Saint School Life

【05:同好会勧誘合戦】
   〜Saint School Life〜
[Happily Ever After番外編]



 城戸家の兄弟たちの学園生活2日目は、バラバラな登校から始まった。

 あまり生徒のいない空いてる通学路を歩き、静かに教室へ入りたい瞬や紫龍、氷河たちは初日と同じ時間に昨日の帰宅後に厨房へ頼んでいた弁当を下げて邸を出る。
今日は学園ではなく財団へ向かう一輝は既に総帥や部下たちと車で邸を出ているけれど、他の6人はまだ朝食室に居たり、自室で着替えていたりとのんびりしている。
まだ余裕はあるし、時間になれば遠慮なく放り出すよう邸で仕事をしている居候たちへ伝えているから、遅刻はしない筈だ。

 3人きりであったからか、昨日は夜更かしをして半分寝ぼけていた氷河がしゃっきりと歩いたからか、思っていたより少し早い時間に学校へ着いた彼らは昇降口で別れる。
瞬は第2校舎の4階、紫龍と氷河たちは第1校舎の3階に教室があり、2つの校舎は昇降口のある中央校舎の両翼として階段室を挟んで建っているのだ。

 4階までの階段を上がった瞬がA組の教室へと足を踏み入れると、既に登校していたクラスメートから次々に挨拶の声がかかる。
特進クラスだからか、始業30分前だというのに既に半数近くの生徒が集まっているらしい。
教室の1番後ろまで歩きながら挨拶を返し、瞬は昨日も使ったロッカーに弁当の入ったトートバッグを収めてから自分の席に着いた。

 カバンから1時限目の教科書とノート、筆記用具とついでに蔵書室から適当に持ち出してきた文庫本を取り出して開く。
実の兄も憂いていたが、城戸邸で多くの兄弟と暮らすデメリットは1人の時間が確保しにくい上に環境が騒がしくて読書があまり捗らないことだ。
今日持ち出してきたのはアメリカのSF作家の短編集で、授業の合間に読むにいいと選んだのだが、翻訳が巧みで少し奇妙な世界観にもすんなり浸れる。
これは当たりだった、と上機嫌で読み進む瞬の隣に人の気配が立った。

 顔をあげれば臨席の藤宮が席に鞄を置くところで、瞬が自分に気付いたと悟るや挨拶に続けて謝ってくる。

「おはよう、瞬くん。ごめんね、邪魔しちゃった?」

「いいえ、気にしないで。おはようございます、藤宮さん」

 同じように鞄から文庫本を取り出した藤宮は、興味深げに瞬の手にしている本を覗き込む。

「瞬くん、どんなの読んでるの?」

「邸にある物を適当に。ずっと海外に居たせいで日本語を忘れてる感じがするので、リハビリですね。藤宮さんは?」

「そうなんだー。私はラノベだよー。『異世界トリップした料理男子がクソマズ異世界料理に美味しい幸せ革命を起こす』ってやつ」

「へぇ。ラノベ、ですか。どんなタイトルなんですか?」

「だからー、『異世界トリップした料理男子がクソマズ異世界料理に美味しい幸せ革命を起こす』だよー」

 藤宮がブックカバーを外して見せてくれた表紙には、カラフルで可愛らしいイラストと共にあらすじだと思った長いタイトルが配置されている。
聞けば、内容を説明する文章をそのままタイトルにするのが最近の流行らしい。

「昨日、帰りに本屋寄ったら見つけたの。主人公の男の子が、なんだか瞬くんっぽいなーって」

「僕、ですか?」

「そう。この主人公くんね、女の子みたいに可愛い顔がコンプレックスで、男らしいお兄さんに憧れてるの」

 そう言って藤宮が指し示すキャラクターは確かに可愛らしいが、切りっぱなしの短い黒髪やちょっと気の強そうな瞳などが少年らしさを表現している。
絵柄自体がすでに可愛らしいので、特別女の子と間違われる程ではないのかな、と瞬には感じられた。

 しかし、瞬の顔が母親似なのは兄が証言しているし、実の兄がとても男らしい人で瞬が憧れているのは事実である。

「あー、確かに少し、似てる、かもしれませんね」

「でしょ? それでね、主人公くんは父子家庭でー、働いてるお父さんとお兄さんに代わって小さい頃から家事してるから料理上手なんだよー」

「……それは、だいぶ違いますけど……」

 父子家庭どころか孤児院育ちだし、父親は死んで5年も経ってから正体が発覚したのだ。
それも色々と最悪な状況で。
後から考えれば仕方が無かったと思える部分も無くはないが、やはりもうちょっと気を使うか手を回すかしておいて欲しかった気持ちはある。

