Golden Japanese Diarys

【04 Precautions 01〔注意事項 01〕】
   〜Golden Japanese Diarys〜
[Happily Ever After番外編]



───これは、戦女神に反逆した元黄金聖闘士たちが新たな生活を始めた日の出来事である。



 幾つかの質問と応答の最後に、一輝が不可思議な忠告をした。

「……ああ。それから、この国にいる間は風呂入る時以外、出来るだけ服を着てろよ」

 その視線は左隣に座ったカノンから対面のアフロディーテとシュラ、デスマスクをなめて右隣にいるサガで止まる。
どうやら彼の中では裸族疑惑が完全には払拭されていないようだ。

「……そ、それは当たり前じゃないか。今はまだこのユカタしかないが、ワードローブが揃えばちゃんとした格好をする」

 同じソファに座った一輝とカノンから疑いの目を向けられ、サガは必死に弁解する。
その焦りようが信憑性を失わせているのだが、誰も指摘してはやらない。

 それはそれとして、一輝は理由を説明し出す。

「この国は地球上でも屈指の地震多発地帯でな、大地震の2割はこの国が震源だ。有感地震も日に数回は起きる」

 これは4つもの大陸プレートがひしめき合いながら地殻へと沈んでいく───いわゆる大地の終わる場所のほぼ真上に国土があるからで、今この瞬間にもどこかのプレートと共にマントル層へ引き摺り込まれてもおかしくない、非常に不安定な土地である事が原因だ。
正直、なんで日本人はこんな危険な島に住んでいるのか、と自分もその1人でありながら一輝は疑問を抱く。

 ただ長年の経験と最先端の技術により多くの建物は頑健に造られていて、他の地域なら多数の死者を出すような大地震に襲われても揺れが収まるまでは建物内にいる方が安全だ、と付け加えて一輝は続けた。

「これは良くある話なんだが、余り地震に慣れていない外国人がホテルで就寝中、地震に驚いて何も羽織らずに部屋を飛び出してしまう事がある」

「つまり、裸で寝るなってことだな?」

 双子の兄から視線を逸らさず確認するカノンに頷き、一輝はまだヘラヘラしている対面の3人に向けて告げる。

「本人が恥をかくだけなら放っておくがな。建物は無事でも割れたガラスや陶器が散乱した廊下や道を裸足で歩くのは怪我を増やすだけだし、状況によってはそのままの格好で一晩屋外で過ごすか、より安全な所に避難しなけりゃならなくなる。だから、できるだけ、ちゃんと服を着ておけ───という話だ」

 もうお前たちは聖闘士じゃないんだから、と付け加えればようやく事の重大さに気付いた3人からふざけた空気が消えた。
なんらかの危機的状況に陥っても小宇宙でなんとかできた以前とは違う、と蘇って初めて実感したのかもしれない。

「それに、この邸には俺の兄弟とお嬢さんが住んでるんだ。弟たちに変な物を見せて貰っては困るし、お前たちも地震に怯える情けない姿を女神には見られたくはあるまい?」

 その言葉に、居候たちは一斉に頷いた。
兄弟たちに悪影響を与えたなら彼に抹殺されそうだが、それ以上に女神の前に己の全てを開陳するなど恐ろしくてできやしない。
神話の中で女神の沐浴を覗き見た者には苛烈な罰が与えられるものだし、その逆もただではすまない気がするのだ。

 約1名、既にやらかしているサガはともかくとして。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 それから数日後───百貨店の外商を使って取り寄せた衣服や品々により、居候たちの生活が一定のサイクルに乗り始めた頃だ。

「……本当に毎日、地震が起きているのだな……」

 朝食後に居間で新聞を見ながらサガが独言る。
気にしているのは天気欄の近くに掲載された国内で起きた地震の記事だ。
幸いにして城戸邸のある地域ではまだだが、確かに他国では多大な被害が出そうな規模の地震が毎日国内のどこかで起こっている。

 あまり地震に見舞われた経験のないサガとシュラは気にしすぎているのか、少し寝不足気味だ。
おかげで地震の規模を表すマグニチュードだけでなく、日本独特の震度なる揺れ幅の表示形式にも慣れたのは怪我の巧妙か。

