【さよなら】
   ~ Good-bye Dear ~
[SLY‡鎖]



 勝負は、決した。

 里を抜けようとしたサスケと、力ずくでも引きとめようとしたナルト。

 使える限りの術と技に込められたそれぞれの精一杯の思いがぶつかり合った2人の戦いは、終わった。

 立ち尽くすサスケの足元には、精も魂も尽き果ててナルトが横たわる。

 互いの顔にはなんの感情もない。
 ただ、戦いの疲労だけが強く浮き出していた。

 空が急速に雲に覆われて行き、周囲は暗さを増す。
 細くナルトを照らしていた陽光も途切れた。

 その傍らに、サスケの額宛が解けて落ちる。
 だが、そのことに───木ノ葉隠れの里になど何の感慨もないかのように、表情は動かなかった。

 ただじっと見つめる者の名を呟く。

「ナルト……」

 けれど、その言葉からも声からも、感情は抜け落ちていた。

 多分ナルトはまだ生きている。

「………」

 しかしサスケは止めを刺そうとはしない。
 
 長い沈黙の果てに何を思ったのか、何を言おうというのか。

「オレは……」

 けれど言葉はそこで途切れ、サスケは顔を上げた。

 見上げた暗い空から、まるで2人の戦いを嘆くように強い雨が落ち始める。
 強く冷たい雨に打たれようともサスケの心が揺らぐことはない。

 彼は、行くのだ。

「ぐっ……!」

 戦いの余韻で感じずにいた痛みが、急激にサスケの体に蘇りだしていた。
 左腕を押さえて跪き、咽喉に詰まった血を吐き出す。

 ふと間近に見たナルトの顔。
 その瞬間、サスケは動けなくなっていた。

 何かが、彼の中で弾ける。



 ‡ ‡ ‡ ‡ ‡



 サスケが大蛇丸に狙われていると知れたのは、木ノ葉崩しの1ヶ月前。
 中忍試験の最中だった。

 だが、この企みが大蛇丸自身によって暴露され、里の上層部が知った時にはもう手遅れだったのかもしれない。
 何故なら既にサスケは呪印を打ち込まれ、あまつさえその力を1度使っていたのだから。

