Saint School Life
【07:はじめての学食】
〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]
その日、登校してきた瞬を見たクラスメートの岸川啓吾は違和感を覚え、挨拶より先に問いかけた。
「瞬、弁当持ってきてねえの?」
「おはよう、岸川くん。うん。今日は食堂行ってみようと思って」
「あ、はよ。だったら一緒に行こうぜ! あ、もしかして弟くんらと行くのか?」
挨拶をし直し、誘いの言葉を掛けてから訂正する律儀ではあるが忙しない岸川へ、カバンから1時間目の教科書やノートを取り出しながら瞬は頼み事をする。
「星矢たちも一緒なんだけど、できたら一緒に来て色々教えてもらえるかな? 僕ら学食って初めてだし」
「いいぜ。じゃ、2時間目終わったら食券買いに行こう。昼休みになるとめちゃ混みで選べないんだよ」
早速、在校生の知恵が披露され、成る程と感心した。
始業前は朝練を終えた運動部の生徒が飲み物を買いに集まっていて、1時間目の終わりでは日替わり定食のメニューが分からない為、2時間目終わりが岸川的にはベストなタイミングらしい。
「ありがとう。助かるよ」
「あ、そーだ。それからさ、弟くんらに連絡して、他にクラスメート2人連れて来るよう伝えといてくれよ」
「それはいいけど、なんで2人?」
岸川の提案に首を傾げる瞬へ、隣で聞いていた藤宮が補足する。
「学食のテーブルって6人掛けなんだよ。空席なんか作ったら相席狙いの女子がエゲツない争奪戦始めて食堂しっちゃかめっちゃかになると思う」
藤宮自身も楽しそうだから覗き見したい気持ちはあるがお弁当を持参しているし、他の女子生徒からヘイトを集めるつもりはないのでついて行くとは言い出さない。
そんな藤宮の言葉に岸川が頷き、瞬も容易にその光景が想像できたので携帯電話を取り出してメールを打ち始める。
「……そっか。うん、分かった。邪武に伝えておくね」
「星矢くんじゃなく?」
「星矢だと押し切られて女の子連れて来ちゃいそうだから、本末転倒かなあって……」
多分、星矢について来るような女子生徒は多少のやっかみくらいは気にしないタイプだろうが、やはり昼食は平穏に楽しみたい。
そう願いを込め、瞬は打ち終えたメールを送信した。
「そ、そうなんだー」
「あの弟くん人懐っこそうだもんなー」
そう。
やんちゃな末っ子気質は年上のお兄さんお姉さんの庇護欲や世話焼きを刺激して、大層可愛がられるのである。
本人は全く無自覚だが。
★ ☆ ★ ☆ ★
そして昼休み。
瞬と岸川は教室前で星矢と邪武、更に邪武のクラスメートと待ち合わせ、6人で食堂へと向かった。
初対面の者も居るので、互いを紹介しながら。
「クラスメートの佐橋と垣ノ内。兄貴の瞬と、弟の星矢」
邪武の雑な紹介にクラスメートは苦笑しながらも自分で名乗り直す。
「佐橋陽介、よーすけって呼んで」
「垣ノ内慎だ。好きに呼んでくれて構わない」
星矢らと背丈の変わらない生徒が佐橋、1人だけ背が高い方が垣ノ内、と。
2人は共にバレーボール部に所属しており、佐橋がリベロ、垣ノ内がアタッカーなのだそうだ。
競技ルールを知らない星矢たちには、ぼんやりとしたイメージしか伝わらなかったが。
「城戸瞬です。こっちはクラスメートの岸川くん」
「岸川啓吾。よろー」
「よーすけに慎な、よろしく! 星矢だ」
岸川と佐橋らに面識は無かったが、3人ともコミュニケーション能力が高いのか普通に交流している。
ただ1人、クラスメートを連れて来ていない星矢だけ少しの不満と不可解さをあらわに問いただしてきた。
「てか、なんで邪武も瞬もクラスメート連れて来てんの? もしかして、俺も誰か連れて来なきゃいけなかった?」
その疑問に答えたのは瞬であり、事前にメールで理由を知らされていた邪武が賢しげに諭す。
「岸川くんや藤宮さんに言われたんだ。食堂のテーブルって6人掛けだから空席作らないように人数集めた方がいいって」
「空席あったら、瞬狙いの女子が群がってくんだろうが。少し考えたら分かるだろ」
言われれば星矢も納得できた。
しかし、である。
「そっかー。って、だったらオレだってクラスメート連れてきたのにっ」
