Saint School Life
【06:はじめてのおうちご飯】
〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]
───これは城戸家の10人兄弟たちが学園編入に向け、家庭内学習をしていた時期の話である。
食事は基本的に邸の料理人らによって用意される城戸家の人々。
しかし、どんなに豪華で見た目も味も良く、栄養価も考えられた美味であっても、やはり食べ慣れた好物や憧れた料理に心惹かれるのが人間というもの。
兄弟たちもまた、懐かしい味に飢え始めてきていたらしい。
とある日の夕食後、居候の1人であり調理人の見習いとして働いているイタリア人───通称カニ(仮)は勉強室に集まって学園編入に向けての勉強をしていた育ち盛りで食べ盛りな城戸家の10人兄弟たちへ「明日の昼飯にリクエストはあるか?」と訊ねた。
するとそれぞれ勝手なメニューを声高に要求しだす。
「カツ丼!」
「オレは牛丼だなぁ」
「絶対に天丼ザンスよ!」
「ナポリタン!」
「ハンバーグ!」
「一度に言うんじゃねえ! あー、カツドンとかギュードンとかテンドンってなぁウドンの親戚か? あと、ナポリタンとかハンバーグってなぁ、なんだ?」
うどんを履修したばかりの、生粋のイタリア人には日本の丼物など分からぬ。
ましてや日本で発明されたナポリとは無関係な魔改造スパゲッティなど当然ながら理解の外。
そして海外ではハンバーガーの方がメジャーになりすぎて元となったハンブルク風ステーキはあまり知られていないし、これも日本独自の進化を果たしている。
未知のメニューに頭を抱えるカニ(仮)へ、なおも自分の食べたい物を必死にアピールする兄弟たち。
「うどんじゃねえよ、丼物のドンだ」
「どんぶり飯の上にカツ煮の玉子とじをかけたのがカツ丼で、牛肉と玉ねぎを甘辛く似たのをかけたのが牛丼。ついでに鶏肉を甘辛く煮て玉子でとじたのをかけたのが親子丼な」
「色んな天ぷらを天つゆに浸してどんぶり飯に盛ったのが天丼ザンスねー」
「ナポリタンって言ったらスパゲッティの定番じゃん! ナポリのスパゲッティじゃん!」
「ハンバーグはハンバーグだろ!」
「いんや、ナポリにゃ行った事ぁあるがぁ、ナポリタンなんて知らねーよ! ハンバーグってのはもしかしてハンバーガーの事か?」
全く通じない説明を喚く兄弟らとなんとかメニューを類推しようと悪戦苦闘するカニ(仮)を横目に、瞬は隣で黙々と課題を片付けている兄へちょっと身を寄せた。
「お邸の料理人さんのご飯も美味しいけど、僕は兄さんの作ったご飯が食べたいなあ」
すると、敵対者には一切の容赦を見せぬ代わりに身内には極度に甘い一輝が手を止めて問い返す。
「何か食べたい物でもあるのか?」
「うん。オムライス」
「そうか。ならば明日、作るか」
考えるまでもなく快諾する一輝の言葉を聞きつけた末っ子たちが、たった今カニ(仮)へリクエストしたメニューを放り出して便乗した。
「オムライス! オレも食いたい! オムライス!」
「オレも! オレも!」
その一方でロシアで生まれ育った兄弟とイタリア男は首を傾げる。
「……オムライス?」
「また知らねえもんが出てきやがった……」
一輝は他の兄弟らの意向を確認するように勉強室を見渡す。
丼物を熱望していた蛮、那智、市の3人も了承のサムズアップをし、静観していた檄と紫龍も頷いた。
大抵の子供が好む人気メニューであるから、知っている者が反対することもない。
そんな兄弟たちの様子に、オムライスが何か分からぬ氷河も右手を挙げて了承を示した。
「そういうわけだ。明日の昼はオムライスを作る。アンタも手伝えよ」
「了解だ、にぃちゃん 。厨房にも、そう言っとくぜ」
「いや、今から必要な材料を確認して、無ければ明日の午前中に調達に行く。それと、誰か車は出せるか、聞かんとな」
「それは俺が伝えておこう」
「頼む、紫龍」
運転手見習いと懇意にしている弟からの申し出を受け、カニ(仮)と共に食材の確認に行くかと思われた一輝だったが、不意に足を止めて弟の1人へ問いかける。
「邪武、明日のお嬢さんの予定は?」
「財団関連の会合へ出席されるが?」
何故そんな事を、と訝しげな邪武へ一輝は懸念を口にする。
「そうか。もしかしたら同じメニューを希望されても用意がないと面倒になる。念のため、明日の昼飯が必要かどうかは確認してくれ。朝食まででいい」
「分かった。辰巳に聞いておく」
「頼むぞ」
これで気になった事は片付いたのか、一輝はカニ(仮)と共に厨房へ向かった。
どうやらテスト勉強は一区切り付いていたらしい。
