LOVELACE
【1 拉致】
[LOVELACE]
人間、誰しも人生の花と呼ばれる時期がくるもの。
けれど、花の命は短い。
今が盛りと咲き誇る花も儚く散るか、手折られるか───。
そんな言葉が頭をよぎり、カカシは苦笑を漏らす。
誰よりも華やかな人生を歩んできている。
なんて、他人に思われているらしい。
けれど、自身としては見解が違う。
忍である以上は、誰もが似たり寄ったり。
血生臭くて後ろ暗く、そして失うだけ。
違いがあるとすれば、生き残っているかどうかぐらい。
───だいたい、忍者の人生に華やかって言葉が似合わないよねーえ
寝そべったまま、手慰んでいた長煙管から芳しい煙を薄く含み、長く吐く。
白い息がゆっくりと薄汚れた天井へ上り、やがて消えていった。
その様を眺めるカカシの背に、独特のイントネーションの気だるげな声が落ちる。
「いつまで、そないしてるおつもりですか」
姉が弟をたしなめるような言い方に、カカシは眉をしかめた。
確かに歳は多少上のはずだけれど、自分は客で相手は金で買われた女に過ぎない。
ただカカシも不快だと表情に出しただけで、咎めだてるような無粋はしない。
ただ、暢気な声を返すだけだ。
「んー。いーつまでだろーうね」
「ええ加減にしときなさいな、坊」
まだ若いからか旦那ではなく、初めてここへ連れてこられた時のまま、坊と呼ばれている。
「坊はヤメテ」
「坊は坊ですやろ」
何度、せめて坊はやめろと言ってもこの店の者は改めない。
だからカカシも半ば諦めてはいたのだが、いまだに断りをいれていた。
だが、これは決して覆ることはないなと諦めてもいて、それ以上は言及しない。
いつもの挨拶のように一度言ってしまえば、あとは構わなかった。
今日もそう。
もはやそんなことには拘らず、カカシは床の間に生けられた梅を一枝、弄ぶ。
「ねえ、姐さん」
ひらりと振れば、ひそやかな梅の香が部屋の艶っぽい匂いに混じる。
「なんです」
「男の抱き方、教えてくんない?」
そう言ったカカシの胸には、この間見かけた少年の顔が思い浮かんでいた。
きっちりと結い上げた黒髪と、強く明るい光を湛えた黒い瞳。
そして鼻筋を跨いだ真一文字の傷が。
まだ、その名すら知らないというのに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
下忍になってそろそろ5年。
イルカは半年毎に行なわれる中忍試験に挑むことなく過ごしてきた。
しかし、このまま下忍で過ごすつもりはない。
ただ何故か毎回、試験が近付く度に機会を逸してきたのだ。
例えば仲間の1人が直前の任務で怪我をして受験ができなかったり、たまたま任務が長引いて試験に間に合わなかったり。
そんなありがちな偶然が、毎回起こっただけのこと。
だがついに仲間の1人がそんな状況に腐って忍びを辞めてしまった。
「これだけ偶然が重なるってことは、オレには忍びが向いてないってことかもしれないだろう」
何年も悩んだ挙句に決意をした者の意志は覆せず、イルカは欠員の出た班へ編入された。
新しい仲間たちとはアカデミー卒業の時期は違ったが歳は同じで、すぐに気があった。
担当の上忍師も口はよくなかったが、部下1人1人を見てくれる人で、3人の下忍も信頼している。
低ランク任務で互いの長所短所を見極め、チームとしての動きもだいぶ固まった。
里の外での長期任務や戦闘も経験し、今年こそ、この班で中忍試験へ挑むのだと意気込みも新たに張り切っている。
今日も農家のお手伝いという任務だったが、これが明日に繋がるのだと思えば楽しかった。
受付所の前で解散を言い渡されると、仲間たちは手を振り合い、それぞれの家路へ散っていく。
「じゃあなー、イルカー」
「ばいばい、イルカくんっ」
「おう! また明日なーっ!」
商店街へ寄って買い物をしなきゃいけないという理由で、イルカが真っ先に駆け出していく。
早く家に帰りたいわけではない。