「お前、クラスで話す男子いんのかよ?」
「い、居ない訳じゃねえけど……」
邪武の指摘に星矢は口籠る。
クラスでは瞬や氷河、紫龍について聞きたがる女子に囲まれている為、男子生徒からは遠巻きにされているのだ。
男子だけの授業ではちゃんと声を掛けてくれたり、班に入れてもらえるのでハブられてはいない。
ただ、女子たちが群がり過ぎて男子が声をかけにくいだけで。
こんなクラスで星矢が瞬と食堂に行くから誰か一緒に来てくれ、と声を掛けたなら手を上げるのは女子生徒だけなのは火を見るよりも明らか。
そして、壮絶な争奪戦が始まるのは確実だ。
「……モテるって大変なんだな……」
城戸兄弟のやりとりを聞いていた垣ノ内がぼそりとため息混じりに呟くと、間髪を入れず佐橋が噛み付く。
「何言ってんだ。慎こそ毎日部活で女子にキャーキャー言われてるだろうが」
中学2年生ながら身長170cm半ばあり、バレー部のアタッカーとしてレギュラー争いをしている垣ノ内は校内では有名人らしい。
同じ部でリベロのポジション争いをしてる佐橋が僻むくらいに。
「バレー部の垣ノ内くんが去年のモテランキング上位だったのは俺も知ってるー」
文化祭で恒例となっている企画をネタに岸川も尻馬に乗るが、当の垣ノ内は涼しい顔だ。
「あれは単に名前の知られてる生徒に票が集まる有名ランキングじゃないか。きっと今年は城戸兄弟が上位独占で、俺は選外になるぞ」
「あー」
「デスヨネー」
佐橋と岸川にも、瞬に加えて城戸兄弟の金髪の人と長髪の人で3枠は埋まるだろうと想像がついた。
下手をしたらここにいる末っ子2人も票を貰うかもしれないし、瞬が常にかっこいいかっこいいと言っているが殆どの生徒には顔を知られていないお兄さんももしかする。
そうなればランキングの過半数が城戸兄弟で埋まるだろうから、昨年ランク入りした面々も安泰ではない、と垣ノ内は語った。
しかし、前年ランキング外だった生徒には全く関係のない、別次元の話である。
「岸川、俺らは強く生きていこうな」
「啓吾だ、同士 」
「同士 っ!」
結果、謎の連帯感が岸川と佐橋に生まれ、固い握手によって新たな友情が芽生えた所で、一行は生徒たちでごった返す食堂の入り口に到着した。
「うおっ! すっげぇ混んでんなっ!」
「だろー? 出入り口の動線、もちょっと整理して欲しいよなー。あ、食券買ってある?」
邪武が食堂の盛況ぶりに気圧されて叫ぶも、岸川らには見慣れた光景である。
2時間目の終わりに確保した食券を手に、飲み物や食券の自動販売機やパンや弁当などのカウンターに並ぶ列を避けて食堂へ入ろうとしていた。
「え、啓吾と瞬はもう食券買ってんの?」
「あ、星矢も買ってないなら俺と並ぼうぜ」
「席は取っておくよ」
事前に食券を買っていなかった星矢と佐橋は券売機の列に並び、用意していた瞬と邪武、岸川と垣ノ内は席を確保するために食堂の奥へ向かった。
まだ空いていた壁際の1卓を無事占拠し、空席がない事を示すために手早くお茶を淹れてきてテーブルに並べる。
星矢たちがまだ券売機の前に並んでいるのを確認し、瞬と岸川を留守番に邪武と垣ノ内が料理を取りに行った。
「こんな風に席取りするんだ」
初めて訪れる学食を物珍しげに見渡す瞬に、岸川はお茶を飲みつつ利用の心得を説く。
周囲から向けられる羨望と困惑の視線は敢えて無視だ。
「今日は晴れてるから余裕あるけど、雨の日は普段外飯してる生徒も食堂利用するせいでテーブルや椅子に物置いてても目離した隙に席取られるからなー」
「そうなんだ」
「まあ、1人なら割とどこでも相席頼めるし、瞬なら誰も断らないだろうなー」
「うーん、どうだろう」
そんな話をしているうちに垣ノ内と邪武が戻り、交代で瞬と岸川も料理を取りに受け渡し口へ並ぶ。
どうやら星矢と佐橋も無事に食券を買えたようで、少し前に並んでいる。
「カレーと定食はここでご飯と味噌汁、セルフでよそうんだけど……」
「あはは。それくらいはお邸でもやってるよ」
トレイを手に取りながら心配そうな視線を向けてくる岸川へ、瞬は2枚のトレイを手に笑って受け流す。
休日の昼食だけだけど、とまでは言わずに。
岸川は大盛り用の丼鉢に、瞬はカレー皿と丼鉢にそれぞれ盛れるだけの白米を盛った。
