Golden Japanese Diarys
【11:culture 02】
〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]
城戸家の兄弟達が初めての定期試験を目前に控えたある夜、居候達が集うサロンを一輝が訪ねてきた。
「珍しいな、君がこちらへ来るのは。ああ、もちろん歓待させてくれ」
サガがやや張り切り気味に迎え入れ、度々助けられてきたカノンも上席へ招いて飲み物まで勧める。
勿論、普段から世話になっている自覚のある他の居候らも彼の訪れを歓迎した。
「まあ、座れ座れ。飲み物は、微炭酸のオレンジジュースが良いか?」
「いや、飲み物はいい。 それより、ちょっと頼みたい事があるんだが……」
双子と向かい合うソファに腰掛け、もう寝る前であるからか飲み物は遠慮し、一輝は心なしか申し訳なさそうに頼みがあると口にした。
すると、彼の幼少期から色々と間接的にも直接的にも迷惑の掛け通しなサガは、ようやく報いる機会を得たと内容も聞かずに請け負ってしまう。
「何なりと言ってくれ。私に出来る事なら全力を尽くそう」
だが、このサロンに集う居候達の思いはサガと変わらない。
付き合いは蘇ってからだが、それ以前のやらかしは当然として、ここで生活していく中で居候たちが最も世話になっているのが一輝なのだ。
カノンも協力を申し出、カニ(仮)やシュラ、アフロディーテまでもが了承を示すように頷いたり手を挙げたりする。
「オレに出来る事なら、なんでもやるぞ」
その様子に安堵した表情を見せ、一輝は頼みたい事を話し出した。
「……週末にクラスメートを招いてテスト勉強をする事になったんだが、俺たちに国語や古典の基礎を教える代わりに、クラスメートには選択科目の外国語へのアドバイスが欲しいそうだ」
「それは願ってもない。やらせてくれ」
張り切って請け負うサガから視線を外し、一輝は続ける。
「……その、頼みたいのは、スペイン語でな。シュラ、構わないか?」
サガも理解できなくはないが、やはり母国語のアドバンテージは強い。
一輝が申し訳なさげだった理由に思い至ったスペイン人も同じく後ろめたさを覚えながら、快く了承する。
「あ、ああ。オレで良ければ」
しかし、不意に気になっていた事が頭をもたげ、良い機会だからここで解消しておこうとシュラは問いかけた。
「ただ、気になっている事があるんだが」
「なんだ?」
「カニ(仮)の呼び名が一般人向けでないのはオレにも分かる。それで、オレは大丈夫だろうか?」
問われて、一輝も考えを巡らせる。
スペイン語にシュラという言葉はなかったはずなので、サンスクリット語のアスラか日本語の修羅からつけられた呼称なのだろう。
「日本語では仏教由来の悪鬼を指す言葉でもあるが、仏法に帰依して守護者となる面もある言葉だな。カニ(仮)程直接的ではないし、忌避感は薄いと思う。それでも気になるなら、源氏名 でも名乗るか?」
「仕事中の名前、という事か?」
今の所は運転手見習いの扱いだが、将来的にはボディガードとして城戸家に仕える事を目標にしている彼には必要かもしれない。
まあ、シュラという呼び名も本名ではないから、身バレ対策としても微妙だが。
「……そうなると、カニ(仮)に合わせて、ヤギ(仮)か?」
様々な才能を発揮する一輝だが、ネーミングセンスにまでは恵まれていないようだ。
けれど、どちらも日本語の名字として存在するので、そこまで奇抜という物でもない。
日常に溶け込むには、問題のない呼称だ。
「……それで、頼む」
自分でも考えてみたであろう沈黙の後、これ以上の良い呼び名が思い浮かばなかったのか、シュラはこの呼称を受け入れた。
「……わ、我々の名前は、問題ないだろうか?」
話を聞いていたサガが割って入る。
既に財団で仕事をしているから今更だが、サガもカノンも女性につけられる名前だというのもあって気になってしまったのだろう。
しかし、そんな事を知らない日本人からしてみれば、違和感はない。
むしろ、サガなどは日本語ではかつての天皇や、地名にもある名前だ。
「問題はないと思うが。今まで、誰かに指摘された事はあるか?」
そう問い返されて、思い至る事のないサガは安堵した。
一応、彼らは財団では良くある名字として『スクミトン』を名乗っている。
これは英語名の『スミス』のギリシャ名だ。
ただ、双子故に同じ姓である為、個別の呼び掛けとして『サガ』と『カノン』が定着してしまっているが。
ちなみに同じ方式でイタリア人は『フェラーロ』、スペイン人は『エレーラ』、スウェーデン人は『スメド』を名乗っている。
あまり呼ばれる機会はないが。
「そう言えば、アンタは庭師の人達からなんて呼ばれてるんだ?」
呼称問題が出てくる前にさっさと園丁の仕事を始めていたアフロディーテへ、一輝は問いかけた。