「えー、違うのー? だって皆、噂してるよ。お弁当、瞬くんが兄弟全員分手作りしてるってー」

 別に謙遜したりしなくていいのにー、と自白を迫る藤宮は噂を信じたいようだが、瞬としてはしっかり誤解を解いておきたい。
特に、お弁当の製作者の名誉はなんとしても守らねば、と気合がのる。

「どうしてそんな噂になってるのかが分からないんですが、僕、料理はしたことないです。昔から家事は兄さんが全部やってくれてましたし」

「えー、そうなんだ。え、じゃあもしかして、お弁当、あのお兄さんが作ってるの?」

「ええ。でも、兄さん忙しいから、我儘言って月曜日だけ作ってもらってるんです。他の日はお邸の料理人さんが」

 その会話を聞いていた数人の男子生徒が騒めいたり、項垂れたりしている。
きっと、噂に踊らされて良からぬ妄想でも抱いていたのだろう。

 しかし、藤宮が引っかかったのは別の言葉だった。

「……え、瞬くんのおうちって、料理人、雇ってるの?」

「僕たちが雇ってるわけじゃありませんよ。昔から城戸のお邸にいる料理人さんです」

 言われて藤宮は昨日、自分から尋ねた内容を思い出す。
彼らは元理事長───城戸光政の養子で、現理事長───城戸沙織の血の繋がらない叔父である、と。

「あー、そう言われれば、そうだよねー。そっか、そっかー……」

 つまり、彼ら個性的な10人兄弟は血の繋がらない姪っ子で美少女な理事長と共に、広大な城戸邸で使用人に囲まれて生活している、ということだ。

───それなんて乙女ゲー!?

 思わずそう叫びそうになった藤宮を誰も責められはしない。
むしろ声に出さずにいた事を、良く耐えたと称賛すべきだ。

 資産家の元に引き取られた個性豊かな少年たちと、相続人の美少女。
どう考えても、これは乙女ゲームにあっておかしくない設定なのではないか。
であれば資産家の美少女が主人公で、新たに家族となった少年たちと交流したり蟠りを解消したりしながら恋心や友情を育んでいくのだろう。
もしくは少年たちが心惹かれる別の少女がヒロインで、資産家の美少女は意地悪なライバル役にでもなるのか。
引き取られた少年たちにはそれぞれ秘密があり、資産家の後継者のパートナーに相応しい資質を見いだされた婚約者候補だとか真の後継者だったりするのもアリか。

 実際には、少年たちがゲームのような美形揃いという訳ではないので、そこが現実の限界ということかもしれないけれど───とそこで我に返った藤宮が携帯電話を取り出し、友人から送られてきた画像を瞬に見せる。

「……あ、そういえばさ。昨日、金髪ですっごい美形の外国人にナンパされてたって噂が流れてるんだよ。ほら、これ」

 黒塗りの国産最高級車越しに撮られた恭しくこうべを垂れる長い金髪を結い上げた美丈夫の画像には、確かに瞬も写り込んでいた。
しかし、どう見ても男が傅いているのは兄の方で、瞬は笑いたいのを必死で堪えようと変な表情になっているし、すぐ隣にいた末っ子は声が出てないだけで顔は完全に笑み崩れている。

「ナンパじゃないですよ。その人、兄さんの部下です。ほら、僕じゃなくて兄さんの方向いてるでしょう? 財団に向かう兄さんを迎えに来てたんですよ」

 そう言って自分も携帯電話を取り出し、今朝の成果から双子の部下を従えた兄の凛々しい姿を収めた画像を披露する。

「これ、今朝撮った兄さんと部下たちです」

 藤宮の持つ画像にも写り込んでいる国産最高級車の傍でドアを開けようとしている長く緩やかに波打つ金色の髪を結い上げた美丈夫と、同じような長い髪を三つ編みにして左肩から垂らした美形の男。
そんな2人から傅かれ、理知的な眼鏡をかけているのにどこか野性味を感じさせる黒髪の青年がこちらへ柔らかに微笑みかけくる。
やや逆光気味だが、被写体も彼らが着ているスーツも、腕時計や眼鏡といった小物、背景として写り込んでいる車やその向こうに広がる庭園。
全てが上質で、このままポスターサイズで出力して部屋に貼りたい───が、常時開放するにはあまりに眩しいので祭壇を作って普段はカーテンでもかけていたい───写真である。

