Golden Japanese Diarys

【10:Anniversary 01】
〔記念日 その1〕

   〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]



───これは居候達が城戸邸で暮らし始めて1ヶ月程経った頃の出来事である。



 日曜日の夜。
厨房で明日の昼食用に弁当のおかずを仕込んでいた一輝へ、アシスタントである住み込みの料理人見習いのカニ(仮)が作業中の雑談として問うてきた。

「この国じゃどんな風に誕生日を祝うんだ?」

「知らん」

 野菜を刻みながらのすげ無い返答だが、一輝の生い立ちでは普通の事を聞かれても答えようがない。
彼が唯一覚えている母親に祝われた2歳の誕生日も、多分一般的な誕生日の祝いではなかった筈だ。
特に何かするでもなく、ただ臨月間近の母親と弟が無事で産まれてきてくれればいい、そう話していたのだから。

 最も長く母親と過ごした氷河なら誕生日を祝われた記憶はあるはずだが、育ったのはロシアであるからこの国の普通は分からないだろう。

「俺たちは孤児院や養護施設育ちだからな。日本の一般家庭でどんな風に誕生日が祝われているのかは、知らん」

 施設でも誕生祝いというのは一応あったのだ。
ただ、正確な日付の分からない子供も居たので、月の半ばでその月生まれと思しき子供たちをまとめてお祝いの言葉を贈り、普段より少しだけ豪華な食事かお菓子が振る舞われるくらいのこと。

 一応、絵本だとかテレビ番組とかで誕生日を祝う場面は見た事もあるにはあるけれど、それが本当に一般家庭でも行われているのかを知る術はない。

「そういうのはお嬢さんに聞け、と言いたいところだが……」

 一輝の濁した言葉に、カニ(仮)もため息を返す。

「あのお嬢さんの誕生祝いが普通じゃなさそうってなあオレでも想像がつくんだわ……」

「……凄まじかったぞ」

 この邸に集められて修行地へ送られるまでの1年間、城戸家の沙織お嬢様に関する行事は傍観していた孤児達にとっては毎回途轍もない衝撃だった。
世界が違い過ぎて、羨ましいとすら思えない。

「あー、なんか、すまねぇな」

 流石に申し訳なさが勝って謝ってしまったが、割となんでも知っている便利なこの少年が持つ行事知識は最底辺と頂点に偏っている、とカニ(仮)は理解した。

 しかし、どうしたものか。
首を捻るカニ(仮)へ一輝は頓挫した筈の話題を続ける。

「先月は辰巳と檄、それから双子どもが誕生日だったが、特に何もしてなかっただろう?」

「あ、ああ。まー、色々込み入ってたしなー」

「お嬢さんは個人的に贈り物はした様子だが、アンタが聞きたいのはそういう事じゃなさそうだしな」

 黄金聖闘士であったこの料理人見習いが担っていた星座の誕生月が間近だ、と気づいた一輝は背中を押す。

「なにかしたい事でもあるのか? 許可さえ取れば、アンタがやりたいようにやればいいと思うが」

「許可?」

「まず、お嬢さん。あと、料理長」

 何をやろうとしているのか、察しての根回し先だ。

「なるほどなあ」

「手伝いはいるか?」

「いんや。弟どもの好き嫌いと、この時期に使える食材の情報だけ貰えりゃいい」

「分かった」

 ありがた過ぎる申し出までしてくれる察しの良い相談先で良かった、とカニ(仮)は彼への信頼を厚くした。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 そして6月も下旬に入ったある日の昼食の事である。

