天使のような悪魔

【[番外編]悪魔は雨に歌う】
   ~ 10周年お礼:未完挿話 ~
[天使のような悪魔]



 在宅の仕事と極度の女性不信のおかげで一端の自宅警備員なカカシの部屋に、悪魔を自称するイルカと名乗る男が住み着くようになったのは数週間前の出来事だ。
 どうして───という経緯に関してはあまりにもお粗末な顛末であるから割愛して理由だけを有体に言えば、契約同棲である。

 ヲタクなカカシと悪魔なイルカの暮らしは、案外平穏に過ぎて行く。

 たとえば、食事。
 イルカの語るところによれば、悪魔が地上で人間に紛れて暮らす際には契約者から生気や精力を摂取して自身の活動エネルギーとするらしい。
 摂取方法は契約者との霊的な繋がりから常に最低限の供給がされるが、できるなら数日おきに直接摂取したい、とのこと。
 それはつまり、カカシ自身がイルカの食事であり、だいたい3日おきに《食事》が行われる。
 念の為に明言しておくが、カカシの貞操はどちらもまだ無事である。
 かろうじて、だが。

 直接的な《食事》の気恥ずかしさに耐えかねたカカシが、普通の食事は必要ないのか、と訪ねたことがある。
 普通の食事はできるがエネルギー変換の効率が悪く、食材によっては摂取するより消化吸収にかかるエネルギーが上回ってしまうのだと答えが返った。
 ついでに植物性より、動物性の食材の方がエネルギーになりやすいのだとも。
 ただオカルト小説や漫画でよく描かれているように、塩気の強い食べ物がダメなどというタブーもないらしい。

「名高い聖地で徳の高い魂を持つ者が聖別された器で汲み上げて祈祷した聖水やら、同じように正しく用意された若水でも混入されたらちょっと困りますけどね……」

 カカシが夜食に作ったちぃっとお高いインスタント塩ラーメンのご相伴に預かり半分すすったイルカは声を潜めてそう言って、まずそんな物にはお目にかかれないでしょうけど、と笑っていた。

 住処はカカシと同居、食事もまあ問題なし、となれば次に気になるのは衣服のことだ。
 自称悪魔なイルカであるが、やって来た当初こそどこぞの真っ黒な悪魔で執事な格好だったけれど、どうも本人は服装などに無頓着な質らしい。
 最初に着替えとしてカカシがイタズラ心から貸した十字架や聖句がデザインされたTシャツとジーンズを悪魔のくせに平然と着こなした。
 以来、ワードローブは二人で共有している。
 これは二人の体型がそう変わらないからできることで、自分には似合わない色やデザインでイルカをコーディネートするのはカカシの密かな楽しみとなった。
 同時に彼と並んで歩いた時に悪目立ちや見劣りなどしないよう、自分の身嗜みにも気を使うようになってきていた。



   ◆ ◇ ◆ ◇ ◆



 そんな日々を過ごして数週間。
 カカシはすっかりイルカとの生活に馴染んでいる。
 なにしろ自称とは言えイルカは悪魔。
 下手な事をして機嫌を損ねたら生命に関わるのでは、と恐れて色々と気を回したカカシの危惧は杞憂だった。

 イルカはその能力によってありのままの───それこそ本人的には黒歴史として封印したい思い出や情けないだけの恋愛遍歴まで、カカシの全てを知っていたから取り繕う必要などない。
 むしろ、そう言った本来のカカシしか見ておらず、可愛い性格だと受け入れてくれるから気楽だった。

 しかもちょっとした雑談の最中にカカシが得々と専門分野について語り出したとしても、イルカは嫌な顔も遮ることもせずただ絶妙な相槌を打ちながら時間の許す限り聞いてくれる。
 先日のように仕事が急に飛び込んで約束を反故にしたり、相手先の都合で数日留守にせざるを得ない時も、自分と仕事の重要度を比べさせるなんて変な悋気を起こす事もない。
 同棲相手としては、出来過ぎではなかろうか。

 今日も今日とてスケジューリングのミスから徹夜が続いて体調を崩しかけていたところに、近付いていた強力な低気圧のせいでひどい頭痛を起こしたカカシは寝込んでしまっていた。
 二人で出掛ける約束をしていた休日なのにと残念がるカカシを気遣ってか、イルカはずっとベッドサイドで静かに読書をしている。

 窓外から聞こえる雨音は朝から絶え間無く続き、まだ昼過ぎだというのに薄くカーテンをひいただけの寝室は夕暮れのように薄暗い。
 こんな光量でも本が読めるイルカの視力はやはり悪魔だからなのだろうか。
 ぼんやりと覚醒した意識で真っ先に認識した光景に、そんな考えが浮かぶ。
 同時にいたらなさと申し訳なさが湧き上がった。

「……ごめんね、イルカ……」

「目が覚めたんですね。何か飲みますか、カカシさん?」

 届いたはずの謝罪は聞かず、読みかけの本を置いたイルカはカカシの額を愛おしそうに撫でる。
 温かな手が触れると頭の痛みがひいていく気がして、うっとりと目を閉じたカカシはわずかに首を横に振った。
 確かに喉は渇いているが、今は彼に触れていて欲しい。

「そうですか。なにか、して欲しいことは?」

 カカシの望みを汲み取って、イルカも寄り添うようにベッドへ乗り上がる。
 その温もりに擦り寄ると、安心感とともに眠気がやってきた。

 イルカは優しい。
 本当に悪魔なのか、と何度疑っただろう。
 むしろ天使なのでは、と考えたことさえある。
 一度そう問うた時にはひどく落ち込んで、口憚れるお仕置きもされたので、本当に違うようだが。

「……ううん。もうちょっとだけ、こうしてて……」

「いいですよ。いつまででも……」

 イルカの優しさは、カカシを不安にもさせる。
 二人の関係は、一時的な契約なのだ。
 だから、その終わりを考えると、恐怖を覚える。

 額を撫でるイルカの手に自分の手を縋るように重ね、カカシは強請った。

「ね、ずっと、いっしょにいてよ?」

「はい。あなたがそう望むのなら……」

「……うん、やくそく……ね……」

 子供じみた願いを了承するように、柔らかくおりてきたイルカの唇に促されてカカシは瞼を閉じる。
 しばらくすると穏やかな彼の歌声と静かな雨音に誘われ、安らかな眠りへと沈んでいった。



 【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@ iscreamman‡
WRITE:2014/10/17
UP DATE:2014/10/18(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18
4/4ページ
スキ