嫌だ、とは言わないのはそれが自分の実になる事だと判っているからだろう。
「こら、任務中なら二日や三日食べられない事位しょっちゅうなのに、たかが数時間喰えなかった位でへばってどーするの。」
元より小柄な子供の、座り込んだ為に更に低くなった頭の旋毛に向かって。男が態と息を吹き掛ける様にして話て見せる。すると
「でも俺はセイチョウキなんだってばよっっ身体を作る為にはキチンと喰わなきゃ駄目ってイルカ先生も言ってたってばっっ」
ぶぅぶぅと、子豚は大声で文句を言い始めた。その言い分があながち間違いと言えない辺り、一応は頭を使っている様子だ。
だからと言って男がその反論を聞き入れる訳も無く…
「ほら、グタグタ言ってないでさっさと歩けって。これも修行の一環だよ~」
等と嘯いて、先に歩いて行ってしまう。
「あっ、待ってくれってばっっ!」
それに、慌てて身を起こした子供は。離れてしまった男を追い掛けようと駆け出した。…と
「死ねッッ!」
突然樹の上から飛び掛かって来た、幾つもの影。
中でも一際早く、先陣を切って子供の所に来た者が、まだか細い首の在る位置を短刀で薙いだ。
その口元には、勝利への確信が笑みとなって浮かんでいる。
「…!!…」
が、その顔はすぐに驚愕に変わった。
刃が掛かる瞬間、子供はほんの僅かな動きでそれを躱し代わりに強烈な一撃を放ったのだ。大の男でさえもが、瞬時に意識を失う程の強烈な…打撃。
そして、その身体が崩れ落ちた時には。他の襲撃者達も…また、地に倒れ伏していたのである。
『終りましたか~』
『はい。どうやら荷物が目的の野盗共らしいですね。』
『あ~そんなのも出ちゃいましたか。』
屍の確認をしながら、状況にそぐわぬ力の抜けた会話が為される…
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれはカカシ先生が上忍師に復活して一月程経った時の事だった。
俺は、と言うと上忍の通常任務の合間に任務の入った上忍師の方の代理をしたりアカデミーの臨時講師をしたり、と中々に忙しい日々を送って居た。
つまり7班を率いていた時とはまた違った形で充実した日々を過ごしていたのだ。
其処に入った火影様からの、突然の呼出。
また、書類でも溜め込んだのかと…内勤の頃は此れで屡呼び出されていたので…ほてほてと何も考えずに執務室へと向かった俺は、其処で何日か振りにカカシ先生と顔を合わせて。
自分のお気楽さに歯噛みした。この組み合わせで書類仕事の訳が無いのだ。
そして案の定
「襲撃…ですか。」
淡々と火影様の言葉を反芻するカカシ先生の横で、俺の方も急激に頭の芯が冷めていくのを感じていた。
「そうじゃ。どうやらお主が上忍師になったのは任務で深手を負ったからじゃと風聞が流れて、の。その後の不在は思ったより大事だったその傷の療養の為じゃった、と言う事になったらしいて。」
火影様が煙管をポンと灰皿に打ち付けながら世間話であるかの如く、語る。
「つまり、まだ本調子では無いだろう俺を狙って馬鹿共が大挙して押し寄せて来ている…と。」
それに対し、カカシ先生の口調は何処か苦々しげだ。
確かにカカシ先生は里の誇る上忍で、しかも写輪眼の持ち主だ。弱っていると知れば『眼』狙いの輩も、倒して名を上げたい奴等も…木の葉の戦力を削ぎたい連中迄もが。此処ぞばかりに襲い掛かって来ても不思議は無い。それは判る。
判るが…其れが許せるか、と言えば否である。しかも
「ナルトも…?!」
「そうじゃ。」
あの子の担当上忍がカカシと知って、一石二鳥を考え始めた様子らしゅうての
思わず声を上げてしまった俺に対し、先刻と変わらぬ口調で火影様は話を続ける。
「勿論サスケの事も併せて一石三鳥…を考える輩も出ては居るようじゃが。」
先ずはカカシとナルト。此処暫くの里への侵入者の多さは、この二人が標的と考えて間違いないだろうて
あっさりと、そう締め括った。
「…それで、どうなさるおつもりなのですか?」
カカシ先生が硬い声で訊ねるのに。俺も気持を落ち着けるべく一つ深呼吸をし、居住まいを正すと応えを待った。
斯うして。
「はたけカカシ うみのイルカ。両名に…」
煙管を置いた火影様から。一つの『任務』が、与えられたのである。