「名前の事など気にしていなかったから、最初にアフロディーテと名乗ってしまったよ。まあ、仕事中は『フロさん』と呼ばれていて、もうそれが定着してしまっているがね」
思っていた以上に、庭師たちに溶け込んでいるらしい。
★ ☆ ★ ☆ ★
さて、週末の頼み事が片付いた一輝がサロンを去ると、居候たちはある事が気になった。
「名前なんて気にした事は無かったが、よく考えればそれぞれの言葉には意味があるんだよなあ」
「急にどうした、カノン」
「いや、アイツらの名前の意味が気になってな……」
そう言ってカノンが手にしたのは、仕事中に分からない言葉を調べる為に持ち歩いている電子辞書だ。
「彼の名前だけは目にする機会が多いから、文字でも覚えてはいるんだが、意味までは考えた事がなかったな」
そう言えば、と呟くサガを他所に、カノンは慣れた手付きで辞書を操作して一輝の名前に使われた漢字を表示させた。
「最初の文字は簡単なんだよな、一。ひとつ。最初。そんで、輝。輝き」
「合わせれば、最初の輝き。宵の明星いや、夜明けだろうか……」
「似合い過ぎる……」
双子が一輝の名前に使われた漢字の意味に感じ入っている様子に興味を惹かれた他の居候らも、親しくしている兄弟達の名をあげてはカノンに調べさせ始める。
「一台しかねえんだから、1人ずつな。てゆーか、辞書あんだから自分で調べやがれ」
居候達が読書をする時にすぐ使えるよう、サロンの片隅に数冊の辞書は用意されている。
けれど、電子辞書は複数の辞書を同時に検索できるので、漢字をひとつ調べるだけでその文字が持つ意味と英訳が表示されるのが便利なのだろう。
「瞬は、またたき、か。星の煌めく様とか、だな」
「紫龍は、紫の龍。紫は高貴さを象徴する色なのか」
檄や氷河、那智や市など漢字の意味が分かりやすい者も居れば、蛮や邪武のようにどう言った意味合いで付けられたのか考えても分からない者も居た。
星矢は少し考え、流れ星を意味しているのでは、と推測する。
表意文字というのは慣れなければ扱いが難しいものだが、一度興味を持ってしまえばいくらでも学べる底なしの沼のような物である。
居候らは今、その沼に足を踏み入れてしまったらしい。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2024/03/11〜2024/10/07
UP DATE:2024/10/07
〔文化 その2〕
〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]
城戸家の兄弟達が初めての定期試験を目前に控えたある夜、居候達が集うサロンを一輝が訪ねてきた。
「珍しいな、君がこちらへ来るのは。ああ、もちろん歓待させてくれ」
サガがやや張り切り気味に迎え入れ、度々助けられてきたカノンも上席へ招いて飲み物まで勧める。
勿論、普段から世話になっている自覚のある他の居候らも彼の訪れを歓迎した。
「まあ、座れ座れ。飲み物は、微炭酸のオレンジジュースが良いか?」
「いや、飲み物はいい。 それより、ちょっと頼みたい事があるんだが……」
双子と向かい合うソファに腰掛け、もう寝る前であるからか飲み物は遠慮し、一輝は心なしか申し訳なさそうに頼みがあると口にした。
すると、彼の幼少期から色々と間接的にも直接的にも迷惑の掛け通しなサガは、ようやく報いる機会を得たと内容も聞かずに請け負ってしまう。
「何なりと言ってくれ。私に出来る事なら全力を尽くそう」
だが、このサロンに集う居候達の思いはサガと変わらない。
付き合いは蘇ってからだが、それ以前のやらかしは当然として、ここで生活していく中で居候たちが最も世話になっているのが一輝なのだ。
カノンも協力を申し出、カニ(仮)やシュラ、アフロディーテまでもが了承を示すように頷いたり手を挙げたりする。
「オレに出来る事なら、なんでもやるぞ」
その様子に安堵した表情を見せ、一輝は頼みたい事を話し出した。
「……週末にクラスメートを招いてテスト勉強をする事になったんだが、俺たちに国語や古典の基礎を教える代わりに、クラスメートには選択科目の外国語へのアドバイスが欲しいそうだ」
「それは願ってもない。やらせてくれ」
張り切って請け負うサガから視線を外し、一輝は続ける。
「……その、頼みたいのは、スペイン語でな。シュラ、構わないか?」
サガも理解できなくはないが、やはり母国語のアドバンテージは強い。
一輝が申し訳なさげだった理由に思い至ったスペイン人も同じく後ろめたさを覚えながら、快く了承する。
「あ、ああ。オレで良ければ」
しかし、不意に気になっていた事が頭をもたげ、良い機会だからここで解消しておこうとシュラは問いかけた。
「ただ、気になっている事があるんだが」
