Saint School Life

【11:はじめての調理実習】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 日曜日の朝、朝食を終えた城戸家の兄弟たちは沙織により居間に集合させられた。

「おはよう諸君。これから君たちには本日の昼食作りに参加して貰う。異議のある者は飯抜きだ」

 何故か軍隊口調で集められた理由を語り始めたカニ(仮)の背後には、満面の笑顔な戦女神であり城戸家の家長たる沙織と、真顔の精神的長兄こと一輝が居る。
つまり、この邸で絶対的決定権を持つ2人が賛同している企画なのだ。
兄弟たちに拒否権はなく、不参加は飯抜き、と言われてしまえば、不満に思っても従わざるを得ない。

「まあ、小学校の調理実習レベルだ。今後の為に経験しておいて困ることはない」

「出来上がりを楽しみにしていますからね」

 追い討ちのように一輝と沙織に畳み掛けられ、退路を断たれた兄弟たちはカニ(仮)が読み上げる編成に従い、役割毎に班を作っていく。

「まずは下拵えまでの編成だ。買い物部隊は隊長兼運転手としてヤギ(仮)。蛮、那智、瞬はこれから渡す軍資金の範囲内で指定物資を購入してきて貰う」

 ヤギ(仮)にメモと予算の入った封筒が一輝から渡され、振り分けられた兄弟がより集まって購入すべき品のリストを確認する。
ニンジン、ジャガイモ、キャベツ、タマネギ、ダイコン、豚バラ、ウインナーソーセージ、油揚げ、牛乳、ヨーグルト、そしてカレールー。
本日のメニューを察した面々は俄然、やる気を出した。

「次、洗い物部隊はサガを隊長とし、檄、氷河、星矢。お前らは洗い場に常駐し、使う野菜や調理に使用した調理器具なんかを洗ってもらう。できた食事の衛生面に影響する重要な役目だから、真面目にやれよ」

 当初は不満げだった末っ子も、最後に付け足されたこの役割の重要性に気合をいれる。
同じ班に振り分けられた檄、氷河、サガも納得していた。

「皮剥き部隊はカノン、紫龍、邪武。下拵えでは重要な役割だ。道具はナイフでもピーラーでも使いやすい物を使って構わねえが、怪我をしたらその場で申告する事。衛生面に関わるからな」

 カノンの側に紫龍と邪武が集まり、互いの料理経験がどれほどのものか話し合う。
幸いにも、野菜の皮剥きは全員がやった事があり、問題はなさそうである。

「最後に、フロと市は輸送部隊。この邸の厨房は広いから、洗った野菜や使った調理器具を次の作業工程まで移動させる力仕事だ。頼むぞ」

 園丁としての仕事中、庭師仲間からフロさんという呼び方をされているアフロディーテ。
近頃は兄弟たちや居候らも、そう呼んでいる。
美の女神の呼称より、身近な施設じみた略称の方が呼びやすいからだろう。
そんな彼は力仕事を任されて何故かご満悦だ。
やや嫌そうな市の背中を叩き、現役聖闘士の膂力を期待しているぞ、と妙な圧力を掛けている。

「下拵えが終わったら、新たに調理班を編成する。予定時刻は1100。集合場所は厨房。各自、動きやすい多少汚れても良い格好で集まるように。では、各班で確認しあってくれ」

 カニ(仮)の号令後、買い物部隊に配属されたヤギ(仮)、蛮、那智、瞬は互いに出かけられる格好であると確認し合い、早速車で出掛けていった。
財団の総帥や部門代表を送迎する為の高級車ではなく、こういった時に兄弟を乗せる為に用意されていたコンパクトワゴンで。

 仕事は材料が揃ってからになる他の部隊は居間に残り、雑談というか突然の調理実習にそれぞれの意見を交わす。
確かに必要な経験ではあるかもしれない、という納得感はある。
けれど、ほとんどは、なんで急に、という戸惑いだった。

「もうすぐ、夏休みになるだろう」

 その困惑に応えたのは、精神的長兄であり、普段から兄弟たちに弁当や昼食を提供している者だった。

「オレは財団の仕事で海外視察に行く。予定では2週間だ。その間、お前らの昼食をどうするのか、厨房の人達と話し合ってな。週末の昼食は調理実習を兼ねて自分たちで作らせようって話になった」