其れから数日。
共に速度を抑え『下忍と上忍師』が進んでいる…ように見せながら俺達は里外を歩いていた。
因みに『表向き』現在の任務は、Cランクの荷物の運搬である。木の葉から山を幾つか越えた所にある村へ物資を届ける里の、定期任務だ。
『不自然で無く』ナルトとカカシ先生の二人で里外任務に就く為、俺達は丁度『指名』と言うよりは『要望』の入っていたこの任務を使う事にしたのだった。
実は、前に7班でこの任務を行った時。猪の被害で苦しんでいたのを偶々任務後に村を散策していたナルトが捕まえたのだ。
其れで今度も、7班…と言うかナルトに来て欲しいと言われていたのだった。これならナルトさえ居れば他の者達を連れて行かなくても表向き、説明が付く。
しかも、かなり前から『7班の予定』として入っていた為、それとも無理に広めなくとも…不本意ながら間諜共の手により…周囲に知られていると思われた。
しかも丁度今、サクラは『くの一研修』でイノ・ヒナタ・テンテンなんかと一緒に紅先生から講義を受けて居る最中なのである。どちらかと言うと潜入任務の多いくの一達は、学ばねばならない事柄も多いのだから此れも極当然な事だった。
それでも本来なら、カカシ先生はサスケとナルトを連れて『出る』べきになのだが…
『サスケの奴、この事を知ったら怒るでしょうね。』
『腹下し…ですもんね。』
密かに笑い合う。
辻褄を合わせる為、サスケは不意の腹痛で病院に担ぎ込まれた事にされてしまったのである。しかも原因は『食中毒』だ。…ナルトと言いサスケと言い男の一人暮らしだから、それなりに納得の出来る状況である。…此処ん所、天候不順だったし。
尤も、実際はナルト共々火影邸の書庫…通称『巻物樹海』の整理整頓、と言う悪夢のようなDランク任務で半ば隔離状態で就かされている。火影様の命も在り一通り終えるまで文字通り『陽の目は見れない』事になっているので、此方の任務が終了するより先に外に出て来る可能性はまず無いと言えた。それ程に凄いのだ、あそこの蔵書の量と…整頓の悪さは。
監督官をして戴いているのエビス先生は、きっと腐る二人を相手に大忙しだろう。…少し同情する。
「カカシ先生、これ食べても良いかっっ」
「あ~山葡萄。…好きにしろ。」
『しかしボコボコ出ますねぇ。やっぱり早いモノ勝ちって思ってるんですかね?』
『そうでしょうね。通常なら此方の消耗を待つだろうに、序盤から襲って来ましたし。』
互いにしか聞こえぬ形の会話法は、任務の必需品である。但し細かいチャクラコントロールに因って声の指向性を高める為、ある程度『育って』からしか使えない代物であった。
そう言えばあいつ等にはまだ教えて居なかった…今度カカシ先生に伝えておこう。
「わ、やったってばっ!」
「でもね~まだ…」
『この先はどうなってますか?情報は?』
『先行させた忍犬からは今の処問題無いとの報告を受けてます。次は多分陽が落ちてからでしょう。』
「ヴっっ渋いってばよ…」
「だろうねぇ。」
『雑魚は此処迄で殆ど消し去ったと思われます。状況判断の出来る奴等は撤退した模様ですし。残ったのは…』
『後に退く訳に行かない連中ですか。』
…つまり『命』を受けた他里の忍と言う事であり、一筋縄では行かない相手だと言う事になる。そう考えて、思わず寄せそうになった眉根を必死で誤魔化す。
忍犬から『問題ない』と言われたとはいえ、演技を中断するのはまだ危険なのだ。
「判ってたんなら教えてくれってば!」
「言う前にお前が食べちゃったんでしょ~に。」
『それにしても、どんな『噂』が流れてるんでしょうねぇ。』
『ははは…聞きたいような、聞きたくないような。』
話題を変えて、入り過ぎた気合を逸らす事にする。
実際、襲って来た輩は相当此方を侮っていたらしかった。大した策も練らずに皆、得物を手にわらわらと沸いて出て来たのだ。
せめて此処に来てからでも、ちゃんと情報収集していたなら『前に襲った』輩の失態も判っただろうに…尤も、気付いた『眼』は片っ端から潰して居るので情報が回っていなかっただけなのかも知れない。
「暗くなって来たってばよ。」
「そうだな、足元に気を付けろよ~」
