Saint School Life

【09:初めてのお手伝い】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 城戸家の兄弟たちが学園に通い初めて数週間が経ったとある夜、家族用の居間で雑誌を眺めていた末っ子が深く重いため息を吐いた。
いつも天真爛漫なのに珍しい、と同じく寛いでいた兄弟たちが様子を伺う。

 近くで読書をしていた同年の兄が声を掛けた。

「どうしたの、星矢? 何か悩み事?」

「あー、悩みって言うかさー。これなんだけどよー」

 星矢が瞬に見せたのは、それまで眺めていたゲーム雑誌。
指し示すページには近々発売される新しいゲームソフトのレビューが並んでいる。

「ゲーム? 新しいのが出るんだ?」

「ああ、これ欲しいんだけどさ、今月のこづかいはもう残ってねえし、来月分足しても足りないんだよー」

 城戸家の兄弟たちは学園に通うに当たり、筆記用具や参考書といった勉強に必要な物と学食やコンビニで昼食などを購入する為、それと普段着や趣味に使えるよう、毎月こづかいが渡されている。
家長と精神的長兄の協議により、一般的な中高生が親御さんから渡される額と大差ない一律5000円が。

 星矢が見せてくるページに表示されている価格はひと月分のこづかいでは、確かに足りない。
それでも発売日まではまだ日があるし、再来月のこづかいまで合わせれば買えるのでは、と瞬は考えたのだが、背後から覗き込んで来た檄と蛮が星矢の金遣いの雑さを暴露してきた。

「星矢はよく弁当頼み忘れてコンビニで昼飯買ってる上に放課後にも買い食いしてたよな」

「それでマンガやゲームの雑誌も買ってんだから、使い過ぎだろう」

「最初に一輝が言ってたろ? よく考えて、必要な物だけ買えって」

 尻馬に乗って那智まで星矢を責める。

「だって、しょーがねーじゃん! 昼飯食わないと腹減って授業受けらんねえし! 雑誌も欲しくなっちゃうし!」

「だったら、今からでも節約しろよ」

 星矢の駄々っ子全開な反論に、那智は正論を返すだけだ。
しかし、檄と蛮は的確な改善点をあげてくる。

「とにかく、帰宅したらすぐ弁当箱を出して、その時に翌日の弁当頼むの忘れないようにするだけで、だいぶ違うと思うぞ」

「放課後の買い食い減らしたかったら、弁当多めにして貰って、昼に全部食わないで放課後に食べてから帰るとかしたらいいんじゃないのか?」

 それはそうか、と星矢も納得する。
だがしかし、それでも今月中には購入資金を確保したい気持ちが勝る。

「それでも、次の次のこづかいまで待たなきゃなんねえの一緒じゃん! これ人気だから、発売日に買えなかったら次の入荷がいつになるか分かんねえんだよ!」

「だったらアルバイトしたら?」

 叫ぶ星矢へ、瞬は不思議そうに問いかけた。
他の兄弟たちもその手もあるな、と頷いているが、星矢だけが腑に落ちない。

「校則でバイト禁止だろ!」

「お家のお手伝いは禁止されてないよ」

「……え? どういうこと?」

「星矢、給湯室のホワイトボード見てないの?」

「え? なんかあるのか?」

 そこで百聞は一見にしかずという事で、瞬は星矢を居間と勉強室の間にある給湯室へと連れて行った。
ここは兄弟達が個人的に購入した菓子や食品を保存しておく為の棚や冷蔵庫があり、勉強や鍛錬の合間に軽食を取れるように一般家庭にあるような流し台とガス台が設えられていて、電子レンジや電気ポットも揃っている。

 当然、しょっちゅう買い食いをしている星矢も日々利用しているのだが、ホワイトボードが何処にあるのかは皆目見当がつかない。

「ほら、これ」

 瞬が指し示したのは出入り口の脇の壁に貼られた給湯室の掃除当番表、ではなく壁その物。
よく見れば、そこの壁だけホワイトボードに加工してある。
そして、当番表の近くには何枚かカラフルな付箋が貼られていた。