カレー皿には福神漬けもたっぷりと。
それから味噌汁も大きめの汁椀に移動する時に溢さない程度になみなみと注ぐ。
「おばちゃん、A定!」
「はいよ!」
岸川が食券を出せば即座に盛り付けられた皿がカウンターに出てくる。
本日の日替わりA定食は豚の生姜焼きだ。
山盛りの千切りキャベツの方が存在感が強いが。
受け渡しカウンターの端に用意されている付け合わせの小鉢からキンピラゴボウを選ぶ岸川の横で、瞬も食券をカウンターへ出してメインの皿を頼む。
「B定食、お願いします」
「はいよーって、かわいい子だねー!」
噂の編入生かい、という問いかけに微笑んで頷く瞬へサーモンフライが盛られた皿が渡された。
「小鉢はキンピラゴボウとホウレンソウのおひたし、切り干し大根から好きなの選びなねー」
「ありがとうございます」
「まあ、礼儀正しい子だねー」
少し悩んで瞬はホウレンソウのおひたしを選ぶ。
普段より声のトーンが高い気がする調理師の女性に引きながら、岸川は定食を受け取った瞬を次のカウンターへと促す。
「瞬、カレーと麺類はこっちだぞー」
「あ、うん。カレーと、天ぷら蕎麦、お願いします」
食券と一緒に山盛りのカレー皿をカウンターへ出すと、一瞬戸惑ったような沈黙が訪れたがすぐに気を取り直した調理師の男性が水を張ったボウルからしゃもじを取り出してご飯の形を整え、絶妙な量のカレーを掛けて戻してくれた。
それとほぼ同時に、温かい天ぷらそばも別の調理師が提供してくれる。
「ありがとうございます」
調理師たちへ礼を述べ、瞬は2つのトレイを手に席へと戻っていく。
先に席に着いていた城戸の末っ子たちもそれぞれ2つのトレイに定食と麺類にカレーライスを並べている。
クラスメートにはこの3人が大食漢である事は知られているが、初めて目にした生徒たちはざわついた。
特に可憐な美少女めいた容姿の瞬に、色々と幻想を抱いていた生徒らが勝手にダメージを受けている。
「お待たせ」
「先に食ってて良かったのに」
瞬が星矢と邪武の間、岸川が向かいに並ぶ垣ノ内と佐橋の隣に着席する。
「うちは全員揃ってが基本だからさー」
「付き合わせた佐橋と垣ノ内には悪かったがな」
「いや、そんなに待った訳じゃないから気にしないでくれ」
「みんな揃ったんだし、さっさと食おうぜ!」
そこで全員でいただきますと声を揃え、箸を取った。
星矢と邪武、岸川は日替わりA定食の生姜焼き、B定食のサーモンフライは瞬と垣ノ内。
佐橋はご飯よりルーが多めのカレーライスに月見うどん。
星矢と邪武は定食に加えてしょうゆラーメン、瞬も天ぷら蕎麦を、更に3人分の大盛りカレーライスが並んだテーブルは壮観である。
周囲から伺い見ている生徒達に構わず、瞬は定食のサーモンフライに箸を入れた。
さくりと解れる衣と身を口に含み、すかさず白米で追いかける。
噛み締める塩味と魚の旨みで更に白米を追加し、今度はタルタルソースをつけてもう一口。
星矢や邪武はラーメンを啜る合間に、岸川と同じように生姜焼きと白米を絶え間なく口に運ぶ。
気心の知れた兄弟と気の良いクラスメートらと会話をしながら、山盛りの千切りキャベツや付け合わせの小鉢、イチョウ切りの根野菜が煮込まれた味噌汁を間に挟んでも大盛りにした丼は瞬く間に減っていった。
定食を攻略した瞬は続いて山盛りのカレーライスを切り崩していく。
早食いでもないし一口が大きい訳でもないはずだが、ちょっと尋常ではないペースで山が変形していっているのを目にした生徒が目を逸らした。
どうやら現実を受け止めきれなかったらしい。
定食とラーメンを片付けた星矢と邪武も大盛りのカレーライスに手をつける。
そんな2人の前で佐橋がカレーライスのご飯と月見うどんのつゆだけを先に腹に収め、残ったカレールーにうどんを絡めてカレーうどんを楽しんでいた。
「それいいな。真似していいか?」
と邪武が聞けば、一瞬キョトンとした佐橋が破顔する。
「俺も1年の頃に誰かがやってるの見て真似してんの。勝手に」
「そっか、なら次からはカレーライスとうどんはセットだな」
「山菜や天ぷらも悪くないけど、個人的には月見がベストだぞ」
そうこうしているうちに、食事のシメとばかりに瞬は天ぷら蕎麦を啜る。