 もちろん、カニ(仮)をはじめとした料理人の補助はある。
そう補足した上で、一輝は言葉を続けた。

「お前たちがこのままずっとこの邸で暮らしていくつもりなら不要だろうが、いずれは留学なり独り立ちなり、するつもりの者だっているよな?」

 一輝の言う留学や独り立ちには単に海外へ勉強に行くとか就職して邸を出る以外に、聖闘士として修行地や聖域で暮らす事も含まれている。

「ここを離れても、せめて自分の好物くらいは作れるようになっておけば、いざと言う時に困らないだろう」

 海外では揃えられる材料にも限りはあるが、慣れ親しんだ好物が食べられるというのは、人間が生きていくのに存外馬鹿にできない程度に心の支えとなる。
実際に兄弟たちは世界中の僻地に飛ばされ、何年も苦しい鍛錬に耐えた時間の中で、必ず帰国してもう一度あの好物を食べるんだ、と誓った事もあった筈だ。

「今日は初めての調理実習として定番中の定番メニューだが、次回以降はお前たちのリクエストで決める。考えておけよ。作り方を覚えておきたい料理」

 そう締め括られ、兄弟たちは今後作ることになる自分たちの好物について話しだす。
とても、期待に満ちた表情で。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 買い物部隊が帰還し、洗い物部隊と皮剥き部隊によって下拵えがなされ、準備万端整った集合時刻。
厨房には動きやすく汚れても構わない、しかし刃物類が落ちてくる危険性を鑑みて、ある程度しっかりとした布地の長袖としっかりくるぶしまであるパンツ、そしてつま先の覆われた靴という出立ちで兄弟と居候は勢揃いした。
当然、髪の長い者は邪魔になったり、食材に紛れ込まないよう、しっかりとまとめて。

「よし、まず最初の編成を言うぞ。玉ねぎみじん切り班、ヤギ(仮)、紫龍。玉ねぎくし切り班、カノン、氷河。ニンジン乱切り班、フロ、星矢、邪武。千切り班、オレ様、にぃちゃん。ジャガイモ乱切り班、檄、市。ダイコン拍子木切り班、蛮、那智。ウインナー班、サガ、瞬」

 料理人の1人が背後のホワイトボードに班編成を書き出してくれたので、聞き逃した者も自分の役割は分かる。
サポート役に回ってくれた料理人たちがそれぞれの班で使えるスペースを用意し、全員しっかりと手を洗ってから持ち場へと赴いた。

 銘々の持ち場で料理人に教わりながら、料理初心者からそこそこ出来る者まで、自分のペースで作業を進めていく。
カニ(仮)と一輝はサポートの料理人と共に、キャベツ、ニンジン、セロリなどを目にも止まらぬ手際で千切りに。
この2人は普段から厨房に出入りをしているので、料理人たちも完全にお任せで自分たちの仕事を優先的にしている。

 一方で、サガと瞬は個々についた料理人に言われる通り、まな板の上に並行に並べた菜箸の間にウインナーを置き、セラミック包丁で斜めに切れ目をいれていた。
菜箸を置くことで断ち切ることなく切れ目を入れられる工夫にサガは感心し、お子様用のセラミック包丁であっても食材を切る事が初めてな瞬はやや興奮気味である。
共に生活面では存外に不器用な為、こういった事はほぼ初体験なのだ。

 タマネギは切った時に涙が出やすい事もあり、多少の調理経験がある者が担う。
ヤギ(仮)と紫龍は使い慣れない包丁に当初は苦戦するも、すぐに慣れて手早くみじん切りを量産し出した。
カノンと氷河もただ8つ割りにするだけなので、雑談をしながら作業している。

 ニンジン乱切り班はちょっと騒がしいが、ちゃんと手元を見て作業はしている。
ジャガイモ乱切り班とダイコン拍子木切り班が大人しく作業を進めているだけに、悪目立ちしそうだ。
一輝が手の空いた瞬間に叱られるのではないか、と周囲がハラハラしていたら案の定である。

「よっし、材料は揃ったな。調理に入るぞ」

 ここで新たに班編成が組まれる。
一輝が取り仕切るのは双子と氷河、瞬。
カニ(仮)が班長となった檄、市、那智、星矢。
ヤギ(仮)とフロ、蛮、紫龍、邪武。
この班毎に、ホワイトボードに書かれた手順に従って、本日の昼食を作っていく。

 同時に、調理人たちもガス釜に火を入れて浸水していた米を炊き始める。
カレーライスという事で、一応通常の2倍の量を仕込んでいるが、足りなくなればうどんやパンの出番も想定されていた。

