Golden Japanese Diarys
【13:food 04】
〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]
城戸邸で暮らす兄弟達が初めての定期考査を終えた夜、邸の料理人見習いをしているカニ(仮)と、財団の海外支援部門にて専属運転手のような事をしているカノンが揃って一輝の私室を訪れた。
「なにかあったか?」
「いや、週末の事をちょいと相談したくてよ」
「俺らのサロンで話せるか?」
カニ(仮)は一輝とはよくメニューの相談をしているが、カノンが加わるのは初めてである。
これは何か思惑があるだろうな、と考えたと思しき沈黙の後、一輝は申し出を受け入れた。
「分かった。行こう」
自室の明かりを消し、扉は閉めても施錠まではせずに一輝は2人と共に1階まで降り、普段は立ち入らない居候専用となっている本館の客用サロンへやってきた。
室内は間接照明が多用されていて、テーブル周りなら本が読める程度の落ち着いた仄暗さにされている。
晴れた昼間であれば日当たりの良さそうな中庭に面した窓辺にティーテーブルが2卓とそれぞれに椅子が4脚設えられているが、雨の夜であるから奥まった暖炉前のソファへと一輝は導かれた。
「やあ、一輝。わざわざ足を運ばせて済まない」
サガがミルクティーを注いだカップを1人掛けソファを陣取った一輝の前に置き、双子の弟が座る3人掛けソファの反対側へと腰掛ける。
カニ(仮)は一輝と相対する位置へ、残る2人は少し離れた別のソファで読書をしつつ晩酌を楽しんでいるようだ。
程良い甘さのミルクティーをゆっくりと味わい、半分となった所で一輝は問う。
「それで? 何を企んでいる?」
「企むとはまた人聞きの悪い」
「ちょっとした提案だ。多分、お前にもメリットはある」
サガが苦笑し、カノンは不敵に微笑む。
どちらにせよ、何かを企んでるようにしか見えないが一輝は気にせず、先を促した。
「聞かせてもらおう」
「ズバリ、弟共に休日の飯の支度を手伝わせたい。そうなると、どんなメニューから始めるべきか、にぃちゃんの意見を聞きたい」
カニ(仮)の言葉に、どういう事か、と一輝は双子をみやる。
「夏休みになれば、君は財団の仕事と聖闘士の役目を兼ねて数日留守にするだろう?」
「その間、弟共がお前の飯が食えなくて不満に思うかもしれん」
「だったら、自分らでやってもらって、普段のにぃちゃんの苦労をちったぁ理解させようってな」
サガの言葉通り、一輝は夏休みを利用して財団の海外視察と称して海外へ飛び、無人島となった修行地の様子を確認したり、財団経由で出資した施設の状況を見に行く予定だった。
その間、弟たちはなんの問題もなく暮らしていけると思っていたが、カノンの懸念もあり得そうではある。
ならば、どうするか。
「なるほど、予行演習として食事作りの手伝いをさせるって事か……」
「ああ。んでよ、なんかあいつらでも失敗しなさそうで、喜んで作りそうなメニューはないか?」
そんな都合のいい料理が、あるのも一輝は知っている。
小学生が調理実習でお湯を沸かして玉子を茹でたり、野菜を切って炒めたり、ご飯を炊いたり、味噌汁を作ったり、そんな基礎的な調理をこなした後にたどり着く最初の料理らしい料理。
ほぼ嫌いな人間が居らず、味が強いので多少の失敗も誤魔化せる。
それでいて料理の基礎技術がある程度集約された、料理初心者向けのメニュー。
「カレーライス、が無難だろうな」
「カレーライスか。ああ、あのスパイスの強烈な匂いなら、多少焦げ付いても誤魔化しが効くなぁ」
既に邸の賄いでカレーライスを経験しているカニ(仮)は、最も初心者向きと思われる利点に気付いた。
「カレーライス。確かに彼らも好きそうだが、調理は難しくないのか?」
「あれ、相当複雑に調味料が配合されてる気がするんだが……」
財団の職員食堂でカレーライスを体験した双子も味と好みの面では問題ないと考えるが、調理工程が見当もつかないので賛同は控えめだ。
「日本には固形カレールーという便利な調味料があってな。これさえ入れれば、大概のモノがカレーになる」
