Saint School Life

【14:はじめてのスポーツ大会】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 中間考査の返却が全て終わると、今度はスポーツ大会が始まる。
6学年全30クラス───通信制のSクラスは人数の関係でほぼ不参加なので、実質24クラスが複数の球技で優劣を競う催しだ。
ただ年齢による身体能力差を鑑みて予選は1〜3年と4〜6年で分かれ、同じ学年同士で潰し合わないようにも配慮されている。
抽選で3〜4クラス毎に8つの予選リーグが組まれ、最も成績の良かった8クラスが決勝トーナメントの勝ち抜き戦へと進むのだ。

 開催される競技は男女混合のフットサルとテニスにバドミントンと卓球、男女別のバスケットボールとバレーボールの6競技8種目。
どの競技も1日で消化できるよう、試合時間は前後半5分と短めに、得点制の競技もマッチポイントが低めに調整されており、予選がどんどんと消化されていく。
それでも待ち時間はあるので出番のない生徒たちはタイムスケジュールを確認し、自分のクラスや気になるクラスの競技を応援しようと忙しなく移動していた。
体調不良や怪我での見学者を除き、クラス全員がいずれかの競技に一度は参加しなければならないし、審判も生徒たちが持ち回りで担っている。

 そういう訳で、城戸家の10人兄弟のうち、未だに体育参加の許可のない星矢は保護者である家長と精神的長兄より見学が厳命され、本日は屋内競技の進行補佐として得点板の表示を入れ替える係を務めている。

 そんな星矢の目の前で行われているのはバスケットボールの予選だ。
那智の所属する3-Cが1-Aを蹂躙している。
年齢的な体格や身体能力の差もあるが、3年生はパスワークやスクリーンといった連携もうまい。
テスト休みにアミューズメント施設で顔を合わせたオールバックの佐藤、真ん中分けの鈴木、七三分けの田中も大活躍だ。

 続いて、女子の試合を挟んで檄の所属する4-Cが5-Dを圧倒した。
なにしろ自陣ゴール下に構えた檄が相手シュートをことごとくブロックしては、自チームの前線にボールを供給して得点させている。
バスケットの試合で無失点勝利はあまり見ないスコアなのではないだろうか。
相手チームの何人かはバスケに相当自信があったようだが、ポッキリと心が折られて膝をついている。

 さらに邪武(2-B)と蛮(4-B)もそれぞれ試合をこなし、バスケに出場した兄弟たちは全員無事に予選を突破したようだ。

「末っ子くんは見学かい?」

「そーゆー難波先生は?」

 試合の合間に時計や得点板の表示を戻していると、精神的長兄のクラスメートであり、兄弟たちにとっては頼もしい家庭教師でもある難波六科が声をかけてきた。

「ちゃんと卓球に出場したよ。ストレートで予選敗退したけど」

 難波は笑って、君たちのお兄さんが参加してたら、面白かったのにね、と恐ろしいことを言ってくる。
先程、生徒たちのシュートをことごとく防いでいだ檄と、徹底マークで相手のエースを潰していた那智に、パスもシュートも堅実なコントロールでチームに貢献していた蛮を、自宅コートでの3on3でドリブルで翻弄してから軽くレイアップ決めたり、徹底マークの隙をついてしれっとダンク決めたり、絶妙なフェイントからオシャレにフェイダウェイのスリーポイント決めたり、とやりたい放題していた一輝が出場したらとんでもない事になるのは星矢にだって分かる。
いや、あの兄は意外と常識人なので、生徒相手なら加減をするだろうが、それでも感覚のズレから「オレなんかやっちゃいました」をやりかねない。
そんな事を正直に話すこともできず、そうですねー、と笑って誤魔化すが。

「あ! 難波先生、避けてー」

「え?」

 体育館を半分に仕切って手前をバスケットコートとして使い、奥ではバレーボールの試合が行われていた。
そちらから、大きく外れたボールが飛んでくるのに気づいた星矢が声をかけるも、難波は何を言われたのか理解できずに聞き返す。

「いった!」

 従って、避けることもできずに難波は肩口に被弾した。
まあ、バレーボールだし、女生徒がレシーブを逸らしただけなので、怪我はしないだろう。
難波が声を上げたのだって、予期していない衝撃に咄嗟の反応だ。

「難波先生ー、大丈夫ー?」

「ああ、うん。びっくりはしたけど、怪我はしてない。そうだよね、こんな所で立ち話するなら、ボールが飛んでくることも想定しておかないと……」

 星矢は得点板から離れ、肩を押さえる難波の様子を伺う。
顔が赤いが、ボールが当たった訳ではなく、ボールが飛んでくる事を考えに入れず、避けろと声を掛けられたのに咄嗟に動けなかったのが、恥ずかしくて紅潮しているようだ。