家族の元へ帰っていく仲間たちを見送るのが嫌だった。
買い物だって口実に過ぎない。
買い置きなら1日や2日、買い物しなくてもいいくらいにある。
「……どうせ、1人だしなあ」
そう呟いてみる。
1人でいると独り言が多くなるというのは本当らしい。
だが、今日に限って返事があった。
「へえ。そりゃ好都合」
「誰だっ!」
殆ど反射的に声のしたほうへ体が向き、イルカは構えている。
だが相手の姿はなく、気配も掴めていない。
薄暗い路地を視線が彷徨う。
「どこ見てんの?」
すぐ背後からした声に振り向こうとして、動けなかった。
イルカは自分の体が僅かに震えていることに気付く。
こんなことは、初めてだった。
「……くっ」
「へえ、意外にやるね」
歯噛みして、なんとか金縛りから脱しようとするイルカの首を細くしなやかな指が締め付ける。
「でも、あんまり抵抗しないでよ。うっかり、殺しちゃいそうだからさ」
物騒なことを言う暢気そうな声は、耳のすぐ後からしている。
イルカは何とかしてこの状況を脱しようと、せめて相手を知ろうと首を巡らせた。
すると、それまで押さえつけていた手指が緩み、体が回る。
「えっ……ぐっ……」
鳩尾に鈍い痛みを覚え、揺らいでいくイルカの視界には闇が広がっていった。
落ちていく意識と体は何かが自分を支えるのを感じる。
だが、白々しい街灯に照らされた銀色に輝くモノを最後に、ふつりと記憶が途切れた。
───……今夜って満月、だったっけ……
ぼんやりとそんな事が思い浮かぶ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして次に腹に鈍い痛みを覚え始め、次第に覚醒していく。
「……痛っ!」
急に鋭くなった腹部の痛みに、身体を丸めてイルカはうめいた。
それと同時に記憶が繋がり、恐る恐る眼を開けて自身の今居る場所を確認しだす。
まず目に入ったのは赤い布団。
その先に真新しい畳と障子の立てられた腰窓が見えた。
「目覚めた? イルカちゃん」
真上から降ってくる声に一瞬、身が竦む。
だがすぐに気を持ち直し、イルカは挑みかかる眼で相手を見据えた。
しかし、同時に発しようとした言葉は舌に乗ることもなく、飲み下される。
イルカの目に飛び込んできたのは、動物の面。
それは木ノ葉隠れの里の忍びの中で、暗部と呼ばれる者たちだけのものだ。
暗部とは通称で、正式には暗殺戦術特殊部隊という。
彼らは素性を隠して極秘裏に動く、里の精鋭たちだと言われている。
だが、多くの忍びにとってその実体は掴み所がなく、どちらかというと畏怖すべきものだ。
まだ下忍のイルカにしても、暗部というものがなにか仲間たちから聞くものの、これまで一度も目にしたことのない存在だった。
なのにそれが、今、目の前にいる。
「ああ、驚いてる?」
面越しに囁かれる暢気そうな声は、当て落とされる前に聞いたものだ。
くすりと笑う空気。
酷く希薄な気配と威圧的なチャクラ。
そして覆い被さっている身体の感触。
それらがイルカを世界から隔絶している。
身体を丸め、首だけを上向けていたイルカの足を、何かがざわざわと撫でていく。
それが暗部の手だと気付き、イルカは吼えた。
「なにすんだよっ!」
だが払い退けようとした手は動き出す前に掴み取られ、赤い布団に縫いとめられる。
「何って……言ったほうが、いい?」
そう囁いてくる声は、耳のすぐ近くにあった。
「ここがどんなところかは、判るデショ?」
そこで押し黙ると、周囲からの漏れ聞こえる声や物音がイルカの耳にも届く。
三味線や太鼓の音に長唄、それから女の嬌声。
それと、押し殺したような吐息。
そんなものを聞かされなくても、寝かされていた赤い布団で分かっていた。
こんなものがある場所のことは、アカデミーでも教えられる。
目にしたのは、初めてだったけれど。
「だから、泣いても叫んでも、誰も助けてくれないよ」
獲物をいたぶる楽しみに酔い始めた声で、暗部は片手でイルカの両腕を封じたまま、また身体を撫でだした。
