嵐
【そして彼女は両目を閉じる】
~ a little girl of sleep ~
[SLY‡嵐]
木ノ葉隠れの里は春を迎え、桜の花が満開となっている。
あれから、1年と半分が過ぎた。
サスケとナルトが去った後、サクラは5代目火影綱手の下、日々修行に励んでいる。
今、ここに居ない2人の為に。
自らの心に折り合いをつけられず、力を求めて里を去ったサスケ。
サスケに届かなかった己を自来也との旅で鍛えているナルト。
2人を思えば、辛いことはない。
むしろ彼らを追って成長してゆく自身に高揚感すら覚えた。
ただこの頃、修行が終わっての帰り道に足が止まる。
疲れていた。
心が。
酷く。
サクラの耳には、聞きたくもない言葉が入ってくる。
自分自身の事ならば、幾ら何を言われても耐えられるし弁解だってできる。
けれど、サスケの里抜けは事実で、ナルトの事は何も知らない。
サクラは1人になって初めて、サスケとナルトがこの里でどんな思いをしていたのか分かった。
いや、自分も彼らにこんな思いをさせたのかと気付いた。
今なら、初めてチームを組んだあの日にサスケが言った『孤独』も少し分かる。
大人たちに倣うまま、ナルトを侮蔑した自分の言葉が恥ずかしい。
あの頃の彼らには及ばないまでも、今、サクラは孤独だ。
暖かい家族が居て、気の置けない友人が居て、素晴らしい師が居ても、埋まらない。
2人が去った後、同じ班で唯一残ったサクラへの風当たりは強い。
綱手の弟子となったやっかみもあるだろう。
心無い言葉を投げかける者が存外、多かった。
そんな時、ふとサクラの心が冷える。
───こんな里……
サクラはかつて、里を棄てる覚悟をした。
サスケと共に。
今も里に居るのは、サスケに置き去りにされたからで、彼らと並び立てるようになる為だ。
───だったら、こんな里……。
「サクラ、どうした?」
かけられた言葉に振り返ると、任務帰りらしい懐かしい人が立っている。
「……イルカ、先生」
「どうした、サクラ?」
積もってるぞ、と肩や頭から花びらを払い落としてくれる手の暖かさは、アカデミーの頃と変わらない。
任務後の鉄錆びた臭いをまとっていても。
この人は強い。
そう思えるようになったのは、最近。
里でたった1人、ナルトとまともに向き合った大人だ。
今でも影で、耳を塞ぎたくなる言葉を浴びせられている。
こんな里で1人、この人は何を支えにしていたのだろう。
「修行、大変なのか?」
「……いいえ」
「じゃあ、何かあったか?」
こんな積もるまで、こんなところに、女の子が1人で立ちすくむようなことが。
なんて言いたげな、気遣う懐かしい声に心が落ち着く。
「考えてたんです」
先生のこと、と呟くサクラに、イルカは訝しげに問い返す。
「先生って、カカシさんのことか?」
「ううん。イルカ先生のこと」
どうして。
「どうして先生は、ナルトを普通に扱えたんだろうって……」
「サクラ」
「ナルトのこと、言ってはいけないって知ってます」
でも。
「……私……私、もう、分からなくてっ……」
サクラは悔しげに服の裾を握りしめ、涙ををこらえて俯く。
「……イルカ先生は、」
「サクラ」
サクラの言葉を遮ってイルカは静かに微笑む。
「知ったんだな」
ナルトに九尾が封印されていることを。
「はい……」
師匠である綱手の目を盗んで、火影の執務室に保管されていたナルトに関する極秘資料を読んだとサクラは語った。
「そうか、それで?」
「……なんて、酷いって……だって、ナルトはっ」
今度は堪えきれず、サクラは両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。
居たたまれないのだ。
ナルトの隠された素性と、秘密。
それを知りながら忌まわしい者として扱った里の住民。
大人たちに倣った自分。
そんな自分を慕ってくれたナルト。
過去の全てが、今サクラを苛んでいた。
そして、イルカに助けを求めようとしている。
ただ1人、ナルトを慈しんだイルカなら、サクラの居たたまれなさも解決できるかもしれない。
「なあ、サクラ」
そんなサクラの気持ちを察しているのか、語りかけるイルカの声は静かで揺らぎがない。
「オレたちはあの日、ナルトに救われた」
だから。
「今度は、オレたちがアイツを助けてやればいいと思わないか」
火影になって、里の奴らに認められたい。
それがナルトの夢。
ならば。
「いつかナルトが、火影になれる里にしてやろうって、思わないか」
なんでもないことのように、イルカは言った。
でも、とんでもないとサクラには分かる。
ナルトが火影になる───この里が持っている価値観を覆す。
イルカが言ったのは、そういうことだ。
「そんなことっ」
顔を上げ、無理だと食ってかかるサクラにイルカはあくまでも静かに諭す。
「1人じゃ無理だろう。でも、オレは1人じゃない」
ナルトが認めた仲間がいる。
「サクラ、お前だよ」
「わたし……」
それにな、とイルカは声を潜める。
「ナルトが火影になることすら認められないヤツらが」
受け入れると思うか?
