Golden Japanese Diarys

【05 food 01〔食べ物 その1〕】
   〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]



 城戸家の朝食は英国式のブレックファーストである。
飲み物は紅茶かコーヒーかだけではなくそれぞれ銘柄や抽出時間、ミルクも搾乳する牛の種類や温度まで指定でき、ジュースやただの水ですら細やかに好みを問われる。
玉子や付け合わせの調理法、パンの種類やスライスの厚みにトーストの加減、パターやジャムなどのスプレッドまで自分の希望を給仕に伝え、全て用意して貰うのだ。
別の物がいいと事前に伝えておけば、和食でも中華でも、材料と料理人が調達できる限りは要望通りに整えられる。

 これは文化的どころか文明的な生活に慣れていない兄弟たちが使用人を使う訓練を兼ねている為、自分で勝手に用意したり片付けたりはしてはならない決まりだ。
施設暮らしで身についた自分の事は自分でする精神を発揮しておかわりを求めに立ち上がったり、食べ終わった皿を下げようとしたら沙織お嬢様直々のお仕置きが待っている。

 一応、お仕置きは身体的には害のない範囲でと確約されているが、最初に失敗した星矢がその日は終日『沙織お姉様』と呼ぶよう厳命されたのだ。
このお仕置きは精神的な負担が半端ない、幻魔拳並みだ、と震え上がった兄弟たちは以来、大変な緊張感を持って朝食に臨んでいる。

 そんな朝食の席で食に拘りを持つ居候が、一輝の皿を見咎めた。

「おいおい、にぃちゃん。そんなダイエット中のOLみたいな量で足りんのか?」

「余計なお世話だ。これでも修行地にいた頃の1日分より多い」

 からかい交じりの言葉を受け流した一輝の皿を見た城戸家の全員が注視し、待ったをかける。

「待って、一輝。貴方、修行地でどんな食生活をしていたの?」

「……どんなって、そうだな……。量としては、1日分がこんなものだったが?」

 そう言って自分のパンにベーコンをひと切れ追加し、水の入ったグラスを隣に置いてみせた。
パンは薄切りのトースト1枚きりでバターやジャムは何も塗られていないし、ベーコンだって欠片のようなものでしかない。
実際はこんなに柔らかで風味豊かな焼きたてのホテルブレットではなく、全粒粉を焼き締めた日持ちだけを優先した硬いパンだっただろうし、ベーコンもより保存性の高い塩漬け肉だったかもしれない。
水はきっと、あまり衛生的ではなかっただろう。
どう考えても育ち盛りの少年には1回分としても不足なそれが6年間の平均的な1日の食事だった、という事は何も口にできない日もあったのではなかろうか。

「……本当に、それだけだったのか?……」

「ああ。絶海の孤島で物資の供給が滞りがちでな。気温が高すぎて食料になる農作物は育たないし、近海の魚介類は海底から噴き出す火山ガスに群がるヤツばかりで、人が食えるものはいなかった。渡り鳥の季節は少し肉が食えたが。まあ、なにより飲める水がなかった」

 定期的に物資を運搬する船はあったけれど、海が荒れれば数日から数週間は供給が絶たれる。
保存食を備蓄しようにも火山ガスの影響で金属の劣化が早く進むせいで缶詰や金蓋の瓶詰めなどは密閉性が保てないし、高温多湿な環境ではいくら塩を増しても干し肉や干し魚の腐敗が早い。
赤道直下の熱帯の島であったから麦や稲など温暖な地域で育つ作物は育ちが悪く、暑さのせいで受粉を助ける虫がいないので虫媒植物はまず実らない。
辛うじて葉物野菜や根菜は育つようだが、火山灰交じりの酸性雨に当たれば作物は立ち枯れてしまうし、雨水は中和させなければ生活用水にも使えなかった。
湧き水も無くはなかったけれど、貴重な水場は島の住民達で管理していたから余所者である一輝が『湯水のように』自由に水を使うなどできない。

 どうやって生きていたのか不思議な状況下を確かに生き抜いた一輝は、もう済んだことだと締めくくる。

「だから俺は、これで充分だ」

 しかし、沙織は「そういう場所だと分かっていて送り込んだんだろう?」と責められた気がした。
あの頃は聖域に居た者たちも「お前たちは知っているはずだよな?」と問われているように聞こえていた。
特に当時、偽教皇として聖域と聖闘士たち、そして聖闘士候補たちをまとめる立場にいたサガなど顔からすっかり血の気が失せている。

 そして、同じく過酷な修行地に送られた兄弟たちですら、言葉を失っていた。
それぞれ生活するには環境が厳しい地域であったり、無理な修行を課す師匠が居たり、と確かに自分は地獄を見たと言える修行を経て聖闘士になったのだが、一輝の修行時代と比べればひどく生温い物に思えてしまう。
皆、暑さや寒さに挫けそうになったり、修行の苦しさに逃げ出したくなっても、師匠は厳しいだけでなく暖かかったし、飢えた記憶はなかった。