「…………っ!?」

 瞬が示した画像を見た途端に目を見開いて絶句した藤宮は何かを言いたげに口を開きかけて、何故か自分の両手で口を塞いで机に額を打ち付ける勢いで突っ伏した。
そのままの姿勢で震え出す彼女の異様な状態に、クラスメートたちも何事かと伺っている。

「えっ? ちょっと、藤宮さん? どうしたの?」

「……すまんが、しまって、くれんか。ワシには、その画像は、強すぎる……」

「え、ワシ? ……しまいましたけど、具合が悪いんですか? 保健室、行きます?」

 藤宮が辛うじて発した言葉から何かを察したクラスメートは、安堵したり呆れたりでそれぞれの会話や予習に戻っていく。
だが、海外───それも僻地での生活が長く、世界的に有名なアニメ映画のネタが通じなかった瞬は本気で何か持病があるのでは、と考えて心配していた。

「あー、瞬。ほっといてやれ、病気じゃないから。ただ、病的なレベルで趣味の世界に浸ってる人間はそっとしとくのがいいぞ」

 そこに割って入ったのは前の席の岸川だ。
部活動の朝練に出ていたらしく、少し汗をかいている。

「あ、おはようございます、岸川くん。本当に、藤宮さん放っておいていいんですか?」

「あー、藤宮の精神が別の世界に旅立っている時ってのは、お前が大好きな兄ちゃんと楽しく過ごしてるようなもんだからさ。邪魔する方が悪い、だろ?」

「そうですね。分かりました」

 自分が兄と過ごしてる時間を邪魔されたら、と考えた瞬は即座に理解した。
あの状態の藤宮には絶対に関わり合わない方がいい、と。

「……ところでさ、瞬。お前、部活か同好会、もう決めたか?」

「いいえ。昨日は授業が終わってすぐに帰宅しましたから。まだどんな部活動があるのかも分からなくて」

 グラード学園では中学生にあたる1〜3年生の間は必ず委員会か部活動などの課外活動に参加しなければならない。
放課後は通院やスポーツクラブに所属しているなど、なんらかの事情を学園へ申し出れば例外も認められるが、基本的には全員参加である。
過去には、どうしても課外活動に参加したくない生徒たちが『帰宅部同好会』なる物を立ち上げようとしたらしいのだが、その活動内容を鑑みるに結局は存在しないようだ。

 委員会は前期と後期の始めにクラス内で決める為、既に前期委員が活動している時期に編入してきた瞬たちが委員会に参加するには後期を待たなければならない。
ただ、基本的に6年間クラス替えがないので、1年生の時から委員はずっと変わらないのがこの学園の不文律である。
前期だけしか活動しない文化祭実行委員や、決まった学年でしか活動しない修学旅行委員や卒業アルバム編集委員などもあるのでその限りではないし、何かの委員を務めていた生徒が転出したり生徒会役員となったりして入れ替わる事もある。

 今後、瞬が何か委員会に所属したいなら、後期までどこかの部活か同好会に参加して、委員会活動を始めたら部活動は辞めるなり掛け持ちなりすればいい。
部活動と同好会は存続目的の名義貸し防止で掛け持ちが禁止されているけれど、委員会は許されているので。

「なので、今日の放課後に見学して回ろうかと思ってるんです」

「そっかー、ならさ。うち、フットサル同好会なんだけど、どう? 自由参加だから、人数揃わない日もあるんだけどさ、逆に全然関係ない人が混じることもあって楽しいぜ。見学こねぇ? あ、運動苦手ならマネージャーでもいいって先輩たち言ってたぞ」

