Saint School Life

【12:はじめてのテスト休み】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 城戸家の兄弟たちが初めての定期考査を終えたその日。
それぞれの教室でクラスメートらと手応えを語り合っていると、特に仲の良い者から誘いがかけられる。

 テスト休暇という教師が採点に集中し、体調不良などでテストを受けられなかった生徒たちが再テストを受けられる期間が3日程ある。
その期間は授業だけでなく委員会や部活動も基本的にない為、生徒たちは普段出歩けない平日の昼間に街遊びをし、互いのテスト勉強を労い合うものなのらしい。

 特別進学クラスと呼ばれる2-Aでも岸川敬吾が後ろの席の城戸瞬へ誘いを掛けてきた。

「なぁ、瞬。テスト休み、どっか遊びに行かねえ? お前、ゲーセンとかバッセンとか行った事ねえだろ? 行ってみねえ?」

「ゲーセンは分かるけど、バッセンって?」

「バッティングセンター。ようは野球のバッティング練習場なんだけどな。野球経験なくてもバット振り回して当たれば気持ちいいし、バスケやフットサルコートが併設されてるとこも増えてるから、楽しいぜ」

 なにしろ公共の広場からブランコなどの遊具が撤去され、野球やサッカーなどの球技が禁止されるご時世である。
子供たちが外遊びのできる場所が減り、昨今は体を動かしたいなら有料のスポーツ施設を利用するのが一般的になりつつあるのだ。

 まあ、瞬が暮らす城戸邸の広大な敷地にはバスケットとフットサルの兼用コートだけでなく、トレーニングジムや屋内プールまであるのでこれまで自宅外で体を動かして遊ぶという考えが浮かばなかった。
そもそも、兄弟たちがうっかり本気を出したら周囲は大惨事となるので、邸外で体を動かすイコール聖域か修行地へ行って聖闘士として訓練してくる、という認識にもなっている。

「面白そうだね。邪武や星矢も誘っていいかな?」

「おう」

 瞬が携帯電話からメールを送ると、ちょうど2人とも同じようにクラスメートから誘いをかけられている最中だったようだ。
邪武は最初に食堂を利用した時に一緒だった佐橋陽輔と垣ノ内慎らと共に合流すると返事があり、星矢は女子生徒たちからお兄さんも一緒にとの誘いを断る口実に利用して合流。

 昇降口で待ち合わせ、6人揃ったところで岸川が携帯電話の画面を見せながら、目的地までの道筋を説明する。

「ちょっと歩くけど、大通りを駅と反対側に歩いた先のこの目立つビルにゲーセンとかバッセンとか色々集まってんだよ。ファーストフードも何店かあるから、昼飯もここで食おうぜ」

「帰りは駅まで無料送迎バスがあって便利だけど、今日は混むんじゃないか?」

「オレ、メダルキープしてっから、みんなでやろーぜ」

 学校から近い事もあって、多くの生徒たちが学校帰りによく利用している施設のようだ。
その分、テストの終わった今日などは生徒たちで混み合うらしく、垣ノ内はあまり乗り気では無さそうに見える。
佐橋は逆にはしゃいでおり、自身で溜め込んだメダルを放出しようと太っ腹な宣言までした。
初体験なのは、城戸家の末っ子トリオである。

「ゲーセンって初めてなんだけどさ、どんなゲームあんの?」

「あ、ご飯食べて帰るならお邸に連絡しないと」

「じゃあついでにさ、帰りはヤギ(仮)に迎えに来て貰おうぜ」

 星矢は早速、ゲームセンターでどんなゲームで遊べるのか、興味が先立って岸川らを質問責めにしだした。
瞬と邪武は邸で帰りを待っているであろう使用人らを思い出し、携帯電話で連絡を入れる。
昼食は友人と外食する事、帰りは施設まで迎えに来て欲しい事を。
これならば、昼食を用意して待っている料理人や、いつ帰宅するのかと気を揉んでいる使用人たちに要らぬ心配をさせる事はないだろう。

 ただ、昼食が要らないならもっと早く連絡しろ、と電話を受けたカニ(仮)に叱られたが。
それでも、クラスメートらとの放課後を楽しんでこい、迎えは17時半に行かせる、と言い捨てられて通話は切れた。
口は悪いが面倒見の良いカニ(仮)である。

