【僕の生きる道】
   ~ You'll never walk alone ~
[SLY‡鎖]



 名を与えられた。

 サヤク───鎖鑰。
 錠前と鍵という字議で、戸締まりを指す。
 転じて、出入りの要所や大切な場所という意味もある。

 その大切な場所を捨てようとした者には、嫌み過ぎて逆に相応しい。

 名を与えられたということは、役目を負わされたということだ。
 けれど今はまだ、何もできない。
 自ら起こした騒動で負った怪我は完治していなかった。
 多少の身動きができるだけでは下忍向けDランク任務すらこなせない。

「傷を治しながら、修行しよう」

 そう言ったのは5代目火影の他では唯一、自身の存在を知る男だ。

 背が高く、肩より長い黒髪をうなじで一纏めに結った男。
 その表情を隠す白い仮面に動物の顔はない。
 ただ丸い目が2つ穿たれているだけだ。
 
 彼は3代目子飼いの実力者で、員数外の暗部───という立場だと聞いている。
 今は暗部としては未熟な少年の教育係であり、行く行くは5代目の下で相棒として共に闇を駆ける───予定だ。

 その為には1日も早く彼に並び立てる実力を身につけなければならないが。

 元々、下忍にしては飛び抜けた戦闘力を有している。
 だが、経験と判断力はそれに及ばない。
 この男は、それを補う為にはいるのだ。

「なあ、アンタをなんて呼べばいい?」

 自身の教官であり、監視役であろう男に問う。
 すると彼は、薄く笑いながら答える。

「しばらくは2人きりだ。好きに呼べ」

 むっときたが、敢えて言い返した。

「アンタが名乗るのは、修行が終わる時……ってことか」

「流石に賢いな」

 一々、物言いが神経を逆撫でする。
 完全に子供扱いだ。

 この男にしてみれば、ガキでしかないのは明らかだが。

「早速始めようか」

 そう告げた男が取り出したのは、暗部の装備一式。

 だが見知った、目の前に立つ男が身に着けている物と、色が違う。
 面と防具が、黒い。

「これがお前の装備だ。通常装備と違う理由は、判るな?」
 
 言いながら男は、まだ片腕の動きが覚束ない少年の武装を手伝う。

 最低限の防具。
 鉤爪のついた手甲。
 忌まわしい姿を覆い隠す外套。
 面と、両腕を拘束する鎖。
 全てが黒かった。

 裏切り者に相応しく。

「この鎖は里に背き、舞い戻った証し。お前は、背忍と呼ばれる」

 肩幅程度の余裕はあるが、それ以上に腕を広げられない。
 印を組むには差し支えない。
 だが、格闘や投擲は慣れるまで苦労しそうだ。

 自身の腕にも鎖で繋がれた枷を填めると、男は提案する。

「お前には呪印がある。まずは体術を見せて貰おうか」

 互いに適度な距離を置き、型通りの礼をして、構えた。
 慣れない鎖の束縛に、動きがぎこちない。

「気をつけろよ」

 笑いを含んだ忠告に、むかつきが増す。

「オレはカカシさん程、優しくない」

 例え手負いの格下を相手にした模擬戦闘であっても、手加減はしない。

 その宣言に初めて男に好感を抱き、少年は一気に間合いを詰める。

「望むところだ」

 足元への打撃から、相手の出方に合わせて次の手を展開させる。
 つもりだった。

「甘い」

 男は下がりも避けもせず、更に間合いを詰めてくる。
 しかもカウンターに膝を合わせて。

 その膝に手を付き、前宙の要領でかかと落としを狙う。

 だが相手の鎖が膝についた両手を絡めとり、互いの勢いを借りて突き転がされる。
 気付いた時には、首に回った鎖で絞め落とされていた。



   ‡ ‡ ‡ ‡ ‡



「お前は、甘いな」

 上手に落とされたお陰で嫌にすっきりと覚醒した途端、呆れ声が降ってきた。

「敵の弱点を狙うのは、常套手段だ」

 まあ、身体に毒を仕込む奴もいるから、返り血には注意が必要だがな。