 やけに食いつき気味に勧誘してくる岸川を不審に思いながら、瞬は曖昧に返す。

「うーん。できたらちゃんと活動したいので、幾つか見て回ってこれ、という活動が見つからなかったら、でいいですか?」

「おう、お前が楽しいのが1番だからな。俺はちゃんとお前を誘ったって事実があればいい」

 岸川の言葉に、どうやら自分が生徒の多くから注目されていると自覚しだした瞬が小声で尋ねる。

「……もしかして、誰かから強要されましたか?」

「あー、強要とかじゃないけどさ。先輩達がさ、お前呼べって煩かったくらい?」

「ごめんなさい。迷惑かけてしまって」

「いや、迷惑じゃねぇって。オレもさ、お前と一緒にボール蹴れたら楽しいかなーって声かけただけたから」

「最初からそういう風に誘ってくれてたら、僕も素直に見学しに行けたんですけどね」

「だろ? だから、あーゆー風に誘った」

 したり顔で笑う岸川は思っていたより頭が回るし、気も使えるようだ。
彼がクラスメートで良かった、と思いながら瞬も笑い返す。


   ★ ☆ ★ ☆ ★



 さて、その日の放課後。
ショートホームルームまで終えた瞬は岸川や藤宮と授業の復習をしながら、他のクラスにいる同学年の兄弟たちを待っていた。

 昨夜のうちに揃って部活動見学に行こうと約束していたのだが、昼休みになって忘れているかもしれない末っ子へ一応確認のメールをいれようか、と瞬が携帯電話を手にした時である。
そこへ星矢が大量のおにぎりと2リットル入りのスポーツドリンクのペットボトルを詰め込んだコンビニの袋をぶら下げ、瞬のクラスまでやってきたのだ。
コンビニ袋を手にしている理由を問えば、昨夜のうちに厨房へ今日のお弁当を頼むのを忘れ、通学路のコンビニでおにぎり全種類を買い漁ってきた、と答える。
なぜ瞬のクラスに来たのかと質問すれば、女生徒達から他の兄弟の情報を得ようと質問責めにされるらしく、男子からはやっかみや同情の目を向けられたりはするが助けてもらえないので逃げてきたという。
そのまま、岸川や藤宮と机を寄せていた瞬の向かいを陣取ると、時間いっぱいまでしゃべりながら持参したおにぎりを全部平らげていった。

 その時に放課後には邪武と一緒に瞬のクラスに寄り、岸川や藤宮の案内で部活動を見学して回ろうと改めて約束したのである。
しかし、時間を潰していた瞬の元を訪れたのは、待っていた弟たちではなかった。

「あなたが、城戸瞬くん?」

「……ええ、そうです。あなたは?」

 岸川と藤宮のノートを参考に受けられなかった4月分の授業をノートにまとめていた瞬は、突如投げかけられた少々居丈高な問いかけに視線を向けただけで作業を止めずに問い返す。
思いがけない無礼な態度にまだ残っていたクラスメートが驚いているが、声をかけた女子生徒は気にしないたちなのか自己紹介を続けた。

「あら、失礼。私は料理研究同好会で副会長をしてる5年の御厨よ」

「同じく、田部です」

「行平だ」

 料理研究同好会の副会長だという御厨に付いてきていたぽっちゃりしたもう1人の女子生徒と、板前姿が似合いそうな男子生徒が続いて名乗る。
しかし、待っていても用件は切り出さないので、瞬はペンを置いて顔を彼らへ向けた。

「そうですか。それで、僕に何か御用ですか?」

「私たち料理研究同好会は城戸瞬くん、貴方の入会を歓迎するわ」

 そう高々と宣言されても、何故自分が存在も知らなかった同好会へ歓迎されているのか理解できない瞬は困惑もあらわだ。

「……えっと、なぜ、あなたがたが僕を歓迎するのか、理解できないんですが。理由を、聞いても?」

 そう聞き返した所で乱暴に教室の扉が開かれ、数人の上級生と思しき生徒が雪崩込んでくる。

「ちょっと待ったーっ! 城戸瞬くんは是が非でも我が空手同好会が勧誘させて貰う!」

「城戸瞬くん、演劇同好会で明日のスターを目指さないかっ!」

「瞬ちゃん! 血の繋がらない兄弟どもから虐げられているのだと聞いた! 君の事は我が拳闘同好会で守るから、安心していいぞ!」

「…………は?」

 聞き捨てならない言葉に短く問い返す瞬に気付かないまま、同好会への勧誘に来た生徒たちは不確かな噂を鵜呑みにした自分にだけ都合の良い妄言を語っていく。

「何を言うか、議論で殴り合う貧弱ボクシングオタクが! 貴様らの拳では瞬くんは守り切れんだろう! さあ、瞬くん、我が空手同好会へ来たまえ。少し古いが寮もある。マネージャーとして入寮すれば、君を虐げる義理の兄弟との同居も今日までだ」