乗っている天ぷらは春菊と紅しょうが多めの小エビのかき揚げだが、濃い蕎麦のつゆに小エビや春菊の風味が出てそれなりに美味しい。
席取りの為に淹れたお茶もしっかり飲み干し、6人は食事を終えた。
「ふう。ごちそうさまでした」
「食ったー」
「やっぱりラーメンやカレーはうまいよなー」
久々に庶民の味を堪能してのんびりしている兄弟へ、食べ終えるや席を立ってトレイを手にしたクラスメートたちはしたり顔で告げる。
「学食は食べ終わったらすぐに席空けるのがマナーだぜ」
「あと食器は自分で返却カウンターに持って行くのもな」
「最後に席離れる奴はテーブル拭いとけよー」
その言葉に慌てて立ち上がってトレイを手にした3人は、両手が塞がっていた。
誰が拭くべきか、と顔を見合わせる城戸の末っ子トリオへ垣ノ内は笑ってテーブルに置かれていた布巾を手に取る。
「今日は俺が拭いとくから、さっさと食器返してこいよ」
「うっわ! 垣ノ内、そーゆーとこだわー」
「行動までイケメンかよー。けーご、俺らも先行こうぜ」
岸川と佐橋が揶揄し、邪武や星矢を促して返却カウンターへと向かった。
瞬はどうしたものか、と垣ノ内を見やるが、行っていいとジャスチャーで示される。
「ありがとう、垣ノ内くん」
それだけ告げて兄弟の後を追った。
「やっぱりあったかい飯いいよなー」
「夏場は冷やし中華も出るぞ」
「冬になったらあったかい麺類のありがたみが増すぞ」
「そっかー」
そんな会話に加わりながら、瞬は改めて思う。
学食も値段相応に美味しかった。
けれど。
───やっぱり兄さんのご飯が1番だなあ。
★ ☆ ★ ☆ ★
その同じ時刻。
グラード財団の職員用食堂へやってきた海外支援部門代表の城戸一輝は、己の片腕を自負する双子たちの手にしたトレイを見て溜め息を抑えることができなかった。
山盛りの丼飯なのは想定の範疇。
定食の小鉢が何故か追加されているのも。
ただ、メインのおかずが全部載せになっているのはどういう理屈なのか。
「大丈夫です、代表。不正はしていません」
清廉潔白と言わんばかりの顔でサガが語るには日替わり定食の鯖の塩焼きと鶏の唐揚げ、両方の食券を買って一つの皿に盛って貰ったそうだ。
しかしながら、更にトンカツやコロッケまである理由にはなっていない。
胡散臭い事この上ないサガを真似た微笑を浮かべたカノンへ視線を向ければ、しれっと真相が暴露される。
「配膳担当のご婦人方がサービスしてくれたんですよ、一輝様」
それは予想していた。
いたが、まさか配膳担当の全員が何かしら一品ずつサービスしてくるとは誰が思うのか。
改めて、この双子の顔面と外面の良さを実感した一輝は言うべき事だけは言っておく。
「貰った以上は絶対に残すなよ」
「もちろんです」
普段の彼らの食事量を鑑みれば完食は容易いだろう。
だが、油物が多いので後で胃もたれしそうだな、と一輝が考えていると、カノンが眉を顰めて問いただしてくる。
「そういう一輝様は、それだけですか?」
先にテーブルに着いていた一輝の前にあるのは1杯のかけうどん。
それだけである。
給料日前で金欠のサラリーマンじゃあるまいし、10代半ばの少年の昼食にしてはあまりにも質素だ。
「それだけでは栄養が偏ります」
「これも食ってください」
そう言うや、双子は揃って小鉢を押し付けてくる。
サガはナスの煮浸し、カノンはキンピラゴボウだから、それぞれ食べられなくはないが苦手な食材なのだろう。
これは引き受けてやってもいいか、と一輝は観念する
「分かった……」
しかし、食い切れるかな、とも。
[登場オリキャラ]
*岸川敬吾(きしかわけいご):2-A。瞬の級友。前の席。フットサル同好会。
*藤宮聖心(ふじみやしょうこ):2-A。瞬の級友。隣の席。腐女子(?)。
*佐橋陽輔(さはしようすけ):2-B。邪武の級友。バレー部。リベロ。星矢らと変わらない背丈。
*垣ノ内慎(かきのうちまこと):2-B。邪武の級友。バレー部。アタッカー。一輝くらいの背丈。文化祭のランキング企画で上位。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2023/12/14〜2024/01/19
UP DATE:2024/01/19