「17時半に迎えがくるから、それまでは目一杯遊ぼうね」

「おう。じゃ、行こーぜー!」

 先頭を佐橋と垣ノ内が、次に岸川と瞬、最後尾を邪武と星矢が歩いて大通りを駅とは逆方向へと向かった。
彼らの前後にも同じ施設を目指しているのか、同じ制服の生徒たちが何組か歩いている。
ただ、中学生にあたる3年生までが多く、それより上の学年の生徒はあまり見かけない。

 佐橋の語るところによれば。

「4年生になるとさ、みんな都心に出んだよ。似た施設はあるけど、広さとか遊べるゲームの種類が桁違いだからな」

 とのことらしい。
何か趣味の買い物をするにも、映画を観るにも、学校周辺で事足りる程度には充実してはいるが、やはり都心へ出るとその選択肢は驚く程広がる。

「美術館や博物館もほとんどが都心だろう? ライブハウスや劇場も大きな会場は都心に集中してるし、買い物するにも品揃えが段違いな大型店舗が集まってるし」

 垣ノ内にも補足され、末っ子トリオは考える。
いつか、自分たちも放課後に都心へ遊びに出るようになるのか、と。
ゲームやマンガが好きな星矢は確実に行くだろうし、瞬と邪武も欲しい物が近隣で見つからなければ探しに出そうだ。

「見えてきたぞー」

 岸川の案内でたどり着いたのは、遠目にも目立つ色をした建物だった。
周囲には駐車場を完備した飲食店もあり、既に多くの学生が友人たちと昼食を取っている様子が見える。

「最初、どーする? なんかやってみたいのあるか? それとも施設ざーっと見て、空いてそうな所、入ってみる?」

「オレ、ゲーセン見てみたい!」

 岸川の問いかけに真っ先に答えたのが星矢であった。
ちょうど昼食時間なので飲食店やフードコートは混み合っているだろうが、その分アミューズメント施設は空いている可能性がある。
そう考え、彼らは万が一逸れた場合の集合場所を2階のフードコート入り口と決め、まずは3階のゲームコーナーへとエレベーターで上がっていった。

「こっちはクレーンゲームとか景品系がメインのフロア、あっちが格ゲーやシューティングとパズル系やクイズ系、デカい筐体の乗り物系とメダル系が奥な」

 佐橋が自分の庭のように説明した通り、似た系統のゲームがそれぞれのエリアに分かれて設置されていた。
たくさん置かれている筐体それぞれが華やかな音楽を発しているので、フロア全体ではなかなかの騒音である。
多くの生徒たちが既に様々なゲームに興じているが、筐体の数も多いので賑わってはいるのに混雑しているようには感じない。

「星矢たちは普段、どんなゲームやんの?」

 佐橋の問いに、瞬と邪武は苦笑気味にテレビゲームは星矢だけ、と答える。

「うちは人数多いからね。1人でテレビ占有してやるようなゲームは、みんなあんまりやらないかな。そのかわり、みんなで集まってトランプとかボードゲームは時々やってるよ」

「人数多過ぎて、ババ抜きや大貧民でもチーム戦になったりすんだよ。将棋やチェスなんかも予選リーグから決勝トーナメント組んだり」

 どうやら彼らにはこういったビデオゲームは未知の物らしい。
では、経験者の星矢はと言えば。

「オレは格闘とかアクションが多いかなー。対戦っての、やったことないけど」

 なにしろ、邸ではテレビゲームを趣味として楽しんでいるのは星矢だけである。
対戦型の格闘ゲームのソフトを持っていても対戦相手が身近にいないので、ひたすらストーリーモードとコンピューター対戦を繰り返していた。