「こんな暑苦しい連中や、君に嫌がらせばかりする兄弟たちと一緒に居てはいけないよ、瞬くん。君にはスターの素質がある! さあ、僕らと共に栄光の舞台を作り上げよう!」

「大丈夫だ、瞬ちゃん! オレたちはただ拳で殴り合う脳筋野郎とは違うから、きちんと法律に則って君とあの馬鹿兄弟たちの縁を切れるようにしてあげるよ! あ、もちろん君をこんな環境に預けて財団から仕事を貰ったっていう非道な君の兄さんともだ!」

「ちょっと、後から来た方々は黙っていてください! 私たちが先に声をかけていたのです! さ、我が料理研究同好会へご案内します。あなたの料理の腕も苦労も理解しない義理の兄弟たちなんかのためでなく、あなたを正しく評価する私たちの元で存分に腕を奮っていいのよ!」

 昨日と今日だけでも見ず知らずの生徒から訳の分からない言葉をかけられる事はあったが、これは本当に意味が分からないし、理解もできない。
いや、彼らが何か誤解をしているのは分かるが、どうしてこんな事になっているのかが瞬には分からなかった。

 分かるのは、ただひとつ。

「…………あなたがた、一体何の話をしているんですか?」

 静かに立ち上がった瞬の周囲の気温が一瞬で下がった気がした岸川と藤宮は教科書やノートをまとめるとそそくさとその場から離れ、教室の隅に固まったクラスメート達と見守り態勢に入った。
まだたった2日だが、クラスメート達はしっかり理解している。

 瞬が1番大事にしているのは義理の兄弟たちで、中でも実の兄へはこれ以上ない敬愛を向けてる手の施しようのない極度のブラコンだ、と。

「……根拠のない噂に踊らされて、よくも僕の兄弟たちを侮辱してくれましたね。そればかりか、ようやく一緒に暮らせるようになった一輝兄さんとの縁を、切ってやる? 冗談にしても笑えない……」

 口調の崩れていく瞬に何かを感じたのか、及び腰になりながらまだ勧誘者たちは食い下がる。

「こ、根拠ならあるぞ! 昨日、弁当を持ってた兄弟たちが、今日の昼はコンビニや学食だったろう? それで君は兄弟たちの分の大量の弁当を1人で片付けていたってちゃんと聞いてるからな!」

「そ、そうだ。3年の金髪のヤツなんか、君が丹精込めて作った弁当を冒涜するようにマヨネーズ塗れにしてたって噂だし、長髪のヤツも残してたらしいじゃないか。あと1人は見かけないけど、早速サボってんだろ?」

「学食に行ってたヤツらなんか、こういう物が食いたかったんだよなー、とか言って大盛り定食に肉うどんとカツカレーまで食ってたんだぞ! 君の弁当は持ってきてもいないじゃないか!」

「そうですよ、瞬くん。料理って栄養バランスや食材や味付けが偏らないよう考えてメニュー決めたら材料揃えて下拵えして、お弁当として冷めた時の味の加減や傷まないよう工夫したり大変なの、私たちはちゃんと分かってますからね。あなたの兄弟のように気まぐれに学食やコンビニ弁当がいいからって家に置いてくるような人に作ってあげることないんですよ」

 必死に言い募る言い訳すらも噂が根拠で、自分で見た訳でも確かめたわけでもない、と証言している事に彼らは気づいていない。

 誰かに聞けば良かったのだ。
そうすれば、分かったのに。
星矢は単にお弁当を頼むのを忘れてコンビニでおにぎりを調達しただけで、瞬の弁当の量は適性だし、氷河は重度のマヨラーなのでカミュや一輝の作るご飯以外は名状し難い不定形の何かにしてしまう悪癖がある、と。
紫龍は昨日は少し物足りなかったから量を増やして貰ったが今日は多すぎて残すかもと言っていたし、一輝は最初から月曜日だけの登校と学園に通知してある、と。
長い海外生活で渇望したお邸では出てこない庶民的な味を懐かしんで、学食を初体験するんだと昨夜から楽しみにしていた兄弟たちに悪い所などあるのだろうか。

「そもそも、あなたがたは、どうして僕が兄弟全員のお弁当を作ってる前提で話しているんですか? 僕、そんな事は誰にも言ってませんし、聞かれたら正直に昨日のお弁当は兄さんが忙しいのに作ってくれた物で、今日は邸の料理人さんに頼んだって言いますよ」