「なんだ?」
「カニ(仮)の呼び名が一般人向けでないのはオレにも分かる。それで、オレは大丈夫だろうか?」
問われて、一輝も考えを巡らせる。
スペイン語にシュラという言葉はなかったはずなので、サンスクリット語のアスラか日本語の修羅からつけられた呼称なのだろう。
「日本語では仏教由来の悪鬼を指す言葉でもあるが、仏法に帰依して守護者となる面もある言葉だな。カニ(仮)程直接的ではないし、忌避感は薄いと思う。それでも気になるなら、
「仕事中の名前、という事か?」
今の所は運転手見習いの扱いだが、将来的にはボディガードとして城戸家に仕える事を目標にしている彼には必要かもしれない。
まあ、シュラという呼び名も本名ではないから、身バレ対策としても微妙だが。
「……そうなると、カニ(仮)に合わせて、ヤギ(仮)か?」
様々な才能を発揮する一輝だが、ネーミングセンスにまでは恵まれていないようだ。
けれど、どちらも日本語の名字として存在するので、そこまで奇抜という物でもない。
日常に溶け込むには、問題のない呼称だ。
「……それで、頼む」
自分でも考えてみたであろう沈黙の後、これ以上の良い呼び名が思い浮かばなかったのか、シュラはこの呼称を受け入れた。
「……わ、我々の名前は、問題ないだろうか?」
話を聞いていたサガが割って入る。
既に財団で仕事をしているから今更だが、サガもカノンも女性につけられる名前だというのもあって気になってしまったのだろう。
しかし、そんな事を知らない日本人からしてみれば、違和感はない。
むしろ、サガなどは日本語ではかつての天皇や、地名にもある名前だ。
「問題はないと思うが。今まで、誰かに指摘された事はあるか?」
そう問い返されて、思い至る事のないサガは安堵した。
一応、彼らは財団では良くある名字として『スクミトン』を名乗っている。
これは英語名の『スミス』のギリシャ名だ。
ただ、双子故に同じ姓である為、個別の呼び掛けとして『サガ』と『カノン』が定着してしまっているが。
ちなみに同じ方式でイタリア人は『フェラーロ』、スペイン人は『エレーラ』、スウェーデン人は『スメド』を名乗っている。
あまり呼ばれる機会はないが。
「そう言えば、アンタは庭師の人達からなんて呼ばれてるんだ?」
呼称問題が出てくる前にさっさと園丁の仕事を始めていたアフロディーテへ、一輝は問いかけた。
「名前の事など気にしていなかったから、最初にアフロディーテと名乗ってしまったよ。まあ、仕事中は『フロさん』と呼ばれていて、もうそれが定着してしまっているがね」
思っていた以上に、庭師たちに溶け込んでいるらしい。
★ ☆ ★ ☆ ★
さて、週末の頼み事が片付いた一輝がサロンを去ると、居候たちはある事が気になった。
「名前なんて気にした事は無かったが、よく考えればそれぞれの言葉には意味があるんだよなあ」
「急にどうした、カノン」
「いや、アイツらの名前の意味が気になってな……」
そう言ってカノンが手にしたのは、仕事中に分からない言葉を調べる為に持ち歩いている電子辞書だ。
「彼の名前だけは目にする機会が多いから、文字でも覚えてはいるんだが、意味までは考えた事がなかったな」
そう言えば、と呟くサガを他所に、カノンは慣れた手付きで辞書を操作して一輝の名前に使われた漢字を表示させた。
「最初の文字は簡単なんだよな、一。ひとつ。最初。そんで、輝。輝き」
「合わせれば、最初の輝き。宵の明星いや、夜明けだろうか……」
「似合い過ぎる……」
双子が一輝の名前に使われた漢字の意味に感じ入っている様子に興味を惹かれた他の居候らも、親しくしている兄弟達の名をあげてはカノンに調べさせ始める。
「一台しかねえんだから、1人ずつな。てゆーか、辞書あんだから自分で調べやがれ」
居候達が読書をする時にすぐ使えるよう、サロンの片隅に数冊の辞書は用意されている。
けれど、電子辞書は複数の辞書を同時に検索できるので、漢字をひとつ調べるだけでその文字が持つ意味と英訳が表示されるのが便利なのだろう。
「瞬は、またたき、か。星の煌めく様とか、だな」
「紫龍は、紫の龍。紫は高貴さを象徴する色なのか」
檄や氷河、那智や市など漢字の意味が分かりやすい者も居れば、蛮や邪武のようにどう言った意味合いで付けられたのか考えても分からない者も居た。
星矢は少し考え、流れ星を意味しているのでは、と推測する。
表意文字というのは慣れなければ扱いが難しいものだが、一度興味を持ってしまえばいくらでも学べる底なしの沼のような物である。
居候らは今、その沼に足を踏み入れてしまったらしい。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2024/03/11〜2024/10/07
UP DATE:2024/10/07