RE UP DATE:2024/08/16
〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]
その日、登校してきた瞬を見たクラスメートの岸川啓吾は違和感を覚え、挨拶より先に問いかけた。
「瞬、弁当持ってきてねえの?」
「おはよう、岸川くん。うん。今日は食堂行ってみようと思って」
「あ、はよ。だったら一緒に行こうぜ! あ、もしかして弟くんらと行くのか?」
挨拶をし直し、誘いの言葉を掛けてから訂正する律儀ではあるが忙しない岸川へ、カバンから1時間目の教科書やノートを取り出しながら瞬は頼み事をする。
「星矢たちも一緒なんだけど、できたら一緒に来て色々教えてもらえるかな? 僕ら学食って初めてだし」
「いいぜ。じゃ、2時間目終わったら食券買いに行こう。昼休みになるとめちゃ混みで選べないんだよ」
早速、在校生の知恵が披露され、成る程と感心した。
始業前は朝練を終えた運動部の生徒が飲み物を買いに集まっていて、1時間目の終わりでは日替わり定食のメニューが分からない為、2時間目終わりが岸川的にはベストなタイミングらしい。
「ありがとう。助かるよ」
「あ、そーだ。それからさ、弟くんらに連絡して、他にクラスメート2人連れて来るよう伝えといてくれよ」
「それはいいけど、なんで2人?」
岸川の提案に首を傾げる瞬へ、隣で聞いていた藤宮が補足する。
「学食のテーブルって6人掛けなんだよ。空席なんか作ったら相席狙いの女子がエゲツない争奪戦始めて食堂しっちゃかめっちゃかになると思う」
藤宮自身も楽しそうだから覗き見したい気持ちはあるがお弁当を持参しているし、他の女子生徒からヘイトを集めるつもりはないのでついて行くとは言い出さない。
そんな藤宮の言葉に岸川が頷き、瞬も容易にその光景が想像できたので携帯電話を取り出してメールを打ち始める。
「……そっか。うん、分かった。邪武に伝えておくね」
「星矢くんじゃなく?」
「星矢だと押し切られて女の子連れて来ちゃいそうだから、本末転倒かなあって……」
多分、星矢について来るような女子生徒は多少のやっかみくらいは気にしないタイプだろうが、やはり昼食は平穏に楽しみたい。
そう願いを込め、瞬は打ち終えたメールを送信した。
「そ、そうなんだー」
「あの弟くん人懐っこそうだもんなー」
そう。
やんちゃな末っ子気質は年上のお兄さんお姉さんの庇護欲や世話焼きを刺激して、大層可愛がられるのである。
本人は全く無自覚だが。
★ ☆ ★ ☆ ★
そして昼休み。
瞬と岸川は教室前で星矢と邪武、更に邪武のクラスメートと待ち合わせ、6人で食堂へと向かった。
初対面の者も居るので、互いを紹介しながら。
「クラスメートの佐橋と垣ノ内。兄貴の瞬と、弟の星矢」
邪武の雑な紹介にクラスメートは苦笑しながらも自分で名乗り直す。
「佐橋陽介、よーすけって呼んで」
「垣ノ内慎だ。好きに呼んでくれて構わない」
星矢らと背丈の変わらない生徒が佐橋、1人だけ背が高い方が垣ノ内、と。
2人は共にバレーボール部に所属しており、佐橋がリベロ、垣ノ内がアタッカーなのだそうだ。
競技ルールを知らない星矢たちには、ぼんやりとしたイメージしか伝わらなかったが。
「城戸瞬です。こっちはクラスメートの岸川くん」
「岸川啓吾。よろー」
「よーすけに慎な、よろしく! 星矢だ」
岸川と佐橋らに面識は無かったが、3人ともコミュニケーション能力が高いのか普通に交流している。
ただ1人、クラスメートを連れて来ていない星矢だけ少しの不満と不可解さをあらわに問いただしてきた。
「てか、なんで邪武も瞬もクラスメート連れて来てんの? もしかして、俺も誰か連れて来なきゃいけなかった?」
その疑問に答えたのは瞬であり、事前にメールで理由を知らされていた邪武が賢しげに諭す。
「岸川くんや藤宮さんに言われたんだ。食堂のテーブルって6人掛けだから空席作らないように人数集めた方がいいって」
「空席あったら、瞬狙いの女子が群がってくんだろうが。少し考えたら分かるだろ」
言われれば星矢も納得できた。
しかし、である。
「そっかー。って、だったらオレだってクラスメート連れてきたのにっ」
「お前、クラスで話す男子いんのかよ?」