「仕込むんだよ。イルカちゃんの身体を」
「……しこ、む?」
「そ。この足の付け根からよだれ垂らしてさ、オレにぶち込まれたら自分で腰振って搾り取る、カワイイ身体にすんの」
そう言って尻から足の付け根、太ももを得体の知れないものが這い回る感触に、イルカは顔をしかめる。
けれどそんなことにはお構いなく、暗部は饒舌だった。
「ああ、でも、上の口にもご奉仕してもらいたいなあ」
首筋から上ってきた手が頬を渡る傷を辿った時、鉤爪のついた手甲が見える。
だから感触が変だったのかと、どこか冷静な自分がイルカには信じられなかった。
「後だけで達けるようになってもらうのは当然だけど、胸だけでもメロメロになるようにもしてあげる」
声や口調だけなら何か楽しい遊びの相談でもされているようだ。
けれど、その内容をイルカは殆ど理解できていない。
実は、基本的な性知識だってちょっと怪しいくらいなのだ。
ただ、いやらしいことを言われ、されそうになっているのだということだけは、分かる。
そして自分の知らないことを、更には望んでもいないことを、一方的に押し付けられているのだとも理解した。
それが、イルカには耐え切れず、怒りに身体が震えだしている。
「なに、怖いの?」
それを、恐怖と勘違いしたのだろう。
ますます嬉しそうに、暗部はイルカの顔を覗き込んでくる。
「……ふ」
「ふ?」
この状況で何を言い出すのか、興味でなくただの侮りで暗部は促す。
小憎たらしく、小首を傾げて。
「ふざけんなっ! この色情魔っ!!!」
ぶっつりと切れた勢いを勝って、イルカは自分の上に覆い被さっていた暗部を投げ飛ばした。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/09/24
UP DATE:2005/10/10(PC)
2008/12/21(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18
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人間、誰しも人生の花と呼ばれる時期がくるもの。
けれど、花の命は短い。
今が盛りと咲き誇る花も儚く散るか、手折られるか───。
そんな言葉が頭をよぎり、カカシは苦笑を漏らす。
誰よりも華やかな人生を歩んできている。
なんて、他人に思われているらしい。
けれど、自身としては見解が違う。
忍である以上は、誰もが似たり寄ったり。
血生臭くて後ろ暗く、そして失うだけ。
違いがあるとすれば、生き残っているかどうかぐらい。
───だいたい、忍者の人生に華やかって言葉が似合わないよねーえ
寝そべったまま、手慰んでいた長煙管から芳しい煙を薄く含み、長く吐く。
白い息がゆっくりと薄汚れた天井へ上り、やがて消えていった。
その様を眺めるカカシの背に、独特のイントネーションの気だるげな声が落ちる。
「いつまで、そないしてるおつもりですか」
姉が弟をたしなめるような言い方に、カカシは眉をしかめた。
確かに歳は多少上のはずだけれど、自分は客で相手は金で買われた女に過ぎない。
ただカカシも不快だと表情に出しただけで、咎めだてるような無粋はしない。
ただ、暢気な声を返すだけだ。
「んー。いーつまでだろーうね」
「ええ加減にしときなさいな、坊」
まだ若いからか旦那ではなく、初めてここへ連れてこられた時のまま、坊と呼ばれている。
「坊はヤメテ」
「坊は坊ですやろ」
何度、せめて坊はやめろと言ってもこの店の者は改めない。
だからカカシも半ば諦めてはいたのだが、いまだに断りをいれていた。
だが、これは決して覆ることはないなと諦めてもいて、それ以上は言及しない。
いつもの挨拶のように一度言ってしまえば、あとは構わなかった。
今日もそう。
もはやそんなことには拘らず、カカシは床の間に生けられた梅を一枝、弄ぶ。
「ねえ、姐さん」