「先生の言い方だと何か力が抜けるってば…」
漫才の様な会話を繰り広げながら、足を動かす。本番は、此れからだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「先生~」
嘗て火でも出たのか…
ぽっかりと樹木の姿が消え、背丈の低い雑草ばかりが広がった場所に差し掛かった。
その荒地を進みつつ子供が小さく呻く。先刻から口数もめっきり減り、重くなった足取りに全身に疲れが滲み出している。
「お前もまだまだだねぇ。…仕方無い、少し休憩しよっか。」
「はぁ…」
その言葉を聞いた途端、子供はどっかりと腰を下ろした。しかも荷物まで下ろして、本格的に休む体勢を取り始める。
「こらこら、其処まで気を抜くんじゃないよ。」
師の苦笑を聞きながらもぐったりと脚を投げ出す姿は、とてもじゃないが警戒等している様には見えない。男の方はと言うと立ったまま、子供を護る様に周囲に気を配っている。
しかし
その時、期を狙っていたらしい…幾つもの影が、蠢き出した。
彼等とて最早『写輪眼』が手負いだとは思っていない。だが、このまま帰る事は許されない…者達。九尾の器か、それとも写輪眼の首か。手に入れぬ限りは彼等に未来は無いのである。
だから
「火遁豪火球!」
気殺しながら静かに二人を取り囲んだ輩が、一斉に術を放った。大量の火球が飛び、二人の居た周辺全てが勢い良く燃え上がる。
そうして置いて間を置かずクナイを構えると、敵は飛び出して来るだろう人影を討つ体勢となった。
すると
突然、轟音と共に炎の中心が爆発する。何処かに仕込まれていたのだろう火弾が四方八方に飛散して、囲んでいた輩を直撃した。
同時に、湧き起こった激しい煙が襲撃者共の視界を阻む。
「…っ…」
一瞬動揺した襲撃者達だったが、すぐに落ち着いて気配を探り出した。
だが本来なら樹々を抜けて行く風に簡単に散らされてしまう筈の白煙が、中々消えない。のみならず、その濃さを保ったまま怖ろしい程の速さで尋常でない広がりを見せ…かなりの範囲をその内へと飲み込んでいく。その異常さに、襲撃者と…周囲で『漁夫の利』を狙って待機していた連中が気付いた時には、既に遅かった。
撒かれ、風遁によって此の場に留め置かれた毒煙は。然したる抵抗も許す事無く…
その場に居た『敵』の身体の自由を、そして命さえをも奪い取っていったのである。
時同じくして。
少し離れた場所に、状況を見守る幾つもの瞳が在った。
樹木に隠れ、冷笑すら浮かべて失態を犯した輩を観察していた者共は、しかし自分達の愚かさには全く思い至ってなかった。
声も無く、周囲に気付かせもせずに一人ずつ葬って行く…影。その優れた動きは、獲物となった輩の数段上であった。次々と、気配を発する事さえ許されず倒されて行く者達。
眼下で起こっている騒ぎが余りにも大事であるが故に、その際に発せられる音が、匂いが、そして気配が余りにも仰々しいが故に。
…そちらに耳目を奪われた自分達もまた、騒動の一環として組み込まれている事に気付けなかったのである。
結果。自らは動かずに、皆が疲弊した所を狙って『利』を攫おうとしていた連中は。
己の身の上に起こった事を碌に理解する事も出来ずに闇へと消えて行ったのであった。
暫し後
「ふ…」
毒の効果が消えるのを待って煙を四散させた銀の男が、小さく息を付いて結んでいた『印』を終了させる。其処に
「先生~終わったってば?!」
森の方から、ぶんぶんと手を振りながら金の子供が忍らしくない足取りで駆けて来た。その顔には、遠目にも判る程の満面の笑みが浮かべられている。
「お~」
対して、男の方も片手を上げて応えてやる。
…と、其処に。
突然地面が隆起し、幾つかの塊が飛び出した。それらは素早い動きで子供を取り囲み、動きを拘束する。
「…良くも、やってくれたな…」
嗄れた、声。明らかに顔の大半を爛れさせた男が、抗う子供の身を抱え込んでクナイを向けた。呼応して残った者達が男を護る形で構えを取る。
皆が皆…毒にやられたらしくふらついていたり、手足が明らかに異常な方向に曲がっていたりしていて。…五体満足な者は既に居ないらしい。
「俺達はもう、里には帰れん。…だが」
コイツだけでも連れて逝かせて貰う!!