「い、居ない訳じゃねえけど……」
邪武の指摘に星矢は口籠る。
クラスでは瞬や氷河、紫龍について聞きたがる女子に囲まれている為、男子生徒からは遠巻きにされているのだ。
男子だけの授業ではちゃんと声を掛けてくれたり、班に入れてもらえるのでハブられてはいない。
ただ、女子たちが群がり過ぎて男子が声をかけにくいだけで。
こんなクラスで星矢が瞬と食堂に行くから誰か一緒に来てくれ、と声を掛けたなら手を上げるのは女子生徒だけなのは火を見るよりも明らか。
そして、壮絶な争奪戦が始まるのは確実だ。
「……モテるって大変なんだな……」
城戸兄弟のやりとりを聞いていた垣ノ内がぼそりとため息混じりに呟くと、間髪を入れず佐橋が噛み付く。
「何言ってんだ。慎こそ毎日部活で女子にキャーキャー言われてるだろうが」
中学2年生ながら身長170cm半ばあり、バレー部のアタッカーとしてレギュラー争いをしている垣ノ内は校内では有名人らしい。
同じ部でリベロのポジション争いをしてる佐橋が僻むくらいに。
「バレー部の垣ノ内くんが去年のモテランキング上位だったのは俺も知ってるー」
文化祭で恒例となっている企画をネタに岸川も尻馬に乗るが、当の垣ノ内は涼しい顔だ。
「あれは単に名前の知られてる生徒に票が集まる有名ランキングじゃないか。きっと今年は城戸兄弟が上位独占で、俺は選外になるぞ」
「あー」
「デスヨネー」
佐橋と岸川にも、瞬に加えて城戸兄弟の金髪の人と長髪の人で3枠は埋まるだろうと想像がついた。
下手をしたらここにいる末っ子2人も票を貰うかもしれないし、瞬が常にかっこいいかっこいいと言っているが殆どの生徒には顔を知られていないお兄さんももしかする。
そうなればランキングの過半数が城戸兄弟で埋まるだろうから、昨年ランク入りした面々も安泰ではない、と垣ノ内は語った。
しかし、前年ランキング外だった生徒には全く関係のない、別次元の話である。
「岸川、俺らは強く生きていこうな」
「啓吾だ、
「
結果、謎の連帯感が岸川と佐橋に生まれ、固い握手によって新たな友情が芽生えた所で、一行は生徒たちでごった返す食堂の入り口に到着した。
「うおっ! すっげぇ混んでんなっ!」
「だろー? 出入り口の動線、もちょっと整理して欲しいよなー。あ、食券買ってある?」
邪武が食堂の盛況ぶりに気圧されて叫ぶも、岸川らには見慣れた光景である。
2時間目の終わりに確保した食券を手に、飲み物や食券の自動販売機やパンや弁当などのカウンターに並ぶ列を避けて食堂へ入ろうとしていた。
「え、啓吾と瞬はもう食券買ってんの?」
「あ、星矢も買ってないなら俺と並ぼうぜ」
「席は取っておくよ」
事前に食券を買っていなかった星矢と佐橋は券売機の列に並び、用意していた瞬と邪武、岸川と垣ノ内は席を確保するために食堂の奥へ向かった。
まだ空いていた壁際の1卓を無事占拠し、空席がない事を示すために手早くお茶を淹れてきてテーブルに並べる。
星矢たちがまだ券売機の前に並んでいるのを確認し、瞬と岸川を留守番に邪武と垣ノ内が料理を取りに行った。
「こんな風に席取りするんだ」
初めて訪れる学食を物珍しげに見渡す瞬に、岸川はお茶を飲みつつ利用の心得を説く。
周囲から向けられる羨望と困惑の視線は敢えて無視だ。
「今日は晴れてるから余裕あるけど、雨の日は普段外飯してる生徒も食堂利用するせいでテーブルや椅子に物置いてても目離した隙に席取られるからなー」
「そうなんだ」
「まあ、1人なら割とどこでも相席頼めるし、瞬なら誰も断らないだろうなー」
「うーん、どうだろう」
そんな話をしているうちに垣ノ内と邪武が戻り、交代で瞬と岸川も料理を取りに受け渡し口へ並ぶ。
どうやら星矢と佐橋も無事に食券を買えたようで、少し前に並んでいる。
「カレーと定食はここでご飯と味噌汁、セルフでよそうんだけど……」
「あはは。それくらいはお邸でもやってるよ」
トレイを手に取りながら心配そうな視線を向けてくる岸川へ、瞬は2枚のトレイを手に笑って受け流す。
休日の昼食だけだけど、とまでは言わずに。
岸川は大盛り用の丼鉢に、瞬はカレー皿と丼鉢にそれぞれ盛れるだけの白米を盛った。
カレー皿には福神漬けもたっぷりと。