「だったら、オレと対戦やってみねえ? お互い、やったことないゲームで」

「え、いいの? やろうぜ!」

 佐橋と星矢が格闘ゲームの並ぶコーナーへと向かってしまったので、残された4人も後をついていく。
どんなゲームなのか、筐体の形や貼られたポップから推測しながら。

「これならオレもやった事ないから、条件一緒な!」

 佐橋が選んだのは、新台と銘打たれた煌びやかな女性キャラクター達が対峙し合うポップが掲げられた筐体であった。

「……女神の闘技場?」

 説明書きによれば、世界各地の女神から加護を受けた者たちによる代理戦争のような物らしい。
どことなく既視感というか、しょっぱい気持ちを覚えながらも、星矢は受けて立った。

 とりあえず、同じ筐体に並んで座り、コインを入れてキャラクター選択画面。
世界中の女神と謳われている以上、当然ながら良く知っている名前がある。

「……おい、星矢。そのキャラを選択するなら負けは許されねえぞ……」

「分かってる……」

 星矢が思わず確定ボタンを押したのは、ギリシャ神話の戦女神アテナの加護を受けた少年。
名は『エリクト』。
兜を被って鎧とマントをまとい、右手に槍、左手で盾を構えた姿だ。
典型的な戦士タイプと思われる。

「んじゃ、オレは天照大神でー」

 佐橋が選択したのは、日本神話の太陽神たる天照大神の加護を受けた少女。
名は『ひみこ』。
武器や防具の類は身につけず、何故か身の回りに鏡や勾玉が浮遊している。
こちらは異能力タイプだろうか。

「技確認した? 始まるぜ」

「おっし! やるぜ!」

 星矢の気合いと共に、画面には戦闘開始を告げる文字が踊る。

 通常通りにプレイできる1P側を譲られた星矢の操作キャラクターが先手必勝とばかりに近づいて槍での突きを繰り出すも、佐橋の操るキャラクターは防御壁を展開して凌ぐ。
続け様に槍での攻撃を繰り出しても、同様。
しかし、佐橋のキャラクターは防御の度に反動ダメージを僅かに受け、位置も下がってステージ際へ追い込まれつつある。
このまま星矢が地味に押し切るかと思われた所で、佐橋のキャラクターの技ゲージが光る。

 画面がムービーに切り替わり、『ひみこ』の周囲で勾玉が旋回しながら頭上に掲げた鏡より放たれる大口径の光線。
至近距離にいた星矢のキャラクターは避けられず、直撃を受けて一気にダメージゲージが無くなってしまった。

「くっそ!」

「……よっし!」

 まずは佐橋の先勝。
続けて、もう1戦。
互いにダメージは回復されているが、技ゲージはそのまま。
つまり、最後に技を使った佐橋のキャラクターは尽きているが、技を使わずに終わった星矢のキャラクターは半ばまで貯まっていた。

 先程と同じように星矢はラッシュを続けて相手に防御だけをさせ、自分の技ゲージが貯まった所でコマンドを入れると再度、画面が切り替わってムービーが始まる。
女神アテナの盾アイギスがもたらされ、更に乗馬としてペガサスが現れると『エリクト』が飛び乗って縦横無尽に飛び回る。
アイギスに飾られたメデューサの首が相手キャラクターを石化させた上で体当たりを敢行し、粉砕した。

 星矢としては色々と物申したい演出ではあったが、勝ちは勝ちなので安堵の息を吐く。

「ふう」

「これでイーブン。次が勝負だ!」

 最終戦は初戦の再現で終わった。
互いのダメージは回復していても、技ゲージはそのままな事を考えずに星矢がラッシュを繰り返したので、すぐに佐橋のキャラクターの技ゲージが貯まり、またも必殺技の餌食にされる。

「戦略勝ちー!」

「くっそー! もっかいだ、よーすけ!」

「星矢くん、1人で来てるんじゃないんだし、次は他の人のプレイ見て参考にしてみたら?」

 いきりたって再戦を申し込む星矢を垣ノ内が制した。
筐体は他にもあるが、同じゲームをしている人は何人かいる。
中にはコインを積み上げて何度もコンティニューしていたり、対面の筐体から乱入してくる挑戦者をいなしながら黙々とストーリーモードに挑んでいる猛者の姿があった。