決意を篭めた叫び。されど研ぎ澄まされたクナイが、その躰に突き立てられんとした…その時
「…!?」
子供の身体が消え。入れ替わるように影が、走った。と同時に対峙していた銀の男の姿もまた、揺らぎ…
代わりに現れた新たな影は、素早く印を組むとすっかり荒れ果てた地へと掌を当てた。
「土遁!」
気合と共に放たれたチャクラに漣のように大地が揺れ、土中映魚の術を破られた残党が次々と姿を現す。それを銀の影は流れる様に鮮やかな動きで狩って行った。
逃れようとする者も、抵抗しようとする者も。皆が、一瞬で葬り去られ…
風に押された雲が、月を覆い…過ぎ去る迄のほんの僅かの間に。
今度こそ『全て』が終わったのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「に、しても。何で俺が『カカシ先生』にならなきゃなんなかったんですか?」
確かに相手の油断は誘えますけど、チャクラの消耗を考えるならカカシ先生はそのままで、俺がナルトになった方が良かったと思いますが
里に向かいながら、傍らを駆ける人に疑問をぶつけて見る。
そう、この任務。態々『カカシ先生』がナルトに変化し、俺が『カカシ先生』へと変化して当たっていたのだ。お陰で、素早く確実に無駄の無い動きで敵を倒す『ナルト』と言う、世にも珍しいモノを見る事になったのだが…まぁそれは良しとしよう。俺の神経には結構堪える光景ではあったけれど。
其れよりちゃんとした『理由』が知りたい。任務に当たる前にも同じ意見を述べたのだが、何だかんだで誤魔化されてしまったのである。無事終わったのだから今更だとは思うのだが、このまま有耶無耶に済ますのは此方の気分が宜しくない。
強い視線で、絶対に誤魔化されない!と示せば。
沈黙の後漸く諦めたのか、カカシ先生が小さな溜息を付いた。前を向いたままぼそぼそと語り始める。
「…笑いませんか。」
「?笑う様な事なんですか。」
俺が怪訝そうに訊ね返すと、今度は
「…じゃあ、怒りません?」
と再び訊ねて来る。
「俺が笑ったり怒ったりする様な理由なんですか?」
カカシ先生の言葉に、俺の疑問は益々膨らんで行く。カカシ先生の横顔を凝視しつつ、じっと言葉の続きを待っていると。
視線に耐えかねたのか…カカシ先生がぼそっと呟いた。
「…構って欲しかったんです。」
「へ?」
「だから!『カガリ』の時みたいに先生に、構って欲しかったんですっっ」
「……」
絶句。
つまり『子供』に変化して、『師』になった俺に構われたかったって言うのか?そんな理由で任務中態々…
とんでもない『理由』に、思わずマジマジとカカシ先生を見詰める。すると絶対に此方を見ないようにしているらしいカカシ先生の、覆面と額宛の狭間で僅かに晒された肌が。夜目にも判る程赤くなっているのに気付いた。
「…カカシ先生、可愛いんですね!」
俺が突然湧き起こって来た笑いを噛み凝らしながらそう言うと、余計に顔の赤みを増したカカシ先生が自棄糞の様に走る速度を上げる。
「待って下さいよ、カカシ先生!」
慌てて付いて行きながら、必死で笑いを収めて。どうにか再び横に並ぶと
「…今度、飲みせんか?カガリみたいに、はちょっと難しいですけど。」
友人としてならたっぷり構って上げますよ
そう、小声で告げた。
「…!!…」
刹那。
はっきりと判る程に身体を強張らせたカカシ先生から殺気とも威圧とも付かない強烈な気がぷわっと放たれ…
次にはその姿が、急に掻き消えた。…瞬身の術である。
「クック…あははははッ!」
もう、堪える事も出来ず、走りながらも笑ってしまう。
残念ながらこの任務が終わったら、カカシ先生は今後こそ本当に『荷物を届けに』子供達とあの街まで行かねばならない筈だ。その間に家の掃除をして、良い酒と肴をたっぷり用意しておこう。
…部屋の中でならどれだけ構い倒しても、他人に見咎められる事は無いのだし。どうせなら泊まっていって貰うのも良いかもしれない。幸い、カガリ用に購入したコップや歯ブラシセットだってまだちゃんと取ってある。
だってカカシ先生は、消える前にちゃんと俺に返事を残して行ったのだ。
宜しくお願いします、と。
楽しい想像に胸弾ませながら、俺はカカシ先生に追い着くべく…足へと力を篭めた。
【終】
[ちゃきっ@天手古舞]
DL:-
UP DATE:-
RE UP DATE:2024/08/20
「先生~今どの位来たってば?」
巨大な背嚢を負うた子供が、傍らを進む男を見上げる様にして尋ねる。それに