 実は、今朝の瞬と藤宮との会話を聞きつけた生徒たちによって、美少年編入生についての噂は昼休みの頃には一部修正されている。
お弁当の作り主は兄で、兄弟仲はすこぶる良い───というかブラコンだ、と。

 しかし、ここへ押し掛けてきた彼らが所属する同好会には瞬と同学年の生徒が居なかったり、居たとしても彼らとは交流がなかったり、で情報の更新がされていなかったのだ。

 その上、自分の作り出した物語に酔っているのか、本人から否定されても尚、嘘だ、そんなはずはない、騙したのか、あんな人たち庇わなくていいのよ、と見当外れな戯言を繰り返す。

 だから瞬は、許せなかった。

「あなたがたが断片的な噂から自分勝手なストーリーを作り上げて、仲間内で盛り上がるのは構いません。ですが、こんな風に他人に迷惑をかけるなら、別です」

 ましてや、6年も離れ離れに海外へ送られて一歩間違えば死んでしまうような修行をさせられ、戻ってみれば本当に死んでもおかしくない神々の戦いに駆り出され、ようやく平穏に兄弟揃って暮らせるようになったというのに。

「……僕が生まれた時に母さんを亡くしてから、ずっと僕を守ってくれた一輝兄さんを悪く言ったこと、僕は絶対に許さない」

 そこから瞬は怒涛の兄賛美を始めた。

 滅多にない怒りをあらわにした瞬の迫力も恐ろしいが、幼少時から瞬に襲いかかる余計なお世話やら変質者やらの出現頻度がエグ過ぎる。
側で聞いてるクラスメートたちも、よく生きてるなコイツとか、ことごとく撃退してきた兄ちゃんすげぇな、と感心する程だ。

 聞かされている上級生たちはすっかり腰がひけ、黙り込んでしまっている。
これでは謝罪も出来ずに言葉でフルボッコにされるかな、いや意外と物理的にボコりだすのかも、とクラスメートたちが結末を予想し始めた時、タイミング良くというか悪くというか、開いたままの扉から教室へ飛び込んでくる生徒がいた。

「わりぃ、瞬! おまたせー」

「すまん、瞬。コイツ、なんか女子に囲まれてて、手間取った……」

 城戸兄弟の末っ子───星矢と、末っ子トリオの真ん中───邪武である。
どうやら、放課後も女子生徒たちから情報収集されていた星矢を、沙織お嬢様以外の女性の扱いが分からない邪武がなんとか引っ張ってきたらしい。

「なぁ。なんか瞬、めっちゃくちゃ怒ってるけど、誰か一輝の悪口でも言った?」

「そんなことになってたら、オレらじゃどうにもできねぇんだけど……」

 空気を読まない癖に的確に図星を突く星矢と、今後起こることを察して肩を落とす邪武を呼び寄せ、岸川と藤宮が簡単に経緯を説明する。
美少年編入生は料理上手だの、義理の兄弟にこき使われてるだの、実は女の子だの、事実無根の噂を鵜呑みにした上級生たちが押し掛けてきて、同好会へ勧誘するついでに瞬の兄弟を悪く言ったのだ、と。

「……あー、1番最悪なパターンかよ……」

 言うや、邪武は携帯電話から素早くメールを送る。
こうなった瞬を鎮められる人間は居ないが、麗しい戦女神と《生きた炎クトゥグァ》だか《炎を燃えたたせるものヴォルヴァドス》だか《星の戦士》みたいなヤツなら存在する。
女神の手を煩わせるのは心苦しいので、選択肢としては人の形をした何かの召喚1択である。

「……会議中でなけりゃ、すぐ電話がくると思うが……」

 そう言っている間に、問題を起こしてくれた上級生たちへ止めどない兄賛美を語り聞かせていた瞬が止まる。
携帯電話を取り出すと、ひと呼吸置いて通話状態にした。

「どうしたの、兄さん? 何かあった?」

 怒りを湛えてきた先ほどまでとは違う、嬉しさを隠しきれない声で電話越しに話し始める瞬を上級生たちは呆然と見ている。
狙い通りの展開にサムズアップしあう城戸家の末っ子コンビは岸川に任せ、藤宮は面倒を起こしてくれやがった上級生たちに近づいた。