 けれどデスマスクとアフロディーテ、それとカノンの3人は特に気にしてはいない様子だ。
実はイタリアも地震が多く、火山島に生まれ育ったデスマスクにしてみれば火山性微動は日常茶飯事で、むしろ日本は揺れが少ないとさえ鼻で笑っている。
アフロディーテはもっとも地震に見舞われた経験がなく、カノンは長年海底神殿にいたせいなのか、共に地震に対する恐怖や実感がいまいち持てずにいるようだ。

 そんな日常の隙間───邸に住う誰もが違和感を覚えた一瞬後、大地が鳴動した。

「……この辺りで震度3程度か。震源は茨城沖、津波はなさそうだが……」

 少し長いと感じる揺れが収まると、体感で規模を把握した一輝が情報を得ようと手近にあったリモコンでテレビの電源を入れる。
ちょうど生放送中だったアナウンサーが冷静に視聴者へ身の安全の確保を呼び掛けながら、矢継ぎ早に差し込まれる速報原稿を読み上げていた。
一輝の言葉通りの震源と規模である、とテレビから情報を拾った兄弟たちは唯一の国外生まれを置き去りにしてさっさと自分たちの日常に戻っていく。

 長年海外で暮らしていても、日本人としての正常性バイアスは健在なようだ。
これはこれで問題ではあるが、今はいい。

「……サガ?」

「……あ、ああ。すまない。少し、驚いてしまった……」

 読んでいた新聞を握り締めた姿で動きを止めているサガに一輝が呼びかければすぐに我に返ったが、どこか落ち着きがなく見える。
どうやら思っていた以上に地震に耐性がないようだ。

 しわくちゃにしてしまった新聞を不器用に整えながら、サガは饒舌に先程の心理状況をまくし立てる。

「いや、一瞬、体が浮いたような感覚があったろう、それで何事かと立ち上がろうとしたら目眩に襲われたようになってな。立ち上がれないし、視界は揺れているし、何か重大な疾患でも発症したのかと考えたのだが、君達も何か警戒している様子だったし、何よりティーカップが振動して音を立てていたからな……あれが、地震だったのか……」

 喋っているうちに自分の中で状況を整理したのか、最後には普段の落ち着きを取り戻していた。
くしゃりと歪んだ新聞を情けなさそうに撫で、サガはため息を吐く。

「……忠告されていたというのに、実際に起こってみると対処できないものだな……」

「いや、揺れてるうちは基本的に動かない方がいい。慌てて行動すると、揺れに足を取られて転倒するからな……」

 一輝の言葉通り、テレビからは避難しようとして転倒したお年寄りが怪我をしたニュースが流れている。
高齢者と同じ扱いか、と衝撃を受けるサガに気づかず一輝はローテーブルを指し示す。

「1番いいのは、堅牢な室内ならコイツみたいに頭上からの落下物を防げるテーブルなんかの下で揺れが収まるのを待つ事なんだが……。おい、もう収まってる。さっさと出てこい」

 テーブルから殆どはみ出している長い足を軽く蹴られ、子供時代に日本で暮らした1年の間に教え込まれた『揺れたらテーブルの下で頭を守る』姿勢を律儀にやり通した氷河がのそりと這い出てきた。

「お前な、自分の大きさを考えろ。足が出ていたら意味がない」

「テーブルが低すぎて収まらなかったんだ」

「それでも、揺れが収まったらすぐに出てこい。状況確認して、次の行動ができんだろうが」

「そうだった。火元の確認と、津波からの避難」

 かつて精神的長兄から仕込まれた───揺れが収まってからする事を、ちゃんと覚えているとばかりに口にするロシア系ダブルな弟。
地震はその揺れで建物が倒壊したり、地割れや地崩れが起こるだけでなく、住宅地で発生する火災や海底が変動する事で起こる津波などの2次災害が恐ろしいのだと幾つもの民話や昔話で聞かされたのだ。

「……まあ、いい。問題は……」

 居間の中庭に面した窓辺はテラスになっていて今日は陽気もいいので窓を開放していたのだが、そちらを見やった一輝の表情が厳しくなった。
邸に囲まれた中庭の中央に据えられた噴水周りで3人の居候が慌てふためきながら走り回ったり、ベンチの影に座り込んでいる。

 そして視線を自分の足元へ戻せば、サガと同じ姿をした大男が腰にしがみついて震えていた。
これが火事場の馬鹿力なのか、がっしり掴んでくる腕はどうやっても外れない。

「……これは、避難訓練が必要かもな……」



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/09/18〜2020/09/23 
UP DATE:2020/09/23 
RE UP DATE:2024/08/17
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