「あ~半分過ぎた位だねぇ。しっかり歩けば明日までには着くから。」
同じく荷を背負った男が飄々と返した。
「えっじゃ、じゃあもしかして今夜は野宿なんだってば?」
途端に、金色の子供は盛大に呻き始める。季節はもう秋。しかも此処は山ん中である。確かに野宿は少々辛いものがあるかもしれない。なのに
「ん~どうせだから夜目を鍛える為にも夜間行軍ってのも良いかもね。」
何を気にする様子も無く、そんな事を告げられて。
「!?だったら少し休んで何か食べようってば!俺ってば、もう腹減って腹減って…」
そのまま子供はへなへなと倒れ込んだ。どうやら引っ掛かっていたのは『外で寝る』事よりも『食事』だったらしい。
それでも嫌だ、とは言わないのはそれが自分の実になる事だと判っているからだろう。
「こら、任務中なら二日や三日食べられない事位しょっちゅうなのに、たかが数時間喰えなかった位でへばってどーするの。」
元より小柄な子供の、座り込んだ為に更に低くなった頭の旋毛に向かって。男が態と息を吹き掛ける様にして話て見せる。すると
「でも俺はセイチョウキなんだってばよっっ身体を作る為にはキチンと喰わなきゃ駄目ってイルカ先生も言ってたってばっっ」
ぶぅぶぅと、子豚は大声で文句を言い始めた。その言い分があながち間違いと言えない辺り、一応は頭を使っている様子だ。
だからと言って男がその反論を聞き入れる訳も無く…
「ほら、グタグタ言ってないでさっさと歩けって。これも修行の一環だよ~」
等と嘯いて、先に歩いて行ってしまう。
「あっ、待ってくれってばっっ!」
それに、慌てて身を起こした子供は。離れてしまった男を追い掛けようと駆け出した。…と
「死ねッッ!」
突然樹の上から飛び掛かって来た、幾つもの影。
中でも一際早く、先陣を切って子供の所に来た者が、まだか細い首の在る位置を短刀で薙いだ。
その口元には、勝利への確信が笑みとなって浮かんでいる。
「…!!…」
が、その顔はすぐに驚愕に変わった。
刃が掛かる瞬間、子供はほんの僅かな動きでそれを躱し代わりに強烈な一撃を放ったのだ。大の男でさえもが、瞬時に意識を失う程の強烈な…打撃。
そして、その身体が崩れ落ちた時には。他の襲撃者達も…また、地に倒れ伏していたのである。
『終りましたか~』
『はい。どうやら荷物が目的の野盗共らしいですね。』
『あ~そんなのも出ちゃいましたか。』
屍の確認をしながら、状況にそぐわぬ力の抜けた会話が為される…
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
あれはカカシ先生が上忍師に復活して一月程経った時の事だった。
俺は、と言うと上忍の通常任務の合間に任務の入った上忍師の方の代理をしたりアカデミーの臨時講師をしたり、と中々に忙しい日々を送って居た。
つまり7班を率いていた時とはまた違った形で充実した日々を過ごしていたのだ。
其処に入った火影様からの、突然の呼出。
また、書類でも溜め込んだのかと…内勤の頃は此れで屡呼び出されていたので…ほてほてと何も考えずに執務室へと向かった俺は、其処で何日か振りにカカシ先生と顔を合わせて。
自分のお気楽さに歯噛みした。この組み合わせで書類仕事の訳が無いのだ。
そして案の定
「襲撃…ですか。」
淡々と火影様の言葉を反芻するカカシ先生の横で、俺の方も急激に頭の芯が冷めていくのを感じていた。
「そうじゃ。どうやらお主が上忍師になったのは任務で深手を負ったからじゃと風聞が流れて、の。その後の不在は思ったより大事だったその傷の療養の為じゃった、と言う事になったらしいて。」
火影様が煙管をポンと灰皿に打ち付けながら世間話であるかの如く、語る。
「つまり、まだ本調子では無いだろう俺を狙って馬鹿共が大挙して押し寄せて来ている…と。」
それに対し、カカシ先生の口調は何処か苦々しげだ。
確かにカカシ先生は里の誇る上忍で、しかも写輪眼の持ち主だ。弱っていると知れば『眼』狙いの輩も、倒して名を上げたい奴等も…木の葉の戦力を削ぎたい連中迄もが。此処ぞばかりに襲い掛かって来ても不思議は無い。それは判る。
判るが…其れが許せるか、と言えば否である。しかも
「ナルトも…?!」
「そうじゃ。」
あの子の担当上忍がカカシと知って、一石二鳥を考え始めた様子らしゅうての
思わず声を上げてしまった俺に対し、先刻と変わらぬ口調で火影様は話を続ける。