一方、彼の去った勉強室からは「明日はオムライスだー!」と盛り上がる兄弟たちの声が上がる。
多分、彼らの殆どはまだ目処はついていなさそうではあるが。
「……オムライスとは、なんだ?」
そして、メニューの謎が明かされず、ロシア生まれは置いてけぼりだ。
★ ☆ ★ ☆ ★
翌朝。
朝食後に厨房で下拵えとして米の浸水をした一輝とカニ(仮)は荷物持ちに瞬を連れ、城戸家お抱え運転手により車で最寄りの大型スーパーへ買い出しへ出かけていった。
しばらくして大量の買い物袋を下げて帰宅するや、真っ直ぐに厨房へ向かう。
その途中、精神的長兄を捕まえて何やらおねだりをした末っ子はご機嫌な鼻歌混じりに居間へ入って行った。
「♪オッムラ〜イスッ、オッムライス〜ゥ〜きょっお〜は、おいしーぃオムライス〜」
「星矢、僕より楽しみにしてるね」
荷物持ちの役目を果たして一緒に家族用の居間へやってきた瞬は呆れる様子もなく、微笑ましそうにしている。
むしろ大好きな兄の手料理に、誰よりもテンション上がっていそうなのだが。
「あったり前だろ! 施設とかじゃ絶対出てこないじゃん、オムライス!」
「まあ、1人分ずつしか作れないからねえ」
家庭ならともかく、大人数の子供を預かる施設での提供は少し工夫が必要な料理である。
だからこそ、施設育ちの彼ら兄弟には憧れのメニューだ。
「瞬はいいよなー。なんでもできるにぃちゃんがずっと一緒でさー」
「それは僕も兄さんに感謝してるよ。だけど星矢にだって、すごく素敵なお姉さんがいるじゃない」
「そりゃあ、そーなんだけどさー」
互いの実兄と実姉を褒め合いながら居間の一角に設けられたカウンターからそれぞれで飲み物を用意し、日当たりの良いソファを陣取る。
先に窓辺に置かれた1人用のソファで新聞に目を通していた居候の1人、サガはご機嫌な彼らの様子に昨日から抱えていた疑問を投げかけてきた。
「あー、すまない。君たちが楽しみにしているオムライスとは、一体どんな料理なのだ?」
「元々はオムレツライスって呼ばれてたらしいんですけど、要は中身がチキンライスのオムレツ、ですかねえ」
瞬の説明でなんとなくの想像はつくが、やはりサガには未知の料理である。
一方で星矢はとても不思議そうに尋ね返した。
「え、サガ、オムライス知らねえの? もしかして、ギリシャにない?」
「私は初耳だし、料理に詳しいデtry……カニ(仮)も知らなかったくらいだからね」
どうやら洋食は全て海外から伝わった料理、という認識が星矢にはあるらしい。
昨日もナポリタンをナポリ発祥のスパゲッティと主張していたが、ナポリタンは正真正銘日本で発生した魔改造スパゲッティである。
イタリアのナポリには実在しない。
「確か日本発祥の洋食で、明治から昭和にかけて伝わってきた西洋料理をアレンジした日本独特の料理の一つだって兄さんは言ってました」
「ほう」
「へえー」
それ故に、瞬による一輝からの受け売りにサガと星矢は揃って感心した。
本当に一輝はなんでも良く知っているし、勉強もできて仕事の覚えも早く、家事も使用人に任せ切りにせずに自分で殆ど済ませていると聞く。
聖闘士としても強者であるし、出来ない事がない、と末っ子組や居候らには思われているかもしれない。
そんな思い込みを助長するように、瞬が一輝との思い出を語りだす。
「僕が最初に食べたいって言った時に色々調べて、子供でも作れるやり方を探して作ってくれたのは本当に嬉しかったんだ」
瞬の記憶では兄もまだ5歳ぐらいで、台所に立って重いフライパンを振ってオムライスを仕上げるには少し体格が足りなかった。
そこで冷凍のミックスベジタブルとスプーンで細かくした魚肉ソーセージを炊飯器で炊き込み、大きめの深皿にラップを張って卵液を薄く塗り広げてから電子レンジで加熱して薄焼き玉子にしたのだという。
その薄焼き玉子にケチャップで味をつけたご飯を盛り、ラップで巻き込んで形を整えれば子供でも作れる簡単オムライスの完成である。
「仕上げにケチャップで名前を書いて貰う時、すっごくワクワクしたなあ」
お返しに兄の分に名前を書いてあげようとしたがうまくできず、ケチャップを暴発させてしまったのも今となっては楽しい思い出だ。
当時の兄は片付けが大変だったろうな、と申し訳ない気持ちも芽生えるが。
「それ! オレもやりたい! ケチャップで名前書くの!」
「料理に、名前を書くのか?」
「うーん、家庭料理ならでは、ですかね。ケチャップとかマヨネーズみたいな容器の時は、ついやっちゃうかなあ」
瞬と一輝の思い出話に感心しつつも、益々オムライスの謎が深まり困惑するサガ。
一方で星矢は楽しげにオムライスへの想いを語る。