「お邸で掃除や修繕を担当する使用人さんたちが力仕事を頼みたい時に、こうして日時と仕事内容を貼ってくれるんだ」

 付箋は色ごとに部署が割り当てられていて、1枚で1人の募集を示している。
同じ色で同じ内容の付箋が複数あれば、それだけの人数を必要としている、と分かる仕組みだ。

 内容も、剪定した木の枝の運搬、模様替えに伴う家具の運び出し、資源ゴミの分別など長くても30分も掛からない簡単な軽作業ばかり。
その分、金額はお駄賃程度ではあるが。

「1回のお手伝いで貰える額は多くないけど、毎日何かやってたら結構貯まるよ」

 ほら、これなら今すぐやれるし。
そう言った瞬の指が捲り取った付箋には、資源ゴミ分別と記されている。
指定時刻はちょうどこれから。
場所は厨房の裏口だ。

「サンキュー、瞬! これから行ってくる!」

 瞬の手から付箋を引ったくり、星矢は駆け出した。
その背に瞬はもう1つ、アドバイスを送る。

「あ、ついでだから明日のお弁当も頼んできたら?」

「そーだった! 節約節約ー!」



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 星矢が邸内バイトをするべく向かった厨房の裏口で待ってたのは料理人見習いのカニ(仮)である。

「よう、坊主。バイト希望か?」

「カニ(仮)が雇い主なの?」

「俺様はバイト希望者が来なかった時に仕事をやらされる下っ端だ。来てくれて助かったぜ」

 そう言って裏口脇に積まれたゴミ袋を1つ開け、中から空き缶を取り出して見せる。

「これからやるのは資源ゴミの分別だ。瓶はこのカゴ、缶がこっち、プラがこっち」

 言いながらひょいひょいと仕分けるカニ(仮)を真似、星矢もゴミ袋を1つ開いて分別に加わる。

「アルミ缶とペットボトルは潰してから入れろよ。嵩張るからあっというまにカゴがいっぱいになる」

「オッケー」

 アルミ缶やペットボトルを足元に置いて踏み潰しては拾いあげ、カゴに入れていくカニ(仮)を他所に、星矢は両手で押し潰してはカゴへ放り込む。

 たまに飲み残しなのか中身入りのペットボトルや瓶が見つかる。

「中身入ってんのは避けとけ。後でまとめて処理すっから」

「りょーかーい」

 中身を捨ててから分別するのは後回しに、2人は分別と圧縮作業を続ける。

「なー、厨房のバイトって他になにがある?」

「今んとこはゴミの分別だけだな。食材の搬入に人手が欲しいって声はあるが、お前らが学校行ってる間の仕事だから無理だろ?」

 単純作業にすぐ飽きた星矢の質問にも、手さえ動かしていれば文句のないカニ(仮)はちゃんと答えてくれるようだ。

「じゃあ、夏休みとかならできるやつ?」

「あー、そん時ゃ頼めるのか。あと、お前らのにぃちゃんが飯作る時に野菜の皮剥きくらいか」

「そっか。それならオレもできそう」

「ほんとか?」

「これでも、聖域にいた頃は魔鈴さんの手伝いはしてたんだぜ。そりゃ、一輝みたいにはできねえけど、野菜切ったりはやってたって」

「なら期待しとくぜ」

 2人がかりで雑談しながら手を動かしていれば、4つほどあったゴミ袋は瞬く間に分別が終わる。

「よし。これで明日の朝、当番のヤツが回収場所に持ってけるな。手洗って、終わりにすっぞ」

「あー、ベッタベタになった」

「お前手で潰してたからだろ」

 厨房の出入り口に設置された洗い場で2人揃ってしっかりと手を洗った所で、星矢が持ってきていた付箋にバイトを受けた星矢と指導係のカニ(仮)がサインを入れた。

「ほい。報酬だ。無駄遣いすんじゃねーぞ」

「ありがとう、カニ(仮)。あ、弁当ってまだ頼めるか?」

 明日の昼飯を頼むのを思い出した星矢が尋ねれば、カニ(仮)が厨房の見やすい所に掲示されたホワイトボードの下の方へチェックを入れた。
どうやら家人の食事の有無など、料理人や給仕で共有する情報が書かれているらしい。