「勿論サスケの事も併せて一石三鳥…を考える輩も出ては居るようじゃが。」
先ずはカカシとナルト。此処暫くの里への侵入者の多さは、この二人が標的と考えて間違いないだろうて
あっさりと、そう締め括った。
「…それで、どうなさるおつもりなのですか?」
カカシ先生が硬い声で訊ねるのに。俺も気持を落ち着けるべく一つ深呼吸をし、居住まいを正すと応えを待った。
斯うして。
「はたけカカシ うみのイルカ。両名に…」
煙管を置いた火影様から。一つの『任務』が、与えられたのである。
其れから数日。
共に速度を抑え『下忍と上忍師』が進んでいる…ように見せながら俺達は里外を歩いていた。
因みに『表向き』現在の任務は、Cランクの荷物の運搬である。木の葉から山を幾つか越えた所にある村へ物資を届ける里の、定期任務だ。
『不自然で無く』ナルトとカカシ先生の二人で里外任務に就く為、俺達は丁度『指名』と言うよりは『要望』の入っていたこの任務を使う事にしたのだった。
実は、前に7班でこの任務を行った時。猪の被害で苦しんでいたのを偶々任務後に村を散策していたナルトが捕まえたのだ。
其れで今度も、7班…と言うかナルトに来て欲しいと言われていたのだった。これならナルトさえ居れば他の者達を連れて行かなくても表向き、説明が付く。
しかも、かなり前から『7班の予定』として入っていた為、それとも無理に広めなくとも…不本意ながら間諜共の手により…周囲に知られていると思われた。
しかも丁度今、サクラは『くの一研修』でイノ・ヒナタ・テンテンなんかと一緒に紅先生から講義を受けて居る最中なのである。どちらかと言うと潜入任務の多いくの一達は、学ばねばならない事柄も多いのだから此れも極当然な事だった。
それでも本来なら、カカシ先生はサスケとナルトを連れて『出る』べきになのだが…
『サスケの奴、この事を知ったら怒るでしょうね。』
『腹下し…ですもんね。』
密かに笑い合う。
辻褄を合わせる為、サスケは不意の腹痛で病院に担ぎ込まれた事にされてしまったのである。しかも原因は『食中毒』だ。…ナルトと言いサスケと言い男の一人暮らしだから、それなりに納得の出来る状況である。…此処ん所、天候不順だったし。
尤も、実際はナルト共々火影邸の書庫…通称『巻物樹海』の整理整頓、と言う悪夢のようなDランク任務で半ば隔離状態で就かされている。火影様の命も在り一通り終えるまで文字通り『陽の目は見れない』事になっているので、此方の任務が終了するより先に外に出て来る可能性はまず無いと言えた。それ程に凄いのだ、あそこの蔵書の量と…整頓の悪さは。
監督官をして戴いているのエビス先生は、きっと腐る二人を相手に大忙しだろう。…少し同情する。
「カカシ先生、これ食べても良いかっっ」
「あ~山葡萄。…好きにしろ。」
『しかしボコボコ出ますねぇ。やっぱり早いモノ勝ちって思ってるんですかね?』
『そうでしょうね。通常なら此方の消耗を待つだろうに、序盤から襲って来ましたし。』
互いにしか聞こえぬ形の会話法は、任務の必需品である。但し細かいチャクラコントロールに因って声の指向性を高める為、ある程度『育って』からしか使えない代物であった。
そう言えばあいつ等にはまだ教えて居なかった…今度カカシ先生に伝えておこう。
「わ、やったってばっ!」
「でもね~まだ…」
『この先はどうなってますか?情報は?』
『先行させた忍犬からは今の処問題無いとの報告を受けてます。次は多分陽が落ちてからでしょう。』
「ヴっっ渋いってばよ…」
「だろうねぇ。」
『雑魚は此処迄で殆ど消し去ったと思われます。状況判断の出来る奴等は撤退した模様ですし。残ったのは…』
『後に退く訳に行かない連中ですか。』
…つまり『命』を受けた他里の忍と言う事であり、一筋縄では行かない相手だと言う事になる。そう考えて、思わず寄せそうになった眉根を必死で誤魔化す。
忍犬から『問題ない』と言われたとはいえ、演技を中断するのはまだ危険なのだ。
「判ってたんなら教えてくれってば!」
「言う前にお前が食べちゃったんでしょ~に。」
『それにしても、どんな『噂』が流れてるんでしょうねぇ。』
『ははは…聞きたいような、聞きたくないような。』
話題を変えて、入り過ぎた気合を逸らす事にする。
実際、襲って来た輩は相当此方を侮っていたらしかった。大した策も練らずに皆、得物を手にわらわらと沸いて出て来たのだ。