「オレらが日本離れてからさ、オムライスも色々進化してたらしいんだよ! そんで、すっげーうまそうなの見つけて、さっき一輝に頼んだんだ!」
「進化? どんな風に?」
「オレらが知ってるオムライスってさー、薄焼き玉子でチキンライス包んでるだろ? でも最近のはさ、色んな味のピラフの上にふわふわでとろとろのオムレツが乗ってんだよ! それで食べる時にオムレツにナイフ入れるとご飯の上にとろってオムレツが広がってめちゃくちゃうまそうなんだよな!」
あと、ソースもさー。
などと調べてきた事を熱心に語る星矢の背後から、静かな声が掛かる。
「星矢。お前、ここで何をやってるんだ?」
「紫龍」
「げぇっ!」
「人の顔を見るなり、げぇっとはなんだ……」
「ちょっと手洗いにって勉強室を出たっきり戻ってこないし、近くの洗面室や給湯室を覗いてもいないしよー」
「どこをほっつき歩いてるのかと思えば、優雅にお茶の時間とは。余裕だなぁ、星矢」
苦言を呈す紫龍と共に居間にやってきた那智と蛮の言葉から察するに、どうやら課題の途中で抜け出してきていたようだ。
「テスト勉強の強制はしないが、お前1人だけ不合格、なんて事にはならないよな?」
「……ハハハ、ソンナマサカー」
紫龍に念を押され、那智や蛮からの冷たい視線を受けて乾いた笑いを浮かべる星矢へ、瞬だけは優しい。
「星矢。僕も付き合うから、一緒に頑張ろう」
「うぅ……。アリガトナー、瞬」
しかし、テスト勉強からは逃げられない。
そう悟った星矢は大人しく勉強室へと連行されていった。
瞬と星矢が飲みかけていたお茶のカップを片付ける為に残った紫龍が、兄弟たちの賑やかな退場を微笑ましく眺めていたサガへ軽く頭を下げる。
「騒がしくして、すまない」
「いいや。謝られるようなことではないよ」
それより、とサガは言葉を続ける。
「数学か英語の講師は必要ないかな?」
少しは自分も役に立ちたい。
そう考え、行動するようになったサガを紫龍は喜んで受け入れた。
★ ☆ ★ ☆ ★
正午を告げる鐘が邸に鳴り響くより先に、兄弟たちは揃って食堂の扉を開けた。
もちろん、テスト勉強の講師役に駆り出された居候らも一緒に。
「待ちに待ったオムライスだー!」
テスト勉強から解放された星矢は元気を取り戻し、真っ先に席に着く。
今日の食堂には4席のテーブルが4卓用意されており、星矢に続いて居候1〜2人と兄弟2〜3人という配分で席に着いていった。
会合に出かけている沙織と厨房で作業している一輝とカニ(仮)を除いた家人が着席したタイミングで給仕らがスープとサラダを配膳していく。
続いて、主菜のディアボロ風チキンとデザートのフルーツ寒天が並び、最後にオムライスを乗せたワゴンと共に一輝とカニ(仮)登場した。
「オムライスは定番の玉子で包んだのと、星矢のリクエストでオムレツ乗せの2種ある。好きな方を選べ」
「やったー! ふわとろオムライスだー!」
一輝の説明に星矢はご満悦でリクエストしたオムレツ乗せを選び、仕上げとばかりに各テーブルに用意されていたケチャップのディスペンサーに手を伸ばす。
鼻歌混じりにケチャップをたっぷり使って書き上げた自分の名はかなり歪であったが、本人的にはとても良い出来なのだろう。
そして早速、スプーンを入れて書いたばかりの名を切り崩してオムレツを左右に割った。
するととろりとオムレツがチキンライスを覆い隠し、完成したオムライスを大きめに掬い取って噛み締める。
「……うっめー!」
星矢のやる事を子供っぽいとは思うけれど、やはりオムライスにケチャップで自分の名を書き入れるのは子供の頃に憧れただけに兄弟たちは彼に倣う。
それぞれが好みのオムライスを選び、慣れないディスペンサーの扱いに悪戦苦闘しながらも、おのおの名を書き入れてから口にする。
瞬と一輝は初めてオムライスを作った時と同じく、互いの皿にそれぞれの名をひらがなで書いていた。
そして、初めて出されたメニューであるが故に、オムライスとはそういう食べ方をするのだと学習してしまった氷河や居候らも。
「ケチャップが甘過ぎるようなら、かけ過ぎない方がいいぞ」
と、一輝からアドバイスはされるが、楽しげな兄弟らの様子に興味を惹かれ、やめる理由のない居候たちはケチャップを手にとった。
一応、かけ過ぎてしまった時はホットチリソースを少し加えれば甘さが中和できる、という安心感もある。
カニ(仮)はソースデコレーションの技術を遺憾無く発揮し、見事なカニのキャラクターを描きだした。
シュラは覚えたばかりのひらがなで己の名を、アフロディーテはたぶん魚であろうイラストを。
カノンは器用にカタカナで自身の名を書き上げ、そしてケチャップのディスペンサーを双子の兄に渡すべきか、躊躇した。