「ね、邪武。僕らもやってみない?」

「……おう」

 そんなやりとりをして、瞬と邪武は星矢と場所を変わる。
1P側に邪武が座り、瞬がコインを投入した。
邪武が迷いなく選んだのはやはりアテナの加護を受けた『エリクト』であり、少し迷った瞬はシュメール神話に登場する冥府の女神エレキシュガルの加護を受けた少年『エンキドゥ』を選ぶ。
どこか瞬に似た華奢な美少年でありながら、棍棒のような武器を持つ、パワータイプのようだ。
なんとも言い難い目で見てくる邪武を気にせず、瞬は操作を確認している。

「……なんでだ……」

「やったあ!」

 結果から言えば、瞬のキャラクターの圧勝だった。
盾で防御しても反動ダメージが大きく、バックラッシュもあってあっという間にステージ端へ追い込まれて技ゲージが貯まり切る前に殴り倒される。
続く2戦目は先程の星矢と同じ展開を狙ったものの、初戦で瞬のキャラクターに技ゲージを消費させずに終わっていたので狙いが外れた。
必殺技を繰り出したまでは良かったが、カウンターで必殺技を出されてしまい、あえなくダウン。

 続いて岸川と垣ノ内も対戦して岸川が先勝したものの、徐々にキャラクターの特徴とコツを掴んだ垣ノ内に連敗した。
岸川が『ひみこ』、垣ノ内が『エリクト』を操作しての結果なので、相性的に強弱のあるキャラクターではなかったことになる。

 落ち込んだ邪武を連れ、6人は他のゲームも見て回った。
馬の形をしたコントローラーに跨ってのレースゲームに誘われたが兄弟たちは苦笑いで固辞し、代わりに自動車レースのゲームで競い合う。
音楽に合わせて光る足下のパネルを踏んだり、ボタンを押したり、太鼓を叩いたりする音ゲーではそれぞれの反射神経とリズム感が顕著に出て笑い合った。
佐橋オススメのメダルゲームでは、星矢が運良く好位置のメダルを崩して佐橋の手持ちを倍増させる。
クレーンゲームの中に目つきの悪い黒猫の手のひらサイズのぬいぐるみを見つけた瞬が、岸川や垣ノ内のアドバイスを受けながら5回の挑戦で手に入れてご満悦だ。

「ひととおり回ったけどどうする? そろそろ飯にする?」

「うん! 腹減ったー!」

 岸川がフロアに人が戻り始めたのを見て提案すると、星矢だけでなく全員が賛同したので2階のフードコートへ降りる。
まだ混雑はしているが、空いているテーブルも幾つか見つかった。
6人が固まって座れるテーブルを確保し、垣ノ内が瞬と星矢を連れて昼食の確保に向かう。

「オレはハンバーガーにするけど、星矢たちはどうする?」

「オレもハンバーガーにする! そういや、日本帰って来てからまだ食ってない」

「なら、僕もそうしようかな。サイドメニューも色々あるんだね」

 垣ノ内が案内したハンバーガーのブースには先客が数人並んで居たので、その最後尾に続きながら店頭に掲げられたメニュー表を頼りに注文を決めていく。

 垣ノ内はチーズバーガーにコーラとポテトのセット、瞬はダブルバーガーにアイスティーとポテトのセットにシーザーサラダも。
星矢はギリギリまで粘った末に、予算と相談してハンバーガーにコーラとチキンをつける事にした。

 カウンターで会計し、注文した品物を受け取って席へ戻ろうとした時だ。

「お、星矢と瞬じゃん。お前らも来てたのか」

 横から声をかけて来たのはパスタの皿を持った那智。
左右に同じ制服の少年たちが3人並んで居る所をみると、彼もクラスメートに誘われてこの施設を訪れたらしい。

「うん。邪武とクラスメートたちと一緒に」

 瞬の指差す先でこちらに気づいた邪武が手を振っている。

「そっか。お、近くのテーブル空いてるな。あそこ座ろうぜ」

 那智が声を掛ければ、彼のクラスメートと思しき面々も了承して歩き出す。
席に着いた所で、入れ替わりに岸川や佐橋とともに邪武が立ち上がって昼食を確保しに向かった。

 那智は簡単に弟の瞬と邪武と星矢、と紹介してから同じ3年C組の佐藤、鈴木、田中と雑にクラスメートの名を教えてくれる。
3人揃っていればオールバックが佐藤、真ん中分けが鈴木、七三分けが田中と判別できるくらいの、那智と似て没個性的な生徒だった。
彼らは噂の美少女転校生が本当にクラスメートの弟であった事を改めて確認し、少し落胆しているが。