せめて此処に来てからでも、ちゃんと情報収集していたなら『前に襲った』輩の失態も判っただろうに…尤も、気付いた『眼』は片っ端から潰して居るので情報が回っていなかっただけなのかも知れない。
「暗くなって来たってばよ。」
「そうだな、足元に気を付けろよ~」
「先生の言い方だと何か力が抜けるってば…」
漫才の様な会話を繰り広げながら、足を動かす。本番は、此れからだった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「先生~」
嘗て火でも出たのか…
ぽっかりと樹木の姿が消え、背丈の低い雑草ばかりが広がった場所に差し掛かった。
その荒地を進みつつ子供が小さく呻く。先刻から口数もめっきり減り、重くなった足取りに全身に疲れが滲み出している。
「お前もまだまだだねぇ。…仕方無い、少し休憩しよっか。」
「はぁ…」
その言葉を聞いた途端、子供はどっかりと腰を下ろした。しかも荷物まで下ろして、本格的に休む体勢を取り始める。
「こらこら、其処まで気を抜くんじゃないよ。」
師の苦笑を聞きながらもぐったりと脚を投げ出す姿は、とてもじゃないが警戒等している様には見えない。男の方はと言うと立ったまま、子供を護る様に周囲に気を配っている。
しかし
その時、期を狙っていたらしい…幾つもの影が、蠢き出した。
彼等とて最早『写輪眼』が手負いだとは思っていない。だが、このまま帰る事は許されない…者達。九尾の器か、それとも写輪眼の首か。手に入れぬ限りは彼等に未来は無いのである。
だから
「火遁豪火球!」
気殺しながら静かに二人を取り囲んだ輩が、一斉に術を放った。大量の火球が飛び、二人の居た周辺全てが勢い良く燃え上がる。
そうして置いて間を置かずクナイを構えると、敵は飛び出して来るだろう人影を討つ体勢となった。
すると
突然、轟音と共に炎の中心が爆発する。何処かに仕込まれていたのだろう火弾が四方八方に飛散して、囲んでいた輩を直撃した。
同時に、湧き起こった激しい煙が襲撃者共の視界を阻む。
「…っ…」
一瞬動揺した襲撃者達だったが、すぐに落ち着いて気配を探り出した。
だが本来なら樹々を抜けて行く風に簡単に散らされてしまう筈の白煙が、中々消えない。のみならず、その濃さを保ったまま怖ろしい程の速さで尋常でない広がりを見せ…かなりの範囲をその内へと飲み込んでいく。その異常さに、襲撃者と…周囲で『漁夫の利』を狙って待機していた連中が気付いた時には、既に遅かった。
撒かれ、風遁によって此の場に留め置かれた毒煙は。然したる抵抗も許す事無く…
その場に居た『敵』の身体の自由を、そして命さえをも奪い取っていったのである。
時同じくして。
少し離れた場所に、状況を見守る幾つもの瞳が在った。
樹木に隠れ、冷笑すら浮かべて失態を犯した輩を観察していた者共は、しかし自分達の愚かさには全く思い至ってなかった。
声も無く、周囲に気付かせもせずに一人ずつ葬って行く…影。その優れた動きは、獲物となった輩の数段上であった。次々と、気配を発する事さえ許されず倒されて行く者達。
眼下で起こっている騒ぎが余りにも大事であるが故に、その際に発せられる音が、匂いが、そして気配が余りにも仰々しいが故に。
…そちらに耳目を奪われた自分達もまた、騒動の一環として組み込まれている事に気付けなかったのである。
結果。自らは動かずに、皆が疲弊した所を狙って『利』を攫おうとしていた連中は。
己の身の上に起こった事を碌に理解する事も出来ずに闇へと消えて行ったのであった。
暫し後
「ふ…」
毒の効果が消えるのを待って煙を四散させた銀の男が、小さく息を付いて結んでいた『印』を終了させる。其処に
「先生~終わったってば?!」
森の方から、ぶんぶんと手を振りながら金の子供が忍らしくない足取りで駆けて来た。その顔には、遠目にも判る程の満面の笑みが浮かべられている。
「お~」
対して、男の方も片手を上げて応えてやる。
…と、其処に。
突然地面が隆起し、幾つかの塊が飛び出した。それらは素早い動きで子供を取り囲み、動きを拘束する。
「…良くも、やってくれたな…」
嗄れた、声。明らかに顔の大半を爛れさせた男が、抗う子供の身を抱え込んでクナイを向けた。呼応して残った者達が男を護る形で構えを取る。
皆が皆…毒にやられたらしくふらついていたり、手足が明らかに異常な方向に曲がっていたりしていて。…五体満足な者は既に居ないらしい。
「俺達はもう、里には帰れん。…だが」
コイツだけでも連れて逝かせて貰う!!