それから味噌汁も大きめの汁椀に移動する時に溢さない程度になみなみと注ぐ。
「おばちゃん、A定!」
「はいよ!」
岸川が食券を出せば即座に盛り付けられた皿がカウンターに出てくる。
本日の日替わりA定食は豚の生姜焼きだ。
山盛りの千切りキャベツの方が存在感が強いが。
受け渡しカウンターの端に用意されている付け合わせの小鉢からキンピラゴボウを選ぶ岸川の横で、瞬も食券をカウンターへ出してメインの皿を頼む。
「B定食、お願いします」
「はいよーって、かわいい子だねー!」
噂の編入生かい、という問いかけに微笑んで頷く瞬へサーモンフライが盛られた皿が渡された。
「小鉢はキンピラゴボウとホウレンソウのおひたし、切り干し大根から好きなの選びなねー」
「ありがとうございます」
「まあ、礼儀正しい子だねー」
少し悩んで瞬はホウレンソウのおひたしを選ぶ。
普段より声のトーンが高い気がする調理師の女性に引きながら、岸川は定食を受け取った瞬を次のカウンターへと促す。
「瞬、カレーと麺類はこっちだぞー」
「あ、うん。カレーと、天ぷら蕎麦、お願いします」
食券と一緒に山盛りのカレー皿をカウンターへ出すと、一瞬戸惑ったような沈黙が訪れたがすぐに気を取り直した調理師の男性が水を張ったボウルからしゃもじを取り出してご飯の形を整え、絶妙な量のカレーを掛けて戻してくれた。
それとほぼ同時に、温かい天ぷらそばも別の調理師が提供してくれる。
「ありがとうございます」
調理師たちへ礼を述べ、瞬は2つのトレイを手に席へと戻っていく。
先に席に着いていた城戸の末っ子たちもそれぞれ2つのトレイに定食と麺類にカレーライスを並べている。
クラスメートにはこの3人が大食漢である事は知られているが、初めて目にした生徒たちはざわついた。
特に可憐な美少女めいた容姿の瞬に、色々と幻想を抱いていた生徒らが勝手にダメージを受けている。
「お待たせ」
「先に食ってて良かったのに」
瞬が星矢と邪武の間、岸川が向かいに並ぶ垣ノ内と佐橋の隣に着席する。
「うちは全員揃ってが基本だからさー」
「付き合わせた佐橋と垣ノ内には悪かったがな」
「いや、そんなに待った訳じゃないから気にしないでくれ」
「みんな揃ったんだし、さっさと食おうぜ!」
そこで全員でいただきますと声を揃え、箸を取った。
星矢と邪武、岸川は日替わりA定食の生姜焼き、B定食のサーモンフライは瞬と垣ノ内。
佐橋はご飯よりルーが多めのカレーライスに月見うどん。
星矢と邪武は定食に加えてしょうゆラーメン、瞬も天ぷら蕎麦を、更に3人分の大盛りカレーライスが並んだテーブルは壮観である。
周囲から伺い見ている生徒達に構わず、瞬は定食のサーモンフライに箸を入れた。
さくりと解れる衣と身を口に含み、すかさず白米で追いかける。
噛み締める塩味と魚の旨みで更に白米を追加し、今度はタルタルソースをつけてもう一口。
星矢や邪武はラーメンを啜る合間に、岸川と同じように生姜焼きと白米を絶え間なく口に運ぶ。
気心の知れた兄弟と気の良いクラスメートらと会話をしながら、山盛りの千切りキャベツや付け合わせの小鉢、イチョウ切りの根野菜が煮込まれた味噌汁を間に挟んでも大盛りにした丼は瞬く間に減っていった。
定食を攻略した瞬は続いて山盛りのカレーライスを切り崩していく。
早食いでもないし一口が大きい訳でもないはずだが、ちょっと尋常ではないペースで山が変形していっているのを目にした生徒が目を逸らした。
どうやら現実を受け止めきれなかったらしい。
定食とラーメンを片付けた星矢と邪武も大盛りのカレーライスに手をつける。
そんな2人の前で佐橋がカレーライスのご飯と月見うどんのつゆだけを先に腹に収め、残ったカレールーにうどんを絡めてカレーうどんを楽しんでいた。
「それいいな。真似していいか?」
と邪武が聞けば、一瞬キョトンとした佐橋が破顔する。
「俺も1年の頃に誰かがやってるの見て真似してんの。勝手に」
「そっか、なら次からはカレーライスとうどんはセットだな」
「山菜や天ぷらも悪くないけど、個人的には月見がベストだぞ」
そうこうしているうちに、食事のシメとばかりに瞬は天ぷら蕎麦を啜る。
乗っている天ぷらは春菊と紅しょうが多めの小エビのかき揚げだが、濃い蕎麦のつゆに小エビや春菊の風味が出てそれなりに美味しい。