「ごめんなさい! 大丈夫ですか?」

 先程のプレーで試合が終わったのか、女生徒がボールを拾うついでに被害者の状態を確認してくる。

「ああ、大丈夫。って、確か、藤宮さんだっけ?」

 声を掛けてきたのは瞬のクラスメートで、難波も一輝と居る時に何度か遭遇し、星矢とも顔馴染みの藤宮聖心である。

「えっと、瞬くんのお兄さんのクラスメートでしたよね? 星矢くん」

「うん。一輝の同級生で、難波先生」

「お互い、城戸くんたちのクラスメートとして会ってたから自己紹介してなかったね。4-Sの難波六科だよ」

 星矢の紹介に首を傾げる藤宮へ、難波は補足する。

「一応、小説家なんだよ。でも、星矢くんにとっては、中間考査前に請け負った家庭教師って意味かな」

「難波先生が居なかったら、オレ欠点2つで済まなかっただろうから、めっちゃありがたかったです! 次もお願いしていいですか!」

「あはは。そんな頼られたら、断れないね。僕も数学でお世話になったし、良ければまたお邪魔させてよ」

「やったー!」

 そんな話をしているうちに、次の試合が始まると呼ばれた星矢は得点板係へと戻っていく。

「難波先輩、城戸邸にお邪魔したんですか?」

「うん。テスト勉強しようって呼ばれたんだけど、色々凄かったよ」

 2面あるコートの間で立ち話をしていると前後からボールが飛んでくる危険性に気づいた難波と藤宮はとりあえず、壁際へ移動した。

「いっぺん見てみたいんですよねえ。本物のお邸ってのを……」

「次のテストの時にでも、瞬くんに声掛けてみたらどうだい?」

 意外とあの兄弟は人付き合いが良い、と難波は思っている。
下心や害意のある人間へはとても警戒心が強いようだが、クラスメートとして話したり友人として放課後に遊んだりはスケジュールに余裕があれば付き合ってくれるだろう。

「むー。その提案は大変魅力的ですが、女子1人というのが色々と難問でですねー」

「ああ、それは難しいよね」

 藤宮も難波も気にしないが、自宅への訪問は城戸家の兄弟との恋愛関係を構築したい者や、将来的に業務を絡めてお付き合いしたい人間にとっては垂涎のイベントである。
あの兄弟たちと個人的に友誼を結んで交友関係に加わるのは構わないが、こちらを貶めて成り代わろうとされたら、どちらにとっても迷惑だ。

「せめて、星矢くんのクラスの女子がもうちょっと理性的というか、猫被れるなら、誘えるんですけどねー」

「……そうだよね。モテるって良い事ばっかりでもないんだって彼らを見て気付かされたよ……」

 本来なら、瞬のクラスメートらも2-Cの女生徒たちのように浮き足だっていたかもしれない、と藤宮は考えている。
ただ、初日から披露された極度のブラコンぶりに、完全に観賞用美少年という認識に切り替わったおかげで落ち着いて交流ができているのだ。
話を聞くと、他の美形なお兄さんたちや、それなりなお兄さんたちのクラスでも、基本的にそんな感じらしい。
城戸兄弟のどこか浮世離れした、自分たちとはどこか違う超然とした言動を知らない他のクラスの生徒たちは、まだ夢を見ているようだが。

「2-Cの子たちも、そろそろ星矢くんをちゃんと見て、城戸兄弟が王道学園モノとかの攻略対象じゃない、普通の男の子たちだって気づいてくれないですかねえ」

 藤宮はまるで乙女ゲームやラノベに出てきそうな美形もいる兄弟を実在の少年たちだと認識したからこそ、彼らを普通と称する。
けれど難波は編入当初は普通だと思っていたクラスメートが、実は色々と常識外れなスペックだと知ったからこそ、彼らを普通とは考えられない。
その差異に、難波は座りの悪い思いをし、苦笑で誤魔化す。

「……普通、ねえ……」

「藤宮ー! フットサル予選勝ち抜いたってー! 決勝トーナメントの応援行くよー!」

 そこへ、藤宮のクラスメートから声が掛かる。
どうやら2-Aはフットサルに良い選手を集められたようだ。

「難波先輩も行きませんか? 瞬くんが出てるんですよ」

「ああ、それは是非。城戸くんに弟くんの活躍を知らせてあげなきゃだもんねえ」

 クラスメートと合流する藤宮と別れ、難波も体育館を後にする。
背後では、バスケットとバレーボール、どちらも熱戦が続いていた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その夜、城戸家の勉強室では入浴の順番待ち中に日課の100マス計算や漢字の書き取りをしながら、スポーツ大会での己の活躍を見学していた末っ子と仕事で不参加だった精神的長兄へ熱く語る者たちが多かった。