肉じゃがやポトフ、おでんなどの煮込み料理を失敗した時や作り過ぎて余った時、固形カレールーを投入して煮込めそれはもうカレーである。
例えばカニ(仮)が丹精込めてミートソース を作っている鍋に、間違ってカレールーを投入したらキーマカレーになる。
これがペスカトーレやクラムチャウダーなら、シーフードカレーだろう。
そんな事を前置いて、一輝は簡単にカレーライスの調理工程を述べた。
「まず、米を炊いておく。その間に玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもを適当なサイズに切る。肉は豚でも牛でも、魚介も合うから好みで。切った具材を炒めて、油が回ったら水を足して煮込む。煮えたら一旦、火を止めてカレールーを入れて溶かし、焦げ付かないようかき混ぜながら弱火で煮込めば完成だ。後は炊いた飯を皿に盛って、カレーをかけて食う」
尚、カレールーを入れる段階で麺つゆを投入すれば肉じゃがに、コンソメやブイヨンを入れればポトフになるし、シチューやハッシュドビーフのルーというのも日本には存在する。
豚汁やけんちん汁、芋煮などもほぼこの手順であり、調味料が味噌か醤油かの違いだ。
そんな補足をされた所で、料理は門外漢である双子には分からない事ばかりだが、見習いとはいえ料理人として働くカニ(仮)は本当に基本的な料理法だと理解したので話を進めた。
「なるほどな。となると、付け合わせにおすすめはなんだ?」
「スープは割となんでも合うな。他の副菜を決めてからでいい。サラダと漬物はつけるとして、揚げ物や焼き物はなんでも合うぞ。カツカレーが定番だが、あいつらにやらせるならソーセージやハムを焼くのが良いか。後は玉子だな。オムレツでも目玉焼きでも温泉たまごでも合う。デザートはミルク系か、ヨーグルトを使った物が後味がさっぱりして良いか」
その後もカニ(仮)主導で一輝から情報を聞き出し、双子は蚊帳の外なまま、週末の城戸兄弟たちの強制調理実習のメニューは決定された。
★ ☆ ★ ☆ ★
はじめての調理実習を終えた夜。
居候たちのサロンではそれぞれが好みのアルコールを手に、その日の反省会というか感想会というか、要は昼のカレー美味しかったという会話が交わされていた。
「やはり私も料理を覚えたいな。いつか、自分で最初から最後まで作り上げた料理で、彼らを持て成すのだ」
サガが陶然と梅酒の水割りを啜りながら語るのに、冷えたビールを手にしたカノンは待ったをかける。
「お前、あれだけ万全のサポート体制で、やったのはソーセージに切れ目を入れるのと、温泉たまごだけだろうが。まず、インスタントコーヒーを自分で買いに行って、お湯沸かして淹れるとこから始めろ」
カレーの具材を炒めるのも、鍋を焦がさないようかき混ぜるのも、やったぞ。
そう反論しても、一輝が良いタイミングで任せてくれたからだろう、と返されてぐうの音も出ない。
それに、今言われたインスタントコーヒーだって、どこへ行けば買えるのか、どれほどの値段なのかすら分からないのだ。
淹れ方も、お湯の沸かし方すら怪しい。
それでも、精一杯の虚勢で問い返す。
「そ、そういうお前はどうなんだ?」
「オレはナイフさえあれば、その辺の木を集めて焚き火して、食える木ノ実集めたり魚や獣を捕って食えるが?」
けれど、諸事情によりサバイバル能力がカンストしている弟には勝ち目がない。
思い返すと、財団で仕事している時も休憩時間に不意に姿を消し、ふらりと近所のコンビニエンスストアや甘味店の袋を下げて戻ることがある。
そんな日は、財団の職員からお薦めされたのだと、目新しいおやつを出してくれるのだ。
未開の地だけでなく文明の中でも、しっかり周囲とコミュニケーションを取って生き抜く力を示した事例だろう。
ここは素直に負けを認め、教えを請うのが上策と判断したサガはやや小声で訊ねた。
「……今度、財団近くの店で買い物をしたいから、付き合ってくれるか?」
「ああ、構わんぞ。前にお前が気に入っていた和菓子屋を覗いてみるか?」
どこか嬉しげに了承する姿に、やはりこの弟は褒められたり頼られたりしたら断れない性質かもしれない、とサガは少し懸念を抱いた。