 食堂へ集まってきた邸の住人たちへ、本日のホストであるカニ(仮)は高らかに宣言した。

「本日のランチはオレ様の誕生日の振る舞いだ! 遠慮なく食いやがれボナペティートガキども!」

「って、自分で自分の誕生日祝うのかよ!」

 しかし、日本人には慣れない習慣に即座に末っ子がツッコミを入れてくる。
だが、カニ(仮)は益々誇らしげにコックコートの胸を張る。

「当然だろーが、ガキども。誕生日ってなあ、これまで生きてきた日々を家族、友人に感謝する日だぁ。イタリアじゃ自分の誕生日には家族や友人に食事を振る舞うもんなんだよ」

 そう返されれば、馴染みのないだけで納得の行く風習であるから兄弟たちは素直に揃って感心してしまう。
スペインやギリシャ、スウェーデンでもそういった習慣はあるようで、居候組は特に驚いてはいない様子だ。

 白いクロスの中央に赤と緑のセンタークロスが掛けられ、その両脇に大皿や大鉢に盛られた料理が並ぶ大きな長机に兄弟と居候が着席し、それぞれ飲み物を手にカニ(仮)の誕生日を祝う乾杯を行ってから賑やかな昼食が始まる。

 トマトソースを纏った手打ちのショートパスタに、チーズクリームソースのラビオリ、肉料理はポルタモネータ───チーズを挟んだカツレツ、魚料理のアクアパッツァは大きなスズキが丸ごと皿に乗っていてホストが見事なサーブをしてくれた。
新鮮な野菜にオリーブオイルとチーズをたっぷりまとわせたサラダもあれば、デザートドルチェはサクランボとフローズンヨーグルトを使ったセミフレッドであり、飲み物は未成年たちに合わせてレモンスカッシュが用意されている。
ワインは無いのか、と大人たちはいささかがっかりした顔を見せたけれど、とても豪勢で美味なランチに誰もが笑顔だ。

 そんな楽しい食事の最中。

「ところで、日本ではどんな風に誕生日を祝うんだ?」

 ロシア生まれの氷河が素朴な疑問を投げかけるが、日本での一般的な誕生祝いを経験した兄弟は居ない。

「ケーキに年の数のロウソク立ててお祝いするって、聞いたことはあるけど」

 テレビや本で見た通りであれば、こんなものらしいという知識を瞬が説明すると、氷河は想定外の答えに驚いた。

「ケーキ? パイではなくて?」

「ロシアでは誕生日にパイを食べるのか?」

 紫龍の疑問へ頷く氷河。
では彼の誕生日はそのようにしよう、と年長者たちが視線を交わした。
誕生日にケーキを供する国は他にもあり、ロウソクの火を一息で消すとその1年は幸運に恵まれるとか、願いが叶うと言われている。

 そんな他国の誕生日祝いの知識も交わされる中、なにかを思い出そうと頭をフル回転させていた末っ子が手を叩き合わせ、声を上げた。

「そうだ! 誕生日と言えばあれだよ! 施設でもさ、歌ったじゃん!」

「あ、そう言えば歌ったね」

「あー、あったあった」

 末っ子トリオだけでなく、年長の兄弟らも思い出していた。

「よっし! カニ(仮)の誕生日を祝ってー」

 真っ先に声を張り上げる星矢に続いて兄弟らだけでなく居候たちも歌い出す。
途中、祝うべきカニ(仮)の名前でもたついたが、なんとか持ち直して全員で歌い切った。

誕生日おめでとうボォン コンプレアンノ

 仕上げにイタリア語をはじめ、兄弟たちや居候らが知っている言語で祝いの言葉を上げて盛大な拍手で締め括る。

「カニ(仮)誕生日おめでとー!」
「いつも美味しいご飯作ってくれてありがとう!」
「これからもよろしくなー」

 予想外の祝いに降参とばかりに両手を天に向け、カニ(仮)はぼやいた。

「……あー、こりゃ最高の誕生日、だ」



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 その夜、すっかり恒例となった居候専用サロンにて、双子たちはちょっとやさぐれていた。
彼らも先月末に誕生日だったのだが、それどころではない状況でもあって忘れていたのをカニ(仮)の誕生日を祝ってようやく思い出したのである。
一応、沙織から『就職祝い』として揃いの腕時計を贈られたが、あれは誕生日プレゼントでもあったのだろう。