「さっき同好会の後輩や先輩とカラオケに行く市とすれ違ったんだ。5人も昼食に帰らないんじゃ、カニ(仮)が茹で上がってそうだな」

「あー、だから昼食いらないって電話した時、もっと早く連絡しろって怒られたのかあ」

 邪武らを待つ間、那智のクラスメートらとも雑談し、迎えの車が17時半に来てくれると聞いた那智が市の携帯電話へメールを送って情報を共有した。
どうやら、那智と市も送迎の車に便乗するつもりのようだが、果たして5人が乗り切れる車で来てもらえるだろうか。

 そうこうしているうちに邪武らがカツ丼を持って戻って来る。
10人が揃ってから、それぞれいただきますと声をかけて食べ始めた。

「お前らゲームしてたのか。オレらはスポーツ大会の練習兼ねて、バスケしてた」

 昼食には少し遅い時間なので、食べながら互いの動向を探り合えばそんな答えが那智から返る。

 中間考査とテスト休みが明けてテストの返却後にクラス対抗のスポーツ大会があるのは星矢たちも知っていた。
早いクラスでは既にチーム分けがされ、テスト休み中に連携を高める特訓をしている所もあるらしい。
特に勉強よりも運動が得意な生徒の多いC組や、帰国子女が多いD組はそんな傾向だという。

 思い返せば、那智もそのC組である。

「じゃあ、那智はバスケに出るんだ?」

「ああ。お前らは?」

「うちのクラスはチーム分け、テストが返って来てからになるのかな?」

 瞬の問いかけは同じクラスの岸川へ向けられた。

「ああ。スポ大のチーム分けね。A組はテスト返却後に、クラス内の順位順に好きな競技を選べる仕組み。人気は卓球バドバレー、不人気はフットサルとバスケ」

 特進クラスと他の生徒から呼ばれる所以である。
これを聞いた邪武や星矢はうわぁと頭を抱え、佐橋と垣ノ内もちょっと引いていた。
だが、那智らは大爆笑。

「見事にC組と競技人気が真逆だな」

 常に動き回るフットサルやバスケとテニスが人気で、あまり動き回ることのないバレー卓球バドミントンが人気種目に入れなかった生徒たちの行き場となっているそうだ。

「そういや、星矢もC組だろ? お前、何出んだ?」

 那智の問いかけには、瞬が答える。

「那智、星矢はまだ体育参加の許可出てないから、スポーツ大会は見学だよ」

 末っ子は、いまだに家長と精神的長兄から体育参加の許可を貰えていない。
怪我はもう本当になんともないのだが、どうにも調子に乗ってうっかりをやらかすので許可してやりたくてもできないのだ、と。
今回のテスト結果か、夏休みの過ごし方次第、と言われているが、どうなることやら。

「……オレも出たかった……」

 嘆く星矢を励ますのは、瞬と垣ノ内だけである。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 昼食を終えた一行は、再びそれぞれの学年で分かれて行動を開始する。
那智らはボウリングをするのだと4階へ、星矢たちは話し合ってバスケットコートのある屋上へと上がった。

 人数的には3on3ができるが、星矢に運動許可が出ていないので動き回らないフリースロー対決をすることに。
フリースローを1人5本ずつ投げ、チームでの成功数の勝負だ。
じゃんけんで瞬と佐橋、邪武と岸川、星矢と垣ノ内の3チームに別れる。
末っ子トリオと岸川、佐橋はほぼ同じ身長なので、頭半分大きい垣ノ内と組んだ星矢が有利と思われた。