「サスケが、帰ってきた時に」
サクラだって、感じていた。
不安。
いつか、サクラやナルトがサスケを取り戻したとしても、果たして里が受け入れるだろうか。
ナルトすら認められないヤツらが。
有り得ない。
だからサクラの心は、冷めたのだ。
「イルカ先生……」
縋るような声。
「サクラ」
甘えを許さない、静かな言葉。
「オレたちは、仲間だ」
「仲間……」
「オレたちが信じるのは里じゃない」
普段は絶対に口にしない、イルカの本心。
「たった1人を迎える為に、オレたちはこの里にいる」
純真な背信の宣言。
「その為だったら、オレたちはなんだってする」
「……はい」
決意を持ってサクラは顔を上げた。
見交わす2人の表情は恐ろしく凪いでいる。
覚悟を決めた者の顔だ。
「サクラ、オレたちは仲間だ」
「はい」
そして彼女は───。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2008/06/30
UP DATE:2008/12/12(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18
~ a little girl of sleep ~
[SLY‡嵐]
木ノ葉隠れの里は春を迎え、桜の花が満開となっている。
あれから、1年と半分が過ぎた。
サスケとナルトが去った後、サクラは5代目火影綱手の下、日々修行に励んでいる。
今、ここに居ない2人の為に。
自らの心に折り合いをつけられず、力を求めて里を去ったサスケ。
サスケに届かなかった己を自来也との旅で鍛えているナルト。
2人を思えば、辛いことはない。
むしろ彼らを追って成長してゆく自身に高揚感すら覚えた。
ただこの頃、修行が終わっての帰り道に足が止まる。
疲れていた。
心が。
酷く。
サクラの耳には、聞きたくもない言葉が入ってくる。
自分自身の事ならば、幾ら何を言われても耐えられるし弁解だってできる。
けれど、サスケの里抜けは事実で、ナルトの事は何も知らない。
サクラは1人になって初めて、サスケとナルトがこの里でどんな思いをしていたのか分かった。
いや、自分も彼らにこんな思いをさせたのかと気付いた。
今なら、初めてチームを組んだあの日にサスケが言った『孤独』も少し分かる。
大人たちに倣うまま、ナルトを侮蔑した自分の言葉が恥ずかしい。
あの頃の彼らには及ばないまでも、今、サクラは孤独だ。
暖かい家族が居て、気の置けない友人が居て、素晴らしい師が居ても、埋まらない。
2人が去った後、同じ班で唯一残ったサクラへの風当たりは強い。
綱手の弟子となったやっかみもあるだろう。
心無い言葉を投げかける者が存外、多かった。
そんな時、ふとサクラの心が冷える。
───こんな里……
サクラはかつて、里を棄てる覚悟をした。
サスケと共に。
今も里に居るのは、サスケに置き去りにされたからで、彼らと並び立てるようになる為だ。
───だったら、こんな里……。
「サクラ、どうした?」
かけられた言葉に振り返ると、任務帰りらしい懐かしい人が立っている。
「……イルカ、先生」
「どうした、サクラ?」
積もってるぞ、と肩や頭から花びらを払い落としてくれる手の暖かさは、アカデミーの頃と変わらない。
任務後の鉄錆びた臭いをまとっていても。
この人は強い。
そう思えるようになったのは、最近。
里でたった1人、ナルトとまともに向き合った大人だ。
今でも影で、耳を塞ぎたくなる言葉を浴びせられている。
こんな里で1人、この人は何を支えにしていたのだろう。
「修行、大変なのか?」
「……いいえ」
「じゃあ、何かあったか?」