そこへ、カニ(仮)がつまみの皿を持って入室してくる。
その皿から漂う刺激的な香りにサロンにいた居候らの視線が集まった。
「今夜のツマミは余ったヤギ班カレーのリメイクだ。こっちはカレーコロッケ。これはベジタブルチップスのカレーソース掛けだ」
そう言ってテーブルに並べられたのは一口サイズの丸いコロッケが3個ずつ乗った手のひら大の四角い皿と、薄切りにして揚げた数種類の野菜が盛られて溶けたチーズとカレーが適度に掛かっている四角く深めの皿。
「ほう。あのカレーがどう変化したのか楽しみだな」
「なんだか、オレたちが作った時より数段美味そうな匂いがしてるな……」
冷凍したレモンスライスをたっぷり沈めたレモンサワーを手にしたフロがコロッケに、凍りつく寸前まで冷やした日本酒を片手にヤギ(仮)はチップスに手を伸ばした。
自分たちが作ったカレーがカニ(仮)の手を経て一体どう変化したのか。
期待と心配が入り混じった感情で、口に運ぶ。
「ははは! これは美味いな! カレーを混ぜたジャガイモのマッシュでチーズを包んで揚げているのか! いいぞ、これは!」
「お、辛味を足しているな。ピリ辛で酒に合う。それに、かかっていないところやチーズソースと一緒になるとまた味わいが変わる。これは美味い」
作った本人たちもビミョーだと思っていたカレーが思った以上に変化していて、複雑だった気持ちが驚きと喜びに変わる。
その反応に、双子も手を伸ばす。
「ああ、これは間違いない味だ。カレー味でジャガイモとチーズの揚げ物。嫌いな人間の方が少ない」
「おおっ。思ってたより辛味が強いぞ、このソース。しかし、ちゃんと美味いし、チーズソースと合わせるとまろやかだ。揚げた野菜の食感もたまらんな」
そんな居候らの反応に、リメイクを手伝ったカニ(仮)は満足げに頷き、告げた。
「カレーコロッケは明日の弁当にも入れるからな。楽しみにしとけよ」
ヤギ班のカレーは思っていた以上に余っていたようだ。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2024/06/02〜2024/10/18
UP DATE:2024/10/18
〔食べ物 その4〕
〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]
城戸邸で暮らす兄弟達が初めての定期考査を終えた夜、邸の料理人見習いをしているカニ(仮)と、財団の海外支援部門にて専属運転手のような事をしているカノンが揃って一輝の私室を訪れた。
「なにかあったか?」
「いや、週末の事をちょいと相談したくてよ」
「俺らのサロンで話せるか?」
カニ(仮)は一輝とはよくメニューの相談をしているが、カノンが加わるのは初めてである。
これは何か思惑があるだろうな、と考えたと思しき沈黙の後、一輝は申し出を受け入れた。
「分かった。行こう」
自室の明かりを消し、扉は閉めても施錠まではせずに一輝は2人と共に1階まで降り、普段は立ち入らない居候専用となっている本館の客用サロンへやってきた。
室内は間接照明が多用されていて、テーブル周りなら本が読める程度の落ち着いた仄暗さにされている。
晴れた昼間であれば日当たりの良さそうな中庭に面した窓辺にティーテーブルが2卓とそれぞれに椅子が4脚設えられているが、雨の夜であるから奥まった暖炉前のソファへと一輝は導かれた。
「やあ、一輝。わざわざ足を運ばせて済まない」
サガがミルクティーを注いだカップを1人掛けソファを陣取った一輝の前に置き、双子の弟が座る3人掛けソファの反対側へと腰掛ける。
カニ(仮)は一輝と相対する位置へ、残る2人は少し離れた別のソファで読書をしつつ晩酌を楽しんでいるようだ。
程良い甘さのミルクティーをゆっくりと味わい、半分となった所で一輝は問う。
「それで? 何を企んでいる?」
「企むとはまた人聞きの悪い」
「ちょっとした提案だ。多分、お前にもメリットはある」
サガが苦笑し、カノンは不敵に微笑む。
どちらにせよ、何かを企んでるようにしか見えないが一輝は気にせず、先を促した。
「聞かせてもらおう」