仕事や戦闘は人並み以上にこなす自身の兄だが、生活面では驚くほどポンコツである。
絶対にやらかす予感しかしない。
「サガ。お前、本当にやるつもりなのか?」
「ああ。皆、楽しそうだ。私もやってみたい」
サガが座っているのは端の席で、隣の自分はともかく、周囲への被害は最低限で済むだろう。
向かいに席をとった一輝と瞬へ目配せを送れば、察した一輝が席を立って給仕に予備のテーブルクロスを用意させている。
「……慎重にな」
「任せておけ」
自信満々に請け負ったサガは弟から手渡されたケチャップのディスペンサーを思い切り握って案の定、暴発させた。
★ ☆ ★ ☆ ★
「今日の昼飯は本当に美味かったなー!」
夕食後であるのに、居間で寛ぎながら呟いた星矢の言葉に兄弟らは笑いながらも同意せざるを得ない。
「まあ、確かにな」
「憧れのオムライスだもんなー」
「実際に美味かったもんな」
オムライスにケチャップで自分の名前を書き入れて食べる、という体験は施設育ちの孤児であった彼らには憧れてやまない家庭の情景のような感慨があった。
母ではなく兄弟の手料理というイレギュラーに目を瞑れば念願が一つ叶ったのだから、実際の味以上の美味しさが盛られた食事だったと言える。
「オレは初めて食べたが、とても美味しかった。また、食べたい」
オムライスの存在を知らなかった氷河や居候らも気に入り、おかわりを要求するほどだった。
全員に2種のオムライスが行き渡るように用意されていて、添えられていたディアボロ風チキンやコールスロー、ミルクスープにフルーツ寒天までしっかり完食したから分量的にも満足している。
しかし、まだオムライスには未知の領域があり、食べてみたいメニューは他にもあるのだ。
「今度はさー、オムハヤシとかオムカレーとかもいいよなー」
「僕らが知らないうちにバリエーション増えてるから、楽しみだよね」
「オレはオムそば食いてー」
「焼きそばかあ。中華もいいよね」
「餃子に麻婆豆腐、炒飯に天津飯とか!」
末っ子トリオが次のリクエストを話し合っていると、会合を終えて帰宅した沙織が居間へ顔を出した。
慌てて邪武が立ち上がって出迎える。
「お嬢様お帰りなさいませ! お迎えに出ず申し訳ありません!」
「あ、沙織さん。お帰りなさい」
昔から変わらぬ邪武の態度に苦笑いしつつ、沙織も彼らの会話に加わった。
「ずいぶん楽しそうだけど、なんの話をしていたの?」
「今日の昼飯の話だよ。一輝がオムライス作ってくれたのがすっげえ美味かった!」
「みんな、ケチャップで名前を書いたんですよ」
星矢と瞬の感想に、居間に居た兄弟らも同意を示す。
定番の薄焼き玉子で包まれたオムライスにそれぞれケチャップで名前を書き入れた楽しさと想像以上の難しさを語れば、自ずとサガの失敗も披露されて笑いを誘う。
更に星矢がねだったふわとろオムライスの未知の味わいや、様々なバリエーションがある事で次はどんな組み合わせを頼むかという話まで。
「まあ、とても楽しそうで何よりです。だけど、私も食べたかったわ。どうして教えてくれなかったの?」
兄弟たちの会話に微笑み相槌を打っていた沙織が態とらしく拗ねてみせる。
すると慌てたのは邪武であった。
一輝が懸念した通り、オムライスの事を知った戦女神が興味を示される。
しかし、事前にお伺いは立てていたのだが。
「け、今朝、辰巳に確認しました。本日の昼食は必要かどうか……」
その言葉を聞いた沙織のご機嫌が、本格的に傾きだす。
平坦な声音で、常に側に付き従っている執事を呼ばわった。
「辰巳?」
「は! 本日、お嬢様は会合にご参加の予定でしたので昼食は不要と伝えました、が……」
これは双方の言葉足らずによる確認ミスであろう。
辰巳は状況を知らず、ただの昼食の有無の確認として応答してしまった。
せめて邪武が、一輝がオムライスを作るという前提条件を話していれば、とも思うが今更である。
「……次からはきちんと連絡事項の内容を把握して、お互いに確認しあってちょうだい」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
「はっ! 次は必ず!」
平身低頭で謝罪する辰巳と邪武を置き去りに、星矢と瞬は完全に拗ねてしまった戦女神のご機嫌を戻すため、一輝を探しに居間を抜け出した。
頼りになり過ぎる精神的長兄ならば、きっとなんとかしてくれる。
そう信じて。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2023/11/13〜2023/12/09