「……無念だ」

 家主や兄弟たちへ世話を掛け通しの感謝を伝えられる絶好の機会であったのに、とサガは白ワインのグラスを干す。
向かいに座るカノンはすでに切り替えた様子で、空のグラスに白ワインを注いだ。

「来年、挽回しようぜ」

「ああ、そうだな」

 弟から注がれたワインを一口味わって、ため息のように新たな悩みを吐き出す。

「……その時は、何を振る舞ったらいいだろうか?」

「いや、お前は料理できねーだろーが」

 即座に弟に突っ込まれ、それはそうだが、と口籠った。
すかさず、横からカニ(仮)が口を挟む。

「しっかり働いて金貯めて、あいつらをそこそこ良い店に招待するのが無難じゃねえの」

「それだな」

「確かに、それがよさそうだ」

 では人数から予算、店の傾向まで検討しだそうとする双子を遮り、カニ(仮)は言葉を続ける。

「んでよ、オレからも相談なんだが」

 いつも彼には何かと世話をかけている事もあり、双子はすぐに切り替えてカニ(仮)へ向き合った。

「珍しいな。私たちで力になれるなら」

「おう。聞かせてくれ」

「毎度の事だが、今回もにぃちゃんの世話になったんだわ」

 カニ(仮)だけでなく、居候達は何かと言うと一輝を頼りがちだ。

「ああ、私たちもいつも一輝には面倒を掛けてしまうな」

「まあ、こっちの事情を完全に把握してて、前提を話す必要がないってのもあるからな……」

 しかし、この邸にいる人間のうちで最も忙しくしている存在でもある。
学業だけでなく財団の仕事があるのに兄弟たちや居候らに弁当や食事を作り、聖闘士としての肉体を維持する為の訓練も欠かしていない。
その合間に兄弟らと交流したり、居候の相談に乗ったりもしてくれている。
それから時々、女神の要請で何処かしらへ行っている事もある様子だ。

「あのにぃちゃんが忙しいのはオレにだって分かるからよ、ちったぁ、楽をさせてやりてえんだが、オレにできんのは飯の支度の手伝いくらいでよー」

 食事の支度は全部引き受ける事も出来るが、何より兄弟たちが一輝の手料理を楽しみにしているのでそれもできない。
勉強だって教えられるのは幾つかの外国語だけだ。

「もうちっと、なんかできねえか、と考えてはいるんだがなんも思いつかねえ」

「……一輝の負担を軽減出来ないか、私たちも常々考えているんだが、彼しかできない事が多すぎてな……」

 カニ(仮)とサガが頭を抱える姿を横目に、グラスにワインを注ぎ直したカノンが提案する。

「だったら、兄弟らに手伝わせたらどうだ? 弁当作りとか、休日の食事」

「だが、料理は得手不得手があるだろう」

「材料の買い出しとか、食後の皿洗いはやれるだろうし、料理できなくても野菜を洗ったりはやらせりゃなんとかなるだろ」

 そうすりゃ、少しは弟どもも一輝の苦労が分かるかもしれんぞ。

「末っ子共も大好きな兄ちゃんとならお手伝いもやるだろうしな」

 弟目線での提案に、カニ(仮)は素直に感心する。

「なるほどなあ」

 さすが、神をも誑かした男。
そう揶揄すれば、その言い方はやめろ、と制止される。
カノンとしては、正直あまり嬉しく無い二つ名なのだ。

「まあ、助かった。にぃちゃんにも相談してみるわ」

 尚、己の誕生日が半年以上先な居候2人もどのように兄弟らを労う祝い方が出来るかを相談中である。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2023/12/14〜2024/01/05
UP DATE:2024/01/05
RE UP DATE:2024/08/17
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