こんな積もるまで、こんなところに、女の子が1人で立ちすくむようなことが。
なんて言いたげな、気遣う懐かしい声に心が落ち着く。
「考えてたんです」
先生のこと、と呟くサクラに、イルカは訝しげに問い返す。
「先生って、カカシさんのことか?」
「ううん。イルカ先生のこと」
どうして。
「どうして先生は、ナルトを普通に扱えたんだろうって……」
「サクラ」
「ナルトのこと、言ってはいけないって知ってます」
でも。
「……私……私、もう、分からなくてっ……」
サクラは悔しげに服の裾を握りしめ、涙ををこらえて俯く。
「……イルカ先生は、」
「サクラ」
サクラの言葉を遮ってイルカは静かに微笑む。
「知ったんだな」
ナルトに九尾が封印されていることを。
「はい……」
師匠である綱手の目を盗んで、火影の執務室に保管されていたナルトに関する極秘資料を読んだとサクラは語った。
「そうか、それで?」
「……なんて、酷いって……だって、ナルトはっ」
今度は堪えきれず、サクラは両手で顔を覆って嗚咽を漏らす。
居たたまれないのだ。
ナルトの隠された素性と、秘密。
それを知りながら忌まわしい者として扱った里の住民。
大人たちに倣った自分。
そんな自分を慕ってくれたナルト。
過去の全てが、今サクラを苛んでいた。
そして、イルカに助けを求めようとしている。
ただ1人、ナルトを慈しんだイルカなら、サクラの居たたまれなさも解決できるかもしれない。
「なあ、サクラ」
そんなサクラの気持ちを察しているのか、語りかけるイルカの声は静かで揺らぎがない。
「オレたちはあの日、ナルトに救われた」
だから。
「今度は、オレたちがアイツを助けてやればいいと思わないか」
火影になって、里の奴らに認められたい。
それがナルトの夢。
ならば。
「いつかナルトが、火影になれる里にしてやろうって、思わないか」
なんでもないことのように、イルカは言った。
でも、とんでもないとサクラには分かる。
ナルトが火影になる───この里が持っている価値観を覆す。
イルカが言ったのは、そういうことだ。
「そんなことっ」
顔を上げ、無理だと食ってかかるサクラにイルカはあくまでも静かに諭す。
「1人じゃ無理だろう。でも、オレは1人じゃない」
ナルトが認めた仲間がいる。
「サクラ、お前だよ」
「わたし……」
それにな、とイルカは声を潜める。
「ナルトが火影になることすら認められないヤツらが」
受け入れると思うか?
「サスケが、帰ってきた時に」
サクラだって、感じていた。
不安。
いつか、サクラやナルトがサスケを取り戻したとしても、果たして里が受け入れるだろうか。
ナルトすら認められないヤツらが。
有り得ない。
だからサクラの心は、冷めたのだ。
「イルカ先生……」
縋るような声。
「サクラ」
甘えを許さない、静かな言葉。
「オレたちは、仲間だ」
「仲間……」
「オレたちが信じるのは里じゃない」
普段は絶対に口にしない、イルカの本心。
「たった1人を迎える為に、オレたちはこの里にいる」
純真な背信の宣言。
「その為だったら、オレたちはなんだってする」
「……はい」
決意を持ってサクラは顔を上げた。
見交わす2人の表情は恐ろしく凪いでいる。
覚悟を決めた者の顔だ。
「サクラ、オレたちは仲間だ」
「はい」
そして彼女は───。
【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2008/06/30
UP DATE:2008/12/12(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18