UP DATE:2023/12/11
RE UP DATE:2024/08/16
〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]
───これは城戸家の10人兄弟たちが学園編入に向け、家庭内学習をしていた時期の話である。
食事は基本的に邸の料理人らによって用意される城戸家の人々。
しかし、どんなに豪華で見た目も味も良く、栄養価も考えられた美味であっても、やはり食べ慣れた好物や憧れた料理に心惹かれるのが人間というもの。
兄弟たちもまた、懐かしい味に飢え始めてきていたらしい。
とある日の夕食後、居候の1人であり調理人の見習いとして働いているイタリア人───通称カニ(仮)は勉強室に集まって学園編入に向けての勉強をしていた育ち盛りで食べ盛りな城戸家の10人兄弟たちへ「明日の昼飯にリクエストはあるか?」と訊ねた。
するとそれぞれ勝手なメニューを声高に要求しだす。
「カツ丼!」
「オレは牛丼だなぁ」
「絶対に天丼ザンスよ!」
「ナポリタン!」
「ハンバーグ!」
「一度に言うんじゃねえ! あー、カツドンとかギュードンとかテンドンってなぁウドンの親戚か? あと、ナポリタンとかハンバーグってなぁ、なんだ?」
うどんを履修したばかりの、生粋のイタリア人には日本の丼物など分からぬ。
ましてや日本で発明されたナポリとは無関係な魔改造スパゲッティなど当然ながら理解の外。
そして海外ではハンバーガーの方がメジャーになりすぎて元となったハンブルク風ステーキはあまり知られていないし、これも日本独自の進化を果たしている。
未知のメニューに頭を抱えるカニ(仮)へ、なおも自分の食べたい物を必死にアピールする兄弟たち。
「うどんじゃねえよ、丼物のドンだ」
「どんぶり飯の上にカツ煮の玉子とじをかけたのがカツ丼で、牛肉と玉ねぎを甘辛く似たのをかけたのが牛丼。ついでに鶏肉を甘辛く煮て玉子でとじたのをかけたのが親子丼な」
「色んな天ぷらを天つゆに浸してどんぶり飯に盛ったのが天丼ザンスねー」
「ナポリタンって言ったらスパゲッティの定番じゃん! ナポリのスパゲッティじゃん!」
「ハンバーグはハンバーグだろ!」
「いんや、ナポリにゃ行った事ぁあるがぁ、ナポリタンなんて知らねーよ! ハンバーグってのはもしかしてハンバーガーの事か?」
全く通じない説明を喚く兄弟らとなんとかメニューを類推しようと悪戦苦闘するカニ(仮)を横目に、瞬は隣で黙々と課題を片付けている兄へちょっと身を寄せた。
「お邸の料理人さんのご飯も美味しいけど、僕は兄さんの作ったご飯が食べたいなあ」
すると、敵対者には一切の容赦を見せぬ代わりに身内には極度に甘い一輝が手を止めて問い返す。
「何か食べたい物でもあるのか?」
「うん。オムライス」
「そうか。ならば明日、作るか」
考えるまでもなく快諾する一輝の言葉を聞きつけた末っ子たちが、たった今カニ(仮)へリクエストしたメニューを放り出して便乗した。
「オムライス! オレも食いたい! オムライス!」
「オレも! オレも!」
その一方でロシアで生まれ育った兄弟とイタリア男は首を傾げる。
「……オムライス?」
「また知らねえもんが出てきやがった……」
一輝は他の兄弟らの意向を確認するように勉強室を見渡す。
丼物を熱望していた蛮、那智、市の3人も了承のサムズアップをし、静観していた檄と紫龍も頷いた。
大抵の子供が好む人気メニューであるから、知っている者が反対することもない。
そんな兄弟たちの様子に、オムライスが何か分からぬ氷河も右手を挙げて了承を示した。
「そういうわけだ。明日の昼はオムライスを作る。アンタも手伝えよ」
「
「いや、今から必要な材料を確認して、無ければ明日の午前中に調達に行く。それと、誰か車は出せるか、聞かんとな」
「それは俺が伝えておこう」
「頼む、紫龍」
運転手見習いと懇意にしている弟からの申し出を受け、カニ(仮)と共に食材の確認に行くかと思われた一輝だったが、不意に足を止めて弟の1人へ問いかける。
「邪武、明日のお嬢さんの予定は?」
「財団関連の会合へ出席されるが?」
何故そんな事を、と訝しげな邪武へ一輝は懸念を口にする。
「そうか。もしかしたら同じメニューを希望されても用意がないと面倒になる。念のため、明日の昼飯が必要かどうかは確認してくれ。朝食まででいい」
「分かった。辰巳に聞いておく」
「頼むぞ」
これで気になった事は片付いたのか、一輝はカニ(仮)と共に厨房へ向かった。
どうやらテスト勉強は一区切り付いていたらしい。
一方、彼の去った勉強室からは「明日はオムライスだー!」と盛り上がる兄弟たちの声が上がる。