「ズバリ、弟共に休日の飯の支度を手伝わせたい。そうなると、どんなメニューから始めるべきか、にぃちゃんの意見を聞きたい」
カニ(仮)の言葉に、どういう事か、と一輝は双子をみやる。
「夏休みになれば、君は財団の仕事と聖闘士の役目を兼ねて数日留守にするだろう?」
「その間、弟共がお前の飯が食えなくて不満に思うかもしれん」
「だったら、自分らでやってもらって、普段のにぃちゃんの苦労をちったぁ理解させようってな」
サガの言葉通り、一輝は夏休みを利用して財団の海外視察と称して海外へ飛び、無人島となった修行地の様子を確認したり、財団経由で出資した施設の状況を見に行く予定だった。
その間、弟たちはなんの問題もなく暮らしていけると思っていたが、カノンの懸念もあり得そうではある。
ならば、どうするか。
「なるほど、予行演習として食事作りの手伝いをさせるって事か……」
「ああ。んでよ、なんかあいつらでも失敗しなさそうで、喜んで作りそうなメニューはないか?」
そんな都合のいい料理が、あるのも一輝は知っている。
小学生が調理実習でお湯を沸かして玉子を茹でたり、野菜を切って炒めたり、ご飯を炊いたり、味噌汁を作ったり、そんな基礎的な調理をこなした後にたどり着く最初の料理らしい料理。
ほぼ嫌いな人間が居らず、味が強いので多少の失敗も誤魔化せる。
それでいて料理の基礎技術がある程度集約された、料理初心者向けのメニュー。
「カレーライス、が無難だろうな」
「カレーライスか。ああ、あのスパイスの強烈な匂いなら、多少焦げ付いても誤魔化しが効くなぁ」
既に邸の賄いでカレーライスを経験しているカニ(仮)は、最も初心者向きと思われる利点に気付いた。
「カレーライス。確かに彼らも好きそうだが、調理は難しくないのか?」
「あれ、相当複雑に調味料が配合されてる気がするんだが……」
財団の職員食堂でカレーライスを体験した双子も味と好みの面では問題ないと考えるが、調理工程が見当もつかないので賛同は控えめだ。
「日本には固形カレールーという便利な調味料があってな。これさえ入れれば、大概のモノがカレーになる」
肉じゃがやポトフ、おでんなどの煮込み料理を失敗した時や作り過ぎて余った時、固形カレールーを投入して煮込めそれはもうカレーである。
例えばカニ(仮)が丹精込めて
これがペスカトーレやクラムチャウダーなら、シーフードカレーだろう。
そんな事を前置いて、一輝は簡単にカレーライスの調理工程を述べた。
「まず、米を炊いておく。その間に玉ねぎ、ニンジン、じゃがいもを適当なサイズに切る。肉は豚でも牛でも、魚介も合うから好みで。切った具材を炒めて、油が回ったら水を足して煮込む。煮えたら一旦、火を止めてカレールーを入れて溶かし、焦げ付かないようかき混ぜながら弱火で煮込めば完成だ。後は炊いた飯を皿に盛って、カレーをかけて食う」
尚、カレールーを入れる段階で麺つゆを投入すれば肉じゃがに、コンソメやブイヨンを入れればポトフになるし、シチューやハッシュドビーフのルーというのも日本には存在する。
豚汁やけんちん汁、芋煮などもほぼこの手順であり、調味料が味噌か醤油かの違いだ。
そんな補足をされた所で、料理は門外漢である双子には分からない事ばかりだが、見習いとはいえ料理人として働くカニ(仮)は本当に基本的な料理法だと理解したので話を進めた。
「なるほどな。となると、付け合わせにおすすめはなんだ?」
「スープは割となんでも合うな。他の副菜を決めてからでいい。サラダと漬物はつけるとして、揚げ物や焼き物はなんでも合うぞ。カツカレーが定番だが、あいつらにやらせるならソーセージやハムを焼くのが良いか。後は玉子だな。オムレツでも目玉焼きでも温泉たまごでも合う。デザートはミルク系か、ヨーグルトを使った物が後味がさっぱりして良いか」
その後もカニ(仮)主導で一輝から情報を聞き出し、双子は蚊帳の外なまま、週末の城戸兄弟たちの強制調理実習のメニューは決定された。
★ ☆ ★ ☆ ★
はじめての調理実習を終えた夜。
居候たちのサロンではそれぞれが好みのアルコールを手に、その日の反省会というか感想会というか、要は昼のカレー美味しかったという会話が交わされていた。