ひらりと振れば、ひそやかな梅の香が部屋の艶っぽい匂いに混じる。
「なんです」
「男の抱き方、教えてくんない?」
そう言ったカカシの胸には、この間見かけた少年の顔が思い浮かんでいた。
きっちりと結い上げた黒髪と、強く明るい光を湛えた黒い瞳。
そして鼻筋を跨いだ真一文字の傷が。
まだ、その名すら知らないというのに。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
下忍になってそろそろ5年。
イルカは半年毎に行なわれる中忍試験に挑むことなく過ごしてきた。
しかし、このまま下忍で過ごすつもりはない。
ただ何故か毎回、試験が近付く度に機会を逸してきたのだ。
例えば仲間の1人が直前の任務で怪我をして受験ができなかったり、たまたま任務が長引いて試験に間に合わなかったり。
そんなありがちな偶然が、毎回起こっただけのこと。
だがついに仲間の1人がそんな状況に腐って忍びを辞めてしまった。
「これだけ偶然が重なるってことは、オレには忍びが向いてないってことかもしれないだろう」
何年も悩んだ挙句に決意をした者の意志は覆せず、イルカは欠員の出た班へ編入された。
新しい仲間たちとはアカデミー卒業の時期は違ったが歳は同じで、すぐに気があった。
担当の上忍師も口はよくなかったが、部下1人1人を見てくれる人で、3人の下忍も信頼している。
低ランク任務で互いの長所短所を見極め、チームとしての動きもだいぶ固まった。
里の外での長期任務や戦闘も経験し、今年こそ、この班で中忍試験へ挑むのだと意気込みも新たに張り切っている。
今日も農家のお手伝いという任務だったが、これが明日に繋がるのだと思えば楽しかった。
受付所の前で解散を言い渡されると、仲間たちは手を振り合い、それぞれの家路へ散っていく。
「じゃあなー、イルカー」
「ばいばい、イルカくんっ」
「おう! また明日なーっ!」
商店街へ寄って買い物をしなきゃいけないという理由で、イルカが真っ先に駆け出していく。
早く家に帰りたいわけではない。
家族の元へ帰っていく仲間たちを見送るのが嫌だった。
買い物だって口実に過ぎない。
買い置きなら1日や2日、買い物しなくてもいいくらいにある。
「……どうせ、1人だしなあ」
そう呟いてみる。
1人でいると独り言が多くなるというのは本当らしい。
だが、今日に限って返事があった。
「へえ。そりゃ好都合」
「誰だっ!」
殆ど反射的に声のしたほうへ体が向き、イルカは構えている。
だが相手の姿はなく、気配も掴めていない。
薄暗い路地を視線が彷徨う。
「どこ見てんの?」
すぐ背後からした声に振り向こうとして、動けなかった。
イルカは自分の体が僅かに震えていることに気付く。
こんなことは、初めてだった。
「……くっ」
「へえ、意外にやるね」
歯噛みして、なんとか金縛りから脱しようとするイルカの首を細くしなやかな指が締め付ける。
「でも、あんまり抵抗しないでよ。うっかり、殺しちゃいそうだからさ」
物騒なことを言う暢気そうな声は、耳のすぐ後からしている。
イルカは何とかしてこの状況を脱しようと、せめて相手を知ろうと首を巡らせた。
すると、それまで押さえつけていた手指が緩み、体が回る。
「えっ……ぐっ……」
鳩尾に鈍い痛みを覚え、揺らいでいくイルカの視界には闇が広がっていった。
落ちていく意識と体は何かが自分を支えるのを感じる。
だが、白々しい街灯に照らされた銀色に輝くモノを最後に、ふつりと記憶が途切れた。
───……今夜って満月、だったっけ……
ぼんやりとそんな事が思い浮かぶ。
◆ ◇ ◆ ◇ ◆
そして次に腹に鈍い痛みを覚え始め、次第に覚醒していく。
「……痛っ!」
急に鋭くなった腹部の痛みに、身体を丸めてイルカはうめいた。
それと同時に記憶が繋がり、恐る恐る眼を開けて自身の今居る場所を確認しだす。
まず目に入ったのは赤い布団。
その先に真新しい畳と障子の立てられた腰窓が見えた。