多分、彼らの殆どはまだ目処はついていなさそうではあるが。
「……オムライスとは、なんだ?」
そして、メニューの謎が明かされず、ロシア生まれは置いてけぼりだ。
★ ☆ ★ ☆ ★
翌朝。
朝食後に厨房で下拵えとして米の浸水をした一輝とカニ(仮)は荷物持ちに瞬を連れ、城戸家お抱え運転手により車で最寄りの大型スーパーへ買い出しへ出かけていった。
しばらくして大量の買い物袋を下げて帰宅するや、真っ直ぐに厨房へ向かう。
その途中、精神的長兄を捕まえて何やらおねだりをした末っ子はご機嫌な鼻歌混じりに居間へ入って行った。
「♪オッムラ〜イスッ、オッムライス〜ゥ〜きょっお〜は、おいしーぃオムライス〜」
「星矢、僕より楽しみにしてるね」
荷物持ちの役目を果たして一緒に家族用の居間へやってきた瞬は呆れる様子もなく、微笑ましそうにしている。
むしろ大好きな兄の手料理に、誰よりもテンション上がっていそうなのだが。
「あったり前だろ! 施設とかじゃ絶対出てこないじゃん、オムライス!」
「まあ、1人分ずつしか作れないからねえ」
家庭ならともかく、大人数の子供を預かる施設での提供は少し工夫が必要な料理である。
だからこそ、施設育ちの彼ら兄弟には憧れのメニューだ。
「瞬はいいよなー。なんでもできるにぃちゃんがずっと一緒でさー」
「それは僕も兄さんに感謝してるよ。だけど星矢にだって、すごく素敵なお姉さんがいるじゃない」
「そりゃあ、そーなんだけどさー」
互いの実兄と実姉を褒め合いながら居間の一角に設けられたカウンターからそれぞれで飲み物を用意し、日当たりの良いソファを陣取る。
先に窓辺に置かれた1人用のソファで新聞に目を通していた居候の1人、サガはご機嫌な彼らの様子に昨日から抱えていた疑問を投げかけてきた。
「あー、すまない。君たちが楽しみにしているオムライスとは、一体どんな料理なのだ?」
「元々はオムレツライスって呼ばれてたらしいんですけど、要は中身がチキンライスのオムレツ、ですかねえ」
瞬の説明でなんとなくの想像はつくが、やはりサガには未知の料理である。
一方で星矢はとても不思議そうに尋ね返した。
「え、サガ、オムライス知らねえの? もしかして、ギリシャにない?」
「私は初耳だし、料理に詳しいデtry……カニ(仮)も知らなかったくらいだからね」
どうやら洋食は全て海外から伝わった料理、という認識が星矢にはあるらしい。
昨日もナポリタンをナポリ発祥のスパゲッティと主張していたが、ナポリタンは正真正銘日本で発生した魔改造スパゲッティである。
イタリアのナポリには実在しない。
「確か日本発祥の洋食で、明治から昭和にかけて伝わってきた西洋料理をアレンジした日本独特の料理の一つだって兄さんは言ってました」
「ほう」
「へえー」
それ故に、瞬による一輝からの受け売りにサガと星矢は揃って感心した。
本当に一輝はなんでも良く知っているし、勉強もできて仕事の覚えも早く、家事も使用人に任せ切りにせずに自分で殆ど済ませていると聞く。
聖闘士としても強者であるし、出来ない事がない、と末っ子組や居候らには思われているかもしれない。
そんな思い込みを助長するように、瞬が一輝との思い出を語りだす。
「僕が最初に食べたいって言った時に色々調べて、子供でも作れるやり方を探して作ってくれたのは本当に嬉しかったんだ」
瞬の記憶では兄もまだ5歳ぐらいで、台所に立って重いフライパンを振ってオムライスを仕上げるには少し体格が足りなかった。
そこで冷凍のミックスベジタブルとスプーンで細かくした魚肉ソーセージを炊飯器で炊き込み、大きめの深皿にラップを張って卵液を薄く塗り広げてから電子レンジで加熱して薄焼き玉子にしたのだという。
その薄焼き玉子にケチャップで味をつけたご飯を盛り、ラップで巻き込んで形を整えれば子供でも作れる簡単オムライスの完成である。
「仕上げにケチャップで名前を書いて貰う時、すっごくワクワクしたなあ」
お返しに兄の分に名前を書いてあげようとしたがうまくできず、ケチャップを暴発させてしまったのも今となっては楽しい思い出だ。
当時の兄は片付けが大変だったろうな、と申し訳ない気持ちも芽生えるが。
「それ! オレもやりたい! ケチャップで名前書くの!」
「料理に、名前を書くのか?」
「うーん、家庭料理ならでは、ですかね。ケチャップとかマヨネーズみたいな容器の時は、ついやっちゃうかなあ」
瞬と一輝の思い出話に感心しつつも、益々オムライスの謎が深まり困惑するサガ。
一方で星矢は楽しげにオムライスへの想いを語る。