 一輝が取り仕切る班ではサガという生活面で極めてポンコツな男がいるが、同時にそのサポートに長けたカノンもいるし、なにより氷河と瞬は手伝いなら修行地でもしていたし、ちゃんと兄の言葉に従うので手がかからない。
みじん切りのタマネギを手早く飴色に炒める一輝の指示に従い、サガは鍋に沸かしたお湯にたまごを沈め4分待つと網で掬い上げて水に晒し、瞬は自分で切れ目を入れたウインナーソーセージをフライパンで焼き、氷河はサラダのドレッシングとなるマヨネーズにお酢などの調味料を計り入れて混ぜている。

 カニ(仮)班には何かと騒がしい者が集まったが、班長のカニ(仮)は口も立つ上に料理人としての指示は的確だった。
タマネギを炒めながら檄には焼きソーセージ、市と那智に温泉たまごを、星矢にはサラダドレッシングをレシピ通りに作れと命じる。
失敗しても食うのはお前らだからな、と付け加えれば、兄弟たちはふざける事なく手を動かした。

 ヤギ(仮)とフロ、蛮、紫龍、邪武の班には取り仕切れる程料理に詳しい人間は居ないが、何故かフロが指示を出している。
分からない調理過程はサポート役の調理人に聞き、ならば誰が適任かを考えて振っているようだ。
ヤギ(仮)は調理人にコツを聞きながらみじん切りのタマネギを炒め、紫龍は時計を凝視しながら温泉たまごを引き上げては冷水に取っていく。
蛮はじっくりとウインナーソーセージを焼き、邪武はサラダドレッシングを調合する。
案外、チームワークは良さそうだ。

 みじん切りのタマネギが色付いたら取り出し、今度はニンジンにジャガイモ、くし切りのタマネギの表面がうっすら透ける程度に炒めて行く。
各班、持ち回りで全員一度は鍋をかき回したのは、今日の昼食は成否より全員で作る事の方に重点が置かれているからだ。
意外に重い鍋や材料、鍋底に焦げ付いて焦る感覚、調理場の熱さや匂い。
そう言った状況を肌で感じる事で、彼らが何を思うのかが狙いだ。

 鍋の材料に十分に油が回ったら、豚バラ肉の薄切りを投入して更に炒めて行く。
少し焦げ付くくらいに、しっかりと豚肉から脂が出るように。

 ただ、外国生まれの兄弟や居候らには、透けるほどに薄く削がれた肉が売られているというのがまず衝撃だった。
日本で肉食が一般化したのは明治維新の頃……否、冷蔵技術や流通がある程度整った戦後以降であり、他の食材に比べると肉の調理方法は魚の調理法を流用した程度で今だに確立されて居ない状態と言える。
そんな理由で海外では一般的な塊肉よりも、家庭での調理のしやすさも合って、日本では薄切りやミンチが主流だ。

 豚肉に火が通ったら水を入れ、じっくりと煮ていく。
ここで本来ならコンソメやブイヨンなどを投入するべきなのだが、優秀な固形カレールーにはそれも予め含まれている。
より深い味わいを追求するなら、スープや出し汁で煮込むのもいい。
しかし、今回は基本を学ぶ為の調理実習だ。
箱書きにある通りに調理を進めるべきだろう。
それでも、みじん切りにして焦げ色が出るまで炒めた玉ねぎをここで投入するのは、メニューを決めた者のこだわりだろうか。

 具材を煮込んでいる間に、味噌汁も作り始める。
材料は下拵えされたダイコンと油揚げ。
鰹節と昆布の合わせ出汁は事前に調理人が取ってくれたものを使い、味噌も普段厨房で使われている合わせ味噌だ。
ダイコンと油揚げを入れた出し汁を沸かし、沸騰したら弱火にしてダイコンに火が通るまで数分煮る。
味噌を溶かし入れ、沸騰させないようもう一煮立ちさせれば完成だ。

 次に千切りされたキャベツとニンジンにセロリ、それとラーメンスナックを大きなボウルで混ぜ合わせる。
これにマヨネーズドレッシングを和えればサラダも出来上がり。

 今日は飲み物としてラッシーも作る。
牛乳とヨーグルトを同量混ぜ、グラスに注ぐだけ。
そそっかしく溢す者もいたが、概ね問題なく作業は進む。

 そうこうしているうちに、具材がいい煮え具合になったようだ。
班ごとにジャガイモとニンジンに串を通して中まで柔らかく煮えた事を確認し、火を弱める。

「ここでカレールーを入れ、しっかり溶かしてから焦げ付かないように煮込めば完成だ」

「あんま力任せに混ぜるなよ。具材が崩れちまうからな」

「なるほど、鍋底を木べらでゆっくり擦るように、だな」

 班毎に注意事項を確認し合いながら、カレーを煮ていく。
厨房はすっかりカレーの匂いに支配され、衣服や髪にも染み付いているだろう。
食欲が旺盛な兄弟たちや居候らは、この匂いだけで飯が食えるな、と笑い合った。