決意を篭めた叫び。されど研ぎ澄まされたクナイが、その躰に突き立てられんとした…その時
「…!?」
子供の身体が消え。入れ替わるように影が、走った。と同時に対峙していた銀の男の姿もまた、揺らぎ…
代わりに現れた新たな影は、素早く印を組むとすっかり荒れ果てた地へと掌を当てた。
「土遁!」
気合と共に放たれたチャクラに漣のように大地が揺れ、土中映魚の術を破られた残党が次々と姿を現す。それを銀の影は流れる様に鮮やかな動きで狩って行った。
逃れようとする者も、抵抗しようとする者も。皆が、一瞬で葬り去られ…
風に押された雲が、月を覆い…過ぎ去る迄のほんの僅かの間に。
今度こそ『全て』が終わったのであった。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
「に、しても。何で俺が『カカシ先生』にならなきゃなんなかったんですか?」
確かに相手の油断は誘えますけど、チャクラの消耗を考えるならカカシ先生はそのままで、俺がナルトになった方が良かったと思いますが
里に向かいながら、傍らを駆ける人に疑問をぶつけて見る。
そう、この任務。態々『カカシ先生』がナルトに変化し、俺が『カカシ先生』へと変化して当たっていたのだ。お陰で、素早く確実に無駄の無い動きで敵を倒す『ナルト』と言う、世にも珍しいモノを見る事になったのだが…まぁそれは良しとしよう。俺の神経には結構堪える光景ではあったけれど。
其れよりちゃんとした『理由』が知りたい。任務に当たる前にも同じ意見を述べたのだが、何だかんだで誤魔化されてしまったのである。無事終わったのだから今更だとは思うのだが、このまま有耶無耶に済ますのは此方の気分が宜しくない。
強い視線で、絶対に誤魔化されない!と示せば。
沈黙の後漸く諦めたのか、カカシ先生が小さな溜息を付いた。前を向いたままぼそぼそと語り始める。
「…笑いませんか。」
「?笑う様な事なんですか。」
俺が怪訝そうに訊ね返すと、今度は
「…じゃあ、怒りません?」
と再び訊ねて来る。
「俺が笑ったり怒ったりする様な理由なんですか?」
カカシ先生の言葉に、俺の疑問は益々膨らんで行く。カカシ先生の横顔を凝視しつつ、じっと言葉の続きを待っていると。
視線に耐えかねたのか…カカシ先生がぼそっと呟いた。
「…構って欲しかったんです。」
「へ?」
「だから!『カガリ』の時みたいに先生に、構って欲しかったんですっっ」
「……」
絶句。
つまり『子供』に変化して、『師』になった俺に構われたかったって言うのか?そんな理由で任務中態々…
とんでもない『理由』に、思わずマジマジとカカシ先生を見詰める。すると絶対に此方を見ないようにしているらしいカカシ先生の、覆面と額宛の狭間で僅かに晒された肌が。夜目にも判る程赤くなっているのに気付いた。
「…カカシ先生、可愛いんですね!」
俺が突然湧き起こって来た笑いを噛み凝らしながらそう言うと、余計に顔の赤みを増したカカシ先生が自棄糞の様に走る速度を上げる。
「待って下さいよ、カカシ先生!」
慌てて付いて行きながら、必死で笑いを収めて。どうにか再び横に並ぶと
「…今度、飲みせんか?カガリみたいに、はちょっと難しいですけど。」
友人としてならたっぷり構って上げますよ
そう、小声で告げた。
「…!!…」
刹那。
はっきりと判る程に身体を強張らせたカカシ先生から殺気とも威圧とも付かない強烈な気がぷわっと放たれ…
次にはその姿が、急に掻き消えた。…瞬身の術である。
「クック…あははははッ!」
もう、堪える事も出来ず、走りながらも笑ってしまう。
残念ながらこの任務が終わったら、カカシ先生は今後こそ本当に『荷物を届けに』子供達とあの街まで行かねばならない筈だ。その間に家の掃除をして、良い酒と肴をたっぷり用意しておこう。
…部屋の中でならどれだけ構い倒しても、他人に見咎められる事は無いのだし。どうせなら泊まっていって貰うのも良いかもしれない。幸い、カガリ用に購入したコップや歯ブラシセットだってまだちゃんと取ってある。
だってカカシ先生は、消える前にちゃんと俺に返事を残して行ったのだ。
宜しくお願いします、と。
楽しい想像に胸弾ませながら、俺はカカシ先生に追い着くべく…足へと力を篭めた。
【終】
[ちゃきっ@天手古舞]
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RE UP DATE:2024/08/20