「オレらが日本離れてからさ、オムライスも色々進化してたらしいんだよ! そんで、すっげーうまそうなの見つけて、さっき一輝に頼んだんだ!」
「進化? どんな風に?」
「オレらが知ってるオムライスってさー、薄焼き玉子でチキンライス包んでるだろ? でも最近のはさ、色んな味のピラフの上にふわふわでとろとろのオムレツが乗ってんだよ! それで食べる時にオムレツにナイフ入れるとご飯の上にとろってオムレツが広がってめちゃくちゃうまそうなんだよな!」
あと、ソースもさー。
などと調べてきた事を熱心に語る星矢の背後から、静かな声が掛かる。
「星矢。お前、ここで何をやってるんだ?」
「紫龍」
「げぇっ!」
「人の顔を見るなり、げぇっとはなんだ……」
「ちょっと手洗いにって勉強室を出たっきり戻ってこないし、近くの洗面室や給湯室を覗いてもいないしよー」
「どこをほっつき歩いてるのかと思えば、優雅にお茶の時間とは。余裕だなぁ、星矢」
苦言を呈す紫龍と共に居間にやってきた那智と蛮の言葉から察するに、どうやら課題の途中で抜け出してきていたようだ。
「テスト勉強の強制はしないが、お前1人だけ不合格、なんて事にはならないよな?」
「……ハハハ、ソンナマサカー」
紫龍に念を押され、那智や蛮からの冷たい視線を受けて乾いた笑いを浮かべる星矢へ、瞬だけは優しい。
「星矢。僕も付き合うから、一緒に頑張ろう」
「うぅ……。アリガトナー、瞬」
しかし、テスト勉強からは逃げられない。
そう悟った星矢は大人しく勉強室へと連行されていった。
瞬と星矢が飲みかけていたお茶のカップを片付ける為に残った紫龍が、兄弟たちの賑やかな退場を微笑ましく眺めていたサガへ軽く頭を下げる。
「騒がしくして、すまない」
「いいや。謝られるようなことではないよ」
それより、とサガは言葉を続ける。
「数学か英語の講師は必要ないかな?」
少しは自分も役に立ちたい。
そう考え、行動するようになったサガを紫龍は喜んで受け入れた。
★ ☆ ★ ☆ ★
正午を告げる鐘が邸に鳴り響くより先に、兄弟たちは揃って食堂の扉を開けた。
もちろん、テスト勉強の講師役に駆り出された居候らも一緒に。
「待ちに待ったオムライスだー!」
テスト勉強から解放された星矢は元気を取り戻し、真っ先に席に着く。
今日の食堂には4席のテーブルが4卓用意されており、星矢に続いて居候1〜2人と兄弟2〜3人という配分で席に着いていった。
会合に出かけている沙織と厨房で作業している一輝とカニ(仮)を除いた家人が着席したタイミングで給仕らがスープとサラダを配膳していく。
続いて、主菜のディアボロ風チキンとデザートのフルーツ寒天が並び、最後にオムライスを乗せたワゴンと共に一輝とカニ(仮)登場した。
「オムライスは定番の玉子で包んだのと、星矢のリクエストでオムレツ乗せの2種ある。好きな方を選べ」
「やったー! ふわとろオムライスだー!」
一輝の説明に星矢はご満悦でリクエストしたオムレツ乗せを選び、仕上げとばかりに各テーブルに用意されていたケチャップのディスペンサーに手を伸ばす。
鼻歌混じりにケチャップをたっぷり使って書き上げた自分の名はかなり歪であったが、本人的にはとても良い出来なのだろう。
そして早速、スプーンを入れて書いたばかりの名を切り崩してオムレツを左右に割った。
するととろりとオムレツがチキンライスを覆い隠し、完成したオムライスを大きめに掬い取って噛み締める。
「……うっめー!」
星矢のやる事を子供っぽいとは思うけれど、やはりオムライスにケチャップで自分の名を書き入れるのは子供の頃に憧れただけに兄弟たちは彼に倣う。
それぞれが好みのオムライスを選び、慣れないディスペンサーの扱いに悪戦苦闘しながらも、おのおの名を書き入れてから口にする。
瞬と一輝は初めてオムライスを作った時と同じく、互いの皿にそれぞれの名をひらがなで書いていた。
そして、初めて出されたメニューであるが故に、オムライスとはそういう食べ方をするのだと学習してしまった氷河や居候らも。
「ケチャップが甘過ぎるようなら、かけ過ぎない方がいいぞ」
と、一輝からアドバイスはされるが、楽しげな兄弟らの様子に興味を惹かれ、やめる理由のない居候たちはケチャップを手にとった。
一応、かけ過ぎてしまった時はホットチリソースを少し加えれば甘さが中和できる、という安心感もある。
カニ(仮)はソースデコレーションの技術を遺憾無く発揮し、見事なカニのキャラクターを描きだした。
シュラは覚えたばかりのひらがなで己の名を、アフロディーテはたぶん魚であろうイラストを。
カノンは器用にカタカナで自身の名を書き上げ、そしてケチャップのディスペンサーを双子の兄に渡すべきか、躊躇した。