 しかし、邪武が岸川と肩を組んで勝ちを確信したと宣言する。

「星矢はノーコンだからな! 瞬も小器用に見えて、大雑把なところがある! この勝負、オレの勝ちだ!」

「なんだと、邪武! お前だって人のこと言えねーだろうが!」

「あはは、言うねえ、邪武」

 星矢はすぐに沸騰して食ってかかり、瞬は笑顔だがちょっとこめかみがひくついている。
相手を傷つけない勝負事であれば、瞬だって勝ちたい気持ちがあるのだ。
なにしろ、良い結果を出せばそれがなんであっても、最愛の兄が褒めてくれるし。
いや、兄は結果がついてこなくても、真面目に取り組んだ事にはちゃんと褒めてくれるが。
佐橋も静かに闘志を燃やし、垣ノ内は困ったように笑って、岸川は負けフラグ立てられたかなあと諦観のため息だ。

 結果から言えば、邪武は見事なブーメランを喰らってしまうことになる。
確かに星矢はノーコンだったが、たまに良い投球もして1本決め、垣ノ内が星矢の失敗をカバーする全投球成功の活躍を見せたのだ。
そして瞬と佐橋は、それぞれ3本ずつ成功。
岸川も3本は決めたのだが、肝心の邪武が2本に終わった。
星矢と垣ノ内、瞬と佐橋がそれぞれ合計6本を決め、邪武と岸川は合計5本。
見事なフラグ回収であった。

 その後、時間内に何本のシュートを決められるかとか、スリーポイントシュートの対決もして更に邪武が落ち込んだ後、汗をかいて喉が渇いたからと自動販売機のある休憩スペースへと移動する。
スポーツ飲料や炭酸飲料で水分補給をしながら、話すのはスポーツ大会の事。

 なにしろ、城戸家の兄弟たちは長年海外にいたから日本の学校行事のほとんどを未体験のまま、この年齢になっている。
知らない、見たことないイベントばかりなのだ。

「クラス対抗で学年関係なく、種目別に予選リーグと決勝トーナメントやって優勝クラスを決めて、上位入賞種目の多いクラスが学期末に表彰されるんだよ。Sクラスは人数少ないから、参加しない種目も多いけど」

 尚、表彰されたからと言って特に学園からご褒美が出るわけではない。
実家が太くて気前の良い担任だったりすると、ジュースくらいは奢ってもらえたりする、なんて話もあるが。
基本、ただの名誉だけだ。

 それでも、ここで活躍した生徒が文化祭の人気ランキングで上位になっているので、生徒たちにとっては、まったくの無意味というわけでもない。

「垣ノ内は去年の中間考査で学年30位に入った上に、スポ大のバスケで活躍してバレー部から引き抜かれそうになったから文化祭でモテランキング6位になった」

 佐橋の説明により、垣ノ内は背が高く気遣いができる上に成績も良くてバレーボールだけでなくバスケットボールにも才能をみせた、と知れた。
瞬は純粋にすごい、兄さんみたいだ、と兄自慢を含んだ関心をし、邪武と星矢は男の敵かなと冷めた目を向ける。

「まあ、A組とB組に転入してきた生徒がいるし、学年順位は落ちるだろうから、今年の文化祭は人気ランキングも選外になるんじゃないかな」

 当の垣ノ内はそんな風に笑っているが。

「瞬はなんか出たい種目ある? オレはフットサル狙ってるけど、なにしろうちのクラスはテスト結果次第だからなぁ」

 岸川も成績は悪くないのだが、A組の中では平凡な点数なのだそうだ。
狙っている種目が、クラス内では人気のない競技なので多分、希望通りになるだろう、とは考えているけれど。

「うーん。僕はテスト受けるのが初めてだから、どんな結果になるかがまず分からないんだよね。でも、どうせだったら、岸川くんと同じ種目が楽しそうだなって思ってる」

「あー、でも瞬のテスト結果良くて最初の方にフットサル選んだら、その後に希望者が殺到しそうな気もするなあ……」

 クラスで話しかけられれば、誰にでも笑顔で受け答えするけれど、瞬が自分から話しかけるのは席が近い岸川や藤宮が多い。
だからこそ、スポーツ大会などの行事を通じて仲良くなりたいクラスメートがいるだろうな、と岸川は考える。

 都合の良い事に、フットサルは男女混合でチーム編成がされる。
必ず、女生徒を1人以上チームに入れなければ失格になり、それもあって相手競技者のプレーを妨害する為に身体に触れたらファールになるルールだ。
当然、身体的に接触する体当たりタックル幅寄せチャージも禁止されている。
男子も女子も瞬と同じチームで長くプレーする為に、奮起するだろう。