席取りの為に淹れたお茶もしっかり飲み干し、6人は食事を終えた。
「ふう。ごちそうさまでした」
「食ったー」
「やっぱりラーメンやカレーはうまいよなー」
久々に庶民の味を堪能してのんびりしている兄弟へ、食べ終えるや席を立ってトレイを手にしたクラスメートたちはしたり顔で告げる。
「学食は食べ終わったらすぐに席空けるのがマナーだぜ」
「あと食器は自分で返却カウンターに持って行くのもな」
「最後に席離れる奴はテーブル拭いとけよー」
その言葉に慌てて立ち上がってトレイを手にした3人は、両手が塞がっていた。
誰が拭くべきか、と顔を見合わせる城戸の末っ子トリオへ垣ノ内は笑ってテーブルに置かれていた布巾を手に取る。
「今日は俺が拭いとくから、さっさと食器返してこいよ」
「うっわ! 垣ノ内、そーゆーとこだわー」
「行動までイケメンかよー。けーご、俺らも先行こうぜ」
岸川と佐橋が揶揄し、邪武や星矢を促して返却カウンターへと向かった。
瞬はどうしたものか、と垣ノ内を見やるが、行っていいとジャスチャーで示される。
「ありがとう、垣ノ内くん」
それだけ告げて兄弟の後を追った。
「やっぱりあったかい飯いいよなー」
「夏場は冷やし中華も出るぞ」
「冬になったらあったかい麺類のありがたみが増すぞ」
「そっかー」
そんな会話に加わりながら、瞬は改めて思う。
学食も値段相応に美味しかった。
けれど。
───やっぱり兄さんのご飯が1番だなあ。
★ ☆ ★ ☆ ★
その同じ時刻。
グラード財団の職員用食堂へやってきた海外支援部門代表の城戸一輝は、己の片腕を自負する双子たちの手にしたトレイを見て溜め息を抑えることができなかった。
山盛りの丼飯なのは想定の範疇。
定食の小鉢が何故か追加されているのも。
ただ、メインのおかずが全部載せになっているのはどういう理屈なのか。
「大丈夫です、代表。不正はしていません」
清廉潔白と言わんばかりの顔でサガが語るには日替わり定食の鯖の塩焼きと鶏の唐揚げ、両方の食券を買って一つの皿に盛って貰ったそうだ。
しかしながら、更にトンカツやコロッケまである理由にはなっていない。
胡散臭い事この上ないサガを真似た微笑を浮かべたカノンへ視線を向ければ、しれっと真相が暴露される。
「配膳担当のご婦人方がサービスしてくれたんですよ、一輝様」
それは予想していた。
いたが、まさか配膳担当の全員が何かしら一品ずつサービスしてくるとは誰が思うのか。
改めて、この双子の顔面と外面の良さを実感した一輝は言うべき事だけは言っておく。
「貰った以上は絶対に残すなよ」
「もちろんです」
普段の彼らの食事量を鑑みれば完食は容易いだろう。
だが、油物が多いので後で胃もたれしそうだな、と一輝が考えていると、カノンが眉を顰めて問いただしてくる。
「そういう一輝様は、それだけですか?」
先にテーブルに着いていた一輝の前にあるのは1杯のかけうどん。
それだけである。
給料日前で金欠のサラリーマンじゃあるまいし、10代半ばの少年の昼食にしてはあまりにも質素だ。
「それだけでは栄養が偏ります」
「これも食ってください」
そう言うや、双子は揃って小鉢を押し付けてくる。
サガはナスの煮浸し、カノンはキンピラゴボウだから、それぞれ食べられなくはないが苦手な食材なのだろう。
これは引き受けてやってもいいか、と一輝は観念する
「分かった……」
しかし、食い切れるかな、とも。
[登場オリキャラ]
*岸川敬吾(きしかわけいご):2-A。瞬の級友。前の席。フットサル同好会。
*藤宮聖心(ふじみやしょうこ):2-A。瞬の級友。隣の席。腐女子(?)。
*佐橋陽輔(さはしようすけ):2-B。邪武の級友。バレー部。リベロ。星矢らと変わらない背丈。
*垣ノ内慎(かきのうちまこと):2-B。邪武の級友。バレー部。アタッカー。一輝くらいの背丈。文化祭のランキング企画で上位。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2023/12/14〜2024/01/19
UP DATE:2024/01/19
RE UP DATE:2024/08/16