仕事や戦闘は人並み以上にこなす自身の兄だが、生活面では驚くほどポンコツである。
絶対にやらかす予感しかしない。
「サガ。お前、本当にやるつもりなのか?」
「ああ。皆、楽しそうだ。私もやってみたい」
サガが座っているのは端の席で、隣の自分はともかく、周囲への被害は最低限で済むだろう。
向かいに席をとった一輝と瞬へ目配せを送れば、察した一輝が席を立って給仕に予備のテーブルクロスを用意させている。
「……慎重にな」
「任せておけ」
自信満々に請け負ったサガは弟から手渡されたケチャップのディスペンサーを思い切り握って案の定、暴発させた。
★ ☆ ★ ☆ ★
「今日の昼飯は本当に美味かったなー!」
夕食後であるのに、居間で寛ぎながら呟いた星矢の言葉に兄弟らは笑いながらも同意せざるを得ない。
「まあ、確かにな」
「憧れのオムライスだもんなー」
「実際に美味かったもんな」
オムライスにケチャップで自分の名前を書き入れて食べる、という体験は施設育ちの孤児であった彼らには憧れてやまない家庭の情景のような感慨があった。
母ではなく兄弟の手料理というイレギュラーに目を瞑れば念願が一つ叶ったのだから、実際の味以上の美味しさが盛られた食事だったと言える。
「オレは初めて食べたが、とても美味しかった。また、食べたい」
オムライスの存在を知らなかった氷河や居候らも気に入り、おかわりを要求するほどだった。
全員に2種のオムライスが行き渡るように用意されていて、添えられていたディアボロ風チキンやコールスロー、ミルクスープにフルーツ寒天までしっかり完食したから分量的にも満足している。
しかし、まだオムライスには未知の領域があり、食べてみたいメニューは他にもあるのだ。
「今度はさー、オムハヤシとかオムカレーとかもいいよなー」
「僕らが知らないうちにバリエーション増えてるから、楽しみだよね」
「オレはオムそば食いてー」
「焼きそばかあ。中華もいいよね」
「餃子に麻婆豆腐、炒飯に天津飯とか!」
末っ子トリオが次のリクエストを話し合っていると、会合を終えて帰宅した沙織が居間へ顔を出した。
慌てて邪武が立ち上がって出迎える。
「お嬢様お帰りなさいませ! お迎えに出ず申し訳ありません!」
「あ、沙織さん。お帰りなさい」
昔から変わらぬ邪武の態度に苦笑いしつつ、沙織も彼らの会話に加わった。
「ずいぶん楽しそうだけど、なんの話をしていたの?」
「今日の昼飯の話だよ。一輝がオムライス作ってくれたのがすっげえ美味かった!」
「みんな、ケチャップで名前を書いたんですよ」
星矢と瞬の感想に、居間に居た兄弟らも同意を示す。
定番の薄焼き玉子で包まれたオムライスにそれぞれケチャップで名前を書き入れた楽しさと想像以上の難しさを語れば、自ずとサガの失敗も披露されて笑いを誘う。
更に星矢がねだったふわとろオムライスの未知の味わいや、様々なバリエーションがある事で次はどんな組み合わせを頼むかという話まで。
「まあ、とても楽しそうで何よりです。だけど、私も食べたかったわ。どうして教えてくれなかったの?」
兄弟たちの会話に微笑み相槌を打っていた沙織が態とらしく拗ねてみせる。
すると慌てたのは邪武であった。
一輝が懸念した通り、オムライスの事を知った戦女神が興味を示される。
しかし、事前にお伺いは立てていたのだが。
「け、今朝、辰巳に確認しました。本日の昼食は必要かどうか……」
その言葉を聞いた沙織のご機嫌が、本格的に傾きだす。
平坦な声音で、常に側に付き従っている執事を呼ばわった。
「辰巳?」
「は! 本日、お嬢様は会合にご参加の予定でしたので昼食は不要と伝えました、が……」
これは双方の言葉足らずによる確認ミスであろう。
辰巳は状況を知らず、ただの昼食の有無の確認として応答してしまった。
せめて邪武が、一輝がオムライスを作るという前提条件を話していれば、とも思うが今更である。
「……次からはきちんと連絡事項の内容を把握して、お互いに確認しあってちょうだい」
「はい! 申し訳ありませんでした!」
「はっ! 次は必ず!」
平身低頭で謝罪する辰巳と邪武を置き去りに、星矢と瞬は完全に拗ねてしまった戦女神のご機嫌を戻すため、一輝を探しに居間を抜け出した。
頼りになり過ぎる精神的長兄ならば、きっとなんとかしてくれる。
そう信じて。
【続く】
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡
WRITE:2023/11/13〜2023/12/09
UP DATE:2023/12/11
RE UP DATE:2024/08/16