 今年のスポーツ大会は様々な波乱が起きる予感に、肩を竦ませる岸川であった。

「んー? そろそろ時間じゃね? なんか、どーしてもやっておきたいゲームとか、あるなら最後にやってく?」

 飲み終わったペットボトルを回収ボックスへ投げ入れ、時計を見上げた佐橋が問いかける。
いつの間にか日が傾きだしていた。

「あのね、僕、ちょっと気になってたフロアがあったんだけど……」

 瞬が指差すのは、館内の案内表示の5階。

「あー、プリ機? それともガチャ?」

 その場で写真を撮ってスタンプやフレームで装飾した物をシールにプリントできるのが、プリ機。
数100円のミニチュアやおもちゃをランダムで購入できるのが、ガチャ。
そう説明されてから、末っ子たちはそのフロアへ降り立った。

「これ、みんなで撮らない?」

 あまり写真を持っていない兄弟たちには手軽に記念写真が撮れる機会に、星矢と邪武は乗り気だ。
岸川や佐橋、垣ノ内には珍しくもないが、このメンバーでというのが何故か特別な気がして、了承する。

 男子中学生6人には少し狭いフレームになんとか収まってポーズを決め、撮影しては半目になっただの腕が被っただの笑い合って幾度か取り直す。
ようやく決まった画像に制限時間に追われながら、スタンプや落書きを入れた。
完成したシールが出力されて、6人で分け合う。

「1人2枚ずつ、だね。ハサミがあって良かった」

「みんな、その場でシェアするからな。だいたいどこも常備されてる。持ち出されないよう、チェーンで繋がれてるけど」

「瞬はさ、これ、お兄さんに見せんの?」

「うん! そのつもり」

 星矢や邪武は自分の携帯電話に早速1枚貼っているが、瞬は生徒手帳に挟んで持ち帰ることにした。
邸に帰って、兄や沙織に見せる為に。
そして、いつか、兄へ一緒にプリントシールを撮ろう、と誘うつもりだ。
絶対楽しいし、兄の写真は何枚あっても良い。

「じゃあ、そろそろ帰ろーぜ。駅行きのバスも来る時間だし、星矢たちの迎えも来てるだろ」

 岸川の言葉に全員が立ち上がり、空にしたペットボトルや缶を回収ボックスへ入れてビルを降りて行った。
ちょうど駅までの送迎バスが敷地に入ってくる所で、その後ろには見覚えのあるワゴン車が続いている。
タイミング良くクラスメートと来ていた那智、同好会の先輩後輩とカラオケに興じていた市も合流した。

 テスト休み明けの学校での再会と、夏休みにでもまたこういう施設へ行こうという約束を交わし、それぞれバスと迎えの車に乗り込んで帰路に着く。
少年たちの脳裏からはその間にあるテスト返却という試練は、綺麗さっぱり忘れ去られていた。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 後日、一輝が仕事で使っている携帯電話に何者かがこの日のプリントシールを貼るイタズラを敢行した。
実弟から末っ子トリオそれぞれが2枚ずつ所持していると聞いていた精神的長兄は、各人の残り枚数を確認するや、即座に犯人を吊し上げたのだった。



[登場オリキャラ]
*岸川敬吾(きしかわけいご):2-A。瞬の級友。フットサル同好会。佐橋とは心友。
*佐橋陽輔(さはしようすけ):2-B。邪武の級友。バレー部。リベロ。岸川とは心友。
*垣ノ内慎(かきのうちまこと):2-B。邪武の級友。バレー部。背高アタッカー。学内人気ランキング上位。言動がイケメン。
*那智の級友:3-C。オールバックの佐藤愛一。真ん中分けの鈴木圭二。七三分けの田中祐三。勉強よりは運動が得意。
*藤宮聖心(ふじみやしょうこ):2-A。瞬の級友。瞬と最も話す機会の多い女生徒だが、不思議と羨まれていない。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2024/10/09〜2024/10/26
UP DATE:2024/10/26(iscreamman)
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