「準々決勝で檄と当たったのが運の尽きだったな。全然、点が入らねえの」

 器用にペンを手の上で踊らせながら、那智がぼやく。

 バスケットボールに参加した兄弟たちは揃って予選を危なげなく通過したものの、決勝トーナメントの初戦で那智の3-Cと檄の4-Bがマッチアップした。
那智はクラスメートらと連携してバスワークで攻め立てたが、ゴール前に立ち塞がった檄にことごとくシュートを防がれて得点できない。
いや、何度か素早く切り込んで切り返してと揺さぶってシュートには持ち込んだのだが、うまく檄を交わしても体勢が整わないまま放ったボールはリングに弾かれて得点には繋がらなかったのだ。

「あれは酷いよな。サッカーのゴールキーパー立たせてるみたいだった」

 そう言って笑う蛮の所属する4-Bは初戦で邪武のいる2-Bと当たった蛮が邪武のマークに苦心している間に、バレーボール部の佐橋陽輔と垣ノ内慎にコツコツと点を決められて競り負けてしまったという。

 当の邪武は準決勝で檄と当たり、邪武がボールを持って檄を釣り出した所で佐橋や垣ノ内へパスしてシュートへ持ち込む戦術で辛くも勝利したが、連戦での疲労から決勝で6-Cにボロ負けしたそうだ。

「でも、楽しかったな。来年こそ、あいつらと勝ちてー」

 それでも清々しく邪武は笑っている。

「それで、瞬と氷河はどうだった?」

 屋外で男女混合チームでのフットサルへ出場した2人へ、水を向けると頭に氷嚢を乗せた氷河が悔しげに呟いた。

「全部、暑さのせいだ」

 2人ともクラスメートとよく連携して予選は勝ち抜いたのだが、運悪く準々決勝で当たってしまい、氷河の所属する3-Dは瞬のいる2-Aに惜敗した。
気温の高い昼時の試合だったこともあって、氷河が軽度の熱中症を起こして試合終盤に倒れ、保健室送りになったのも敗因だろう。

「試合始まる前に『女子ー! わざと城戸に抱きつくなよー!』ってヤジが飛んでたのは傑作だったザンスね」

 そう揶揄する市は男女ダブルスの卓球に出場し、組んだ女子がかなり上手かったのもあって地味に準決勝まで進んだそうだ。
そこで6年にコテンパンにされたらしいが。

「紫龍もバドミントンで準々決勝までいったって聞いてるザンスが、誰か観に行ってないスか?」

「オレはずっとバスケの得点係やってたから行ってねー。てゆーか、オレも出たかったー!」

 漢字の書き取りをしながら星矢が吠えると、兄弟たちはお嬢さんの判断だから仕方ないと苦笑いだ。

「それで星矢、1日他の生徒の動きを見ていたのなら、彼らに合わせて動けそうか?」

 夏休みが明けた2学期には体育祭やマラソン大会がある。
それらに星矢が参加するには、家長の沙織と精神的長兄の一輝からの許可が必要だ。
その許可を出すべきかの判断材料として、一輝が尋ねる。
しかし、末っ子はそんな兄の意図になど気付かずに、素直に答えてしまう。

「んー? あんなんでいーならやれると思うけどさー、やっぱ、思いっきり動きたい!」

 末っ子の発言に、まだ体育はお預けかな、と兄弟たちは額を押さえた。



[登場オリキャラ]
*那智の級友:3-C。オールバックでレイアップが得意な佐藤愛一。真ん中分けでダンクを夢見る鈴木圭二。七三分けでスリーポイントには自信のあるあ田中祐三。
*難波六科(なにわりくか):4-S。一輝の級友。卓球に参加して早々に敗退。取材と称してウロウロしてる。
*藤宮聖心(ふじみやしょうこ):2-A。瞬の級友。女子バレーに参加し、予選敗退。
*佐橋陽輔(さはしようすけ):2-B。邪武の級友。バレー部。すばしっこい。
*垣ノ内慎(かきのうちまこと):2-B。邪武の級友。バレー部。堅実。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2024/10/29〜2024/10/31
UP DATE:2024/11/01(iscreamman)
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