Golden Japanese Diarys

【06 food 02〔食べ物 その2〕】
   〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]



 明日から学園に通うという前夜、夕食も済んだ城戸邸の厨房を乗っ取ったのは頭にタオルを巻いて前掛けをした───まるで有名ラーメン店の店主かと見紛う姿の一輝であった。
助手として洋食のコック服を着崩したカニを従え、まずは手順の確認である。

「まず米を洗って浸水させる。それから野菜の下拵えしながら、煮抜きを仕込む」

「ニヌキってなぁ、茹で玉子ウォーヴォ ソドだな? 野菜は根菜と葉物で分担か?」

そうだシィ。根菜は洗ってそのまま蒸すか切って下茹でする物があるし、葉物も下茹でするからな、その時に決めよう」

了解だ、にぃちゃんシィ カポ。なら、肉や魚は煮物やってる間に仕込みだな?」

「ああ。じゃ、やるか」

 会話の途中でイタリア語が混じるのは互いの語学学習を兼ねているからだ。

 一輝の修行地がスペイン語を使っていたのでイタリア語なら大まかには通じるのだが、名詞や発音には多少の差異が出る。
カニ(仮)も日本語の会話に問題はないが、料理用語は煩雑で膨大なのでまだ全てを理解しているわけではない。
そこで、この機会に互いに埋め合おうと取り決めたのだ。

 しっかりと手を洗ってから大きな笊で1升の米をゴミを浮かせて糠を落とす程度に洗い、コンテナに移して5割増しの水に漬けながら冷蔵庫で2時間程水を吸わせる。
これを5升分仕込むのだが、米と水が入ったコンテナひとつで5kgにもなるので現役の聖闘士と元聖闘士にとっても中々の重労働だ。

 それが終われば大振りのフライパンに指1本分程の水を張って20個程の玉子を入れ、火をつけたら沸騰するまで菜箸で玉子の上下を返していく。
面倒だが、これをやっておかないと黄身が偏って味の染み方にムラがでる。
沸騰したら蓋をして5分、その後火を止めて5分蒸らしたら水にとって冷ませば完成だ。
タイマーをセットし、次の作業に取り掛かる。

 相方が泥を落としてくれたジャガイモに包丁でぐるりと1周切れ目を入れて蒸し器に放り込み、ニンジンは皮を剥いて賽の目切りにして下茹でしておく。
ホウレン草は玉子を茹でた残り湯で湯がいて冷水にさらし、水を切って一口大に。
ゴボウもささがきにして水にさらしておき、タマネギは用途別にみじん切りとクシ切りにしていく。
他にもピーマンやニンジン、セロリなど弟たちの何人かは苦手にしている野菜も細かく刻んだりはするが、容赦なく使う。
ホウレン草は少し甘めの白和にし、セロリを生姜とキュウリで酢の物にした。
最後に固いカボチャを一口大に切って鍋で砂糖をまぶしてから蓋をしておく。

「煮抜きも冷えたな。殻を剥いておくから鶏肉を頼む」

「唐揚げ用だな? 鯖はどうすんだ?」

「カレー味で唐揚げにしたいんで、同じサイズに」

「じゃあ、鳥は塩か? しかし、どうにも醤油味が多くなるよなぁ」

「そうだな。煮抜きはトマトにするか……」

「お、なら任せてくれや。オレ様特製のトマトソースがあるからよ」

 殻を剥き終えた玉子をソース担当に託すと今度は、蒸し上がったジャガイモが熱いうちに皮を剥いて潰していく。
最初に切れ込みを入れていたおかげで布巾で包み込んでぐるりと回せばすぐに剥けるのだが、それでも熱い物は熱い。
慣れない者がやれば両手の平を火傷してしまうだろう。
潰したジャガイモに下茹でしておいたニンジン、水煮のグリーンピースとコーンを加えてマヨネーズとヨーグルトで和えていく。
塩と胡椒で味を整え、隠し味に練乳で甘味を足す。
製作者の特権として2人で味見をし、出来上がったポテトサラダは保存コンテナに詰めて冷蔵庫で明日の朝まで待機だ。

「……うまいが、物たりねぇ。ハムかツナ入れねぇか?」

「明日の朝にしよう……」

 そんな風に予定の変更を話し合いながらカボチャの水が出たところに調味料を足して火にかけ、ツナ缶の油で千切りにしたピーマンを炒める。
並行してサバに下味をつけ、肉を揉み込んで唐揚げの下拵えを進めた。
みじん切りにしたタマネギは鶏と豚の合挽きと合わせて団子にし、焼き付けていく。
ゴボウはキンピラにし、出汁を取った昆布は刻んで酢と醤油で煮て塩昆布にしたり、椎茸や鰹節などと一緒にフードプロセッサーで刻んでから煎ってふりかけにした。