「なあなあ、隠し味とか入れねえの?」

 あまり見たことのない珍しい調味料を手に、末っ子が目を輝かせて班長のカニ(仮)へ問いかける。
どうやら気になった調味料を加えたいらしい。
だが、見習いとはいえ料理人は辛辣だ。

「隠し味ってのはな、味見をして何をどれくらい足せばより旨くなるって事が分かる人間がやる事だ」

 そう言って小皿にカレーを取り分け、舐めてみろと促す。

「この味見で、この大鍋にどれだけの塩、もしくは砂糖、何か他の別の物。何をどれだけ入れれば、味がどんな風に変わるか、お前に分かるか?」

 言われるまま味見をした星矢だが、カレーの味という事しか分からなかった。
少し塩っ気が足りない気もするが、果たしてどれくらい入れれば良い塩梅になるのかは見当もつかない。

「……んー、わっかんねーぇ……」

「物足りなきゃ、自分の皿だけソースでもかけろや」

 今、お前が手にしてるのはデスソースだがな。
そう言いながらカニ(仮)は塩を大胆にひと掴み、蜂蜜を1匙入れて鍋をかき回してから、再度、小皿にカレーを乗せて突き出してくる。
今度はしっかりと適度な塩気とまろやかなコクを感じ、星矢は思わずうめぇとうめいた。

 その隣で、一輝がインスタントコーヒーの粉といちごジャムを大雑把に投入してから味見をし、頷いている。

 やがて、厨房に昼食時間5分前を告げるベルが鳴り響く。
兄弟と居候らは分担し合って皿に飯を盛ってカレーをたっぷりと掛け、焼いたソーセージを乗せた。
味噌汁をつけ、サラダをボウルに取り分け、温泉たまごを小鉢に取り、調理人たちが用意してくれた福神漬けやらっきょう漬けの乗った小皿、飲み物のラッシーとデザートとして用意されたカットフルーツも添える。
これで本日の昼食は完成である。

 給仕の手を借りて皿を食堂へと運び、班毎にテーブルに着く。
そこへ、休日だと言うのに自室で職務に追われて居た沙織が入室してきた。
少し迷ってから、料理人であるカニ(仮)のいるテーブルに着く。
尚、調理実習の許可だけ出して不参加だった家長には、3班の合いがけカレーライスが用意されているのでどこに座ろうが一緒だ。

「まあ、美味しそう。冷めてしまう前に、いただきましょう」

 家長の呼び掛けに、食堂のあちこちで食前の祈りと勢いの良い挨拶が交わされ、皆がスプーンを手にする。
殆どの兄弟と居候らには、初めて作ったカレーライスだ。
学食や邸の賄い、財団の職員食堂で食べたプロの調理師が作る物とは絶妙に何かが足りない気もするが、間違いなくカレーは美味しい。
そこに、自分たちで作ったという体験が加わっているのだ。

「うめーぇ!」
「うまい!」
「美味しいね、兄さん!」

 末っ子たちがそれぞれのテーブルで声を上げるが、他の兄弟や居候だった同じだった。
特にほぼ初めて料理をしたサガにとっては感慨深い。

「……うまいな。私でも、こんなに美味しいカレーライスが作れるのか……」

「逆にここまで万全なサポート体制でなきゃ、お前に料理は無理って証明されたようなもんだがな……」

 カノンはやや呆れ気味にぼやきつつ、スプーンは止めない。
普段は料理をマヨネーズ塗れにしてしまう氷河も、出されたままのカレーライス、サラダ、味噌汁を交互に口に運んでいた。
瞬は自分で切れ目を入れて焼いたウインナーをまずはそのまま齧り、次にカレーをソースとしてまとわせてご満悦である。

 カニ(仮)のテーブルでは、戦女神による聖闘士たちの初めての調理実習で出来上がったカレー3種類の実食が行われていた。

「こっちのカレーはヤギ班なのね。基本に忠実なお手本みたいなカレーね。安心感があるわ。そしてこれがカニ班。良い塩梅だし、コクもあるのね。最後にこっちがトリ班。まあ、味わいの深さが全然違うわ。同じ材料を使ってもこんなに味が違うのね」