「やはり私も料理を覚えたいな。いつか、自分で最初から最後まで作り上げた料理で、彼らを持て成すのだ」
サガが陶然と梅酒の水割りを啜りながら語るのに、冷えたビールを手にしたカノンは待ったをかける。
「お前、あれだけ万全のサポート体制で、やったのはソーセージに切れ目を入れるのと、温泉たまごだけだろうが。まず、インスタントコーヒーを自分で買いに行って、お湯沸かして淹れるとこから始めろ」
カレーの具材を炒めるのも、鍋を焦がさないようかき混ぜるのも、やったぞ。
そう反論しても、一輝が良いタイミングで任せてくれたからだろう、と返されてぐうの音も出ない。
それに、今言われたインスタントコーヒーだって、どこへ行けば買えるのか、どれほどの値段なのかすら分からないのだ。
淹れ方も、お湯の沸かし方すら怪しい。
それでも、精一杯の虚勢で問い返す。
「そ、そういうお前はどうなんだ?」
「オレはナイフさえあれば、その辺の木を集めて焚き火して、食える木ノ実集めたり魚や獣を捕って食えるが?」
けれど、諸事情によりサバイバル能力がカンストしている弟には勝ち目がない。
思い返すと、財団で仕事している時も休憩時間に不意に姿を消し、ふらりと近所のコンビニエンスストアや甘味店の袋を下げて戻ることがある。
そんな日は、財団の職員からお薦めされたのだと、目新しいおやつを出してくれるのだ。
未開の地だけでなく文明の中でも、しっかり周囲とコミュニケーションを取って生き抜く力を示した事例だろう。
ここは素直に負けを認め、教えを請うのが上策と判断したサガはやや小声で訊ねた。
「……今度、財団近くの店で買い物をしたいから、付き合ってくれるか?」
「ああ、構わんぞ。前にお前が気に入っていた和菓子屋を覗いてみるか?」
どこか嬉しげに了承する姿に、やはりこの弟は褒められたり頼られたりしたら断れない性質かもしれない、とサガは少し懸念を抱いた。
そこへ、カニ(仮)がつまみの皿を持って入室してくる。
その皿から漂う刺激的な香りにサロンにいた居候らの視線が集まった。
「今夜のツマミは余ったヤギ班カレーのリメイクだ。こっちはカレーコロッケ。これはベジタブルチップスのカレーソース掛けだ」
そう言ってテーブルに並べられたのは一口サイズの丸いコロッケが3個ずつ乗った手のひら大の四角い皿と、薄切りにして揚げた数種類の野菜が盛られて溶けたチーズとカレーが適度に掛かっている四角く深めの皿。
「ほう。あのカレーがどう変化したのか楽しみだな」
「なんだか、オレたちが作った時より数段美味そうな匂いがしてるな……」
冷凍したレモンスライスをたっぷり沈めたレモンサワーを手にしたフロがコロッケに、凍りつく寸前まで冷やした日本酒を片手にヤギ(仮)はチップスに手を伸ばした。
自分たちが作ったカレーがカニ(仮)の手を経て一体どう変化したのか。
期待と心配が入り混じった感情で、口に運ぶ。
「ははは! これは美味いな! カレーを混ぜたジャガイモのマッシュでチーズを包んで揚げているのか! いいぞ、これは!」
「お、辛味を足しているな。ピリ辛で酒に合う。それに、かかっていないところやチーズソースと一緒になるとまた味わいが変わる。これは美味い」
作った本人たちもビミョーだと思っていたカレーが思った以上に変化していて、複雑だった気持ちが驚きと喜びに変わる。
その反応に、双子も手を伸ばす。
「ああ、これは間違いない味だ。カレー味でジャガイモとチーズの揚げ物。嫌いな人間の方が少ない」
「おおっ。思ってたより辛味が強いぞ、このソース。しかし、ちゃんと美味いし、チーズソースと合わせるとまろやかだ。揚げた野菜の食感もたまらんな」
そんな居候らの反応に、リメイクを手伝ったカニ(仮)は満足げに頷き、告げた。
「カレーコロッケは明日の弁当にも入れるからな。楽しみにしとけよ」
ヤギ班のカレーは思っていた以上に余っていたようだ。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2024/06/02〜2024/10/18
UP DATE:2024/10/18