 下拵えの済んだものや粗熱の取れた煮物を冷蔵庫へ納め、最後に吸水の終わった米の水を切ってからコンテナに戻して冷蔵庫へ。
米を炊き、おかずを仕上げて弁当を詰めるのは明朝の仕事だ。
使った器具を洗って片付け、床も洗い流してから2人は今夜の作業を終える。

「ひとまず、お疲れさんだな」

「ああ。明日も頼む」



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 翌、早朝。
パン焼き職人が仕事を始めるのと同時に、一輝とカニ(仮)も厨房へ姿を表す。
共に昨夜と変わらぬ格好で短く挨拶を交わすと、今朝の手順を確認しあう。

「米を炊いてる間に煮物を煮返して、鮭を焼いて解しておくから、そっちで揚げ物やってくれ」

了解だ、にぃちゃんシィ カポ。ミートボールはニヌキのソース使ってくれや。ポテサラはどうする?」

「鶏団子ならそれがいいか。ピーマンでツナ缶使ったからな、ハムにするか」

「だな。そんじゃ、本日も始めますかー」

「やるか」

 しっかりと手を洗ってから、ガス釜に米と水を入れて火を点ける。
沸騰したら蓋をして15分、後は蒸らして仕上げるのが城戸邸での米の炊き方だ。
その間に味を馴染ませた煮物を煮返し、火を通すおかずを仕上げていく。
同時におにぎりの具として塩鮭を焼いて解し、生姜と鰹節を醤油で煮て、梅干しの種を取って叩いておき、塩昆布はワサビで和える。
その合間にハムを刻んで昨夜作ったポテトサラダに混ぜ込んでおくのも忘れない。

 一方で昨夜下拵えをしていた肉と魚に粉を塗し、大量に揚げていった。

「あー、この匂い。たまんネェなぁ」

「……味見はするなとは言わんが、程々にな」

「にぃちゃんは話が分かるねぇ」

 煮返した煮物や熱々の揚げ物は大きなバットにあけて冷まし、用意しておいた17個もの弁当箱に冷たいおかずから詰めていく。
熱い物はしっかり冷めてから、それぞれの好みに合わせて仕切りを工夫し、少しずつ量を変えて。
おかずを詰め終わった所で、炊き上がった米の蒸らし時間が終わったとタイマーが告げる。

「飯台にあけて、握るぞ」

「息つく暇もねえな」

 炊き上がった米を切り混ぜてから飯台に広げて、粗熱をとりながら一輝がおにぎりひとつ分ずつを濡れ布巾の上にとっていった。
15個程の大きな山と2つの小ぶりな丘が出来た所でそれぞれに具を握り込んで仕上げ、また山を作っていく。
仕上げも海苔を巻くだけでなく、海苔が苦手な外国人にはおぼろ昆布を塗したりと好みに合わせて。
アシスタントに徹するカニ(仮)は一輝の手元から具の容器を入れ替え、使い終わった用具を洗っては片付ける。

「アンタらは幾つくらい必要なんだ?」

「あー、3つで充分と言いてぇが、4つにしといてくれ。ヤギとサカナが足りねぇって言い出したら面倒なんでな」

「そうか。時間がないし、混ぜ込みおにぎりでいいな」

 昨夜作ったふりかけを混ぜ込んだ物を追加し、冷めたものから大きい物はラップで包み、小さい物は弁当箱に詰める。
最後に一口大の塩結びをふたつ作って一輝は作業を終えた。

「まかない、には少ないが」

「味見、だなぁ」

 そう言いあって塩結びを2人して頬張る。

「……あー、うめぇ。塩加減が絶妙」

「そりゃ、どうも。後は任せていいか?」

 時間としては朝食の1時間前、厨房の朝食作りが佳境に入る頃合いでもあり、現役の聖闘士である兄弟たちが朝の軽い鍛錬を始める時間だ。
既に兄弟たちの為にひと仕事こなしているというのに、この男は兄弟たちと過ごせる時間を無駄にする気はないらしい。

了解だ、にぃちゃんシィ カポ。後は任せな」

「残り物も頼んだ」

「よろこんでー」

 弁当に詰めきれなかったおかずの残りはカニ(仮)により厨房の賄いに転用される。
一輝の味つけが新たに城戸家に加わった兄弟たちの基準であり、厨房の料理人たちは彼らに満足して貰う料理の参考とする為と言って毎回味見をしたがっているからだ。
単にうまいからだろうな、とカニ(仮)は考えているけれど。

「あー、無駄に才能ある奴ぁ大変だよなぁ」

 苦笑ひとつで気持ちを切り替え、今度は城戸邸厨房の下っ端として朝食の準備に取り掛かる。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/09/25〜2020/09/26 
UP DATE:2020/09/26 
RE UP DATE:2024/08/17
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