 すっかり静まり返った朝食の席を見渡し、一輝は訝しげに問う。

「……どうした? 食わないのか?」

 本人は軽い世間話のつもりだったのだろうが、聞いた側は予想を越える重すぎる話と自分たちがそんな環境に彼を放り込んだ自覚から湧き出る罪悪感を押し殺すのに精一杯で、食事をする気力を無くしていた。
兄弟たちも何をどう言ったらいいのかわからないのか、手持ち無沙汰にカトラリーを手にしているだけという風情でぼんやり座っている。

 一輝とは違う状況下で、誰にも知られないまま牢に閉じ込められて溺死か餓死かの2択を迫られた経験のあるカノン以外は。

「食える時に食っておかんと、いつか後悔するぞ」

「……お前が言うと実感がこもり過ぎて冗談にならんな」

「本気で言ってるからな。それよりお前、渡り鳥って何を食ったんだ?」

 食事をしながら穏やかに交わされる一輝とカノンの会話はこれまで食べた物についてなのだが、聞いていた沙織は衝撃のあまり倒れ伏しそうになっていた。
挙げられるのは食用の家畜ではなく野鳥や爬虫類の名ばかりだし、昆虫と両棲類についてはできるなら記憶を消してしまいたい。
しかも、身近な野草が話題にあがれば懐かしそうにアレは美味しかっただの、酸っぱ過ぎて苦手だのと施設育ちの兄弟たちまでが会話に加わる。
春先の滋味あふれる野草ならば沙織だって口にしてきたが、それはきちんと調理されたもので文字通りに道草を食んだ覚えはない。

 もしやこれは一輝からの復讐なのでは、と穿った考えに落ち込みそうな戦女神は戸籍上の叔父たちとの感覚の相違に呆然となっていた。
そんな女神の様子に気付いたサガが遅まきながら会話を止めるべく、声をかける。

「……カノン。それ以上は、朝食の話題には相応しくない……」

「おっと、それもそうか。一輝、続きは後で、な」

「ああ。済まないな、皆」

 名残惜しそうに会話を打ち切る一輝とまだ話し足りなそうなカノンの様子に、城戸家の人々はどんな状況からでも生き残ってきた2人の強さの根源を見た思いだ。
同時に、あれだけゲテモノ食を出しておいてまだ話すネタがあるのか、と戦慄する。
そして密かに不文律が成立していた。

 一輝とカノンに食べ物関連で絡むのは厳禁、と。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 後日、更に一輝から修行時代の様子を聞き出したカノンが剣呑な表情でサガを鍛錬場に呼び出し、肉体言語による話し合いをしたという。

 その結果なのか、顔以外のあちこちに打撲痕が残る双子が居間に一輝以外の兄弟たちを集めて尋ねる。

「君たちは修行時代、どんな食事をしていたのかな?」

 どうやら2人して候補生の扱いや修行地の管理などの改革案をまとめる事となったようだ。
その為に、世界各地で修行していた兄弟たちから聞き取りを始めようということか。

 今更、と恨みがましい目を向けてしまいそうになるが、今後は改善される可能性があるのなら協力しようという気持ちにはなる。
まずは瞬が話し出した。

「僕の修行地はソマリア沖のアンドロメダ島。昼は灼熱、夜は極寒の砂漠の島でしたから農作物は取れない場所だったけど、大陸が近くて船の往来も多かったし魚も豊富に獲れたから食料が不足する事はなかったです」

「東シベリアは永久凍土に覆われた地だから農耕はできなかったが、十分に南部から供給されていたし、夏でなければ食料も腐る前に凍りついていたから保存もできた」

 続いて氷河が話すと、同じくフィンランドの北極圏にいた市が似たような物だ、と。
他の皆の話でも厳しい環境であると同時に有名な観光地の側でもあったから物資の流通が滞る事は殆どなく、さすがに一輝のような苦労をした者はいない。
聖域にいた星矢の話には、偽教皇であったサガも知らない部分もあったけれど。

 全員の話を聞き終わったカノンは腕組みをして天井を仰ぐ。

「……つまり、戻って来れなかった者の修行地では、なんらかの問題があった可能性があるな」

「そうか、そちらの精査は聖域にいる者に頼まねばならないな……。ああ、皆、協力感謝する」

 改革に向けて次の段階へと話しながら居間を出て行く双子は気づかない。
戻って来られなかった、という言葉が彼らにとってとても重い枷であった事に。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/09/18〜2020/09/24 
UP DATE:2020/09/24 
RE UP DATE:2024/08/17
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