 どうやら末っ子コンビはこの騒動を他の兄弟たちにも知らせ、教室に押し掛けて迷惑をかけてくれた同好会へは近付かないようメールをしている。
もしかしたら、今日は登校していない瞬の実兄を除く城戸兄弟が心配して集まるかもしれないし、かなり騒いでいたから風紀委員か生徒指導部の教員も来るだろう。

 そうなる前に、瞬のクラスメートとして言っておかねば気のすまない事が藤宮にはあった。

「先輩方、誤解から生じた的外れの正義感や下心から城戸くんの家族を悪く言ったんですから、せめて彼に謝罪した方がいいと思いますよ」

 聞いていないかもしれないが、謝罪を勧めたという事実さえあればいい。
それで何もしなければ、彼らの評価が下がるだけだ。
何しろこの上級生たちが侮辱したのは養子とは言え初代理事長の家族であり、この学園が創立された理念に則って迎え入れられた子供たちでもある。
理解ある教師たちなら、張り切って指導してくれるはずだ。

 短い会話だったが、満足げに兄との通話を終えた瞬が携帯電話を内ポケットへしまおうとしていたので、藤宮はひとつ提案をすべく呼び止める。

「瞬くん、今朝見せてくれたお兄さんがお仕事行く時の画像、先輩方に見せてあげなよー」

「えー、あんまり親しくない人にはもったいなくて見せたくないんですが……」

 渋々画像を呼び出す瞬を見て、岸川は他のクラスメートに絶対見るな、と警告した。
そんな警戒ぶりに、うちの兄貴はメデューサかよ、と邪武が苦笑する。

「はい、これがずっと僕を守ってきた世界一かっこいい僕の兄さんです」

 部下の双子がおまけについてますけど、と不服そうだが、誇らしげに掲げられた携帯電話に映し出された画像を目にした上級生たちは完全に思考が停止した。

 見たこともない領域の美形を2人も傅かせ、瞬の兄であるというのに全く似ていない青年が微笑んでいる。
ただそれだけの画像であるのに、なにやら耐え難い圧力のような物を感じ、本能が屈した。

「……瞬の兄ちゃんってめちゃくちゃオーラ半端ない美形だからさー、真正面から見るとちょっと怖えんだよ。ああ、めちゃくちゃいい人なんだけどさ、近くにいると圧迫感で疲れるっていうか、あー、王様とかとさ、謁見させられてる気分?」

 クラスメートへの岸川の説明に、藤宮も加わる。

「日本刀みたいな美形って言えば伝わる? 鞘を抜き払ってじっと見つめると、美しさに魅入られたり、堪え難い衝動が湧き上がる、みたいな? それが、全開になってる画像だったの、アレ」

 藤宮の例えに、クラスメートだけでなく末っ子コンビも納得した。
子供の頃から知っているからまだ耐性があるが、それでもあの仕事モードの一輝と真正面から向き合うのは少々気合がいる。
聖衣を纏って本気で拳を交える覚悟と同じくらいには。

 特に瞬にとってはデフォルトでも、兄という存在に憧れていた彼らにほとんど向けられてこなかった慈しむような微笑みは、こうかばつぐんだ。

 そこへ、今度こそ携帯電話を制服の内ポケットへしまった瞬が合流する。
魂の抜けてしまった上級生たちは放置する事にしたらしい。
後でクラスメートが職員室と風紀室に連絡してくれるそうなので、指導室送りになるだろう。

「そろそろ見学、行きませんか? って、みんなして、なんの話してたんですか?」

 訝しげに問う瞬へ、顔を見合わせた星矢と邪武、岸川と藤宮は声を揃えた。

「俺たちの兄ちゃんは
「俺たちの兄貴は
「君らの兄ちゃんは
「君たちのお兄さんは
───最高にカッコイイって話!」」」」



[登場オリキャラ]
*岸川敬吾(きしかわけいご):2-A。瞬の級友。前の席。フットサル同好会。
*藤宮聖心(ふじみやしょうこ):2-A。瞬の級友。隣の席。腐女子(?)。
*料理研究同好会:料理上手と噂の瞬を勧誘にきた。副会長で5年の御厨、田部、行平。
*空手同好会・演劇同好会・拳闘同好会:瞬を勧誘に来た同好会長たち。



 【続く】 
‡蛙女屋蛙姑。@iscreamman‡ 
WRITE:2020/10/03 〜 2020/10/06 
UP DATE:2020/10/07 
RE UP DATE:2024/08/16
7/13ページ
スキ