「目覚めた? イルカちゃん」
真上から降ってくる声に一瞬、身が竦む。
だがすぐに気を持ち直し、イルカは挑みかかる眼で相手を見据えた。
しかし、同時に発しようとした言葉は舌に乗ることもなく、飲み下される。
イルカの目に飛び込んできたのは、動物の面。
それは木ノ葉隠れの里の忍びの中で、暗部と呼ばれる者たちだけのものだ。
暗部とは通称で、正式には暗殺戦術特殊部隊という。
彼らは素性を隠して極秘裏に動く、里の精鋭たちだと言われている。
だが、多くの忍びにとってその実体は掴み所がなく、どちらかというと畏怖すべきものだ。
まだ下忍のイルカにしても、暗部というものがなにか仲間たちから聞くものの、これまで一度も目にしたことのない存在だった。
なのにそれが、今、目の前にいる。
「ああ、驚いてる?」
面越しに囁かれる暢気そうな声は、当て落とされる前に聞いたものだ。
くすりと笑う空気。
酷く希薄な気配と威圧的なチャクラ。
そして覆い被さっている身体の感触。
それらがイルカを世界から隔絶している。
身体を丸め、首だけを上向けていたイルカの足を、何かがざわざわと撫でていく。
それが暗部の手だと気付き、イルカは吼えた。
「なにすんだよっ!」
だが払い退けようとした手は動き出す前に掴み取られ、赤い布団に縫いとめられる。
「何って……言ったほうが、いい?」
そう囁いてくる声は、耳のすぐ近くにあった。
「ここがどんなところかは、判るデショ?」
そこで押し黙ると、周囲からの漏れ聞こえる声や物音がイルカの耳にも届く。
三味線や太鼓の音に長唄、それから女の嬌声。
それと、押し殺したような吐息。
そんなものを聞かされなくても、寝かされていた赤い布団で分かっていた。
こんなものがある場所のことは、アカデミーでも教えられる。
目にしたのは、初めてだったけれど。
「だから、泣いても叫んでも、誰も助けてくれないよ」
獲物をいたぶる楽しみに酔い始めた声で、暗部は片手でイルカの両腕を封じたまま、また身体を撫でだした。
「仕込むんだよ。イルカちゃんの身体を」
「……しこ、む?」
「そ。この足の付け根からよだれ垂らしてさ、オレにぶち込まれたら自分で腰振って搾り取る、カワイイ身体にすんの」
そう言って尻から足の付け根、太ももを得体の知れないものが這い回る感触に、イルカは顔をしかめる。
けれどそんなことにはお構いなく、暗部は饒舌だった。
「ああ、でも、上の口にもご奉仕してもらいたいなあ」
首筋から上ってきた手が頬を渡る傷を辿った時、鉤爪のついた手甲が見える。
だから感触が変だったのかと、どこか冷静な自分がイルカには信じられなかった。
「後だけで達けるようになってもらうのは当然だけど、胸だけでもメロメロになるようにもしてあげる」
声や口調だけなら何か楽しい遊びの相談でもされているようだ。
けれど、その内容をイルカは殆ど理解できていない。
実は、基本的な性知識だってちょっと怪しいくらいなのだ。
ただ、いやらしいことを言われ、されそうになっているのだということだけは、分かる。
そして自分の知らないことを、更には望んでもいないことを、一方的に押し付けられているのだとも理解した。
それが、イルカには耐え切れず、怒りに身体が震えだしている。
「なに、怖いの?」
それを、恐怖と勘違いしたのだろう。
ますます嬉しそうに、暗部はイルカの顔を覗き込んでくる。
「……ふ」
「ふ?」
この状況で何を言い出すのか、興味でなくただの侮りで暗部は促す。
小憎たらしく、小首を傾げて。
「ふざけんなっ! この色情魔っ!!!」
ぶっつりと切れた勢いを勝って、イルカは自分の上に覆い被さっていた暗部を投げ飛ばした。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2005/09/24
UP DATE:2005/10/10(PC)
2008/12/21(mobile)
RE UP DATE:2024/08/18