 そんな食レポをしながら半分程カレーライスを食べ進めると、温泉たまごを割り入れて味変を楽しんでいる。
カニ(仮)とヤギ(仮)に合わせて一輝を『トリ』と認識したようだ。

 そして最後のテーブルでは、ヤギ(仮)とフロが眉間に皺を寄せてカレーライスを食べ進めている。

「けっして不味くはない。不味くはないが、なんというか、無難過ぎてもうちょっと塩気やコクが欲しいな」

「ああ。うまいんだが、まだ美味くなる余地がありそうではある」

「だが、どうすればいいのか、が皆目分からんな」

 首を捻る2人と同じテーブルでは、兄弟たちが自分の皿にウスターソースや醤油などを少し足し、福神漬けやらっきょう漬けも混ぜるなどしてスプーンをすすめていた。
それを見たヤギ(仮)とフロは自分たちでもソースを垂らし、漬物や温泉たまごを混ぜて食べてみる。
劇的に変わる訳ではないが、物足りなかった塩気や酸味、濃厚なコクなどが加わって多少マシになった気がした。

 自分たちで作った1皿目を完食した者は、お代わりとして別の班が作ったカレーライスにも挑戦する。
同じ材料で同じように調理した筈だが、不思議とそれぞれで味が違う物だった。
多少好みは分かれたが、人気のトリ班とカニ(仮)班の鍋が空になった所で満足したのか、皆デザートに取り掛かりだす。

「さて、今日は自分たちで料理をしてみて、どうだった?」

 トリ…基、一輝は同じテーブルに着く者たちへ感想を問う。

「色々お膳立てして貰って、サポート体制も万全で、失敗する余地のない状態ならサガでも料理が出来ると分かったのが収穫だな」

 真っ先に皮肉めいた口を叩くカノンを怒鳴りつけようとしたサガだが、全く反論の余地がないので咳払いで誤魔化し、素直に感想を述べる。

「多くの人の手で万全のサポートを受けながらだったが、料理をするというのは楽しい物だと分かったよ。何より、自分の手掛けた物を、同じテーブルに着いた君たちが美味しいと笑顔で食べていたのが、本当に嬉しく思う」

 普段から小食なのを心配されている一輝が他の者に比べたらかなり小盛りだったとは言え、3皿も食べたのだ。
付け合わせの味噌汁やサラダ、温泉たまごや漬け物、飲み物やデザートも残さずに。
それだけでもサガとしては感涙ものだ。

「修業中も、我が師カミュの手伝いはしていたが、やはり自分でもなにか作れるようになりたい、と思った。サガが言ったように、自分の作った物を大切な人が美味しいと食べてくれるのは嬉しくなる。カミュにもカレーライスやオムライスを振る舞いたい」

 飲み物として出したラッシーを気に入ったのか、お代わりを飲みつつ氷河は訥々と語る。
そして、大事な師とも、この味を共有したいと。

「自分でやってみて分かったのは、いつも料理人さんたちや兄さんが当たり前に出してくれるご飯が当たり前じゃないんだなぁって。僕やサガがソーセージに切れ目入れてる間に、兄さんはキャベツやニンジンやセロリをどんどん千切りにしてたの見て、すっごいカッコいいって思ったし、これまで作って貰ったご飯やお弁当が本当にありがたい物だったんだって分かったよ」

 半分程は安定の兄賛美だったが、瞬もこの調理実習の意義を感じ取ってくれたようである。

 他のテーブルでも感想会と反省会のようなやりとりがなされ、デザートも尽きた頃合い。
ではそろそろご馳走様しようか、と兄弟たちが立ち上がりかけた。
その時である。

「よし、それじゃあ片付け班編成発表すんぞー!」

 カニ(仮)が声を上げた。

「料理ってのはな、メニュー決めて、材料揃えて下拵えして、調理して盛り付けて配膳したら終わりじゃねえんだ。片付けまできっちりやって、はじめて料理したって言うんだぜ、ガキども」

 完全に悪役な口調だが、至極真っ当な言説である。
たまの休日に普段使わないような調味料や材料を買い集めて気まぐれに調理し、食べ散らかした後、たまには料理するのもいいもんだなーと使いっぱなしの調理器具や無駄に出された皿を洗う家族たちの白い目に気付かず、笑ってビールを飲む世のお父さんたちに聞かせてやりたい程だ。

 戦女神たる家長は他人事のように微笑んでいるし、精神的長兄も後方腕組みお兄ちゃん面で頷いている。
兄弟と居候らは、またしても従うしかなかった。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2024/10/16〜2024/10/18
UP DATE:2024/10/18(iscreamman)
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