おうシィ。量はいつも通りか?」

「おにぎり多めにしてくんねえ? 足りなくて放課後買い食いしねえように」

了解シィ。2個プラスにしとくわ」

 そう言いながら、カニ(仮)がホワイトボードに備考として『+2』と書き加える。

「サンキュー! んじゃな、カニ(仮)」

 これで安心、と星矢はお駄賃を握りしめて意気揚々と厨房を後にした。

 尚、お手伝いで渡されるお駄賃のと引き換えた付箋は作業報告書として家令の元で保管される。
そして毎月、誰がどれくらいのお手伝いをしたのか───つまり、どれくらいお小遣いが不足したのかが家長と精神的長兄へと報告される予定だ。
その動向を検討し、来年以降のお小遣い額を決める為に。



   ★ ☆ ★ ☆ ★



 さて、突発的に始まった星矢の節約(邸内)バイト生活であるが、結果から言うと月末に支給されるお小遣いを足せば予定額に到達するまでに持ち直した、らしい。

 仕事を頼む使用人たちが心得ていて、本当に簡単な力仕事しか用意していないせいもあり、失敗が少なかったのもあるだろう。
数回、褒められて調子に乗った星矢が運んでいる物を振り回して何かを壊す事はあったが、作業場所や移動ルートから事前に高額な物が移動されていたので被害はあまり大きくない。

 節約の方も、度々弁当を忘れたり放課後の買い食いはしているようだが、今の所は購入資金には手をつけずにいるらしい。
すでに量販店に予約を入れて後は発売日を待つばかり、と勉強室で宿題を片付けながらもソワソワしていた。

 だが。

「……中間考査目前だってのに、余裕だな」

 同年の兄である邪武が荒んだ目でそんな事を言い出した。

「ちゅー、かん、こー、さ?」

 って、なに?
と、首を傾げる星矢へ、瞬が補足する。

「定期テストだよ、星矢。今まで教わった事がちゃんと身についてるか3ヶ月毎に試験があるって言われてたでしょう?」

 グラード学園は前期と後期の2期制で、学期毎に中間と期末に考査がある。
その4回の試験結果と普段の授業態度や委員会などの課外活動への取り組む姿勢から、年度毎の成績がつけられる。

 つまり、大変重要な試験だ、と紫龍が襟を正して告げた。

「このテストは学期毎の成績表や進級に反映されるから、あまりよくない成績が続くと留年もあり得るぞ」

「え?」

 寝耳に水。
思っても居なかった学園生活の危機に、瞬が励ましの言葉をくれる。

「大丈夫だよ、星矢。3年生まで留年はないって。だから、ちゃんと教わった所は覚えよう」

「だが、学園の求める学力に満たなければ、退学して他校への編入を勧められる、と聞いている」

「ええー?」

 しかし、氷河から追い討ちをかけられ、益々困惑を強める星矢へ、一輝が慰めにもならない事を言ってくれた。

「まあ、欠点を取ったとしても追試もあるんだ。万が一も挽回は出来るだろう。だが、しばらくはゲームどころではないな?」

「折角だけど、ゲームはテストが終わるまでお預けにしとこう。ね、星矢」

「えええー……」

 瞬の優しさが、今日ばかりは辛い星矢であった。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2024/01/21〜2024/03/10
UP DATE:2024/03/10 
RE UP DATE:2024/08/16
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