 呪印から逃れる術はない。
 施されれば死ぬか、その力に従うかだ。
 
 過去、同じく呪印を施されたみたらしアンコは自身の精神力と、火影による封印術で辛うじてその力に飲まれずにいる。

 けれどそれは木ノ葉隠れの里で研究を重ねた10余年を経た今でも、解呪術は編み出されていないという事実でもある。

 果たしてサスケにアンコと同じことが望めるかどうか。

 3代目火影以下、里の上層部の判断は、否。

 一族を兄に殲滅されて以来この里に寄りどころを見出せず、たった1人の兄へ幼い復讐心をたぎらせる子供の考えだ。

 何よりサスケは大蛇丸を知らなすぎる。
 ただ一度接触し、その圧倒的な力を見せ付けられたのでは、魅せられるだけだろう。

 直接の上司であるカカシの考えは違っていたが、優秀な彼もまだ若く老獪な指導者たちには及ばない。
 だからこそ3代目火影は、うちはサスケに1つの術を施していた。

 里を抜ける、その瞬間までの暗示術を。

 その詳細は3代目から託された一人の暗部により5代目火影・綱手に引き継がれている。

「……全く、食えない爺さんだねぇ」

 地下らしき暗い部屋に綱手の声だけが響く。
 
「あんたもあんただよ。あたしゃ、立て続けに下忍どもを治療させられて疲れてんだ。ちょっとは労わったらどうなんだいっ」

 淀みなく治療を続けながらの愚痴に返答は無いが、部屋のどこかから苦笑のような気配が伝わる。

 暗部なのだろうが、酷く存在が希薄だ。

 彼女が診ているのは、この里にはもういないはずの少年。
 うちはサスケだった。

 意識はなく、全身に内出血による腫れと痣が浮いている。
 左腕には複数の複雑骨折があり、チャクラによる治療を施しても完治には数ヶ月掛かるはずだ。

「ナルトも酷い有様だったが、こいつも似たり寄ったりだな」

 包帯を巻き終え、綱手は手を洗って上着を羽織る。
 ひとまず治療は終わったのだろう。

「さて、後はこいつの処遇だが……」

 そう話し出した途端、びくりとサスケのまぶたが動いた。

「気がついたな」

 薄く開き、ぼんやりと空間を見る瞳には、まだ力はない。

 ここは、と唇がかすかに動くけれど声にはならない。

「まだ動くにはきついかい?」

 聞こえた綱手の声に、驚いた様子もなくゆるりと視線だけが動いた。
 
 そのままで聞きな、と前置いて簡潔に綱手は現状を語りだす。

「察しの通り、ここは木ノ葉の里だ」

 残念ながらというべきかな。

「お前は暗部に監視されていた。そして、決着が着いた後に回収されたのさ」

 綱手はちらりとこの事実を自分に伝え、サスケを連れ戻してきた者へ視線を向ける。

 ひっそりと影のように佇む存在に、この子供は気付いていない。
 正体を知れば、驚くじゃ済まないだろうと心のうちでほくそ笑み、そ知らぬ顔で続ける。

「心配しなくても、ナルトは無事だよ。お前を追った他の者もだ」

 返事のないサスケの吐息がどこか安堵したように聞こえ、確信を持った。

「お前は、分かっているね?」

 何を、とは綱手は言わない。

 中忍試験の最中、3代目火影が密かに暗示を掛けていたのだ。

 なんとしてでも、里を抜けるように。

 呪印を施された以上、サスケが大蛇丸の力に惹かれるのは時間の問題と言えた。
 ならば無理に引き止めるより、利用する術を模索するほうが有意義だろう。

 木ノ葉隠れの里にとって、途絶えかけた血継限界の流出そのものはなんのダメージもない。
 一族殺しで滅びた者たちが自ら里を出たのなら、むしろ好都合といえる。

 世間的にも、政治的にも。

 そして無理に引き止めず、あまり追わせる者との力量差がないうちに行動させる必要があった。
 うまく行けば音の戦力を叩き、木ノ葉の経験値を上げることができる。

 悪くしても、サスケには何かを残す。
 そのまま素直に大蛇丸の元へは行けまい。

「流石、猿飛先生だ。プロフェッサーと呼ばれただけはあるよ。こちらの損害は無きに等しい」

 綱手の賞賛はどこか苦い。

 火影は忍びの頂点でもあるが、政治家としても動かねばならない。
 それも大勢の生命を預かる者、言わば小さな国家の元首である。

 人の道理、国の法、そのどちらからも逸脱せず、守るべき者たちの望む道を察し、選択し続けねばならない。

 それが出来なければ、火影とは呼ばれないだろう。
 綱手は偉大な3代目の思惑を、今、引き継がねばならない。

「ナルト達の任務は、失敗だ」

 つまり。

「お前の行方は、生死すらも分からない……ということだ」

 このまま大蛇丸の元へ去り、仕組まれた敵となるか。
 それとも顔も名も捨てて、里に残るか。

「どうする? うちはサスケ」

 綱手の示すどちらを選ぶにせよ、うちはサスケに未来はない。

 里を抜ければ、いずれ大蛇丸に身体を乗っ取られるだろう。
 そして、木ノ葉隠れの敵として追われ続け、力尽きれば大蛇丸として討たれるだけだ。

 里に残っても自由はなく、ただ名も顔も無い暗部の1人として生涯を終えるだけだ。

「決めるのは、お前自身だ」

 そう綱手は言うが、サスケの行末はとっくに決められてしまっている。
 そこまでの道程もたった二筋残されているに過ぎない。

 けれど、もし、いつかあの少年が常日頃から公言していたように、火影となったら。
 その時は、何かが変わるかもしれない。

 サスケは顔を上げ、告げた。

「オレは……」



   ‡ ‡ ‡ ‡ ‡



 それから数ヶ月後、火影の顔岩に向けてナルトが決意を込めて拳を握っている。
 やがて促され、自来也を追って駆けて行った。
 その後ろ姿をこっそりと見送る少女にも気付かずに。

 そして同じように、遠く顔岩の上からナルトを見送る者もいた。
 背後に数人の暗部が控えている。
 
 身じろぎもせず立ち尽くす彼に、もう良いだろうと言うように促す。

「いくぞ」

 振り返った者は、本来の姿とは変えている。

 全身を覆う闇色の外套と、表情を隠す仮面は暗部のもの。
 そして、体の前で鎖に繋がれた両腕。

 同じなのは、黒い髪の色だけだ。
 それと、仮面の薄く削られた目の奥の特別な瞳。

 彼はゆっくりと大門に背を向けて新たな仲間の元へゆく。

 最後に振り返り、懐かしい名を呟いた。

「ナルト……」

 ナルトと自来也は大門を潜り、里を出て行く。
 遠くなりやがて見えなくなる少年が修行を終えて戻ってくるのは、3年後。

 それまでの。

「さよならだ」



 【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2006/09/22
UP DATE:2006/11/23(PC)
   2008/11/25(mobile)
UP DATE:2024/08/18
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