【たったひとつの冴えたヤり方】
   ~ Not gonna get us ~
[SLY‡嵐]



 里の外れに立つ桜の下、夜更けてからの二人の逢瀬が始まって半年が過ぎた。
 あの夜には満開であった花はとうに散り、代わりに青々と繁っていた葉もそろそろ色付き、半ば落ちている。

「なあ、エイカ」

 そんな季節に普段と変わりない口調でチイロが切り出したのはとても不穏な、けれどエイカが待ち望んだ提案であった。

「明日、お前に動いてもらいたい」

「本当に? いいの?」

 年相応の少女らしいはしゃいだ声で問い返すには、きっと不釣り合いな。

「ああ。いい頃合いだし、折良く狙ってた奴が帰って来てた」

 エイカが駆け出しの医療忍として木ノ葉病院の仕事に関わるようになって三ヶ月。
 建物の構造や組織の在り方、病院に勤める人や入院通院している人を粗方把握した上で、師匠や姉弟子の補佐である自身の仕事にも慣れた頃だろう。

 そこで何をすべきなのか。
 既に知っているエイカは若葉色の瞳を輝かせ、チイロに微笑む。

「どの人?」

「ちょっと考えの足りない馬鹿でな。やらかした事を反省もしないから、だいぶ前に里外の重要度の低い僻地に飛ばしてやってたんだ。それが傷病休暇で家族に会いに戻って来てた」

「つまり、遠慮のいらない馬鹿なのね?」

 眉を顰めたエイカは慣らすように指の間で針状の刃を踊らせた。
 掌に収まる程度のそれは先日チイロから贈られた物で、チャクラ刀と同じ材質で造られている。
 傍目には凶器とも思えぬ細やかで儚げな刃ではあるが、これこそ彼女の持つ特性を活かすに相応しい武器だとチイロは言い、エイカも気に入っていた。

「ね、チイロをそんなに怒らせるなんて、何をやらかしたの?」

 問われた彼は心底呆れた様子で溜息を一つ吐き出し、かつての出来事を口にする。

「まだお前たちがアカデミーに通ってた頃にな、あの二人がすれ違うのを見計らって火遁を仕掛けやがったんだ」
 
 彼がこの世界でただ一人慈しむあの子は里の人々から厭われ、そして彼女が世界で唯一焦がれているあの少年は火遁の使い手たる一族の生き残りだった。

 その二人に向けて火遁を仕掛けたのだと聞き、聡い少女は全てを理解する。

 誰が傷付いてもあの二人のせいにしてしまえば咎められないとでも考えたのか。
 むしろ自分は里の厄介者を排除した、とでも吹聴するつもりでいたのか。

 その馬鹿の真意は解りたくもない。

「たったそれだけの企みですら失敗した癖に、戻って来たらアイツらが居ないのを知って言いたい放題でな」

「それはもう、救いようもないわ」

 互いに笑顔であるのに、交わす言葉は冴え冴えとしている。

「だからもう、お前の腕試しくらいしか、使い道がないだろう?」

「そうね。せめて有効に使ってあげるしかないわよね」

 生まれ育った木ノ葉隠れの里を見渡し、二人は愛しむような微笑みを浮かべていた。

 だが、彼らには同胞などいない。
 今は里に居ないあの子供と、ここを去った少年。
 たった一人の為だけに、彼の為なら世界の全てを敵にしても構わないと望んだ者同士が手を携えただけ。

「さあ、エイカ。お前の力を見せてくれ」

「見ていて、チイロ。必ず、成してみせるから」

 踊るような軽やかな足取りでエイカは里の中心部へ、いまや仮の姿でしかない春野サクラとしての自宅へと向かう。
 徐々に獰猛な本性と、明日への高揚を押し隠しながら。



   ‡ ‡ ‡ ‡ ‡



 翌晩、いつもの場所に現れたチイロは珍しく喪服姿だった。
 普段見慣れた忍装束より首と鎖骨が少し露出しているだけだというのに、途端に怪しげな色気をまとって見えるこの男は一体何者だろうか、とエイカは首を捻る。
 けれど答えは思い至らず、ただ自分の同志であるならそれでいいか、と思考をやめた。

 代わりに、至極真っ当な疑問を投げ掛ける。

「今夜は、誰のお弔い?」

「もちろん、あの馬鹿」

 そう言ってチイロは、かつてと変わらぬ暖かな手で少女の頭を撫でた。

「見事だったな」

 褒められたエイカもあの頃に戻ったような無邪気な顔で、うふふと笑う。

「だけど、あれで本当に上忍? 私がチャクラ流した事にも気付かなかったなんて」
 
 木ノ葉病院で医療忍として接した男を思い出し、エイカは首を傾げる。

 確か、点滴の様子を確認するついでに、微細な針状のチャクラをほんの少し流し込んだのだ。
 きっと下忍として最初に教えを受けたあの上忍なら見咎められていただろう、拙い仕草だった自覚がある。

 なのにあの馬鹿は自分が何をされたのか気付く事もなく、医療忍たるサクラに言われるまま安静に一日を過ごして夕方に急変したまま持ち直す事なく死んだらしい。

 エイカがしたのは点滴を打つ際にチャクラで血液が凝固し、血栓の出来やすくなるような細工だけ。
 日中ずっと安静を求められて飽きた馬鹿は夕食の為に移動をしたのだろう。
 その時、脚で出来ていた血栓が一気に重要器官の血管を詰まらせ、生命を奪ったのだ。

 忍と言えど人間で、飢えて渇けば死ぬ。
 心臓が止まっても死ぬし、脳が機能を失えば死んだと同じ。
 全てを壊す必要などなく、箇所によっては血管の一部───それこそ細胞一つを壊死させただけで致命傷を与えられる。

 人を癒し活かす為の医療忍術は、使い方次第で簡単に人を殺せるのだと、チイロはエイカにそのやり方を伝えた。

「チイロ。ありがとう、チイロ。あなたの言った通りだった!」
 
 大掛かりな術式も複雑な印も、膨大な力も必要ない。
 ただ精緻なチャクラのコントロールと適確な人体の知識さえあれば、どんな生き物であっても関係なかった。

 ただ、その技術を使おうとする発想さえすれば、それは脅威となる。

「お前だからこそ為せたことだよ、エイカ」

 チイロの突飛で物騒な思い付きを正しく実行しようなんて人間はきっと彼女だけだった。
 そして、エイカの能力を正しく見極めて望む言葉を与えるのに彼以上の者はいない。

「私たち、出会えて良かったわね」

 互いに慈しみ、焦がれる人は一人だけ。
 けれど、たった一つの困難な道程を行く、世界に二人きりの同志だ。

 まだ唯一の存在がここに居ない、今だけは。
 

 
 【了】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2014/12/10
UP DATE:2014/12/13(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18
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