「怪我を庇うな。寧ろ、使え」

 普通、怪我した腕で攻撃されるとは考えない。

「手鎖も一緒だ」

 言われなくても気付いている。
 同じように己の両腕を拘束している男は、実に巧みに鎖を使ってくれた。
 防御にも、攻撃にも。

 文字通り、身を持って教えてくれたわけだ。

「もう一度だ」

 立ち上がる暇もなく、男が打ちかかる。
 鎖で繋がれている両腕を組んでの大振りだ。
 余裕で避けたはずの左肩を鎖が撃つ。

「言ったばかりだぞ」
 
 左肩を押さえてうずくまる少年を、男の回し蹴りが襲う。
 辛うじて後へ倒れ込んでかわした。

 間合いを詰めた男の顎目掛けて蹴り上げた爪先は簡単に弾かれる。

「今のは、いいな」

「……避けられたら、意味がない」

 攻防を繰り返しながら息も乱さずに、男は少年の動き一つ一つに評価を下す。

 そんな男の攻撃を受け流しつつ、少年は必死に相手を観察していた。

 男の動きには無駄がない。
 自身が動く余波で鎖がどんな動きをするのか、解っているのだろう。

「だいぶ、良くなってきたが……」

 《写輪眼》か。

「こちらも遠慮なく、いかせて貰おうか」

 そう呟く男の全身に満ちるチャクラには、苦笑するしかない。

「今までは、手を抜いてたってことか」

「様子見はお互い様、だろう」

 2人は互いに1歩下がり、間合いを取る。

「アンタ……、写輪眼とやりあった事が、あるんだな……」

 男のチャクラは完璧にコントロールされ、微塵も揺るがない。
 動きを加速させようと足にチャクラを集中させていても、次の流れが見切れなかった。

 写輪眼でも。

「言っただろう、『カカシさん程、優しくない』って」
 
 その言葉は、カカシと組んだ経験があってだろう。

「なるほどな」

「中忍試験で、イタチともやり合ったがな」

「なっ!?……」

 納得しかけたところに追い討ちのような過去まで知らされ、少年は言葉を失う。

「だから、オレがお前につくんだ」

 3代目とこの男は、何もかも見通していたのだろうか。
 この先さえも。

「やる気になったか?」

「……ああ」

 挑むように写輪眼で睨むと、面の奥で苦笑混じりの声が響く。

「続けよう」



   ‡ ‡ ‡ ‡ ‡



 それから数ヶ月。

 地下深い演習施設で、2人は模擬戦闘を繰り返していた。

 最初の言葉通り、男の攻撃には一切の遠慮も容赦もない。
 少年も強くなる為に、立ち向かい続けた。

 当初は幾度となく叩き伏せられたが、今では拘束を外した男とそれなりに渡り合えている。

 ついに、隙をついた爪先が男の面を弾いた。

「……っ!?」

 露わになった顔に、暴いた方が面食らう。

「……アンタ、が……」

 あまりに見慣れた、懐かしい顔だ。
 今の今まで気づけなかった自身を間抜けに思う。
 
 茫然自失の少年に構わず、その人は弾かれた面を拾い上げて朗らかに笑った。
 よく見知った顔で。

「強くなったな。……サヤク」

 面を付け直すと、右手が差し出された。

「オレはキョウサ。今日からは、お前と共に在る者だ」

 キョウサ───たずなと鎖という字。
 束縛を意味する言葉。

 それが彼の何を示しているのか、少年───サヤクは知らない。

 ただ今はようやく彼に認められた嬉しさと、これからに胸が踊る。
 姿勢を正し、相棒となる人───キョウサの手を掴んだ。

「よろしくな」

 先生。

 

 【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2009/06/30
UP DATE:2009/08/01(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18
3/3ページ
スキ